「白面の者?」
「そう、いわゆる九尾の狐だ」
廊下から食堂へ場所を移して会話は続く。
昼食の時間を過ぎた食堂の利用者は少なく、厨房を掃除するエミヤとタマモキャット、束の間の休憩時間に一息つく数名の周回メンバー、交代時間を利用して休憩するカルデアスタッフが5名ほど利用しているだけだ。
先に滞在していた彼らと軽く挨拶を交わした潮と立香は、エミヤに紅茶を頼み、食堂の奥、壁際の席に居座ることを決めた。
日頃は快活な笑みをこぼす潮だが、今日の彼の表情はいつになく真剣だ。
「つまり、タマモシリーズ的なやつってことだよね?」
「うーん、俺の知ってる九尾とこっちの九尾とはちょっと違うけど、まあそうだよ。中国で大暴れして、日本にも来た大妖怪ってところは一緒かな。細かいところはいろいろと違うから、説明が難しいけど」
「ふーん…?」
「まあ、俺もその辺詳しく理解できてるわけではないから、この説明で合ってるかわかんないんだけど…世界が光と闇に分かれたときに闇側の世界に住むことになったのが白面の者なんだ。メソポタミアのティアマトみたいな感じかな。俺が中学生の時に白面も目覚めて、退治することになったんだよね。その鍵になったのが、この獣の槍なんだ」
「なるほどね。つまり、白面の者は人類悪みたいなものなのか。ティアマトと近い存在だとしたら、かなりの神性持ちだよね…すごく苦労したんじゃない?」
「そうだね…日本が戦場になったんだけど、戦える人全員が力を合わせてようやく槍がとどいた…それくらいに強かったよ」
潮の顔は暗い。
カルデアに召喚された英霊たちは、誰もが過去を振り返るときに何かを悼む顔をする。
彼らは後悔はないと言う。しかし、過去を振り返れば傷の一つや二つはあるはずだ。それは彼らを苦しめたりするだろうが、その傷があるからこそ彼らは英雄なのだろう。程度はどうであれ、何かを背負て生きるとはそういうことなのだろう。
「潮君は凄いね…やっぱり、年が近いのもあるのかな。君が世界を背負って戦ってきたんだって思うと、こう、胸が熱くなるよ」
「そうかい? それは、なんか恥ずかしいな…」
「でも、世界を混乱に陥れた白面の者って、どれくらいやばかったの? いや、ティアマトみたいなものって聞けば、そりゃあとんでもないんだろうってのは分かるんだけどさ」
「うーん…説明は難しいな…一番やばかったのは、日本が沈みかけたことかな」
「沈む…?」
「白面は日本の地下深くに封印されていたんだけど、目覚めた影響で地盤がガタガタになっちゃってさ、地震と津波がひっきりなしに日本を襲うようになっちゃって。危うく沈むところだったんだぜ」
「それは、なんとも…人理焼却レベルだね…」
「あはは…いや、笑い事じゃないか。とにかくやばかったよ。白面の手下もすごい数いたし、味方の妖怪達は日本を支える柱になってしまったし…」
立香は絶句した。
潮はこの年で一体どれだけの重荷を背負っていたのだろうかと思うと、涙すら出てきた。
いつも明るい彼だが、その笑みの裏には想像を絶するような戦いと別れとがあったのだ。
「泣くなよマスター。俺は、自分のやってきたことに後悔はないぜ。救えなかったものとか、取りこぼしちまったもの、分かり合えなかったものとか、そりゃ色々あった。だけど、それでよかったんだと思ってる。生きるって、そういうことなんだと思うんだ。みんな一生懸命に、精一杯に生きてきたんだ。生きる世界が違う誰かと出会ったとき、正しいことと間違ったことはぐちゃぐちゃになっちまうことだってある。でも、自分が正しいと思ったことをなせばいい。それをみんなに教えてもらったんだ。カルデアのみんなにもお世話になりっぱなしさ。もちろん、マスターにもな。人理修復とか、聖杯とか、難しいことはやっぱりわからないまんまだったけど、いままでお世話になった皆のことを守るために戦えたってことは分かる。みんなと戦えてよかったなって思ってるんだぜ、マスター!」
「む、むず痒いなぁ…」
「まったくだ、そこまで褒められると流石に恥ずかしいぞ、潮君」
「お、ありがとうなエミヤさん」
潮の言葉に涙が止まらない立香と、苦笑いしながら紅茶を注いでくれるエミヤ。
食堂の奥にいるとはいえ、泣き声というものは響くものだ。その場にいるものは視線を向けたり、聞き耳を立てたりする。
「おっと、流石に目立つな。マスター、場所を移すか? もしも移動するならば茶菓子を包むが」
「大丈夫、ちょっと感極まっちゃっただけ。それに、聞かれて不都合なことはないからこのままでいいよ。よかったら、エミヤも一緒にお茶しない?」
「む、ではお言葉に甘えるとしよう。彼に聞きたいこともあるしな」
「お、いいぜ! あ、でも難しい話はよしておくれよ、説明へたくそだからさ!」
「ふむ、了解した」
厨房の方は夕飯の仕込みも終わったようなので、暇になったエミヤも誘って会話を続けることにした。
タマモキャットも呼ぼうかと思ったが、エミヤと入れ替わりで厨房に入ったブーディカとなにやら談笑をしているようなので三人でのんびりと紅茶を味わう。
唇を潤したところで、エミヤが口を開く。
「潮君、前々から聞きたかったのだが、君の使う槍は一体何でできているんだ? 解析してみたが、鉄や青銅といったものとは違うものが混じっている。確証があるわけではないが、魂が宿っているのか?」
一瞬だが、潮はどう説明したものかといった顔をする。
しかし、自分の中でうまくかみ砕けたらしく、古来の中国に伝わる魔を滅する槍の作り方を簡単に説明し、獣の槍はそれに由来することを語る。
「獣の槍は妖怪に家族を殺された兄妹がその怨念を込めた槍だ。文字通り、その身を捧げて作られた槍でさ、とにかく妖怪には恐れられていたんだ。玉藻さんとか酒吞童子が怖がるのはそのせいだろうね」
「人身御供ということか…なるほど、解析が弾かれた理由がわかったよ。人ならざるものの力を拒絶するのであれば、当然、私達英霊の干渉を嫌がるわけだ」
「あ、誤解しないでほしいんだけど、二人はもう見境なく妖怪を襲ったりしないから大丈夫だぜ! 仲良くしたいことをちゃんと伝えればいいから!」
「そうか、では、今後ともよろしく頼む」
「よろしくね!」
「おう、二人ともよろしくってさ!」
会話は続く。
潮の冒険の話、エミヤの豆知識、立香がイベント中に経験したこぼれ話など、すっかり語りこんでしまい、気づけばレイシフトの時間となっていた。
「じゃあ、僕はレイシフトしてくるよ。遅くても夕食までには帰ってこれると思うから、心配はいらないよ!」
「わかった! 気を付けて行って来てなマスター!」
「了解した。道中小腹がすくだろうから軽食を包んでやろう。ちょっと待っていてくれ」
それぞれが自分の役割を果たす時間が来た。
マスターはレイシフト、エミヤは夕食の準備、潮は子守りだ。
「じゃ、また夕ご飯のときにね!」
「ああ、行ってらしゃい!」
なんてことのない、いつものカルデアの日常がそこにあった。
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「どう思う、ダヴィンチ女史」
「うーん、マスター君のおかげでいろいろと情報が引き出せたけど、やっぱり彼については分からないことが多いなぁ」
場所は移り、ダヴィンチの工房。
そこではエミヤとダヴィンチが先ほどの潮の会話をもとに彼が何者なのかを突き止めようとしていた。
彼が悪人でないことは7つの特異点を超え、ソロモンと対峙した人理修復の旅の中で分かっているが、はっきりとした来歴はいまだに不明なままだ。彼の口から語られる情報がすべてであり、それ以外のことは全て憶測である。
「彼がこの世界の人間でないのはハッキリとしている…まあ、並行世界の英霊だと考えるのが妥当だろうね。白面の者についてはウルクの賢王が何か知っているみたいだけど教えてくれないし、獣の槍も該当する文献がない。潮君がカルデア側の人間であること以外はさっぱりだ」
「まあ、そうなるか…」
「憶測に次ぐ憶測でしか彼の存在については語ることができないのだけれど…おそらく、ガイアやアラヤが深く関わっているとしか言いようがないね。槍は神性特攻、それもビーストを一撃で屠りさることも可能な程に強力なものだ。獣の槍の伝承の他に、神殺しの逸話を持つ宝具の概念が多数付与されていると考えたほうがいいかもね。近代の英霊だろうけど、彼のいた日本は魑魅魍魎が跋扈する世界だったようだし、我々の知る20世紀とは分けて考えたほうがよさそうだ」
「抑止力として彼は呼ばれたと考えるべきか…ランサーのクラスだと自称しているが、実際は別だと思っていたほうがよさそうだな」
「まったく…研究者の好奇心をくすぐるねぇ、調べれば調べるほど面白いよ…」
「研究熱心なのは結構だが、限度はわきまえたまえよ」
「まあ、気を付けるとも」
仲が深まるほどに、謎も深まっていく。
蒼月潮の存在は、カルデアに何をもたらすのだろうか。
これでいいのかしら。