やはり俺の戦姫絶唱シンフォギアはまちがっている。 作:亡き不死鳥
なんか一気にお気に入り増えて驚いてたけど、たぶんかなり前にランキングで見てようやく追いついた勢な気がする。100話が見えてきたの信じられませんわ。
そしてXV終わってからもう一年経った事に驚きを隠せません。正直まだ最終回終わった感覚が薄い…。個人的に未だにトップブームです。
『ーーーーーーァッ!!!』
…耳をつんざくような悲鳴が突き刺さる。頭がガンガンして視界がブレる。なのに一番見たくない光景はまるで焼きついたように目から離れない。
………敵の左腕が、無くなっていた。腕の先端を壁際まで吹き飛ばしながら、鞘であるのに軽々と身体の一部を欠損させてみせる。完全武装など知るものかと行われた一方的な暴力は、まるで陸に打ち上げられた魚のようにジタバタと暴れる片腕の兵士を生み出した。
…ああ、吹き出るように血が飛び散っている。このまま垂れ流していれば間も無く彼は死に至るだろう。もはや敵意ではなく痛みと恐怖に支配された人間に、何かできるかと聞かれたら限られるだろう。
……すなわち、トドメを刺すか捨て置くか。
幸いあの兵士で意識がある人間は最後のようだ。だから別にこのままマリア達と撤退して構わない。迷う暇があるなら、そうすべきだ。
「…………」
人間の腕を飛ばし、血によって色つけられた鞘を手元に戻す。べちょりとした感覚に嫌悪感を覚えながらも、むしろ擦り付けるように強く握る。そしてそのまま足を動かした。
…元の場所じゃなく、未だもがき続ける兵士の元へ。
「…………別に生きてても死んでても同じなら…」
…生かしといてもいいだろ。そうドクターには伝えた。だがこうなってしまえば話は別だ。この先俺が何をしようが、こうなったあいつは死んでしまうだろう。俺が殺すんだ。
……結果が同じなら、自分にとって糧となる行動をするしかない。それがどれだけ苦しくても、それがどれだけ辛くても、結末を変えられないなら過程を僅かでも良くするしかないだろう。
……俺は記憶がない。記憶がないというのは、他人より欠けているということだ。元々の俺も歪で完璧には程遠い人間だったろうし、きっと他人より優れてるなんて口が裂けても言えなかった筈だ。
…それでも俺は選択肢を選んできたのだろう。未来が見えないすごろくで、一回休みか一進むか。恐らくは選びようもないそんな選択肢。たった一択しか浮き出ない選択肢を、いつだって選ばされてきた。
………例えばもし、ゲームのように一つだけ前のセーブデータに戻って選択肢を選び直せたとしたら、人生は変わるだろうか。
…答えは否だ。それは選択肢を持っている人間だけが取りうるルートだ。最初から選択肢を持たない人間にとって、その仮定はまったくの無意味となる。
だって俺は止まれない。ただでさえ世界を敵に回すと決めたのに、手を血に穢すことすらままならない赤ん坊だ。どこまでも中途半端で、欠けていて、本物の影すら踏めない偽物だった。
…だから俺は止まらない、止まれない。
……また一つ、選択肢が浮き出た。
▶︎殺して前に進みますか?
▷殺さず留まりますか?
………はっ、ほらやっぱり。
…もう一つなんて、選べやしねえ。
「…………悪いな」
………現実がゲームより優れているのは、選択肢をタップする必要すらないことで。
……………現実がゲームより劣っているのはきっと、反吐がでる言葉すら、自分の口から漏れ出てしまうことなのだろう。
…恐怖は敵意に入るらしい。まるで化け物を見るような目でこちらを見る兵士にむけて、俺は鞘を振り下ろした。
☆☆☆
side……
♪ORBITAL BEAT
♪幾千億の祈りも…
やわらかな光でさえも…
♪全て飲み込む
文化祭の音楽ステージに乱入した調と切歌、二人の歌。それは酷く馴染み深い音で始まった。イントロから始まりの歌詞まで響も未来も、そして何より翼にとって既知の音だったからだ。
「……これってツヴァイウィングの!」
「なんのつもりの当て擦り…。挑発のつもりか?」
…しかしそうは言いつつも、懐かしのメロディは心に滑り込む。世界に敵対する武装組織【FINE】、その構成員の二人。だがそんなふたりはステージに上がる前にこそクラスに対して挑戦的だったが、歌が始まってしまえば眼中にすらないようにその小さな口から旋律を奏でていた。
♪…
投げ出してしまえなくて…っ
♪…今、【私】! らしく!
駆け抜けてッ!!
………そもそも、二人は歌を歌うシンフォギアを纏ってはいても知っている歌の種類はあまり多くない。だから自然と敵組織の情報の一端のような意識であった、ツヴァイウィングや風鳴翼の歌が候補として表出する。
…それでも数ある中でこの歌を選んだ理由は、本人達も分かっていない。
歌は自由だ。受け取り方も、歌い方も、他人が作っただけの物に自分自身を当てはめることだってできる。逃げられない自分自身の境遇や、表立たない【私】という自己。
そんな窮屈な世界から飛び出すように、ふたりは歌い続ける。
♪届け届け! 高鳴る パルスに、
♪繋がれたこの
♪強く強く… 心の シリウスをただ見つめる…!
♪この闇を越えて!
(……楽しいね、切ちゃん)
(楽しいデスね、調!)
歌いながら小さくアイコンタクトを交わす。手に持つマイクの軽さが新鮮で、武器を持たずに歌う違和感があって、何一つ背負わずに歌える喜びに開放感があった。
このステージで優勝すれば(生徒会の出来る範囲で)なんでも願いを叶えてもらえるとの理由で参加を決めた。それなら優勝すればペンダントゲットデス!とお気楽に決めた切歌と、そう簡単にいかないと宥めつつも共にステージに立った調。
心を燃やした意気込みは、間違いなくクリスの歌声が灯したものだ。
……歌声に、動かされたのだ。
♪絡み付くようなノイズも…
凍りつく静寂さえも…
♪全て掻き消す
動かされた心がなんなのか、二人は理解していない。嫉妬心かもしれない。敵対組織よりも自分達の方が上だという対抗心かもしれない。そのいずれだとしても、ただ観客席で歌声を耳にするだけでは満足できなかったのだ。
F.I.S.という閉ざされた組織で、自分を偽り閉じこもり騙すのではない。この開け放たれた世界に自由に歌声を響かせる欲求を、存分に発散していた。
……例えこの先に、血に穢れて世界の敵に回ろうとも。きっとこの自由に歌った時間は忘れないだろうという確信と共に。
♪…裏切るより! 傷つくより…!
……
♪……そんな、 夢を、 今は…
♪眠らせて…!
♪この手この手 重なる… 刹那に!
♪砕かれた
♪熱く熱く、 奏でる…
【記憶】でリフレインしている…
♪…命の向こうでっ!
隣を見れば調が居て、隣を見れば切ちゃんが居て。息はピッタシ、リズムもバッチリ。一人だけの歌じゃない二人だけのメロディーが会場中に染み込んでいく。
歌声は自分達だけのものじゃない。クリスの歌声に二人が心動かされたように、二人の歌声も同じように響達装者の心を震わせていた。
同じ歌でも込められる心が違えば感じる側もまた違った感想を持つ。だからこそ装者達には歌を愛する心が、まるで手に取るように伝わってくる。自分が持っている気持ち、歌が好きで、音楽が好きで、そこに願いを込められることだって知っているから。
……だからこそ、その輝かしいステージに苦悶の表情を浮かべる。もしも敵対なんかしないで、ただ普通に歌が好きな者同士こうして歌い合えたらきっと、きっといい友人に成り得た確信が浮かぶからだ。
…願わずにはいられなかった。彼女らは刃を交える敵ではないのだと、既に敵対者として歌いあったとしても分かり合えるのではないかと。
………二人の音色が消えるまで、願わずにはいられなかった。
☆☆☆
………手に持った鞘に付着していた血が床に一滴零れ落ちた。赤い鮮血は燃え盛る中でも変わらず色彩を放ち、自分自身にこびり付く穢れは二度と落ちないのではないかと思える呪いのように染み込んでいく。
シンフォギア装者の戦場には歌声が響く。ならばここは戦場ですらないのだろう。一方的で、自己満足的で、身勝手な成長の場。止まることの許されない人間の奈落への一本道。
…そんな場所で、俺は未だ鞘を掲げていた。
「………どけ」
「おや、『別に生きてても死んでても同じなら、生かしといてもいいだろ』とのことでしたが?」
「……。…どっちでも同じなら、殺しても、変わんねえよ」
…敵意も無く、平然と俺と隻腕の兵士の間に立つドクターに向けて吐き捨てる。割り込んできたドクターの存在に気づくのがもう少し遅れていたらドクターごと殺していたかもしれない。
…そんなこと、聖遺物の研究をしているドクターなら分かっているだろうに。その双眼に恐怖などまるでなく、こちらから目を逸らして背を向ける。そうなればその行き先は腕を抑える兵士に向かった。
未だ痛みと恐怖に怯える兵士にドクターは懐から注射器を取り出して、投与する。そして目に見えて動きが緩慢で恐怖という敵意すら低下していく兵士の残った上腕部に紐状の医療具を巻きつけていく。
…器具の名前も分からないけれど、それは間違いなく医療行為で治療行為だった。
「………30分は持たないでしょうが、これで10分は持つでしょう。別働隊を用意していないとは思えないので、運が良ければ助かるでしょうね」
流れ作業のように傷口を覆うガーゼや包帯を巻きつけ、注射器の薬品のお陰か兵士に抵抗の意思はない。それどころか意識もないかもしれないが、顔も見えないガスマスクの奥が少しだけ落ち着いたような気がする。
………いやそうじゃねえよ。
「………なんのつもりだドクター。対処が甘いって苦言したのはそっちだろ」
「そちらこそ、彼一人以外は全員生きているのでしょう?腕を飛ばした罪悪感にでも浸りながら救済のつもりですか?」
「………」
「……。意識を飛ばしただけなら、取り戻すのも時間の問題。居城を暴かれた以上、移動は急務です。ここで語らう時間はないのでは?」
「……………チッ」
………語らう時間がないのなら、治療する時間なんてもっとないのに白々しい。だがここで糾弾すればさらに時間が取られる。
…効率的に、結果重視で動くのは当たり前だ。ここであの兵士を殺すことに拘るのではそれこそ意味が無くなってしまう。踏み出す意味がなくなった今、もはやここに居る価値は無くなってしまった。
…踵を返してドクターを置き去りにするように早足でマリア達の元へ向かう。その足取りは相応に軽くて、心の底で安堵している。犯した罪は変わらないというのに。
………そんな自分が、堪らなく嫌いだった。
☆
「………困るのですよ、勝手に重荷を背負われては」
八幡が去った後、ドクターウェルもその後を追うように歩き出す。見えなくなった八幡に聞こえない声は、燃え盛る戦場に掻き消される。
理性的で効率的。やると決めれば止まることなく進み続ける少年。例えその結果自分自身が傷ついたとしても御構い無しに。
「…ですが我々は修羅を生み出したい訳ではないのでね」
カチャリと、懐に仕舞い込んだソロモンの杖を取り出す。その先端は、治療したばかりの兵士。
「彼の背負う重荷はこちらで微調整させていただきますよ」
平時と変わらない笑顔で、ウェルは微笑んだ。まるで可愛い我が子を愛でるように。扱いやすい子供を弄ぶように。
………残酷で冷酷な、大人の笑みで。
「なのでこうした尻拭いも大人の役目ですかね」
ノイズが一匹、ソロモンの杖から飛び出てくる。そしてそのまま一直線に倒れ臥す兵士の元へ。
………灰が、飛んだ。
……ドクターも方向性は違えど間違いなく大人であるという話。
正直ドクターからしたら八幡はかなり扱いやすいんじゃないかなと。清濁併せ呑んで、必要なら傷ついても止まらない鉄砲玉のようで。つまり『理由』を用意すれば幾らでも好きに操れる駒のような、そんな感じ。