やはり俺の戦姫絶唱シンフォギアはまちがっている。 作:亡き不死鳥
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時は少し遡る
「……ごめんね?お願いしちゃって」
「別に、このくらいなんともねーよ」
あれからの事に、特に特筆すべき出来事はない。手摺にもたれ掛かる小日向の姿を流星群を見ていた俺は一度も見ていない。だけど人間の体というものは便利な癖に不全なものだ。
見てもいない相手が鼻をすする音だけで相手が悲しい気持ちを抱いていることを察してしまう。もう止まっているのに、目が赤みを残すだけで流していた涙の存在を知ってしまう。言葉をかけたくなるのに、かける言葉が出てこない。本当に、人間の体は面倒だ。
「だけどいいのかこれ。画面越しに見ても星一つ映らないんだけど」
「うん。今回は響と一緒に見れなかったから、私が今日の流星群を見たっていう記念にしたいの。次は一緒に流れ星を見て、もう一度こうして流れ星を撮れますようにって」
「なるほど?っていうかそれなら俺が撮ったら意味なくね?小日向が撮った方がいいんじゃ…」
「いいの!私の携帯で、比企谷くんが撮って、響がそれを見る。それがしたいんだから」
「いや、だからそれ俺いらな…」
「ほーら!ちゃんと画面見ないと流れ星見逃しちゃうよ!」
「見逃す以前に何も写ってないんだよなぁ…」
なんかすげえ誤魔化されてる感があるが、どうやら少し明るくなった小日向を見ているとまあいいかと思えてくる。この何も写っていない動画を見た立花は一体何を思うのだろうか。がっかりするのだろうか。それとも次は一緒に見ようと感謝するのだろうか。
……立花が今日も呼び出されているということは、またノイズが現れたのだろう。最近ノイズが大量発生しているこの街は、わずか二人の少女達によって守られている。彼女らがいなければこうして星を前にカメラを構えることも出来ないかもしれない。
「…ねえ比企谷くん。次に流れ星を見に行く時は比企谷くんも一緒に見ようね?」
「え、急に用が入る設定が浮かぶから無理」
「もうっ。比企谷くんの嘘つき!予定決まったら小町ちゃんに確認とっちゃうから」
「おい俺が断れなくなる方法をとるのやめろください」
なんで俺の予定のはずなのに小町に選択権があるのか、これがわからない。さらに言えば小町のいう事に対して拒否権とかちょくちょく発言権まで取られるのも理解できない。俺は小町を溺愛しているだけで奴隷とかじゃないのに。
「………ふぅ、腕疲れた。これくらい撮ってりゃいいだろ」
「うん、ありがとう」
受け取っていた携帯を返すと小日向は早速映像の確認に移る。だけど当たり前のように画面に映るのは真っ暗な映像だけで光の一筋だって写っちゃいない。目に映る光景と全く同じ光景を写し取っているはずなのに、そこに映るのは輝くことのない漆黒だけだった。
「……やっぱり何も映ってないね」
「そりゃな」
「次は撮れるように準備したいな」
「頑張ってどうぞ」
真っ黒の映像を真剣に睨みつける姿が少し笑えてしまう。その映像にどれだけの価値があるのかを俺は理解できないが、きっと立花と小日向の二人にとってあれは大事な思い出となるのだろう。
だけど心配にもなる。親友のために優しい嘘をつき続ける立花と、隠し事があることを理解しつつもそれを打ち明けて欲しい小日向。図らずも俺は二人がお互いに望んでいることを知ってしまった。
立花は小日向が無事であれと、小日向は立花にこそ頼って欲しいと。互いのエゴイズムが真逆を向いているような現状が気にかかる。どちらも互いが大切で。片や優しい嘘をつき、片や残酷な真実を望む。大切が故に出来上がる関係は、今の関係をどう変えてしまうのだろうか。
「………ねぇ。流れ星、ダメ?」
「………予定が合えばな」
「やった。じゃあ約束ね?」
「約束はしかねる…」
願わくば何もなく終わって欲しい。
「……俺は、嘘つきだからな」
…隠し事は、してもされても痛いから。真実は残酷だというのなら、きっと嘘は優しいのだろう。残酷な真実を覆い隠す、優しい嘘。だがなくならない真実はいずれ嘘を食い潰す。その時現れる残酷は、きっと深みを増して当人たちに食いかかるのだ。
すぐ取り出せる真実なのに、触れさせてくれない嘘が隠し続ける。二人の隠し事も、鞄の中から取り出せればいいのに。
☆☆☆
リディアン前
「じゃあ、またね。おやすみ比企谷くん」
「ああ。またな」
流星群が終わり帰る流れになったが、今現在の通り俺は小日向を寮の近くまで送って行く事になった。小町の命令とはいえ相手に拒否されてまで送ろうとするのは只のストーカーだ。だから小日向が断ってくれる流れを期待して「お、送ってくか?」と尋ねると「うん、お願い」とあっさり了承されてしまった。
展望台からリディアンまではすぐ近くという訳でもないので女の子一人で歩かせるのは気が引けたとはいえ、別に断っても良かったのよ?俺帰れるし。まあ結果的にこうして送って行ったわけだが。
「……自転車ないんだよなぁ」
問題はここからだ。夜も更け、流星群も消えたとはいえ空には月が浮かんでいる。暗いわけではないがここから家まで普通に遠く感じる。リディアン近くの寮に寄り道をしているのだからなおさらだ。
「……ま、のんびり帰るか」
しかしぼやいても家までの距離は変わらない。親に連絡しようと迎えに来てくれるわけもないだろう。社畜様の夜は遅いし朝は早いのでわざわざ呼ぶ気にもならない。頑張って働いてもらって俺の食い扶持を稼いでもらわなければ。そして俺はそのお金でマッカンを買うのだ。帰る前にもう一本買っておいたので腹のポケットがほんのり温かい。
だがのんびり歩いていると、普段あまり意識しないようなところに目がいってしまう。街灯で照らされる風景はいつも学校に行く時には見向きもしない場所が見えてくる。
ここの看板は剥がれかけてるし、こんなところには喫茶店がある。路地裏には女の子が寝ていて、黒猫は庭を歩くように堂々と足元を通り抜けた。
「……………は?」
いや、待った。なんか今、すげぇ非日常的な風景が視界に入り込んだ気がする。通り過ぎた所を引き返して一瞬だけ見えた路地裏を覗き込む。
「…………え、酔っ払い?」
そこには女の子が眠っていた。銀髪を後ろで結んだ少女は、小さく吐息を漏らしながら静かに寝息を立てている。手には白いボールを持ち、時折寝苦しそうに「んっ」と声を上げる。その度に少女についている大きな果実が揺れ動き目が奪われるが瑣末なことだろう。うん、まじ瑣末。瑣末過ぎて逆に気になるレベル。超気になる瑣末。
……しかし寝ているのを言いことに観察してみたが、どう見ても二十歳を超えてるとは思えない容貌だ。顔に赤みもなく酔っ払いではなさそうだが、こんなところで寝ているのだ。どう考えても訳ありだろう。
「………よし、無視しよう」
訳あり人間に関わればそれに巻き込まれることは必然だ。あんな暗いなかわざわざ外で寝るなんて普通に生活していたらありえないだろう。家出か、親からのネグレクトか。いずれにせよ俺がどうこう出来る範囲を超えることは間違いない。
(だけどやけに可愛かったな)
関わらないと決めて再び帰路へと足を運ぶが、あんな衝撃的なシーンに出くわしてしまうとあの子のことばかり頭に浮かぶのは仕方がないことだろう。そうなると、やはり最初に浮かぶのはその容姿だ。あどけなさの残る顔立ちは男受けしそうで可愛いとも思う。そんな少女が路地裏で寝ていたら怪しいお兄さんにウス=異本ルートが想像出来てしまう。
いや、ここは日本。頭のおかしい悪ガキが大量発生しているわけでもないし、例え社会人のおっさんに見つかってもその人にも生活がある。そんなリスクの高いことを言い歳した大人がするわけ…。
『子供にそんな真似するなんて、大人として格好がつかないんだよ!』
ピタッと、歩く足が止まる。
思い出すのは二課の大人たち。子供である俺たちを気遣い、助けてくれる人間が、大人が何人もいる。見ているだけでこんな大人に俺はなれないんだろうと思ってしまうほど皆が皆お人好しで優しい人達だった。そんな人達が、路地裏で眠っていた少女を見つけたらいったいどうするのだろう。
話しかけるのだろう。事情を聞いて力になるのかもしれない。そんなことしても少女が此方を拒絶することもあるだろうし、もしかしたら引っ掻いてくるかもしれない。
……それでも、無視して通り過ぎる大人達を、俺は一人も想像できなかった。
「……………ああ、クソ!」
回れ右してまた路地裏へ歩を進める。今でも十分遅い時間なのに、なんでわざわざ厄介ごとに足を突っ込もうとしてるんだ俺は。あれもこれもかっこ良すぎる大人達のせいだ。例え将来なれなくても、でも俺も男の子なんだ。
カッコいい大人に、憧れないわけがないだろう。
「…ったく。なんであの人達結婚できないんだろ」
前話題になった時に聞いたところ大体の人が独身だった。あの司令や緒川さんも独り身らしい。絶対にモテモテの学生時代送ってそうなのに、周りの人たちの見る目はどうなってるんだ。むしろあの面子と一緒に仕事している友里さんや櫻井さんの理想が知りたい。いやマジで。
「……おい、あんた。大丈夫か?」
路地裏で寝ている少女に声をかける。普段の俺なら考えられない行為だ。だって話しかけるとか通報されちゃいそうだし。いやむしろこれから通報されるだろう危機に、今自分から飛び込んでいる。寝起きに目が腐った男の顔とか間違いなく恐怖だし。ほんとなんで俺声かけてるんだろ。
「…なあ、流石にこんな道端で寝るのは危ないぞ。せめてどっかで…」
「……んぁ?」
軽く肩をゆすり、それに合わせて動く果実に目が奪われそうになるのを必死に堪える。万乳引力に逆らう俺は人の身にして空を飛んでいるのかもしれないが、軽く声をあげて目を開ける少女に身が固まる。とりあえず通報されて捕まったら二課に連絡してもらって助けてもらおう、なんて最悪の想定から始まった現実逃避とは裏腹に少女はようやく覚醒したようだ。
「………なんだお前」
「通りすがりの学生だ…。寝るにしてもここは危ないだろ」
「はぁ?別にお前に関係な……ってぇ」
凄む様に睨もうとしたのも束の間、身悶える様に身体を抑えて蹲ってしまった。
「お、おい大丈夫か?なんなら誰か大人を呼んで…」
「っ!余計なことすんじゃねえ!誰が大人なんかに…っっ!!」
俺の言葉に反応したのか、今度こそ本気で睨みつけてくる少女の目を見て納得する。うん、間違いなく俺の手に負える問題じゃない。というよりも、俺が手を出す場面ではなさそうなのだ。人間というのは何かしらの
……だがこの子猫の様に威嚇しながら、体の不調を必死に耐える姿に何も感じない訳ではない。気が触れたのか、気がつくと俺は自分の右手で少女の頭を撫でていた。
「なっ…ばっ!お前、何を!?」
「悪い、余計な事した。大人は呼ばないし、お前のことも忘れる。何処かの大人じゃなくて、誰か頼れる子供になんとかしてもらえるように願っとくわ」
「べ、別にそういうことじゃ…」
「楽になったらこれでも飲め。じゃあな」
「だから待っ…!?」
手を離して買っていたマックスコーヒーを置いて立ち去ろうとする俺の袖を、何故か少女は握っていた。意識してではなく無意識に掴んでしまったのか、少女自身が自分のしたことに驚いているようだ。
「……どうかしたか」
「…いや、別に、したかしてないかっていやそりゃしてないんだけどさ…」
ぐぅ〜
「………」
「………」
モゴモゴと口の中で話す少女の声だけの世界に異音が響く。俺の腹、からではなかったので少女のものなのだろうが、ここで指摘するのは野暮が過ぎるだろう。だって既に顔を真っ赤にして俯いている少女に対してこれ以上の追撃は酷だろう。俺も気まずい。
「え、えっと。じゃあ俺はこれで…」
「……………なぁ」
「な、なにか…?」
「さっき言ったよな?誰か頼れる子供になんとかしてもらえって」
「い、言ったような言わなかったような…」
俯いていたはずの顔の隙間から、ニヤリと歪む少女の口が覗いた。
「………なあ、助けてくれよ」
「は、はひ…」
勝気な笑みを浮かべて頼む?姿はさっきまでよりも生き生きとしていて、まるで獲物を見つけた獣のよう。なのに何故だろうか。今の姿の方が少女らしい、無理をしていない素の姿のように俺には見えた。
かばんの隠し事好き。
歪鏡・シェンショウジンよりも重い歌な気がする。