獣の人
彼が召喚されたのは、冬木から命からがら帰還した翌日だった。
槍を引っ提げて召喚に応じた彼は、からりとした気持ちの良い笑顔で自己紹介してくれた。クラスはランサーだと言う。
名前を聞いた事が無いので正直に告げると、苦笑いされたことはよく覚えている
どことなく幼さを感じる顔立ちだったが、瞳は太陽のようにらんらんとしており、意志の強さを雄弁に語っていた。少年とはいえども、まさしく戦士の顔つきをしていた。
彼の第一印象はそんなところだ。
冬木で共に戦ったキャスターからも及第点を得た。
曰く、少年の体躯は小柄ではあるが引き締まっており、更に頑丈。しかし、柔軟性もあり、言わば獣を連想させる姿をしていると。ランサーとして召喚された自分と張り合うのではないかと。
アルスターの大英雄の口からそう紡がれるほどの英雄などそうはいるまい。及第点どころか合格点突破ではなかろうか。私はそう思った。その思いをキャスターに告げると、不敵な笑みを返された。随分と好戦的な色を滲ませた笑いだったから、多分、うずうずしたんだと思う。クランの猛犬とはそういう男なのだと心に刻んだ。
彼の召喚を皮切りに、続々とサーヴァントがカルデアに現界した。
そこからはとにかく濃厚な日々だった。
文字に書き起こせば延々と書く羽目になるだろう。書かざるを得ない。現在進行でサーヴァントによるしっちゃかめっちゃかな日々を送っているのだ。気の遠くなる作業になること請け合いだ。
彼について書き起こすだけでもとんでもないことになる。
彼はいつだって最前線で戦った。
勇猛な英雄の中でも、特に際立った成果を上げた。
縦横無尽に戦場を駆け回る姿は、まさしく獣のそれだった。
そうして大暴れしていたこともあるが、自分よりも小さな彼が傷だらけになりながらも戦いに身を投じていたことが、記憶の奥深くに刻まれている理由なのかもしれない。
彼はいつだって笑顔だった。
どんなに絶望的な状況に陥ろうとも、決して笑みを絶やすことは無かった。
どんなに傷ついて膝が折れそうな時も、打ちひしがれた心折れそうな時でも、彼は鼓舞し続けた。その姿にどれだけ救われたかは分からない。たった一言、彼が声をかけてくれるだけで戦況は一変した。カリスマとは違う、生きる力というか、人を魂から揺さぶる力。彼は底が知れない男だと感じた。
『相当強いぜ、俺たち』
彼はいつだってそう言った。
『俺たちは、今まで敵同士だったこともある。折り合いつかなくて離れ離れになったことだってある。いろいろとあったさ。だけど、今は味方同士だ。敵だったらやばい奴らがさ、手を取り合ってここにいる。みんながいるんだ。すげえよなあ、強い奴らが、こんなに頼もしい奴らがたくさんいるんだ。だからさ、相当強いぜ、俺たち』
この言葉が、今までずっと私の支えになってくれた。
きっとこれからも、消えないだろう。
皆がいてくれたから、私はここにいる。一生忘れない。忘れたくない。
彼が紡いだ言葉は、いつも私に宝物を与えてくれる。感謝してもしきれないくらいだ。
いつだったか、彼に何で召喚に応じてくれたのか聞いてみたことがある。
『助けてって、そう願ったんだろ。だから来たのさ』
朗らかに笑って、そう答えた。
英雄らしい回答だと思った。
彼は多くを語らない。
分からないことだらけだ。
ただ、私とそんなに変わらないかそれよりも小さい時から、その双肩に人の命を与っていたのだと考えると、私は問いただす気にはならなかった。
きっと、世界が背負わせた期待に、彼は応え続けたのだろう。何人もの英霊と言葉を交わしたからか、なんとなくそんなことを思ってしまった。
彼にとっては当たり前の世界は、なんて過酷だったのだろうか。
私に同情とか、そんなことはできないけれど。彼が幸せだったのならいいなと、そう願った。
幾つもの特異点を彼と超えた。
勿論、旅の仲間は沢山増えた。
笑いあり、涙ありの、騒々しい旅だった。
一年で駆け回るには広すぎる世界は、美しくて寂しかった。
そこに居るべき人はいなくて、ただ静かな地平と海とがどこかで途切れていて、空は覆われて明るいばかりだった。
一つずつ取り戻せて、本当に良かったと思っている。
特異点を取り戻す度に、お祭り騒ぎをしたのはいい思い出だ。
サーヴァントの巻き起こすどんちゃん騒ぎは苦い思い出だ。
でも、素敵な記憶だ。
旅の終着点への切符を掴み取る最後の特異点、バビロニアは特に思い出深い。
唐突にカルデアに現れた金色と黒の縞模様の変な生き物が、ワシも連れて行けなんて無茶を言うものだから、グダグダな出発になってしまった。
最初は流石に不満だらけだった。
緻密なミーティングを何度となく重ねたのに、とらとかなんとかいう変なやつのせいで予定が滅茶苦茶になったのだから。
とりあえず分かったのは、この生き物はランサーと知り合いだということと、バビロニアにどうしても外せない用事があるということ。あとバーサーカーのクラスだといったところだろうか。
ランサーとは食ってやるだの退治してやるだの物騒な単語の応酬だったけれど、多分仲良しなんだろう。
ランサーが初めて、素の表情を見せたから。
なんとなく打ち解けた私たちは、ウルクの街並みを楽しんだり、賢王様のお小言を頂いたりしつつ、来るティアマトとの最終決戦に準備をしていた。
『マスター、俺はこの戦線で、一人で立ち回ることになるかもしんねえ』
だから、彼の唐突な一言に面食らった。
『ギルガメッシュからは許可を得たよ』
二言目にはボディーブローを受けたような衝撃と似たようなものを感じた。
『…皆と戦えないのは、本当に悔しい。でも、俺はこの日のために召喚されたんだと思う。決着をつけなくちゃいけないんだ』
彼は、今まで自分のことを語らなかった。
もしかしたら、これが最後のチャンスかもしれなかった。
少しでいいから、あなたのことを教えてくれと泣いて縋るにも似たような形で呼び止めた。
『俺にとって、蒼月潮にとって、俺たちにとって、うしおととらにとってはさ、澱んでしまったものと決着をつけるっていうのはさ、必然なのさ』
『そういうこった、ガキ。お前達はせいぜい、誰も死なねえように注意すんだな』
その思いは決して揺るがない強固なものなのだと、その瞳を見れば分かった。
『心配すんなよ、マスター。俺たちは二人で一つさ』
『そういうこった。お漏らしして待っときゃいいのさ』
彼らは不敵な笑みを残して飛び立った。
私はただ見送るしかなかった。
だけど、確信していることがあった。
彼はティアマトに勝つのだろうと。
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「白面とはちがうけどさ、あんたも置いていかれたってことだよな」
金色の獣に跨った長髪の槍兵が、ポツリと呟いた。
「なんちゅうかよお、陰の気っちゅうか陽の気じゃない奴らってのは、なんでこうもおぞましい恰好が好きなのかねえ」
「ま、俺たちと敵対するんだしよ、そりゃあおどろおどろしい格好で驚かそうとするわな」
「そんなもんかねぇ…」
「お前の方が詳しいだろうが」
「うるせえなぁ、もー」
世界が今まさに滅びようとしている中、彼等は軽口をたたく。
絶望なんてものは、何度も感じてきた。
とびっきりのものを何回も体験してきた。
「これで勝てなかったら、滅茶苦茶怒られるんだろうな」
「えらく弱気だなあ、うしお。バカなりにやべえって感じてんのか?」
「な、し、失礼なことを言うない、バカ!」
「なんだとおい!バカっちゅうほうがバカなんじゃコラ!」
取っ組み合いでもしそうなくらいに、険悪な空気になる。
あと数時間もしないうちに特異点を救えなくなるかもしれないというのに、二人はお構いなしだ。
「…まあ、さ」
「なんじゃあ?」
「いつも付き合ってくれてよ、ありがとよ、とら」
「…へん」
「もう一回よ、世界救うぜ」
「あたりまえよ」
今更、絶望して何になる。
歩みを止めてどうする。
下を向いてどうする。
目の前に敵がいて。
命のろうそくは燃え盛って。
希望しか見えていなくて。
その思いに四肢が応えて。
どうしようもない土壇場に立たされているんだったら。
「いっくぜえとらあああああああああああ!!!!!!」
「うるせえってんだよぉうしおおおおおおおおお!!!!!!」
神話を打ち立てるのだ。
誰も敵うことの無い、完膚なきまでの奇跡を。
彼らにはそれができる。
誰が信じなくても、彼らは絶対に成し遂げる。
だって彼らは。