やはり俺の戦姫絶唱シンフォギアはまちがっている。 作:亡き不死鳥
………。
夜というのは、不思議な空気が漂うものだ。喧騒が減り、光がいつもより輝いて見え、音が透き通って肌が敏感になる。近代化の進んだ日本では夜も騒がしかったり街頭に光が霞んだりもするが、ここは人目のつかない川辺だ。
まだ緑の姿が残ってエアキャリアも木の影に隠れてしまうような自然に囲まれた空間だ。人口の光が届かない場所で、空には欠けた破片を輪のように纏う月が変わらず輝きを灯していた。
あれがそのうちこの地球に落下してくるなんて、普通の人達は信じないだろう。月が欠けるなんて非常事態が起きたとしても、その脅威が自分に訪れるなんてその瞬間まで思わないのだろうな。
「………」
「………」
……。
風が、目の前の少女の髪をはためかせる。黒い髪が月光を反射し、それどころか彼女自身すらその光を宿すかのように澄んでいた。
F.I.S.という機関にいなければ、世界の脅威なんて知らなければ、彼女は何をしていたのだろう。
「……八幡」
「ん、どうした?」
「……じー」
「なんだよ…」
暗がりで向けられる瞳から相手の感情を読み取るのは難しい。だが人は言葉でのみコミュニケーションを取るに非らず。むしろ仕草や表情で会話の七割を成立させているのだ。逆に言えば言葉で成立するコミュニケーションは三割ほどなので、黙っていても七割はコミュニケーションを成立させていることになるのだ。違うか、違うね。
むしろそこから読み取れることなんて少しもない。その瞳は何かを求めるようで、何かを期待するようで、その実逃げようとしているようで。さりとてこちらから投げかける言葉もない。ただじっと、月読が口を開くのを待った。
「八幡は……。八幡はどうして、世界を救おうとしてるの?」
「……と、言うと?」
「……八幡は、ずっと私達とは違う理由で一緒にいると思ってた。私や切ちゃん、マリアだって弱い人を救いたいと思ってた。自分だけ助かろうとするずるくて強い大人から、弱い人たちを守るんだって。…でも、みんな変わっていってる」
「……」
「マリア、あんなことを…。力で、力がなきゃなんて、だってその
「マムにでも言われたか…」
よくある話だ。覚悟はある、意思はある、思いも願いも忠誠も献身だってある。その上で。
…何をして良いのか分からない。この行動は正しいのか、誰かの力になっているのか、間違っていないか、迷惑になっていないか。その判断が付かなくなってしまう。
自分なりに考えた行動が、相手にとってただ迷惑や独りよがりになってしまったら。いや、一度なってしまっているのだろう。失敗は成功の母と言うが、その失敗で成功の目を摘むことだってある。
「…マリアはマムに頼られてた。八幡だってドクターに酷い扱いされて、それなのにそのドクターに頼られてる。…私と切ちゃんだけ、何も頼られてない。八幡よりマムと一緒にいた時間は長いし、歳だって一つしか変わらないのに…」
「都合のいい扱いされてるだけだよ。別に信用とか信頼とか、そういう話でもない。そんな義理もないしな」
「じゃあなんで協力してくれるの?」
「……」
「……私はマリアが、マムが困ってたから力になりたいって思った。フィーネだからじゃない。私達みたいな弱い人達を救いたいって気持ちも本気だけど。それでもやっぱり、初めはみんなが理由だったよ。…八幡は、なんで?」
純粋な疑問を問いかける、まるで小さな子供のように無垢な言葉。問いなのに、疑う要素を含まない探究。
心の表面を優しく撫でるように、深淵を隠す表層を崩さず罅を入れた。
「………。別に、成り行きだよ。世界を救うのが目的だから、世界を救う。それだけだ」
「救うのが、目的?」
「だから別に方法に是非は問わない。弱い人を踏み躙ろうが、それ以外に選択肢がないならそれを選ぶ他ないだろ」
「そんなの…」
「俺も踏み躙られる側の人間だったから、理不尽だとは思う。けどな…」
そう、理不尽だ。好き勝手やる人間に好き勝手やられる人間。勝ち組と負け組、いじめっ子にいじめられっ子。平和な日本にだってそんな格差なんて幾らでもある。世界なんかに目を向ければ尚更だ。
たかが小さな学校一つでさえ、流れる
その一つだったからこそ、至極当然な事が言えるんだ。
「俺もお前も、できない事が多過ぎる」
なんでもはできないから、俺は幼少期からぼっちで過ごしてきた。もう少し笑えたら、もう少し空気が読めたら、もう少し明るく振る舞えたら、もう少し口を好かれる方に回せたら。今では思うことすら無くなった事を、願った事がないと言えば嘘になる。
「頼られてるとか言ったけど、俺とかアレだぞ?俺たち友達だろって言いながら一緒に帰る奴らのランドセル全部背負わされて帰ったことある人間だからな。もう頼られ過ぎて一日でそいつらと帰るの辞めたくらいだ」
「それは…なんか、違うね」
暗くて静かで、愛想笑いすら引き攣った顔してたからそんな扱いだった。
笑えて、明るくて、会話が上手くてオシャレができたら、きっとそんなことにはならなかっただろう。
爽やかで、スポーツや勉強までできて、誰かを思いやれるような………
………はぁ?誰だよそいつ。見たことも聞いたこともねえ。
少なくとも、そんな奴は『俺』じゃない。
「だからそっからは一人で登下校したし、遊ぶのも一人になったな。一人野球とか一人サッカーに一人テニス。一人でやれることは大体やった。教科書とか忘れたら隣の奴が心底嫌そうな顔するから忘れ物もしなかったし、次のテストの範囲が分からなくなるから授業中寝ることも少なかったな」
「そっか、大変だったんだね。…でも急にどうしたの?」
「まあ聞け。そんなこんなで初めはともかく、上手いことぼっち生活を回せてたんだよ。それでも移動教室が中止になっても教えてくれる友達がいなくて一人だけ授業が始まっても特別教室にいて遅刻したり、普段誰もいないから鼻歌歌いながらベストプレイスに行ったら告白中で台無しにしたこともあった」
「うわぁ…」
「その果てに今だ。記憶なくして平和から離れたシンフォギアなんてもん纏って世界の為なんてお題目で戦ってる。理不尽極まりないだろ?」
「うん…。ほんとに、大変だったんだね。えらいえらい」
「あ、いや、そう言う反応はなんか違うんだが…」
背伸びをして頭を撫でてくる月読に後ずさる。いやむしろ引かれる反応を予想してただけに普通に、というかこれは憐れまれてるんだろうか。身長が足りなくて前髪パサパサされてるんだが。
…そんな月読の頭を、逆に撫で付けてやる。
「わっ」
「だからまあ、なに、あれだ。失敗の数も質も俺の方が何倍もあるんだよ。人生基本敗北者だし、むしろ負けることに関しては最強まである」
「……ふふ。なに、それ」
「そんな俺でも好き勝手やってるんだ。お前ももっと我儘になっていいだろ。知らんけど」
「えー、無責任。それにマム達に迷惑かけちゃうかも…」
「散々迷惑かけられた後だろ。熨斗つけて返してやるくらいで丁度いい」
「そう、かな…?」
「そうだよ」
わしゃわしゃと髪を乱してやれば、くすぐったそうに目を細める。こう言っちゃ何だがこいつも暁も、さらに言えばマリアだってそうだ。
こいつらはいい子が過ぎる。あんな研究所の中でどうしてこれほど曲がらず腐らずにいられるのだろう。お互いを心配し気遣えて、それどころか世界と敵対するだなんて大事にだってみんなの為ならと足を踏み出せる。
今回の月読の悩みだってそうだ。騙されていた恨み辛みを語ることなく、それどころか迷惑をかけないようになりたい、力になりたいと苦しんでいる。
「……そっか。私、変わらなくてもいいんだね」
「無理に変わろうとしても変わった気になるだけだろ。変わらなきゃ、とか変わらないとだなんて言葉で変われるなら苦労しねえよ」
「……。マリアがあんな風に変わっちゃって…マムも変で…。八幡も初めて会った時と比べたらちょっと変わってて」
「俺が?」
「うん。前よりちゃんと、私たちを見てくれるようになった」
「………気のせいだろ」
「私も…。私たちも変わらなきゃいけないのかなって、不安だったんだ。どうしたら、変われるんだろうって…」
「………」
「進みたい…進めない。変わりたい…変われやしない。そうやってずっと、繰り返してた。なんにも、知らなかったから。……分からなかった、から」
自分が変わらない、変えられない。年頃らしい悩み。だけどそれでいいのだろう。その苦しみも悩みも、その全てが月読らしさだ。自分らしさを捨てる必要はない。自分に嘘ついて誤魔化して、周りに合わせるだけの機械になんてなれない。なる必要もない。
その人間の持っている弱さも醜さも、そして優しさも。それが自分である限り捨てられないのだから。
「………ま、困ったら言えよ。たぶん何とかしてくれるだろ、あいつらが」
「え、八幡は?」
「必要ないだろ」
……そう。何もかも、捨てられない。あるとすれば零れ落ちるだけだ。両手に収まらない物は地面に落ちて壊れて消える。ならばできるのは何を両手に残すかだ。
残さないものをいつまでも大切にしようとして、知らぬ間に揺り落としてしまわないように。
「お前らの未来に、俺の力はいらねえよ」
この小さな二つの手に、キャロルと月読達の二つは乗らない。月の落下を食い止めた後、頼ることも頼られることも。もしかしたら会うことすら無いかもしれない。
「………」
「……八幡」
「………。じゃあな、おやすみ」
「うん…。おやすみ。ありがとう」
それなのに何故、俺はこうして月読に踏み込んでいるのだろう。知らぬ存ぜぬを通して寝てしまえば良かったのに。
…頼られる事など、俺には無かったはずなのに。
☆☆☆
side調
「……じー」
エアキャリアに帰っていく八幡の背を見送る。初めは八幡の戦う理由を、世界を相手に立つ理由を知りたかっただけだったけど。気づけば励まされたのか元気付けられたのかよく分からなくなっていた。
「最後…。どうしたんだろう」
途中まで、真剣だった。珍しく親しげで、近づいても逃げなくて、ちゃんと目を見て言葉を交わしてくれた。最初に会った時の自然と拒絶するような八幡とは雲泥の差。
…それでも最後だけ。最後だけは、あの頃と同じ雰囲気をしていた。
「………あ。聞き忘れちゃった」
確信のない想いを夜風が溶かしていく。大きな手のひらの感触を残した髪の毛をまた撫でるように月光が瞬く。
そんな中でも、沢山の言葉を掛けられても、忘れられない疑問。
「変わらなくてもいい。…でも本当に変わりたくなったら、どうすればいいんだろう」
その疑問だけは不思議と、どうしても消えなかった。
変わるのは現状からの逃げ、変わらないのは問題解決からの逃げ。
つまり物は言いよう。