My Companion, My Dearest 作:春日むにん
ミラベル先生は、それからすぐ、わたしたちを連れて大学の中を案内してくれた。
大学の中庭を取り巻くいくつもの塔はどれも同じ構造をしていた。灯明の魔法が一定間隔で配置されていて、中央に青い光を放つ井戸のようなものがあり、そこから塔の天井までが複数の階を貫く吹き抜けになっていた。塔を構成する部屋は吹き抜けをぐるりと取り巻くように造られていた。
塔の部屋のほとんどは講義や実験用、それに先生たちの執務室として使われているそうだ。学生たちが静かに薬の調合をしている部屋もあれば、騒がしく魔法を撃ち合っている部屋もあった。大学自体がとても広い上にどの塔も内部の構造が似通っていて、自分一人で目的の部屋を探し当てろと言われたら途方に暮れてしまいそうだった。
苦労せずに辿り着けそうなのは、とある塔の一階にあって常においしそうな食べ物の匂いがしてくる食堂と、一番大きな塔の中の元素の間と、その直上の二階分を占める「図書館」と呼ばれる施設だった。
図書館の印象は強烈だった。壁際と中央の本棚に沢山の本や羊皮紙の束が収められていて、随所に配置されたテーブルに座って読めるようになっていた。生涯でこれほど多くの書物を一度に視界に入れるのは初めてだった。厚みのある絨毯の上を歩いている間中、ほろ苦いインクと古くなった藁のような匂いが鼻腔を占めていた。
やがて、わたしたちは陸地と大学を繋ぐ橋に隣接する塔の前までやってきた。
「これで最後になります。ここは達成の間。大学寮です。あなたが大学で勉学に励む間はここの一室をお貸しします。中を簡単に案内しますね」
ミラベル先生が示したその塔の見た目はやはり他と変わらなかった。橋の隣にあると覚えておけば間違えることはないだろう。わざわざ宿屋に泊まったり、野宿したりしなくていいのはありがたい。
達成の間の中も他の塔とほとんど同じ構造だった。他とわずかに違う点は、部屋と部屋の間隔が狭く、一つ一つの部屋が小さいことだった。
先生は玄関ホールの反対側の、階段の左右にあるいくつかの扉を掌で示した。
「あの一連の扉の先にあるのはキッチン、トイレ、風呂、倉庫です。他の学生と譲り合って使ってください」
続いて、彼女は入ってすぐ左側にある部屋の扉に近づいた。わたしの目線の少し下くらいのところに木札が掛けられ、「トルフディル」と書かれていた。
「それから、誰かが使っている部屋の扉にはこのように、名前を書いた木札を掛けるようにしています。入る部屋を間違えないようにするためです。あなたの分もすぐに手配します。
さて、あなたにお貸しできる部屋は――」
彼女は一階のずらりと並んだ扉へ順繰りに目をやった。
「一階にはないようですね」
わたしは、おや、と思った。
「あの部屋が空いてませんか?」
玄関ホールを入って右側の一番目の部屋にだけ、木札が掛かっていなかった。あんなに目立つ場所なのに、どうして見逃したのだろう。
先生はと見れば、なぜか、表情が凍りついていた。まるで大昔の戦争で死んだ亡霊でも目撃してしまったかのように。
しばらく経ってから、彼女はわたしに見つめられていることにようやく気づき、いかにも冷静そうな表情を取り繕った。
「ああ、あの部屋もありました。でも、あそこはその……ちょっとね。他の部屋の方が良いでしょう」
ちょっとね、ってなんだろう。わたしは首を捻りながら、二階へ続く階段を上がる彼女についていった。
二階以上の階も、風呂とキッチンがないことを除けば同じ構造になっていたが、全て満室だった。つまり、わたしが入れるのは、先生がちょっとね、と言った部屋しかない。
一階の件の部屋の前に戻ってきた先生は、少し顔色が悪くなっている気がした。彼女は、わたしを振り返り、心底申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい。急な話だったので、部屋のことまで考えが及んでいませんでした。まあ、この部屋でも問題はないでしょう。少し掃除が必要かもしれませんが、それだけです」
彼女は扉の取っ手に浅黒い手を伸ばした。その手はわずかに震えていた。彼女は取っ手を握り、内側へ押し込んだ。……開かない。鍵が掛かっているようだ。
彼女は、何か穢らわしいものにでも触れてしまったかのように、さっと手を引っ込めた。そして、彼女の一連の挙動に不信感を抱きつつあったわたしに向かって、励ますような、あるいは誤魔化すような微笑みを浮かべた。
「鍵を探さないといけません。学費も支払ってもらいたいので、一度、私の執務室に来てもらえますか」
彼女の口から唐突にさらっと飛び出た言葉のせいで、目の前の部屋に関する疑惑は一時、吹き飛んだ。「学費」って、なんだ? 大学に上納する費用ということか? わたしは慌てふためいて尋ねた。
「お金が必要なんですか?」
先生は、なぜこんな当たり前のことで狼狽しているのかとでも言いたげに眉間に皺を作った。
「マスター・ネロスから聞いていませんか? 詳しくは執務室で説明します」
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きっちり整理整頓されたミラベル先生の執務室で、わたしはウィンターホールド大学の「学費」なるものの説明を受けた。大学を運営するのにも色々と経費が掛かるため、やむをえず徴収している、とのことだった。聞いてみたら、一学期分だけでも、この先何年も働いて貯めてやっと支払い終えるかどうかという金額だった。そんな額は持ち合わせていないと伝えると、難しそうな文章が並んだ紙に署名させられた。少しずつ支払うと約束する証文だという。
わたしは、彼女が執務室の奥から探し出してきた例の部屋の鍵を受け取った。それから、執務室で少しやることがあると言う彼女を残し、テルドリンを伴って達成の間に戻ってきた。
「どうなることかと思ったけど、正式に入学できて良かったよ」
わたしはテルドリンに笑いかけた。彼はわざとらしく肩をすくめた。
「ああ、ひやひやしたぞ。お前が非常識なのは知っていたが、まさかタダで大学の授業を受けられると思い込んでいたとは。いやはや、金がないと言われた時のあのマスターウィザードの顔は傑作だったな」
わたしは唇を尖らせた。
「仕方ないでしょう、タルヴァスもヴァローナも教えてくれなかったんだから」
「お前くらいの歳になれば、普通は自然と理解しているからなあ。随分うすらぼんやりした奴もいたものだ、はっはっは」
いつもながら、わたしをからかっている時の彼はとても楽しそうだ。元素の間で助けてくれたことへの感謝の気持ちを伝えようと思っていたけれど、その気が失せた。彼は続けて言った。
「こういうこともあるから、ウルフリックの報奨金は素直に受け取るべきだったんだ。私の忠告は正しかっただろう?」
わたしは小さな子供みたいに頬を膨らませた。あの選択は今でも間違っていなかったと思っている。けれども、ミラベル先生に金額を教えてもらった瞬間、ウルフリック卿がわたしに手渡そうとした、ゴールドの詰まった袋が頭をよぎったのは確かだ。
わたしは彼からつんと顔を背けて、ホールのすぐ右側の、例の部屋の前に立った。
「おっと、ついにその曰く付きの部屋に入るのか、え?」
テルドリンは「曰く付き」のところを特に強調して、おどろおどろしく言った。そのせいで、わたしは先ほどこの部屋を前にした時のミラベル先生の表情や態度を思い出してしまった。握っていた部屋の鍵が急に冷気を帯びたような気がした。思わず掌を緩め、取り落としてしまった。鍵は、石の床の上で鋭い音を立てて一度跳ね、動かなくなった。
一拍置いて、テルドリンが笑い始めた。
「はははっ、なんだ、そんなに怖いのか?」
「ちっ、違うよ。もう、テルドリンがおどかすから!」
わたしは彼の腕を小突いた。彼の頑丈な体は機嫌良く揺れながらわたしの貧相な攻撃をしっかり弾き返した。
テルドリンはわたしが落とした鍵を拾い上げた。
「どうせ、くだらん怪談話でもあるんだろう。マスターウィザードが信じているとは呆れたものだが、最終的にお前に貸す気になったのなら、大した危険はあるまい」
テルドリンは扉の鍵穴に鍵を差し込んだ。わたしは彼の背中にぴったりくっつくようにして、彼の動作を見守った。赤い手袋が鍵を回転させた。なんの変哲もない、鍵の開く音がした。
「だが、もしかすると、本当に血に飢えた化け物が潜んでいるかもな」
テルドリンがにやけた声で囁いた。わたしは彼のつぎはぎだらけの服の背を両手で握った。
「本当にいたら、ちゃんと倒してよ?」
テルドリンはおちょくるような調子で答えた。
「ああ、もちろんさ。そういうときのために私を雇っているんだろう?」
彼は扉に掌を添えて、内側へゆっくりと開いた。扉の蝶番が、長い間油を差していなかったことが窺えるぎりぎりという悲鳴のような音を立てた。テルドリンの後ろで、わたしは身を竦ませた。
眼前にぼんやりとした暗闇が広がった。扉が限界まで開いて達成の間の青白い光が射し込み、わたしの目が暗闇に慣れてくると、分厚い埃と蜘蛛の巣に支配された部屋が現れた。右側と正面の壁際にタンスなど、中央にベッド、左側に机と、他さまざまな家具が置かれているようだったが、埃と蜘蛛の巣に覆われていて、同じく埃が絨毯のように積もっている床との境目もはっきりせず、現時点で全ての家具の正体を見破ることはできそうになかった。
わたしはテルドリンの服からそろそろと片腕を離して、灯火の魔法を正面の壁に当てた。灯火の魔法の放つ光は、石の壁と、扉を開いたことで空中に舞い上がった埃に反射して、部屋の中を彩った。
「大層なものだ。これは、少なくとも二十年は閉めきっていたな」
テルドリンが部屋の中に足を踏み入れた。
「テルドリン、埃の下に何かいるかも」
わたしはテルドリンの後を追った。途端に大量の埃が目と鼻と喉を直撃した。乾いた石と古くなった木材の匂いが鼻腔の中に満ちた。迂闊だった。わたしには彼のような兜とマスクがないのだ。わたしは、だらだら涙を流し、風邪を引いたかのように咳き込み、顔を両手で覆い、背中を丸めてうずくまった。
「む。すまん、気づかなかった」
呑気に謝るテルドリンの姿も見えない。目と喉の奥がきりきり傷み、涙と鼻水が溢れ出てくる。こうなるともう怪談話以前の問題だ。
肩をざらりとした感触の手袋が掴んだ。
「立てるか? 一旦部屋の外へ出よう。掃除道具を調達してくる必要があるな」
わたしはテルドリンに肩を支えられて、青白い光に満ちた廊下へ戻った。両目をぎゅっとつぶって涙と埃を追い出すと、達成の間の入口ホールの方角、ぼやけた視界の端に誰かがいるのが見えた。
「きみたち、その部屋を開けたのか?」
しわがれた声には聞き覚えがあった。わたしはさらに何度か瞬きをして目の中の余分な水分を瞼の外に押し出した。
視界の端に立っていたのは、元素の間でわたしに話しかけてきた老人、トルフディルだった。彼は埃まみれのわたしたちと、その背後で全貌が露わになっている例の部屋を、ひび割れた唇をすぼめて凝視していた。
彼の後ろには、わたしと同い年か少し年下と思われる、素朴な顔立ちの、大柄な人間の青年が一人立っていた。腕の中にジェイ・ザルゴのコートと手袋、ポシェットを抱えていた。彼も目を丸くしていたが、トルフディルほどには驚いていないようだった。
わたしは咳払いをして喉にこびりついていた埃を追い出してから答えた。
「はい。ミラベル先生がこの部屋を貸してくれると言ったので」
「ミラベルが? そう、か。彼女がそう判断したのか……」
彼はこちらに歩み寄り、わたしとテルドリンを代わる代わるじっと観察した。
「うん。問題はないようだ。そうだな、そのはずがない」
独り言のようにそう呟いて、彼はわたしたちの体の陰から例の部屋をひょいと覗き、すぐに首を引っ込めた。
「部屋の中は、何か変わったところがあったかね?」
わたしに尋ねたトルフディルの、境界がうっすらとぼやけている藍色の瞳は、注意して見ないと分からないほどではあるが、かすかに、何かを恐れるように揺れていた。ミラベル先生といい彼といい、この部屋のいったい何を怖がっているのだろう?
わたしはできるだけ平静を装って答えた。
「荒れてるので掃除が必要です。それ以外は特に何も」
トルフディルは困ったような笑みを浮かべ、弁解するように何度も頷いた。
「そうか、そうか。ああ、いや、すまなかったね、さっきゆっくり話そうと言ったのにな。
儂はトルフディル。変性魔法の教授だ。以後、よろしく頼む」
彼は皺だらけの手を胸に当てて、軽く頭を下げた。トルフディル……先生と、やはり呼ぶべきなのだろう。
わたしたちが名乗り返すと、トルフディル先生は言った。
「儂らはジェイ・ザルゴの部屋に彼の荷物を置きに来たんだ。ちょうどいい、彼の部屋の備えつけの掃除道具を貸してもらおう。
オンマンド。この後授業がなければ手伝ってくれんか?」
彼は、わたしたちのやり取りを眺めていた大柄な青年を呼んだ。青年は両目をぱちくりさせ、朗らかな声で承諾の返事をした。
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部屋の掃除は、初めのうちはテルドリンが先陣を切って行った。万一何かが飛び出してきたときに彼ならば咄嗟に対処できるのと、単純に彼の装備がこの状況に最適だったからだ。テルドリンは埃と蜘蛛の巣の海の中に果敢に突撃し、この部屋の全貌を明らかにしていった。わたしたちも布で鼻から下を覆って手伝ったものの、目がしょぼしょぼして能率が上がらないのはどうにもならなかった。
部屋の外に掃き出されたのは、大量の埃と蜘蛛の巣の他、虫食いだらけの古い服が数着、沢山の虫や小動物の死骸あるいは骨、生きた蜘蛛が数匹などだった。それと、壁際の背の低い棚の上に人の頭骨が三個も置いてあったのにはぎょっとした。オンマンドと呼ばれた青年曰く、魔法使いの間では一般的なインテリアなのだそうだ。言われてみれば、マスター・ネロスの塔やウーンハースの部屋にもあった気がする。正直、少し趣味が悪いと思う。
一通り大きな汚れを取り払っても、なんらかの事件が起こった形跡は見当たらなかった。意味深な書き置きもなければ、おぞましい血痕も、いかがわしいアーティファクトもない。
わたしは棚の上の頭骨をテルドリンと一緒に部屋の外に運び出した。さすがに頭骨に見つめられて眠る気にはなれなかった。
「何かそれらしいものがあるかと期待したが。ごく普通の部屋だったな」
テルドリンが残念そうな声色でわたしに耳打ちした。トルフディル先生は全開にした扉の向こうで家具の水拭きに取りかかっていた。
「そうだね。怖がってたのが馬鹿みたい」
顔に血が昇るのを覚えた。いつものこととはいえ、彼に情けない姿を晒してしまったのが恥ずかしかった。
しかし、一番安心したのは恐らくトルフディル先生ではないだろうか。部屋が綺麗になるにつれ、彼の目からは恐怖の色が失われていき、今では元素の間で出会った時と同じ穏やかなきらめきを見せていた。
「あれ。それ、要らないの?」
塔の外までごみを掃き出しに行っていたオンマンドが冷たい空気を引き連れて帰ってきて、わたしたちの抱えた頭骨を指さした。
「うん。でも、他のごみと一緒にするわけにも――」
わたしが答え終わらないうちに、オンマンドは箒を傍らの壁に立てかけ、食いつくような勢いでわたしたちに駆け寄った。
「それならぼくが引き取るよ。あと二、三個欲しいと思ってたんだ」
目の前におもちゃを投げてもらった犬のような無邪気な笑顔だった。
わたしは引きつり笑いをして、テルドリンに頭骨を渡すよう促した。見る間にオンマンドの腕の中は頭骨でいっぱいになった。そのうち一個の下顎の骨が外れて床に落ちたのをわたしは取り上げた。
「どこに運ぶの? よかったら手伝うけど」
わたしの問いに、オンマンドは、あそこ、と言って、廊下と井戸のようなものを挟んで反対側の辺りを顎でしゃくった。
テルドリンが太い息を吐いて腕組みをした。
「少し休憩にしないか。お前はその若者と自己紹介をして友達になっておけ。私は水を取ってくる。キッチンはあそこだな?」
オンマンドに確認したのち、彼はのしのしとキッチンの方へ去っていった。
「彼、本当にきみの従者なの? なんだか逆のようにも見える」
オンマンドは不思議そうな顔でテルドリンの後ろ姿を見送った。わたしは拾った下顎の骨と対になる頭骨を彼の腕から取り上げながら、彼の率直な物言いに苦笑した。
「テルドリンもときどき雇い主がどっちなのか忘れてると思う。無理もないよ、わたしよりもずっと年上だから。オブリビオンの動乱の時はモロウィンドの軍に混じって戦ったんだって」
「オブリビオンの動乱って二百年も前の出来事だろ? デイドラの強力な軍勢が攻めてきたっていう……。うわあ、すごいや! じゃあエルフ?」
「ダンマーだよ。剣術も魔法も得意で、いつも助けられてる」
「両方できるのか。いいなあ、羨ましい」
わたしたちは話しながら歩き出し、「オンマンド」という木札の掛かった部屋の前までやってきた。わたしはオンマンドの指示通りに彼のポシェットの中の鍵を取って、彼の部屋の扉を開けた。彼の部屋の家具の配置はわたしに与えられた例の部屋と変わりなかった。人の頭骨が一個、テーブルの上で虚空を見つめていた。
オンマンドは、新たに持ってきた頭骨のうち一個をテーブルの上の頭骨の隣に置いて椅子に座った。彼は二個並んだ頭骨を前に、う~ん、と悩ましげに唸り、わたしに意見を求めた。
「どう思う、これ?」
「ええと、ごめん、よく分からない」
オンマンドは眉をひょいと上げた。
「もしかしてきみって、魔法使いの家の出じゃないの?」
わたしは頷いた。父は広い意味では魔法使いだったかもしれない。他にも簡単な魔法を使える仲間は何人かいた。でも、皆あくまで本業は旅芸人だった。
オンマンドはぱあっと顔を輝かせた。
「よかった、ぼくだけじゃなかった! ここにいるのは両親が魔法使いとか一族全員魔法使いとかそんなやつばっかりなんだよ。ノルドも学生の中にはぼく以外にいないし。まるで外の世界とは真逆さ。……あれ、もしかしてきみ、ノルド?」
彼は、ノルドと名乗るには背丈と体格の心許ないわたしを期待のこもった眼差しで見上げた。
この類の話題は苦手だ。わたしは下手な愛想笑いをした。
「一応ね。でも、シロディールで色んな人種の仲間と一緒に暮らしてたから、ノルドのしきたりみたいなのは全然分からないよ」
オンマンドは快活に笑って椅子から立ち上がった。
「どんな暮らし方をしてようとノルドはノルドだ。仲間が増えて嬉しいよ。周りがそんな感じだから、実はちょっと肩身が狭かったんだ」
そう言われると悪い気はしなかった。ほんのささやかでも、誰かの心の支えになれるのは嬉しいことだ。
オンマンドは腕の中に残っているもう一個の頭骨の置き場所を探すべく、部屋の中をうろうろした。ベッド脇の蝋燭立ての置いてある棚の上がしっくり来たらしく、彼は満足そうに片手を腰に当て、もう片手でわたしを手招きして、わたしの持っていた頭骨を蝋燭立てを挟んで二個目の頭骨と対称になるように置いた。
「うん、いい感じ。すごく魔法使いっぽい雰囲気になった」
彼は楽しそうにひとりごちた。わたしは同意しかねたが、わざわざ水を差すのはやめておいた。代わりに彼に尋ねた。
「オンマンドはスカイリム生まれだよね。どこの地域から来たの?」
オンマンドはベッドに腰を下ろし、わたしにも座るよう手振りで勧めてから、答えた。
「ホワイトラン。家族は先祖代々農家をやってる」
「へえ、ホワイトランか。ロリクステッドくらいしか行ったことがないな。やっぱり首都はウィンターホールドの町よりも大きいの?」
オンマンドはおかしそうにくすくすと息を漏らした。
「もちろん、ホワイトランの方が百倍は立派だよ! びっくりしたよ、着いたばかりの時は。あれじゃ、ぼくの村の方がましなくらいだ」
彼は少し遠い目になって、自身の胸板の上に、何かを掴もうとしているかのように手を伸ばした。ローブの生地が皺になって拳の中に収まると彼の表情は陰ったが、すぐに誤魔化すように笑い、両手を広げて熱弁した。
「でも、この大学はどうだい? 広大で美しい建物、清潔な部屋、熱心な先生たち、一生かかっても読み切れないほどの蔵書! ファレンガー様がぼくの背中を熱烈に押してくださったのも理解できる。こんな場所で勉強できるなんて夢みたいだ」
話すにつれ興奮が高まってきた様子の彼につられて、わたしも大学に入学できたことが改めて誇らしくなってきた。ただし、この環境を維持するための学費の支払いのことを同時に思い出して胃が痛くもなったが。
「きみはシロディールのどこに住んでたの?」
話題がわたしの身の上に戻ってきた。
わたしは躊躇した。彼のように、昔からずっと土地に根付いて生活している人たちの中には、決まった故郷もなく放浪する旅芸人を良く思わない人もいる。
しかし、オンマンドにせっつかれて仕方なく話し始めて、それは杞憂だったと知った。旅芸人だったことを伝えると、彼の目はまるで小さな子供のようにきらきらと輝いた。国中を旅して回れるなんて楽しいだろうねえ、と彼は言った。わたしは嬉しくなって、促されるままに色んなことを話した。巡業の途中で出合った珍しいものや、ちょっとした事件、それに、ありふれているけれどとても美しい風景のことを……。
タムリエルのどこのマッドクラブが一番おいしいかという話で盛り上がっていた頃、部屋の扉がノックされ、扉の向こうからかすれた声が聞こえた。
「テルドリン・セロだ。話が弾んでいるようだな」
オンマンドが扉を開けて彼を迎え入れた。テルドリンは、部屋のそこここに鎮座する四個の頭骨へ順繰りに目をやって、感心したのか呆れたのか判然としない様子で鼻を鳴らしてから、わたしに尋ねた。
「そろそろ掃除を再開しないか?」
わたしはオンマンドのベッドから腰を上げた。
「そうだね。最低限、今夜あそこで眠れるようにしよう。まだ手伝ってくれる、オンマンド?」
「ああ、もちろん。友達だからね」
オンマンドがいたずらっぽく唇の片端を上げた。わたしは胸が少しこそばゆくなった。
一方、テルドリンは明らかに面白がっている口ぶりでわたしに囁いた。
「ところで、トルフディルが一言漏らしたよ。彼がこの大学に来た時には既にあの部屋は封じられていたと」
それはいつもの彼の声よりは小さかったが、同じ部屋にいるオンマンドには十分聞き取れる大きさだった。オンマンドが愕然と呟いた。
「なんだって? それじゃあ少なくとも四十年は閉めきられたままだったんじゃないか。いったいどうして……」
「ほう、四十年以上も開かずの部屋だったわけか。面白い。なあ、お前もそう思うだろう?」
テルドリンが煽るような調子でわたしに話を振った。完全に、わたしで遊んでいる。せっかく楽しい気分だったのが台無しだ。
兜の下で思う存分にやついているであろう彼を、わたしは雇い主としての精一杯の威厳を込めて睨みつけた。
「全然面白くないよ。昔何があったかはともかく、今はただの部屋でしょう。これ以上騒がないで」
テルドリンは大げさに肩をすくめた。
「ああ、承知したよ。私はお前のためを思って探りを入れたんだがな。お前がそう命令するなら今後はやめる。実に、残念だ」
哀れっぽく強調しても駄目なものは駄目だ。わたしは断固とした意思を示すべく、彼から顔を背け、戸惑っているオンマンドに無理に笑いかけて、部屋の扉を開けた。井戸のようなものから吹き上がる青い光の向こうで、例の部屋の入口に立っていたトルフディル先生がにこやかに手を振った。
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家具と床の水拭きを終え、二度目の休憩に入った。トルフディル先生は部屋の外でぶらぶらしていた。オンマンドとわたしは部屋の中で、オンマンドが持ってきた盤上ゲームで遊び、テルドリンはキッチンに水を飲みに行っていた。
そこへ、執務室での用事を終えてきたらしいミラベル先生がひょっこりと顔を出した。
「部屋は問題なく使えそうですか」
ミラベル先生は部屋の敷居の向こうから、若干硬い笑顔で話しかけてきた。わたしは戸口に走っていって、頷いた。
「はい。片付けもほとんど終わりました。トルフディル先生とオンマンドが手伝ってくれてるおかげです」
そうだ、ちょうど彼女に聞いておきたいことがあった。確認した限りでは家具はまだそのまま使えそうだったが、一つ足りない物があったのだ。
「もう一台、ベッドを貸していただけると助かるんですが」
ミラベル先生が、え、と声を上げた。
「何に使うのですか」
彼女は怪訝そうに尋ねてきた。どうして、見れば分かるようなことを聞くのだろう。不思議に思いながら答えた。
「テルドリン――わたしの従者の分です」
ミラベル先生は、理知的な彼女に相応しくない、間の抜けた表情で口を開けた。トルフディル先生は、その後ろで眉を八の字に下げ、目を真ん丸にしてわたしをまじまじと見つめ、それから、ミラベル先生をそうっと窺った。ミラベル先生は唇を引き結び、その眉間に、これまでになく深い皺を寄せていた。
「てっきり、あの傭兵は解雇するものと思っていましたが」
彼女は低い声で言った。わたしはびっくりして、彼女の言葉を否定した。
「いいえ。どうせ帰っても暇だって言うから、当分は一緒にいてもらうつもりです。それにわたし、彼がいないと夜、眠れないし……」
これは本当の話だ。スカイリムに来てからひどい悪夢を見るようになったので、誰かに傍で寝てもらわないと不安で仕方がない。テルドリンだったら、わたしの悪夢の中から化け物や何かが飛び出してきても、簡単にねじ伏せてくれそうな気がする。
ミラベル先生はなぜか、泥酔してぐでんぐでんになった酔っ払いを見るような目でわたしを見ていた。やがて、彼女はぎゅっと瞼を閉じ、頭痛でも我慢しているかのように額に手をやった。
「ミラベル?」
おずおずと声を掛けたトルフディル先生に、ミラベル先生は首をぎりぎりと回し、強張った笑顔を浮かべた。
「ええ。もちろん。認めます。規則上は、禁止されていません。ファラルダの目にも適ったようですし。ある意味、心強いと言えなくもありません」
ミラベル先生は、またぎりぎりと首を回し、わたしにその強張った笑顔を向けた。
「ベッドは倉庫にあるかもしれません。なければ諦めて、毛皮でも敷いてください。それから、ここは勉学に励むための場所ですから、くれぐれも節度を守って生活し、風紀を乱さないように。以上です」
彼女は一息で告げた後、トルフディル先生に言った。
「アーチメイジに報告しなければなりませんので、私はこれで。後は頼みます」
ブーツの音を高く響かせて、彼女は達成の間から去っていった。彼女とちょうど入れ違いにテルドリンがキッチンから出てきた。
「どうしたんだ、二人とも、そんなところにぼんやり突っ立って。誰か来ていたのか?」
トルフディル先生は、八の字眉のまま、顎髭をしごきつつ、困ったようにわたしに笑いかけた。わたしはよく分からずに笑い返した。何がこの微妙な空気を作ったのか、全く見当がつかなかった。
テーブルに戻ると、オンマンドはなぜか鼻の頭を赤くしていた。彼はわたしと目を合わせないよう視線を彷徨わせながら、ぼそりと言った。
「あのさ、余計なお世話かもしれないけど。そういうことって、あまりあけっぴろげに話さない方がいいと思うよ」
そういうことってどういうことだろう? わたしが質問する前に、オンマンドはトイレに行ってくると宣言して素早く席を立った。