やはり俺の戦姫絶唱シンフォギアはまちがっている。 作:亡き不死鳥
『……と、言うわけで!新チャンピオンの登場でーす!』
「…さ、晒し上げだ」
思う存分心の底から歌った場所は、心境はともあれ文化祭のステージ。両親共に音楽家のサラブレッド少女は瞬く間に頂点へと君臨した。
…本人からしたら歌い終わったと言うのに、ステージ上でスポットライトをガッツリ当てられていて不満な状態だったが。
『さあさあ、どんどん行きましょう!次なる挑戦者は誰だー!?飛び入りも大歓迎ー!』
熱気もあって気分も上々。しかしクリスが前半逃げ回っていたせいで他の参加者は全員歌い終わっていたのだ。ラストがチャンピオンという締めもいいが、会場の盛り上がりに乗っかる形で続行された。
……そんな中で、誰よりもその歌声に当てられた二人がいた。
音楽は平等だ。音は、歌は、人種性別思想理念全てを超えて共通の衝撃を与える。美しい音色はその二人を聞き惚れさせ、歌い終わりに自然と賞賛の拍手を捧げたあたりでようやく目が覚めたほどだ。
………でもそれは聴き終わるまでの話。
「やるデス!」
聴き終わって拍手も終わったら、湧いてくるのは対抗心だ。
あたしの方があいつなんかよりもバッチリ歌えるデス、私たちの方が上手い。同じシンフォギアを纏う者として、歌い続けてきた者として歌唱力で遅れを取る筈がない。
負けん気と自信、コンビとしての矜持や誇りとかその他諸々を全部乗せして客席から堂々と、暁切歌と月読調は立ち上がった。
「チャンピオンに……」
「………挑戦デス!」
☆☆☆
sideマリア
「………あの子達上手くやってるかしら」
「さあな。まあ、流石に敵地のど真ん中で大立ち回りとかはしてないだろ」
腕を組んで背もたれに体を委ねながら、同室で警戒色の缶コーヒーを口にしていた八幡に問いかければ毒にも薬にもならない返答が返ってくる。
別に劇的な呼応を求めたわけじゃなく、ただの時間つぶしのお喋りだ。実際リスクが相応にある今回の文化祭侵入は、どちらかと言えば接触するのではなく相手にバレずに観察するのが主目的になる。
………だけどそういう、なんというか遠回りな作戦行動を調と切歌が苦手としているのも理解しているわけで。はっきり言うと暴走してないか心配なのよね。
「………文化祭ね。どういった催しなのかしら?」
「単純に学生達が屋台出したり出し物したりするイベントだな。だいたい隅っこに追いやられたから分からないが、楽しいイベントらしいぞ」
「なんで経験者が疑問調なのよ…」
「………そりゃあ、なあ?」
「……楽しい思い出がないのね。忘れてるとかじゃなく本当に…」
私は学校というものに通ったことはない。一般常識とか基礎学科と呼ばれるものはF.I.S.でマムに叩き込まれたので、相応の知識はある。しかし学校の存在は知っていてもその内分、細やかな行事についての知識は皆無と言っていい。
平和な国の平和な催し。それ自体に危険がないことは分かるけど、則る必要のあるルールがあるのではと不安にもなる。
(……それもこれも、私たちの目的のためなのよね)
月の落下を止める。無辜の人々を救う。その為に私は偶像を、フィーネを演じる。今のところ、問題はない筈だ。
私の中にフィーネなんていない。私が持てる有用な知識なんてない。それらは全てマムによってもたらされた物で。だけどそれが世界の、みんなのためになると信じて偽りを騙っている。
その象徴として、フィーネとして、正義のために悪と罪を背負う覚悟をしてきた筈だ。なるべくなら切歌や調、八幡にだってその罪を背負わせたくない。罪なんてもの、背負う人間は少ない方がいいに決まってる。だから全部自分一人で背負えるならと、夢想していた。
………なのにそんな決意は知らぬ間に叶わなくなっていて…。
「………ねえ八幡。しつこいようだけど、いいかしら?」
「…ん?ああ」
「…F.I.S.の爆破の件。何故貴方が決行したの?」
「……………というと?」
「F.I.S.に来てから間もない頃だったじゃない。記憶も失って、慣れない環境で…。そんな中で……。…………いえ、ごめんなさい。嫌な事蒸し返して…」
「………いや、別に。終わった事だろ」
……問いかけをしたのに、まるで逃げるように打ち切ってしまう。そう、終わった事。過去は後悔しても変えられない、そんなことは分かってる。
…でも、頭から消えないのよ。羨ましい、羨ましい、羨ましくて、羨ましい。嫉妬、羨望、やっかみが心から離れない。
リンカーを打たなくてもシンフォギアを纏えて、私より短い時間で力を手に入れて、そんな人間が私が背負うべきものすら背負って行ってしまう。
…フィーネを背負っただけで、重い筈だった。その筈だったのよ。なのに私の知らないところで、背負うべき命の重みを背負ってる男の子がいる。血に穢れることを恐れない道を歩んでいる姿が、目を背けずに歩けている姿が、どうしようもなく羨ましかった。
………軽い。自分がまるで何も背負っていないかのようで、背負ってもいないくせにその重さに嫉妬する。
…背負う勇気もないくせに。
ビィーー!ビィーー!
「警報!?」
『マリア、八幡。本国からの追っ手です』
「もうここが嗅ぎつけられたの!?」
『異端技術を手にしたと言っても私たちは素人の集団。訓練されたプロを相手に立ち回れるなどと考えるのは虫が良すぎるというもの。排撃をお願いします』
「排撃って、相手はただの人間!ガングニールの一撃を喰らえば…」
『そうしなさいと言っているのです』
「…でもっ!」
映し出された映像にはフルフェイスのガスマスクを付け、その手にはサブマシンガンを手にしている。その数も十や二十で効かない程だ。
……このまま眺めていては制圧される。例えこの手を血に染めてでも、降りかかる脅威を退かなければならない事態だ。
「……………くっ」
……だけど、怖い。仮初めの重荷を背負っているだけで崩れかけている私が、これ以上の本物の重荷を背負うことに耐えきれるのか。
…ライブ会場の時だってそう。あの時観客を解放したのは闇雲に逃げ惑い、目の前で人が死ぬことに耐えられなかったからだ。…血に穢れる覚悟のない私はもしかしたら、そんな事をしなくても目的を達成できるのではないかという奇跡に縋っていた…。
……手が震える。あの程度の人数なら、どうとでもなるというのに。その一振りが人の命を容易に奪える力を持っていることに、今更ながら胸にある無双の一振りの存在に怯えてしまう。
…………そんな自分だから。もう一人同じ部屋にいた人間がその場から消えたことにすら、気づかなかった。
☆☆☆
「ぐぁあっ!?」
……一人が、スタントマンのように宙を舞った。フルフェイスのガスマスクを剥ぎ取られ、白目を剥きながら泡を吹く。そんな光景に目を取られたもう一人が同じように弾き飛ばされ、射線上だと言わんばかりにもう一人が地面に沈む。
敵の姿が見えない中で、自在に飛びまわる塊は着実に参入者達の人数を減らしていった。
「………数、多いな」
アジトにしている廃墟の中で潜入してきた軍人達に見つからないように立ち回る。
……感じる。悪意を、敵意を、周囲からいくつも感じる。それだけで相手の位置が大体わかるのはありがたい。俺自身に敵意を向けられていないから鞘の強化機能は働かないが、索敵能力の方はバッチリだ。
意識を失えば敵意も消える。微かに残って入ればもう一度鞘でブン殴って気絶させる。俺のシンフォギアはフォニックゲインの減衰効果があり、出力も一般的なギアと比べて40%程度だとか。だからこんな時に人に向けても殺傷性を抑えられる。剣や銃ではなく鞘なのも一役買ってるな。
そしてシンフォギアの力があれば相手が軍人であろうと制圧は難しくない。だが急がないとな。マムやドクターにマリア、そしてエアキャリアなど失えない物がこちらは多い。なるべくそれらの近場から潰しているが相手の人数が多い。爆発物の類も持ち込まれたようで先に制圧した場所以外は火の海だ。
しかし相手も然る者で周辺に一目で異変に気付かれないよう、火の海が漏れ出ないよう工夫されている。そのため敵地に潜り込まないといけないのは此方としても幸いと言うべきか。
「………ドクター」
『おや、此方も迎撃に向かう所なのですが』
ギア内蔵の通信機でドクターと連絡を取る。歩く音とカチャリという機械音。ソロモンの杖の音だろう。
「いい、俺がやる。事故であんたに死なれたら堪んないし、ノイズの反応検知されて二課と共謀されても困る」
『………その割には対処が甘いようですが?』
「………」
……映像を把握されているらしい。俺が敵を殺すのではなく、ただ気絶させるのに留めていることを。
…そこにあるのは俺の逃げに他ならない。殺したくない、そんな罪から逃げ出そうとする姑息な手だと。
『追っ手は無限ではなくとも途切れることはない。ならば少しでもその数を減らすべきです。どこからか貴重な情報が漏れるかもしれない。相手が生きていても死んでいても同じなら、殺した方が得策なのでは?』
「……………かもな」
……いや、かもじゃない。一度殺さないという甘さを見せれば、相手にその甘さに付け込まれかねない。残虐性やノイズという脅威を見せびらかすだけで、相手を萎縮させられるかもしれない。
…分かってる。分かってるよ。飲み込むべきだ、血に穢れようがこの道を選んだ時点で自己責任。計画のための犠牲だと屍を踏み越えるべきだ。
「……別に生きてても死んでても同じなら、生かしといてもいいだろ」
……でもその覚悟から、逃げ続けている。
こんな時だというのに、何故か頭に浮かぶ違和感にすら目を背けている。
『…大丈夫。切ちゃんもマリアも優しいから。…大変だったね、えらいえらい』
『…元の場所に戻れたら…。あたし達から抜けても誰も恨まなくて、あたし達のことも全部忘れちゃって!……それで【普通】に戻れたら………。…八幡は、どうしますか?』
『………っ!何故その役目を八幡に!?仕掛けるだけなら私でもよかったでしょう!?』
………ああほんと、なんでだろうな。自分が揺らぐ、定まらない。ただ気遣われているだけだ。ただ同じ組織に所属しているだけだ。深い意味も情も、何もないはずなのに。
…知らない感情を持ってしまった。知らない感情を向けられた。未経験な愚か者は失敗をしないと分からない。失敗して失敗して失敗して、痛みと苦痛と羞恥心を糧に経験を積む。
一銭の価値もないが、一銭も失うまいと地面に落とした水滴を救い上げようとするような行い。それを恥ずかしいとは思わないけれど、そんなことで自分を見失いそうなことが何より恥ずかしい。
………本当の自分は、失った記憶にあるんじゃないかと。本当の自分は、もっと、もっと…。…そんな未練が、妄執が、人の命を奪う機会でストッパーのように浮き出てくるんだ。
……そんなもの、あるはずがないのに。
「………この先か」
…炎の道の中、広く何もない空間に飛び込む。敵の出入り口と呼べる場所には、今までよりも多くの武装した人間が奥を目指して突っ込んでくる。
やることは変わらない。鞘を縦横無尽に走らせ、チョッキの上から意識を刈り取る。
…直接叩く必要もなく、ただただ影に隠れて敵意を消していく。それで問題ないんだ。全員倒してさっさとここから逃げ出そう。暁と月読も回収してまたエアキャリアのステルス機能で何処かに身を隠せば……
「見つけたぞ!」
「っ!?」
………油断していたのかもしれない。意識を未来に向け過ぎて、目の前の事が見えていなかった。
隠れたと言っても柱の影に身を潜めた程度。回り込めば普通に見つかる隠れ方だ。遠距離から姿を見咎められて銃を向けられる。だが銃で撃たれようとシンフォギアのバリアフィールドなら何ら問題ないダメージだ。
………それでも反射的に、鞘の行き場をその兵士に定めてしまった。
…敵意は俺に向けられた。ならば鞘は容赦なくその力を発揮する。フォニックゲインは高まり、アームドギアの威力もまた高まる。
そして高速回転する鞘は何の抵抗感も感じさせないまま………
……その兵士の左腕を、容赦なく両断した。
………落差よ。
前話との落差と雨で風邪ひきそう。グッズ…グッズ欲しい…。