やはり俺の戦姫絶唱シンフォギアはまちがっている。 作:亡き不死鳥
ノイズから運良く逃れ、息を殺して時が過ぎるのを待つ。上階にいるノイズはうねうねと多足を蠢かしながらもここを離れるつもりは無いらしい。人に触れれば炭となる、そんな自分の特性を理解出来るほどの知能はノイズには無いはずだが。
しかしそんな事がどうでもいいと思えるくらい、俺の思考回路はぐちゃぐちゃだった。その状態は、つい先程おばさんに命を救われて以来変わらない。
…人は向き不向き以前に出来る出来ないがある。今この場でバク転をしてみろと言われて出来る人間は少ないだろう。シンフォギアだって、纏える人間がいないから僅か二人がノイズとの戦いに駆り出されている。
………ずっと、俺は助けられる側だと思っていた。或いは、見捨てられる側。誰かが困ってても自分の事で精一杯。手を差し出してもこの手で成せる事は限られている。例え自分が困っていて誰かに見捨てられても、それは仕方ない事だと思っていた。
その困りごとがノイズなら尚更だ。誰だって自分の命が惜しい。誰だって自分が大切だ。自分が困ってるのに誰かを優先して助けるなんて、それこそおかしな話だ。それなのに、おばさんは俺と小日向を助けた。
顔を青くさせ、血の気は引いて、今にも倒れそうな顔をしながら、助けてみせた。
(なんで……)
空っぽの手を小さく握る。頭に浮かぶのは、浅ましく、虚しい虚勢ばかり。なのに考えれば考えるほどそれが頭に登る。
『できた筈なのに』
俺が運動不足だとしても、おばちゃんより力も足の速さだって上のはずだ。なら、出来なかったなんて言い訳はできない。
『できた筈なのに…』
ノイズを見てから、俺には動く時間があったはずだ。それなのに、あの時の俺は何もせずに立ち尽くすだけだった。
……動けば変わっていたかもしれないのに。
『できた筈なのに…!』
(……クソッ)
苛立ちを吐き出すこともできない。自己嫌悪で小日向やおばさんを巻き込めるわけもない。
…自体が落ち着いてからしか冷静な思考ができない。そんな自分が、今は堪らなく恨めしかった。
☆☆☆
side未来
(比企谷くん…)
倒れたおばちゃんを見ながら、私は表情を歪める比企谷くんを盗み見ていた。上にいるノイズに怖がっている顔じゃない、自分自身を責めるような痛々しい顔は、どこか響を思わせる。
アナタのせいじゃない。アナタは頑張った。アナタは悪くない。
……きっとそう伝えても、誤魔化すような笑いをしながら響も比企谷くんも自分を責める。何も悪くないのに、自分が全て悪かったような顔で、悲しい笑顔を浮かべる。
…………それでいて、とても優しい。
悩んでいた流星群の日、不器用で人付き合いが苦手なのに一緒にいてくれた比企谷くん。
響の秘密を知った日、怒ったという私の内面を吐き出させてくれた比企谷くん。
その次の日に、私と響の仲を戻すために響にも隠し通してきた協力者の立場を差し出した比企谷くん。
その全ての日、今日と同じ顔をしていた。
踏み込めない自分を責めるように。踏み込んだ自分を責めるように。自分がした事を責めるように。いつだって比企谷くんは、比企谷くんにない原因や失敗の重みを受け止めていた。
………みんな自分で抱え込んでしまう。響も比企谷くんも。
私に隠し事ができない事が分かっているのに、隠し続ける響。友達だと言い続けているのに、一向に認めてくれない比企谷くん。頑張って、頑張って、それでも影で泣いている響。ぼっちだなんて意地はって、なんでも独りで抱え込む比企谷くん。
(助けたい…)
私だって、守られて助けられてばっかりは嫌だ。私だって守りたいんだ。頼ったらその分頼られたい。守られたらその分守りたい。友達だから、親友だから、好きだから、大好きだから。この束ねた気持ちに嘘はつきたくないから…。
もう、迷わない。
『誰か!誰かいませんか!?』
(響!?)
待ち人来たり。だけど少しだけ想定外なことがあった。ノイズの出現があったのに響はシンフォギアを纏っていなかった。今上のノイズに襲われたら…。
《オォォォォン!!》
「っ!?ノイズ!」
声に反応して叫びながら足を延ばすノイズ。心臓が潰れそうになるが、もうノイズには慣れたのか響はノイズの一撃を避け、空中で回転しながら完璧な着地を果たしてみせた。だけど今響に声を出されたら近くにいるおばちゃんが危ない。
咄嗟に響に近づき、口元を押さえた。
『静かに。あれは大きな音に反応するみたい』
私や比企谷くんが居たことに目を丸くする響に携帯を見せる。これまでの事情を説明しなければいけない。だけどそれと一緒に、覚悟を決めていく。
『あれに追いかけられて、ここに逃げ込んだの』
助けたい、守りたい、力になりたい、頼られたい。私は、貴方達を助けたい。その為に、私は戦う。
『私がアレの気を引くから、その隙におばちゃんを助けて』
『ダメだよ!そんなこと未来にさせられない!』
『その役は俺がやるから小日向はここにいろ。立花が助けに来るまでなら俺でもなんとかしてみせるから』
………知ってる。こういう人達。私を止めるのに、自分達が飛び出すことに躊躇いがない。だけどダメ。私はもう決めたの。自分で響を遠ざけて、比企谷くんに重荷を背負わせて居た私が言えることじゃないかもしれない。それでも私は絶対譲らない。もう遠くには行かせない。絶対に。
『私は元陸上部だから。その逃げ足ならなんとかなる』
『『なんともならない!』』
『じゃあ、なんとかして?』
「「……っ!?」」
『危険なのは分かってる。
だからお願いしてるの。
ねえ響、比企谷くん。
私の全部を、貴方達に預けさせて?』
頼ってなくても助けてくれる人達。だけど私は貴方達を頼るよ。友達を、親友を、私は思い切り頼る。助けてくれるって信じてるから。助ける為に一生懸命になってくれる人達だって、私は知ってるから。
「……ぅぅ」
……っ!おばちゃん、意識が戻りそう?だけどその声に反応してノイズが動き出した。もう、時間がない。
「……私、響に酷いことした。比企谷くんにも負担かけてばっかりだ。今更許してもらおうなんて思ってない。」
「そんなこと…」
「……それでも、一緒にいたい。私だって戦いたいんだ」
「小日向…」
小さく、それでも二人には聞こえる声で伝える。
「どう思われようと関係ない。貴方達だけに、背負わせたくないんだ」
だってこんな時でも、貴方達は自分を責め続けている。顔を見れば分かるもの。響は私を戦わせようとしている自分を責めて、比企谷くんはきっと私の方が助かる可能性が高いって受け入れちゃってる自分を責めている。
優しい響。優しい比企谷くん。だけど貴方達は頼ってくれないから。だから私も頼られてなくても貴方達を助ける。
「私、もう迷わない!」
大きな声でノイズに、そして私に響くように叫ぶ。一斉にこちらを向くノイズの足に心臓が縮み上がるのを感じる。それでも身体はもう走り出していた。中学時代を思い出すように、身体を動かし続ける。
…………怖い。怖いよ響、比企谷くん。二人が助けてくれるって分かってるのに、信じてるのに、それでも震えが止まらない。
バギィ!
後ろで地面が砕ける音がする。
バギィ!
すぐ横でコンクリートが砕ける音が響く。
《オォォォォン!!》
すぐ後ろでノイズの声が聞こえる。
……怖い。戦うことが怖い。誰かに自分の命を預けるのが怖い。
それでも足は動き続ける。こんな僅かな距離で息が上がり始めた。この程度の距離で既に足が重くなっている。心臓はドクドクといつもよりたくさん動いているのに、肺だけが動きたくないとゴネるように動きが遅い。
……血の気が引く。口が乾燥する。それでも足は絶え間なく動き続ける。だって止まったら死んじゃうから。死んじゃったら、何もできないから。
響と仲直りしていない。比企谷くんにお礼も言えてない。響を助けられてない。比企谷くんを助けられてない。ここで諦めたら、私はまた二人の笑顔を曇らせてしまう。
響の曇った笑顔は好きじゃない。太陽のように輝いた笑顔が好き。比企谷くんがちゃんと笑ったところはまだ見てもいない。だけどここで諦めたら、二人がまた自分を責めることだけは確信が持てる。だから、絶対に諦めない。
………ねえ、信じて?響、比企谷くん。私を、信じて。
私は二人のためなら、ノイズの前にだって立てる。二人が助けてくれるなら、命だって賭けられるんだよ?
………好き。大好き。もっと二人と遊びたい。もっと二人と笑いたい。比企谷くんと行ったお出かけコース、今度は三人で行きたいな。響と笑い合ったお話を、今度は三人で笑いたいな。
……好き。大好き。響、比企谷くん。
……こんなに好きだよ。
……ねえ、大好きだよ。
愛が重いくらいの未来さんの愛が好き!