やはり俺の戦姫絶唱シンフォギアはまちがっている。 作:亡き不死鳥
side翼
……重い。
……身体が、鉛のように重い。
瓦礫に潰され、それでも生きているのはシンフォギアのバリアフィールドのおかげだろうが、既にそのシンフォギアも解除された。生身で這い出るには力を使い過ぎた。
…もう、指一本動かせない。
(……あぁ、だが、やりきった)
カディンギルは崩壊した。もう月を穿たれる事はない。後のことも、きっと立花が踏みとどまってくれる。だから私がやる事は、やれる事はもう何もない…
[本当か?]
「……」
[本当にもう何も無いって言えるのか、翼]
「……奏…」
……うん、無いわ。私は歌いきったもの。雪音の渡してくれたバトンを受け取り、今度は立花に託してみせたわ。身体ももう動かないし、これ以上なにかをしようなんて…。
[だけどまだ守るべき奴らが残ってる。それを翼は無視できるってのかよ?]
「……身体が動かないって言ってるのに…。奏は私にイジワルだ…」
[…なら、翼は弱虫で泣き虫だ。…変わってないな、あの時から]
「……奏もね…」
[当たり前だろ?死んじまってんだから]
…事実を言われて、やはり泣きそうになる。目の前にいるのはきっと幻で、奏はとっくに死んでいる。そんな幻覚が見えるのは、私も死にかけているせいかしら。
…ううん、どうでもいいか。見ることも触れることももう出来ない相手と、死ぬ前に語り合えるならそれは幸せかもしれない。
[……だけどさ、翼はまだ生きてる]
「……そう、だけど」
[なら生きるのを諦めるなよ]
「…簡単に言わないでよ」
…そう、簡単に言わないでほしい。私だって死にたくない。ううん、もっと欲を言えば生きたい。
………もっともっと欲を言えば、奏と一緒にずっと生きていたかったんだ。…その願いは、もう二年も前に亡くなってしまったけれど。
……だけど、それでも。こうして目の前にして、改めて思う。私はやっぱり奏のことが大好きだった。
…一緒に戦う奏が好きだった。一緒に歌う奏が好きだった。快活に笑って、少し意地悪で、それでも真っ直ぐに私も見てくれる奏が大好きだった。
[………ならさ、翼は満足したのか?]
「……まん、ぞく?」
[言っただろ?《両翼揃ったツヴァイウィングなら、どこまでも遠くへ飛んでいける》。…翼は、ここが終着点で良いのか?]
「……それは…」
…寝そべるこの場所は薄暗い。上は瓦礫で圧迫され、下は機械仕掛けの絨毯だ。まるで雁字搦めにされるような最期は、剣としても、翼としても、なにも出来ていないと言われているようだった。
[…それに翼はもうすぐ誕生日じゃないか。せめてそれぐらいまでは生きてやってもいいとあたしは思うけどね]
「……誕生日なんて、今更…」
[今更なんてことないさ。その日から翼は、あたしが見れなかった人生の先を見られるんだから]
「……あ…」
……天羽奏。…享年17歳。
…そっか。私、もう奏と同じ歳になってたんだね。それだけじゃない。もう、その年齢を追い越してしまう。ずっとずっと、いつまでも奏は私よりも年上で、肩を並べながらもその背を追うことに何の疑問も抱いていなかった。だけどいつのまにかその奏を追い越してしまう時が近づいていた。
[…あたしはさ、翼にはあたしが見れなかった人生の先の先まで代わりに見てほしいって思ってる。あたしは結局酒も飲めなきゃ彼氏もいない人生だったしなー]
「……ふふ。そんな未来、私にあるかしら?」
[あるさ。あるに決まってる。今日を生きて、明日を生きて。大人になってお婆ちゃんになって。そういう未来こそ、掴み取らなきゃいけない夢なんだよ]
……奏は勝手だ。私の未来なのに、まるで自分のことのように楽しげで。そして当然、そこに奏はいない。奏のいない世界を、お婆ちゃんになるまで飛び続けろと言ってるんだから。
[それにさ、それだけじゃないぜ?あたしらの夢って言ったら当然歌だろ?翼はもう一生分歌っちまったのか?]
「……歌…」
[…あたしはさ、全然だった。最期の時にすっげえ腹が減るくらい歌ってさ。自分の全部出すくらいの気持ちで歌ったよ。…それでもまだ足りないくらいさ]
「……奏…」
[なあ翼。あんたはどう?歌いきった?やりきった?本当に、もう満足か?]
…再三尋ねてくる奏。真剣で、真っ直ぐで、大好きだった瞳。二年前のあの日、最期の時は此方を見ることすら出来なくなっていた瞳。それがもう一度私を見据えて逃がさない。
「……やっぱり、奏はイジワルだ」
…本当に、イジワルだ。だって分かりきってる事なのに。言わなくたって、伝えなくたって、勝手に読み取れて分かってるはずなのに。それなのにこうして問い詰めてくる。
……決まってる。決まってるよ奏。
…奏と一緒に沢山歌ったよね。戦場でも、ライブ会場でも。休日に口ずさんだ事もあったっけ。奏がいなくなってからも、歌い続けたんだよ。沢山の場所で、沢山の人の前で、沢山歌を歌ったんだよ。
「……でも、全然歌い足りないの」
歌を歌って、戦場を歌と共に駆け抜けて、その果てにここにいる。それなのに心は満足してくれない。奏がいないから?ううん、奏がいた時から歌を歌って歌って、それでも次に歌うことが楽しみだった。私の人生で、もう歌は絶対にないといけない存在になっていた。
……それは、今だって変わらない。
「……奏、私ね。世界で歌ってみないかって誘われたの」
[ホントか!?スゲェじゃん!ツヴァイウィングも有名だったけど世界ってのは無かったからなぁ…]
「……うん、そうだよね。…それでようやく私も一歩前に進めたかなって思えたんだ」
…明確な自信が欲しかったのかもしれない。気丈に振る舞っても、剣と覚悟を決めても、根っこのところは昔の私と何も変わらない弱虫で泣き虫な自分がいつまでも消えなかったから。
…だけどそれも今日でおしまい。もう進めないなんて言わない。私の人生に、奏の分も背負っているって分かったから。二人分の人生、たった一秒無駄にするだけで二人分を捨ててしまう。
それなら一分一秒歌を歌おう。
…奏、あなたの人生も、私に歩ませて欲しい。
「……奏。私は奏より先に進む。もう一歩も止まりたくないわ」
[……。ああ、それでこそだ。なら、こんな所で寝てる場合じゃないな]
「……うん」
……不思議だ。さっきまで指一本動かせなかったはずなのに。今では体の中心から力が溢れてきて止まらない。
奏と話していたから?そんな奇跡を信じてもいいのだろうか。
……いや、むしろ、だからこそ信じなきゃいけないのかもしれない。
こんな限界の局面で、ギリギリの命で、それでもなお身体は歌を歌えと叫んでいる。
誰が為にこの歌を歌えばいいのか。そんなことは決まっている。
「……奏、私の歌。ちゃんと聞いていてね」
[……ああ。ずっとずっと、いつまでだって聞いてるさ]
《▮Symphogear : Code『
《▮ Awakening! :
………瓦礫を押しのけ、シンフォギアに翼を纏う。痛みも、苦痛も、もはやない。溢れるフォニックゲインが立ち上がれと、歌い尽くせと呼びかける。
(奏、見てくれてる?二人で番うツヴァイウィングの両翼には及ばないかもしれないけど、小さくてもこれが私の新しい翼なの)
そして瞳を閉じれば感じ取れる。雪音も、立花も、未だ諦めていない。生の鼓動が確かに感じられる。
なら私が諦められるものか。守るべきものがある。守るべき友が、まだ残っている。戦場を駆ける戦士として生き抜き、日常を歌う歌女として声を振るわせる為に、もう一度立ち上がろう。
[…頑張ってこいよ!]
「……うん、行ってくるね」
裂き誇る刃鳴を携え、戦場へ。
エア奏さん一回出したらもう何度出してもいい気がしてくる。言うほど出番用意できないけども。