My Companion, My Dearest 作:春日むにん
頬に触れる空気が柔らかい。大勢の人間の話し声が八方から聞こえ、酒と料理の匂いが漂っている。壁掛け松明のおかげで温かな明るさに満ちたその空間はテーブルと陽気に浮かれ騒ぐ人々で埋め尽くされ、数人の給仕係が忙しく歩き回っている。
ここは、バナード・メアだ。しかも、サム――いや、サングインにあの日、勝負を仕掛けられたのと同じあのテーブルだ。しかし、サングインはいないし、酒のボトルもない。
「これは、どういうことだ?」
かすれた声が聞こえた。テルドリンがあのときと同じように隣の椅子に腰を下ろしていた。たぶんわたし同様、キチンの兜の下でぽかんとしているだろう。
「分からない。さっきまでは確かにあのおかしな場所にいたはず」
ふたりして呆けていると、料理の載った皿を何皿も抱えた給仕係がわたしたちのテーブルにやってきた。
「お待たせしました」
大皿の肉料理をいくつか置いて、次のテーブルへ向かっていく。焼き上がったばかりの肉がじゅうじゅうとおいしそうな音を立てている。ふと、猛烈に腹が減っていることに気づいた。わたしは鶏肉を香草で炒めたものを自分の皿に取り分け、がつがつとかき込んだ。
テルドリンはまだぼんやりしていたようだったが、彼もまた空腹を感じたらしく、兜を外して羊の骨付き肉に食らいついた。
間もなく運ばれてきた料理は全てなくなった。わたしは、ふうと息をついて、椅子の背もたれに寄りかかり、天井を見上げた。これまでにも理解の追いつかないことは何度か体験してきた。今度の件は思い返してみれば、最初から最後まで全てがおかしかった。まるで熱に浮かされていたみたいだ。しかし不思議がったところでどうしようもない。何せ、デイドラ・ロードが関わっていたのだから。
そうひとりごちたところでテーブルに視線を戻すと、以前サングインの座っていた椅子に細長い棒状のものが立てかけられているのが目に入った。
先端に変わった装飾の施された魔法の杖だった。わたしは杖を手に取った。他の誰かの忘れ物ではないかとも思ったが、このバラのような飾りは見間違えようがない。サングインからの贈り物だ。
「夢じゃなかったんだな」
テルドリンが独り言のように呟いた。
反射的にテルドリンに顔を向けると、彼はわたしを見つめ返した。底知れない真紅の双眸が松明の明かりできらめいている。彼は全て覚えているのだろうか? バナード・メアを出てから、サングインに再会するまでの出来事を。――わたしの心臓がどくんと高鳴った。
テルドリンがさらに何か言おうとして、彼の薄い唇がわずかに開き白い歯が覗いたが、それ以上の言葉が発されることはなかった。
酒場の扉が勢いよく開かれた。数人のホワイトラン衛兵が駆け込んでくる。何事だろうと首を巡らせる酔っ払いたちに向かって、一人の衛兵が声を張り上げた。
「この中に腕に覚えのある者がいたら、われわれについてきてくれ。報酬ははずむ」
「なんだなんだ、何が起こったっていうんだ?」
誰かから質問が飛んだ。それに対する衛兵の答えにバナード・メアは水を打ったように静まり返った。
「西の監視塔がドラゴンに襲撃されている」
遠くから、雷の轟くような不気味な音が響いている。嵐か? いや、そうではない。わたしはいつかあの音を聞いたことがある。どこで? 覚えていない。だが、すごく恐ろしい経験をした気がする。追いかけてくる炎、全身を燻す煙、血と肉の焦げる臭い、人々の悲鳴、慟哭、沈黙……。
ぞっとした。わたしには関係ない。太刀打ちできるわけがない。誰か、もっと強い人が彼らを助けてあげればいい。しかし、衛兵は無情にも、わたしを指さした。
「おい、お前。確かさっきファレンガー様の依頼でドラゴンズリーチに来てたな。ウィンターホールド大学のアーチメイジなんだろう」
酔っ払いたちの視線が一斉にわたしを射抜いた。
「お前の魔法が役に立つかもしれない。どうだ? 来てくれるか?」
怖い。行きたくない。でもここで断ったら大学の評判に関わる。サヴォス・アレンの遺志を無駄にするわけにはいかない。
わたしは、恐怖にすくみそうな両足を励まして立ち上がった。
「行きます。皆さんを援護します」
「よし。では、ついてこい。早くしないと手遅れになる」
わたしはサングインの杖を持ったままテーブルの間を縫って、酒場を出ていく衛兵に続いた。他にも何人かの客が後ろについてきた。その中のひとりは、もちろん、わたしの従者であるテルドリン・セロだ。
「テルドリン」
わたしは彼の名前を呼んだ。
彼はわたしの従者だ。何も言わなくてもわたしと一緒に戦うつもりでいるのは分かっている。しかし、わたしは今この瞬間、さしたる理由もなく、彼の名前を口にして、彼を近くに感じたかった。
テルドリンがわたしの横に並んだ。いつの間にかキチンの兜を被っている。ヘンテコな生き物の殻で身を固めた彼の見た目はとても奇妙だが、たぶんこの中の誰よりも強いことをわたしは知っている。
彼は戦闘前にしては珍しく、落ち着いた調子で言った。
「心配するな。アズーラに誓って、お前を殺させはしない」
見るからに怯えきっているわたしを安心させるために違いない。その声を聞いただけで、恐怖は消え去らないまでも、わたしを支配するほどではなくなった。わたしの中の別の気持ちがもっと大きくなったからだろう。
彼は続けて、いつもの陽気な憎まれ口を叩いた。
「ま、ドラゴンなんて所詮、ほんの少しでかくなったアルゴニアンだ。お前が情けなく逃げ回っている間にさっさと倒せるだろう」
アルゴニアンを例えに出すとは斬新だ。わたしは少し笑った。
「ありがとう。頼りにしてるよ、テルドリン」
そして、今心から思っていることを素直に彼に伝えた。