やはり俺の戦姫絶唱シンフォギアはまちがっている。 作:亡き不死鳥
作者の想定してるイベントが想定してない流れに変わるいつものやつ。
side小町
「やー、わざわざすいません。文化祭から時間ずらして作ってもらっちゃって」
「なに、偶にはこういうのも悪くない。……最近はあまり時間も取れないからな」
文化祭の翌日、私は翼さんを伴って二人だけで遊びに来ていた。理由はもちろん兄について教えてもらうためだ。
昨日学園内を運任せの放浪の末、最初に見つけたのは翼さんだった。お楽しみな日とはいえ決意も鈍りそうなので、早急にお話をと思ったのだが三年生だから他の理由か断られてしまった。元から急ぎ足で校舎に向かっていたこともあり、その場は諦めるつもりだったけど向こう側から声をかけてくれた。
今は忙しい。だけど明日、つまり今日時間を作ってくれるとのことなので、ありがたくその時間を頂戴したというわけ。途中呼び出しがあるかもしれないとだけ先に触れられたが、それを押してもトップアーティストと話せるだけ恵まれていると思おう。
………例えそれがあまり楽しい話じゃなかったとしても。
「………しかし私と二人きりでとは珍しいな」
「そうですか?私としては翼さんとはお友達的にもファン的にも、お近づきになりたい気持ちでいっぱいですよ!」
そしてこれも本心。お兄ちゃんが死んじゃったと聞いて、泣いて、泣いて、泣いて、表面だけでもようやく笑えるようになって。お義姉ちゃんとの関わりは今までよりも多くなったけど、響さんや未来さんに翼さん達との関わりが少なくなってしまったと思ってた。
私は友達は多いけど、やっぱり大切にしたい繋がりの順位はあって。不純かもしれないけどお兄ちゃんと共通の友人のだし、関わって信頼できると思える数少ない人達だった。
……だから今日は、その信頼を強くする日になると信じて。そう願いながら歩く道すがら翼さんの手を握った。
「じゃあ行きましょうか翼さん!」
☆☆☆
side翼
街を歩く。休日の人波は溢れかえるようで、芸能人の片隅に座らせもらっている私もそれに紛れるように進んでいく。
普段隣にいるのは精々が緒川さんで、あまり誰かと遊び歩くというのは経験は少ない。それこそ直近で思い出せるのは、八幡や立花達と遊び歩いた時になるだろう。
…いや、それ以前すらそんなことはしていなかったか。鍛錬か、偶にバイクを走らせていたくらい。少し周りの世界に足を踏み出していた気になっていたが、まだ足りないらしいな。
「………それで、今日はどこにいく予定なんだ?昨日は時間が欲しいとしか言っていなかったが…」
「…あー、実はそんなに決めてないんですよね。ちょっと小町としても突発的というか勢いというか…」
「………そうか」
集まり、歩きだし、あれよあれよと手を繋がれて進んで見れば行き先はないらしい。まあ日がな一日散策も悪くはないとは思う。
……しかし今回の目的はそうではないのだろうと思う。
(……あの表情を見るのは、二度目か)
文化祭の日、F.I.S.の二人組を見逃した後。文化祭に敵が潜入していた事実と決闘について、司令に伝える必要があった。
私は今年三年生。文化祭においてあまり重要なポストは用意されていないので、報告のために人のいない場所へ向かう途中だった。通信機での伝達になるが、早めに司令に耳に入れてあわよくばあの二人の装者を追跡できないかと。
……そこで会ったのが彼女、比企谷小町だった。雪音と親しくしていることは耳に入れていたが、突然声をかけられて時間をもらえないと訊ねられた時には驚いたものだ。
その時は報告もあり、時間といっても一緒に文化祭を回らないかという誘いだろうと思い断ろうとした。
…その表情を見るまでは。
………ああ、同じだ。あの日、比企谷が行方不明になったと彼女に伝えにいった日。謝罪と糾弾を被らんと向かった日。忘れもしない、忘れることなどできるものか。
『………みんなやめて下さいよ。お兄ちゃんが…あのお兄ちゃんが、みなさんを友達だって言ってたんですよ?
…そんな人達を、小町が責められるわけ無いじゃないですか…』
涙を瞳で溢れさせ、止まらぬ流れに真っ赤に充血しながら、それでもへの字に曲がった口を笑わせてみせたあの笑顔。
…文化祭の日。そこで涙が流れていなくても、目が赤くなっていなくても、堪えて耐えて食いしばって、その苦しみの中で笑ってみせる強い顔だった。それが触れれば剥がれる薄い仮面であったとしても、涙で崩れゆく儚い強がりだったとしても、その強さを確かに私は知っていたから。
……だから時間をずらしてでも時間を作ろうと、こうして今日の日を迎え入れたわけだ。
「………そうだな。では勢いというなら、私の偶の気晴らしに付き合ってもらうとしよう」
「…えっと、あ、もちろんです、はい!…でもでも、ちょーとだけ小町のためにもお時間欲しいかなーって…」
「……ああ、分かっている。誰にも邪魔されず、聞き耳も立てられず、静かな場所へ行こう」
「…………はい」
……最初は手をグイグイと引っ張られる側であったが、今は控えめに添えられた手を決して離さぬようにと強く握り前を歩く。握られていたはずの手はまるでその手を離してしまいそうなほど柔らかく、こちらが掴んでいなければすり抜けてしまいそうだ。
まったく、こちらから近づこうとすると離れようとするのはいったい誰に似たのか。無警戒なようで、まるで猫のように警戒心を隠している。それでも逃げられないと悟れば、こちらの出方を伺うようについてくる。
そんな小さな存在に愛おしさを感じながら、街中を進んでいく。
「………ここって…」
「ああ、あの時以来だな」
「……はい」
……まあ、そんな身構えられるような場所に連れていく気はない。二人が知っていて、緊張する必要がなく、そして二人きりになれる場所は限られる。
…恥ずかしながら私がそちらに聡くないという事実故だが。
「カラオケなら静かに話せるだろう」
カフェでもいいかと思った。なんなら我が家に招待するのも吝かではないが、御父様がお帰りになっているかもしれないか。他にも公園や、あの高台に行ってもいいかもしれない。
……それでもこの場所を選んだのは、きっとここが歌に所縁のある場所だからだろう。
きっとここでの会話は大切なのだと本能が納得するのを感じるままに、相応しい場所を選ぼうと。
「………」
「………」
飲み物を持って部屋に入り、隣り合って座る。本来この場所を用いる状況であるなら、どちらかが歌を入れてもう一人は合いの手でも挟むのだが、機械に手が伸びることはない。
氷の入ったグラスを両手で持ち、甘いジュースで顔を隠すようにチビチビとそれを口にする小町の所在無さげな動きに合わせるように、私も飲み物を口に含む。喉を潤すお茶で言葉の滑りを良くするように、冷たい液体で緊張をほぐすように胃に垂らす。
そうしてようやく、言葉を紡いだ。
「………きっと、始めに話しておく方がいいと思う」
「……はい」
「非力な事に私は今回の要件が分からない。それでも悩み苦しむような話なのだろう。立花のように会話の練度が習熟しているとは言い難いが、話してほしい」
「………」
そう語ると、小町はいっそう目を伏せた。口にしていたグラスを膝に置いたまま、少し持ち上げて飲むそぶりをしてはまた膝元に戻すを繰り返す。
この部屋に時計はない。画面から流れる音声も切ってある。そして私もこれ以上の言葉をかけるつもりもない。葛藤に水を差さないよう身動ぎもせず待ち続ける。
時間の概念が消え、チラリと盗み見るような視線も幾度も浴びる。耳を澄ませば彼女の呼吸は深呼吸をするように長い。それに混ざるように奥歯を噛むような音すら聞こえてくるようだ。
そして……。
「………げほっ、ごほつ」
…呼吸を失敗したのか、噎せる彼女の背中をさする。慌てて呼吸を整えようとして、また噎せ返る様を見ても、それでも声はかけない。せめて負担を減らそうと背中を撫で続け、手に持っていたグラスを机の上に置く程度。
……きっと立花や小日向ならもっと上手くやったのだろう。雪音よりも私は不器用のようだ。
「…………けほっ。……聞きたいことが、あるんです」
「……ああ」
…未だ噎せながら、口を開く。
逸らし続けた視線が、かち合った。
「………お兄ちゃんが生きてるって、ほんと何ですか?」
「…っ。……それをどこで…」
…八幡のことは国家レベルの機密事項だ。八幡含むF.I.S.の装者は四人だが、顔が割れているのはマリア・カデンツァヴナ・イヴ一人だけ。その他の装者の情報は悪戯に混乱を招くだけだと。
…だが口ぶりも迷いはなく、確信をもっているようだ。
「答えてくださいっ。お兄ちゃんは生きてるんですか?無事なんですか?…もし生きてるなら、みんなは…。翼さんも、響さんも、未来さんも、お義姉ちゃんも、みんなみんな…。嘘、ついてたんですか?」
「………それは」
「……お願いします。本当のこと、教えてください…」
……溜めて溜めて、抑えきれなくなった思いが堰を切ったように叩きつけられる。答えを聞きたいのは本心だろう、事実を知りたいのは本心だろう。
…それでもこの当てられる衝動は、まるで砂上の楼閣のような弱さで出来ていた。
「……………嫌いたくないんです。
…疑いたくないんです。
…傷つけたくないんです。
…恨みたくないんです。
…叫びたくないんです。
…距離を取りたくないんです。
…困らせたくないんです。
…悲しませたくないんです。
………もうこれ以上、泣きたくないんです」
…激情が濁流のようにのし掛かる。
思いの丈、いや心の底からの欲望かもしれない。沈めて埋めて、出てこないようにと堰き止めた願い。
………そんな願望をぶつけた本人の顔は、その瞳は、
輝いていた瞳は彼女の兄のを彷彿させるようにドロリとした暗さを宿し、叫ぶような声に反して潤むことすら許さない。
…涙を流しきったとでもいうのか。渇いた瞳が映すのは、無自覚の罪人の姿のみ。
たった一人の少女の強がりに、たった一度の笑顔に、涙で覆われた仮面の檻で。
……この少女なら乗り越えられると無責任に信じてしまった私の、罪の証左だった。
…兄の友達だから責められない。でも悲しい時は誰かを責めたくなるし、憎みたくなるし、疑いたくなる。そんな話。
…後は。『大丈夫だと信じた罪』の話、とか。