やはり俺の戦姫絶唱シンフォギアはまちがっている。 作:亡き不死鳥
今回は意外な人物が勝手に動きました。
「わ、悪かったな。コーヒー……ありがとう」
「いや、まあ、いいんだけどな…」
マックスコーヒーを飲み尽くしたのは別にいい。というかお礼を涙をグシグシと擦ってから言われて、文句を言える人間がいるわけがない。だからそれは本当にどうでもいいんだ。
……だが、男はいつだって女の涙に弱い。一筋だけでも、一瞬の出来事でも、心は嫌でも揺り動かされる。前も、今回も倒れていた少女。二度も目の前で倒れ尽くしていた少女は、一体何を背負っているのだろう。
「………なんなら二本目買ってくるか?」
「……。いや大丈夫だ」
チラリと期待の目を向けながらもそれを断られる。それを少しだけ残念に思っている。
…一体何を背負っているのか。気にはなるし、助けたいと思わなくもない。だけどそれを聞くのは憚られる。むしろ絶対に聞いてはいけないとまで思う。
………雪音の事情は知らない。だけど、自分の事はよく知っている。目の前で問題が起きた時、見て見ぬ振りが出来なくなった時。例えそんな状況になったとしても、俺は『解決』という手段を取ることができない。
手が足りない。思考が足りない。繋がりが足りない。ないない尽くしの人生で、困ることが少ないとしてもどうしても困る時。いつだって解決方法は俺の手の届かないところにあった。
「……まあ、なんだ。ここのおばさんに許可は取ってあるから、服の洗濯と飯食い終わるまではゆっくりしとけ」
「……ん、分かった」
だから雪音の問題に、余計な手を出すなんて気取った偽善者であるべきではない。それは解決できないと分かっている人間が自分を慰めるための、どうしようもない自己満足だから。
「……じゃあな。雪音も起きたし、俺は帰るわ」
「えっ?」
「えっ?」
「……え、なに?」
モシャモシャしだした雪音も俺と雪音を見ていた小日向も合わせるように疑問符を浮かべる。だけど、もう俺いらないよね?
「……なんだよ?」
「比企谷くん帰っちゃうの?顔見知りならもう少し一緒にいても…」
「小日向が俺を呼んだのは雪音を運ぶためだろ?なら俺もういらないと思うんだけど。雪音もそんな格好の時に男が近くにいたら嫌だろ?」
「………べ、別に気にしねえけど…?」
「顔真っ赤だぞ」
「うっせえ!」
吠えるようにがなり立てる、前見た時と同じような雪音の姿。だけどその姿さえも先ほどの涙を見てからは歪なものに見える。普段通りの、普通の態度。そんな態度を涙を流すような状態で行なっているというのは、いつもそんな精神状態に身を置いているのではないかと懸念してしまう。
マックスコーヒー以降、まるで作業のように食べ物を口に突っ込む雪音の姿もそう。虚空を眺め、携帯を弄るわけではなく、誰かと話すわけではない。一人でご飯を食べるのに慣れきったような、しかし何かを求めるように空いた手は布団を軽く握りしめている。
………目につき始めると深読みが止まらない。何故、俺はこんなにも心を不安定にさせられているのだろう。
「……俺も、腹が減ったな」
「へ?」
帰るために抱えていた鞄を下ろし、その中から弁当箱を取り出すと雪音の布団のすぐ横に陣取るように胡座をかいた。
「…比企谷くん?」
「雪音が食ってるとこ見てたら俺も腹が減ったんだよ」
きっとこれも余計なお世話。むしろ二人からしたら帰ろうとした人間が急に弁当を広げ始めるなんて意味のわからない行動に目を丸くするのも無理はない。だけどただ、何故か無性に、放って置けなかったのだ。
「……邪魔だったら帰れって言ってくれ。もうちょい居ていいなら、
一人で食べたいならそれでいい。余計なお節介なら突っぱねられれば済む。だけど望まないぼっちなら、そいつはぼっちになる資格はない。自ら望む故にぼっちはぼっちたり得る。俺のように。
むしろ、望んで居ない奴はぼっちになんてなるべきじゃない。
「……好きにすればいいだろ」
「さいで。…小日向はどうする?」
「……。うん、私も朝からなにも食べてなかったからお腹空いちゃった」
ぼっちとぼっちを合わせても一人と一人で二人にはならない。だけどぼっち一人とコミュ力お化け一人ならどうだろう。化学反応のように絡みつるみ、きっと二人になるのではないか。
なので、
「私も混ぜてもらってもいいかな?えっと、雪音…」
「……クリス。雪音クリスだ」
「そっか。じゃあクリス
ご飯、一緒に食べよっか」
「…………好きに、すればいいだろ」
☆☆☆
ーーー
「……え、お前年上なの?」
「…なんだよその意外そうな顔は」
「いやご飯あげてばっかだから年下かと…」
「残念ながらあたしの方が年上だ。悪かったな、小さくて」
「あはは…。それにしてもクリスが倒れた二回とも比企谷くんが立ち会うなんて凄い偶然だね」
箸は進み、話も進む。基本的に話のきっかけを作れない俺と雪音に小日向が話題を振り、それに反応するように会話が続いている。サボった学校は気になるが、春休みという区分がないのでダラダラと弁当箱の中身を口の中に運ぶ作業を進めていく。そんななんの問題もないまま雪音と小日向は話し続けていた。
………そう、なんの問題もない。何故か小日向は雪音の事情を聞こうとしないし、雪音も小日向を拒絶することなく平然と接している。踏み込む事なく、踏み込ませる事なく、進行している。
それが初対面の普通の距離感だ。まずはゆっくりと話して相手の人となりを知る。雪音にとっては無警戒な同年代の同性と話せて気も紛れるだろうし、小日向も立花の問題から少し気を抜けたら程度の思惑だった。
あまりに問題なく進むと逆に何か問題があるんじゃないかと思えてくる事、あると思います。しかしなにも起きない日常会話はおばちゃんが様子を見に来るまで続いた。
「あらあら、随分仲良くなったみたいね」
「おばちゃん。布団とかほんとにありがとう」
「いいんだよ。若い子が身体を冷やしちゃいけないからね。服も乾いたし、着替えるかい?」
「……あ、うん」
「…じゃあ外出てまーす」
部屋の中を下着でうろうろする妹をもっているとはいえ、女子の着替えに立ち会おうとする程頭は腐ってない。部屋の外で待つのもアレなのでいっそ外に出てしまった方が開放感があるのではと、閉められている店の前に立つ。
降っていた雨は止み、人通りも増えてきた。腹を満たし、気を休めた雪音はまた出ていくのだろう。いや、出て行かなくてはならない。二課と敵対している以上民家に留まっていればそのうち見つかるのは時間の問題だ。
……何故雪音は戦っているのだろう。彼女の性格は、何かを虐げるような方向には向いていないと思うが…。
ウゥーー!ウゥーー!
「っ!?警戒警報!?」
耳障りな、どこか焦燥感を煽る音は周辺一帯の平穏を脅かすように鳴り渡る。この音がなる状況はただ一つ。
ノイズだ。
「比企谷くん!」
「あんたたち、すぐ避難するよ!」
「お、おい。こりゃ一体なんの騒ぎだ?」
「ノイズだよ!警戒警報知らないの!?」
「なっ…。くっ…!」
「クリス!?」
人が一方向に流れていく中、それを雪音は逆走していく。流れから遠ざかるほど、ノイズの元へ近づいていくからだ。少しだけ緩んでいた顔も、また喰いしばるようにキツく尖っている。
戦いに、行ったんだ。
「……小日向、行くぞ」
「で、でもクリスが!」
「……あいつも、シンフォギア装者だ。…だから避難するぞ。俺たち一般人に今できる事は、ない」
「…比企谷くん」
「あんたたち早く!」
「…………。うん」
戦いに行く雪音に背を向け、避難を開始する。戦う力のない、ただ助けられるだけの人間が助けてくれる人間の邪魔をするわけにはいかない。だって、俺たちはシンフォギアのような力なんて持っていないんだから、何もできない。
気づけばもう既にあたりには誰もいなくなっている。雪音に気を取られている間にみんな既に移動している。早くしなければノイズが追いついてしまうかもしれない。そこでこの三人が逃げ切れる保証は…ない。
「きゃぁあああ!!?」
「小日向どうし…ノイズ!?」
《オォォォォン!!》
そして不運にも、最悪の引きをしてしまっていた。一人だけの先遣隊のつもりなのか、タコのような多足ノイズが逃げ惑う獲物を狙うように建物の上に陣取っていた。
その上小日向の悲鳴で獲物をこちらと定めたか、足の先端が小日向に向けられる。アレに触れれば、そう。触れるだけで、死んでしまう。
…避ける。庇う。引き寄せる。
…無理だ。身体が、固まったように動かない。
…怖い。ただ、怖い。目の前の存在が。
…死にかけているのは小日向なのに。
…身体が…動かない
「あんたたち!こっちだよ!」
グイッと、腕を引っ張られるように身体が動いた。腕が痛いくらい締め付けられ、小日向も同じように横に動いている。それを行ったのは…
「…おばさん?」
どこにそんな力があるんだ。ノイズの一撃を二人を引っ張りながら避けられるほどの速さで動き、取り壊し中の空ビルまで連れてこられた。俺はまだ地に足がついていないような恐怖を感じているというのに、おばさんだけはどっしりと足をつけて走っていた。
「……はぁっ、はぁっ。……若い子を元気に育て、死なせない。そんなの、親じゃなくても大人の役目だよ」
………。おばさんの横顔は、真っ青だった。気丈な声も、力強い走りも、その全てが嘘のように恐怖で血の気が引いている。なのにおばさんの両手には俺と小日向の手が握られている。離す気配もなく、その恐怖で見捨てることもなく、助けている。
……同じ助けられる側なのに、助けようと必死になっている。
俺と同じ恐怖を、感じているはずなのに。
「はぁっ、はあっ、……ぁっ!」
ビルの階段を降りている時、ついにおばさんの限界が来てしまった。二人の高校生を引っ張りながらノイズから逃げ、長い階段を心ここに在らずの人間の手を引いて降りる。
火事場の馬鹿力だとしても、長続きするものじゃない。取り壊し中の壊れかけのビル。最下層までもうすぐというところで、おばさんが足を滑らせた。
……大丈夫なはずだった。手を引かれているとはいえ高校生二人。おばさん一人を支えるだけなら、問題ないはずだったのに。
ドシャッ
強く握られていた腕は、なんの負担も感じることなくおばさんが地面に投げ出されるのを見過ごした。小日向も同じだ。こんな所でも、身体が動かなかった。
「おばちゃ…」
《オォォォォン!!》
しかもここでノイズ、おばさんはどこか打ったのか起き上がらない。動かない。だけどおばさんをここで死なせるわけにはいかない。盾になってでも、せめて一度でも、助けなければ…
コォーーーーン
甲高い音が響いた。発生源は、上階のノイズの近く。コツンと追加で近くに足が落ちればその意味も分かった。ノイズが来た衝撃で石が落ち、手すりか何かに当たったのだろう。
……そんな偶然。そんな偶然に、助けられた。
《オォォォォン!!》
雄叫びを上げるノイズ。その足を動かし、獲物に襲いかかる。
だがその足は俺でも、倒れたおばちゃんでも駆け寄った小日向にでもない。甲高い音を上げた手すりに向けられた。そこに人は、誰もいないのに。
「……ひき」
「シッ」
喋りそうになった小日向の口を手で塞ぐ。代わりに携帯を取り出して画面を向ける。
『静かに。アレは見た感じ音に反応するらしい。今もこっちに襲ってこないしな』
『だけどおばちゃんが…。頭打ってるかもしれないし早く病院に行かないと…』
『少しだけ。もう少しだけ待てば、きっと立花が来る』
コクリと頷く小日向から上で蠢いているノイズに目を向ける。そう、アレと戦う必要はない。戦う意味なんてない。ただ待って、立花に助けてもらうのを待てばいい。待てば、いい。待つしか、ないんだ。
………やはり俺は、助ける側にはなれない。
お、おばちゃぁぁん!
実際未来さんがどうやって音に反応するのを確かめたのか気になる所。
次回仲直り回だろうけどどうせ長くなる、かも。
Meteor light好き。輝いてよシューティングスターで締める爽快感が好きな一期だった。