ふたりは断罪黙示録   作:弐式炎雷

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#06 〈幕間〉 アルベドの真意

 

 と、その前に――NPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)達による臣下の儀を思い出す。だが、意気揚々と出かける準備を整えたたっち・みー達の脳裏からはすっかりと抜け落ちていた。

 場面変わって第九階層の執務室にて。

 

モモンガ「……怒涛の連続だった。……俺、この先大丈夫かな。彼らとやっていけるかな」

 

 不安がたくさん襲ってきたが次々と負の精神は抑制されていく。登っては蹴落とされるかの如くに。

 過度の不安を抱いたままにならない点は便利だが、それでも完全に解消されたわけではない。

 

モモンガ「俺にも冴えない主人公属性があれば……じゃなかった。原作知識持ちだったっけ? それがあれば先の展開に対して色々と対策を練られるんだけど……」

 

 残念ながら今作のモモンガは指揮官のような役回り。決してメインで活躍することは無い。そういう風になっている。

 今の状況はいわば『回想』や『幕間』のようなもの。

 

モモンガ「そうだ。動き出したNPC達の処遇をどうしようか。……仲間達に任せておけばいいか」

 

 声に出して分かり切ったセリフを吐く。

 内面描写であれば内なる声として処理するところ。

 無駄な行為をするのは一種の精神の安定剤。いや、セリフと地の文しか書かないタイプに多く見られる現象だ。

 アニメであれば視聴者に分かりやすく()()()喋らせる手法を取る。そうしないと視聴者に何も伝わらないから。

 本当に熟練したプレイヤーであれば無言のままどんどん進んでいき、その行動や内面は誰にも知られることなく――または理解されることも無く――エンディングを迎えてしまうことになる。

 

 『マンガ的手法』

 

 擬音を多用し、迫力を見せる。演劇は結局のところ目で見て判断するしかない。では、サウンドノベルであればどうなのか。

 それぞれのシーンに適したBGMを流す。立ち絵の差分を使ってキャラクターの心境を出来るだけ表現する。

 では、小説ではどうするのか。

 長い地の文による解説。沈黙。文字に起こせるあらゆることが試される。この『ハーメルン』では様々な文字装飾が実装されているので、それで表現の幅を広げる事も可能。

 単なる挿絵一枚でもいいのだが、誰もが出来るわけではない。

 

モモンガ「えーと、NPCにも『伝言(メッセージ)』が通用するんだったな」

 

 通信系は相手の同意があれば比較的誰とでも双方向のやり取りができる。

 機能拡張としては『ブロック機能』と『消音(ミュート)』、『音量調節』だ。

 現在は『ユグドラシル』の個人コマンドなどの機能(システム)が現れず、己の感覚のみで――あたかもゲーム時代と同様の感覚で――機能を行使するしかない状況だ。

 本来なら思い込むだけで魔法が出せるわけもない。しかし、出来るのだ。

 異空間に手を入れて己のアイテムを取り出せる。

 『仮想分身(アバター)』だから出来るのかもしれないし、この世界独自の仕様――概念――かもしれない。その辺りは未検証ではあるが――

 

モモンガ「アルベドよ。私の執務室に来るのだ」

アルベド『承知いたしました』

 

 仲間ではないから偉そうな言葉使いで言ってしまった。だが、モモンガにとっては知らない相手に等しい。気軽に話せる間柄でもない。

 こういう場合は敬語かゲーム的に上位者っぽい態度で接する。

 実際、ゲーム時代のNPCに対して(おこな)う『命令(コマンド)』はどれも偉そうなものばかりだ。だから、その延長線上として理解し、使ってみた。

 

 オーバーロード 

 

 仲間達からの報告が来ないまま二分ほど経過したところでアルベドが来訪する。

 多くのNPCは徒歩にて移動する。アルベドの場合は第一〇階層の玉座の間で待機していたので距離から算出すれば決して遅いわけではない。

 転移疎外対策の事もあるし、とモモンガは納得する。

 

アルベド「守護者統括アルベド。モモンガ様の御前に(まか)り越しました」

 

 (うやうや)しく(かしず)く白いドレスの美女。

 改めて見るとやはり美しい。または奇麗な女性NPCだと思った。

 単なる機械的に動くしか能が無いNPCのままであれば仲間を優先して立ち去るところ。

 感じ方にも変化が生じたのかなと思いはすれど、初対面の相手に接するような気持ちは如何(いかん)ともし難い。

 

モモンガ「……本当に脚本っぽくないな。よく来てくれたアルベド。長年ナザリック地下大墳墓の最下層にて待機させてしまったが……。ずっとあそこに居たのか?」

アルベド「ナザリック地下大墳墓の絶対的支配者であられますモモンガ様が座す玉座の側にて待機するのが我が使命にありますれば……」

 

 長いセリフをスラスラと、特に甘ったるい声で紡ぎ出す。

 自分達とは違い、NPC達は――一部を除いて――表情が豊かで口元が動く。おそらく喉も、心臓の鼓動すらも分かるように表現できているのかもしれない。

 これはゲーム運営会社が実装しなかった()()情報(データ)量だ。各NPCも同様であるならば相応のデータ量が消費されている筈である。

 仲間からは『おっぱいを揉むイベント』と言われていたが、そんな気分にはなれない。

 

モモンガ「……つまり一度も風呂に入らなかった……、という理解でいいのか?」

アルベド「……申し訳ありません。ですが、我が装備はそういう要因を排除する機能が実装されております。もちろん、ご命令とあれば即座に身を清めてまいります」

 

 見た目では分からないNPC達の装備品。

 単なる置物として――または着せ替えのため――だけに配置しているわけではない。

 全員が対象ではないが主要なNPCの装備品は一級品揃いである。その多くは外的要因の阻害。いわゆる行動阻害対策が施されている。

 分かりやすい例えでは『落とし穴があっても落ちない』、『水に濡れない』など。

 アルベドの装備は創造者『タブラ・スマラグディナ』が与えたものなので個人的に調べ上げたわけではないけれど、それなりの恩恵が備わっていると理解しておく。しかし、歯は確実に磨いていない筈だ。

 匂いに関してアンデッドではあるがある程度は感じ取ることができる。それを踏まえて――アルベドの体臭や口臭は気にならない。漂ってくるのは柑橘系の匂い。これはおそらく化粧品だと判断する。

 しかし、ゲームキャラクターが小汚くなることなどあり得るのか疑問だ。

 

モモンガ「……ところでアルベドよ」

アルベド「はい」

モモンガ「お前は自分が作られた存在……。または被造物だという認識を持っているのか?」

 

 言葉使いに関して反論が無いので続ける。

 意外にも反論してきた場合は敬語にする予定だった。

 例えば『何その態度』と言いつつ睨みつけてきた場合は恐縮する自信がある。タブラが彼女をどのように設定したのか、聞きそびれていたが真っ当ではあるまい。今は従順だが何処かで(たが)が外れる筈だ。それを見極める事も大事だと思った。

 

アルベド「もちろんでございます。私は創造者タブラ・スマラグディナ様より創られたNPCでございますとも。……それが何か?」

 

 さも当たり前のように(のたま)うアルベド。言葉使いも特に問題は無い。

 彼女の中では一般常識レベルであった、という理解をするモモンガ。

 (モモンガ)の想像ではNPC達は生物(モンスター)、またはクリーチャーとして存在している、と言うと思っていた。であればいつか創られた存在だと知った時に狂乱し、反乱する、ような気がしていた。それなのに自分(アルベド)はNPCだと自覚している。

 それはとてもすごい事ではないかとモモンガは強く思い、そして精神が抑制される。

 下がる時は体温の低下のように感じられるので種族特性が働いたか分かるのはありがたい反面、違和感もある。それと不快感も。

 嫌な感覚は願い下げだが、仕様であるならば諦めるほかはない。

 

モモンガ「……酷な質問をしている自覚はあるが……。それをお前は良しとするのだな?」

アルベド「はい? 申し訳ございません。モモンガ様におかれましては……質問の意図が……」

モモンガ「……疑問も抱ける……。凄いな、NPCは……。いや、そういう機能を持った人工知能(AI)か。柔軟な対応が出来ると生身の生物と遜色がない」

 

 遜色がない。それはとても危険であるとモモンガの中で警告が発せられる。

 感心は一時的だ。だが、同時に大きな不安要素でもある。

 

モモンガ「アルベド」

アルベド「はい」

モモンガ「アルベド」

アルベド「はい」

モモンガ「アルベド」

アルベド「はい」

 

 三度問いかけ三度同じ返答。

 機械的であれば何の不思議もない。けれどもモモンガはそうは思わなかった。

 次の四度目に変化が生まれれば彼らが本当にNPCであるという証明が揺らぐ。だが同時に同じ返答をしてほしいと思う自分も居た。

 

 オーバーロード 

 

 NPCは作られたゲームキャラクターである。その点ではモモンガ達もプレイヤー自身によって作られた仮想分身(アバター)。NPCと大して変わらない存在だ。

 であるならば――

 同じ存在だと定義するならば今動いている自分は何者なのだ、と。自我が芽生えたにしては鮮明過ぎるプレイヤーとしての記憶。

 

モモンガ「……まさかな」

 

 いや、と即座に否定する。

 ゲームは終わり、プレイヤーとしてのモモンガの旅も終わった。

 では、今の状況は何なのか。サーバーが停止すればゲームは出来ない。データを消されれば存在することも出来ない。

 それなのに自分達はここに居る。未知の世界かもしれないけれど。

 

モモンガ「あえてもう一度だ。アルベド」

アルベド「はい。モモンガ様」

 

 縦割れした黄金の虹彩を輝かせてモモンガを見つめる黒き翼を持つ女性。

 ほんのりと頬に紅が差しているように見えるのは幻ではないような――

 彼を見据えるアルベドの視線は上位者への畏敬なのか、それとも何かしらの恋愛感情なのか。

 ここでモモンガが書き換えた設定を思い出す。

 

 モモンガの妻である。

 

 これ(フレーバーテキスト)がどういう働きをしているのか確かめようと思った。

 自分達であれば単なるキャラクターに対する装飾程度だ。ゲームプレイに関しては意味のない設定ともいえる。

 それを知らない――知っていたとしてもどうだというのだ――NPCの中ではどういう理解になっているのか気になる。

 

モモンガ「何度もしつこくて済まないな」

アルベド「何か気になる事がおありなのでしょう? であれば確証が持てるまでお付き合いいたしますわ」

 

 出来る秘書とはこういうものか、と思ってしまうモモンガ。

 一つの返答に対し、このような長文で返されると逆に恐縮してしまう。モモンガは支配者らしく振舞った事が()()無いので。

 キャラ付けで偉そうな態度を示すプレイヤーに覚えがあるけれど、それはあくまでゲーム内でのありかただ。

 モモンガ達は仲間に対して敬語で交わすことが殆どである。しかし――

 仲間でもなく、ダンジョクの装飾品に過ぎない――または戦力一部程度――NPCに気さくな話し方でいいのかと疑問に思う。

 ここで内面描写をするのが奇麗な書き方かもしれない。けれども脚本という形では色々と難しい事もある。

 実際の脚本で表現するならば『別撮り』だ。これは映像作品にちなむもので文章だとセリフが代替するのが基本となる。

 双方ともセリフとして使われるが、観客に心の声は――普通であれば――届けられない。あくまでニュアンス程度を感情として伝えるのみだ。今はそれ(感情)すらも出来ない。

 

モモンガ「アルベドよ。お前は私の……、俺の何だ? 階層守護者……、守護者統括はあくまで役割だ」

アルベド「はい。私はモモンガ様の()ですわ」

 

 自信を持って――はち切れんばかりの喜びの表現をもって――アルベドは言い切った。

 頬の高揚がモモンガにも分かるほど赤い。

 

 オーバーロード 

 

 確かにモモンガはアルベドの基本設定に『妻である』と書き換えた。だが、それは本人には伝えていない。

 本来の正しい解答は階層守護者以外に答えようがない。まさか『もちろん、ビッチですわ』とは言わない筈だ。――言ったら『凄いな、この女』と言葉に出す自信がある。

 確信が持てたわけではない。けれども、言葉として聞くと驚きがある。

 であれば――各NPCも性格設定などを書き換えれば色々と違う反応を示すことになる。

 問題はそれを(おこな)うためには専用のコンソールを出せなくてはならないし、出せたとして書き換えられるのか。書き換えられた場合、今のアルベドのように()()()()反映されるのか。

 

モモンガ「今まで妻という訳ではなかった筈だ。どうしてそう思う?」

アルベド「どうして? 私は最初からモモンガ様の妻だと認識しております。……もしかして他人行儀に様付けで呼んでいるからでしょうか? 申し訳ありません。妻である前に階層守護者をまとめる立場である守護者統括という任についている都合もございますので」

 

 書かれた設定はそのまま自分の性格として自然に溶け込んでいる。だからこそ疑問に思わない。

 もし、書き換えている現場を見せた状態でならばどういう変化を見せたのか。

 興味半分、恐ろしさ半分。

 NPC達が自分達を意のままに操る存在を果たして良しするのか。(モモンガ)であれば願い下げの事態か、どうにかして改竄を阻止する。またはしようとする。

 あくまで一般論かもしれないけれど。

 

モモンガ「……お前には窺い知れない事だから答えにくいかもしれない。もし、それらが意図的なものであるならば……。お前はそれを良しとするのか? 創造者であるタブラさんがお前の性格を書き連ねた結果として今、ここに居るわけだし」

アルベド「創造者のお考えがあって私が存在しているならばそれはそれで構わないではないでしょうか」

 

 微笑みつつ答えるアルベド。それは何を当たり前のことを、と言いたげにも見える。

 読心術が出来るわけではないから真意を探ることは出来ない。

 だが、モモンガとしては色々と疑問が浮かんでしまう事態だ。

 ――気が付けば悲壮感漂うBGMが流れていた。これもまた何者かの仕業なのか、と頭の片隅で思う。

 

アルベド「私の性格が意図的に書かれたもの……。または不本意であったとしても、それは窺い知れない事でございますれば……。実に答えにくい問題だと認識します。モモンガ様が危惧なされているのであったとしても私にはそれをどう説明すればご満足いただけるか分かりかねますので」

モモンガ「ま、まあそうだよな」

 

 お前の性格は意図的に改竄されたものだ、と言ったところで何をどう変えられたのか当人からすれば理解不能である。

 もし、自分であれば現実世界のディストピアのような暮らしが()()()()だと誰かに言われて信じるのか。

 答えは否だ。

 自分の記憶に深く刻み込まれたものが改竄や捏造(ねつぞう)されたものだと分かる筈が無いからだ。

 その点で言えばアルベドの言葉は納得できる。

 それとは関係ないが『脚本』形式はその他大勢が居る場合に有効であって、現在のように二人っきりの場合は実に書きにくいものである。

 

アルベド「敵による改竄であれば私は不満を抱きます。……それで構いませんか?」

モモンガ「端的な問題であれば構わないと()は答えるな」

 

 仲間とは違い、NPCに対してまだ他人行儀なモモンガの言葉に微笑みつつ軽く頷くアルベド。

 長い髪の毛が肌に張り付いたようにバサっと前方に垂れない。これもまた現実世界ではありえない状況だ。

 よく手入れされた髪の毛は僅かな風でサラサラと音が聞こえるかのごとく動く。

 特に腰にかかるほど長い黒髪のアルベドであれば毎回のように髪形を直さなければならない筈だ。しかも髪留めは無く、それでいて髪形が崩れない。実に現実離れした姿だと言わざるを得ない。

 

アルベド「もし……、我が創造者、または『アインズ・ウール・ゴウン』の方々の手による改竄であれば……。私はかの者達であれば文句など言いますまい」

モモンガ「タブラさんを無視した場合は? ……さすがに創造者が一番ではないのか?」

アルベド「タブラ様はタブラ様ですわ。このナザリックの最高責任者はギルド長であるモモンガ様。もし、モモンガ様であれば不快など一欠片(ひとかけら)も抱きますまい。ええ……、最上の幸福だと言い切れるほどでございます」

 

 女性の言葉として最上級の誉め言葉が紡がれると言い返せなくなるほど恥ずかしさが襲ってくる。しかし、今はアンデッドの仮想分身(アバター)だ。その過度の興奮も強制的に抑制される。

 いつまでも(えつ)()ってはみっともない状態だ。これはこれでありがたい事だと認識しておくモモンガ。

 

モモンガ「……要約すれば、我々の手にかかれば容認するわけだな?」

アルベド「皆様方が望まれているのであれば……」

 

 腰の大きな黒い翼を動かしつつ――

 しかし、モモンガは他人の言葉に対していまいち信用が持てない。

 疑り深いところは認めるところ。それに質問しておいて本音、または本心を述べているかもしれないが現実味が無い。

 当たり前だがゲームキャラクターの言葉だ。そこには様々な思惑があって然るべきだ。

 

 オーバーロード 

 

 質問した手前、何を答えても信用しないのは無駄である以外の何物でもない。

 なら目の前で自害して見せればいいのか。となると蘇生費用が頭をよぎる。

 最高レベルのNPCを復活させるにはユグドラシルの金貨*1が五億枚必要になる。

 

モモンガ「……そこまで答えてもらったのに私は未だに信用できない。であればアルベドよ。自害以外で私を納得させられる方法があると思うか?」

 

 意地悪な問いかけだと自覚している。けれども不思議と悪い気はしない。

 おそらく先ほどから強制的に抑制されるシステムが原因ではないかと。

 どんなに過酷な状況にも冷静に対処できる。ある意味では恐怖を感じない事に似ている。だが、抑制されたとしても気持ちとしては怖いと思っている自分が居る事は自覚している。

 アルベドの態度がどう変化するのか、それを考えるのと未だに怖い。しかし、興味が(まさ)っているから続けられる。

 

アルベド「モモンガ様が納得できないのであれば私はそれを受け入れるだけですわ」

 

 何でもない事のように涼しい顔で答えるアルベド。

 彼女――というかNPC達には恐怖は無いのか、とモモンガは疑問に思った。

 意のままに操る化け物が目の前に居る。例えアルベドが異形種で恐怖にいくらか耐性を持っていたとしても、だ。

 内なる気持ちに恐怖が絶対に無いと言い切れるものなのか。

 ここで不穏な空気を現すBGMが鳴る。

 

モモンガ「話しは変わるが……。場に流れている音楽はお前の耳にも聞こえているものか?」

アルベド「いいえ。荘厳な地下大墳墓において命令なき音楽を奏でる者など()りません」

 

 アルベドの言葉を信用とするとBGMはプレイヤーの耳に()()聞こえている事になる。耳というか聴覚が正しい気もするけれど。

 この場合、他の場所に居る仲間達にも同じBGMが聞こえていると関係が無い、または場違いな音楽を聞かせられている事になる。

 もし、各人それぞれ別の音楽であれば問題は無くなる。

 他のBGMと混ざる事も無い。

 そうでなければかなりはた迷惑な音楽が鳴り響き会話どころではない。

 条件によっては――例えば同一の部屋に居る場合など――共通のBGMを聞くことも可能であると言えそうだ。

 謎仕様が多くて興味が尽きない事にモモンガは自然と苦笑した。

 

モモンガ「無音よりはマシか……。後で音楽隊に何かやってもらおう」

アルベド「承知いたしました。エーリッヒ擦弦楽団に伝えておきましょう」

 

 和やかな雰囲気が場を満たす。

 しばし言葉を封印し、BGMに耳を傾ける。

 アルベドはここまで命令以上の動きと言葉を使った。こちらが与えた命令ではなく自主的に――

 血の通った生命体のように。こちら(プレイヤー)側の問い掛けに柔軟に対応してきた。

 それがモモンガにとって恐ろしい事だとアルベドはおそらく気づいていない。

 単なる置物ではない。自分達の一挙手一投足を分析されるおそれがある。それがどういう意味を持つのかまでは考えが及ばないが、このままでいい筈が無い。であればどうすべきか。

 例によって仲間に意見を求めるほかは無い。

 

 オーバーロード 

 

 連絡する相手はアルベドの創造主『タブラ・スマラグディナ』だ。モモンガもこの人物ほど適任は居ないと自信を持って言える。だが、設定書き換えの件で判断をモモンガに委ねられてしまった。

 彼の意見としては『妻』としたからには(モモンガ)自身が責任を負うべきである、と。

 一見すると突き放した言葉に聞こえる。けれども、創造者の手から離れたNPCだと自覚し、しっかりと面倒を見てほしいという想いの表れかもしれない。

 

モモンガ「……つまり何をしても文句は言わないと思っていいんですか?」

タブラ『はい』

 

 簡潔明瞭なる答え。

 (しば)し、モモンガは思考を停止させる。それからアルベドをタブラから遠ざける訳ではない事を思い出す。

 少なくともまだ彼女はナザリック地下大墳墓に滞在し、与えられた仕事を全うする。それはつまりタブラと会う機会が生まれる。

 完全な別離であれば確かにモモンガとて心配する。そうでなければ慌てる必要は()()無いと言える。

 

タブラ『モモンガさんはアンデッドですからね。精々、おっぱいを揉むか裸に剥くか……。頑張ってキスが出来るかどうか……』

 

 話しの途中で通話を切る。

 内容からして卑猥極まりない。そう思っての所業だ。――どうせ後で続きを話し会うかもしれないけれど、今は彼の意見は充分だと判断しておく。あと、創造主のクセに造像力が(たくま)しいな、と感心した。

 

モモンガ「……タブラさんからお前の扱いは完全に私の(てのひら)の上でどうにでもしていいとなったぞ」

 

 そう言われたアルベドは頬を赤くしたまま両手を合わせて幸福を感じているような雰囲気を醸し出す。

 多少の嫌味を込めたつもりだったが自分(モモンガ)が思っていた反応と違って驚いた。

 これは自分が男性だから嫌悪を示すのか。それともNPCという存在は人間としての基礎的な常識が適応されないとみていいのか。

 とにかく、創造主の許可を得た。次の確認作業に移行する事を決意する。

 異形種というかアンデッドの肉体のお陰か、多少の無理も通せるような気がしていた。先ほどのようにアルベドを問い詰めるような事は本来であればしない。だが、部下として責める事に引け目を感じなかった。いや、聞かなければならない、という使命感の様なものが働いた。

 他人の顔色ばかり窺って差し障りなく場を収めるばかりだった前の自分とは随分と違うものだと他人事のように思う。

 

モモンガ「……これもアバターの影響か。邪悪な部分まで見習いたいとは思わないけれど……」

 

 種族としての性能はある程度覚えている。その基本的な説明に当たるフレーバーテキストが適応されているのであれば割りと残酷な事も平気に出来るはずだ。

 例えば人を殺す事。

 PK(プレイヤー・キラー)戦であれば平気だが、現実の人殺しとなるとまた毛色が変わるものだ。

 ――ならば自分(モモンガ)はどこまで残酷な事が出来るのか確かめる必要がある。それは今後の活動にきっと必要だと()()()思った。

 

 オーバーロード 

 

 元より部下――NPC――の言葉など何一つ信用していない。だが、それでも信用する振りはしなければ話しが終わらない。

 その問題を解決するのは現時点では難しいと言わざるを得ない。

 そう考えているモモンガは様々な方法が脳裏に浮かんだ。それらは通常では絶対に選ばないようなものばかり。

 恐怖心をある程度抑制するアバターであるがゆえか、アルベドに顔を向けて想像してみるも(おこな)わない、という選択肢が欠落したかのように――

 つまり――

 

 是非とも試してみたくなるではないか。

 

 悪役らしいセリフと共に湧き上がる好奇心。それを抑えなければならない選択は皆無に等しい。

 仲間が創造したNPCに対して手を下すことは本来であれば禁忌に等しいものだ。それなのに今のモモンガは()()という名の下でならば出来るような気がしていた。

 

モモンガ「最高責任者が命令したことに対してアルベドは内容によって拒否する可能性はあるのか?」

 

 意地悪極まりない質問だ。仲間であれば半数以上は『怒』や『悲』のような感情(エモーション)アイコンを出す。残りは速攻で拒否を示す。

 実際に仲間に嫌らしい質問をすることはないけれど、今ならば様々な事を押し付けそうである。

 

アルベド「内容によります。……NPCである私は……、例えば不敬を覚悟で申し上げますが、至高の御方に危害を加えるような真似は……。モモンガ様のご命令であったとしても即座に、とはいきますまい」

モモンガ「道理だな」

 

 と言った自分の言葉が気障(きざ)ったらしくてむず(がゆ)さを覚える。

 偉そうな支配者のような態度は今の状況においては相応しいかもしれない。けれども仲間に対しても出来るかは不明である。

 それにもまして台本形式であれば色々とギミックが動き出すところなのに場面の切り替わりが起きず、アルベドに対する質問攻めが続いている事に恐怖を感じる。

 このまま進みたくない、というのがモモンガの本音なのだが――

 最後まで進ませようとするのは悪意以外の何物ではない。と思うのとアルベドに対してどこまでの事が出来るのかモモンガ自身にも興味があった。

 

 オーバーロード 

 

 モモンガの知る創作物ならかなり踏み込んだ対応は最後の方に多い。だが今はまだ序盤だ。

 これ以上進めば確実に何かがおかしくなる。

 後戻りできないような――

 都合よく来客イベントが起きれば事はここで終わりになる。そう願いつつ扉に顔を向ける。

 

モモンガ「……普通ならメイドとか来るイベントのようなことが起きるのに」

 

 残念ながら助け船は来ないようだ。

 いや、()()()()()()()()()。このまま続けるべきである。

 台本にそう書いてあるならば修正されない限り実行するしかない。

 モモンガに拒否権は無い。

 

モモンガ「………」

 

 NPCは命令に対する後悔はないのか。という問いは不毛だ。

 彼らは創造者(プレイヤー)によって創られた存在だ。であればプレイヤーの為に使い潰される事こそ幸せであると言ってもおかしくはない。

 それが自我が芽生えたからとて変わるものか。変わったのはモモンガ達の方ではないのか。

 そう言われれば否定はできない。

 自然な振る舞いで喋った程度で気にする小心者。それがモモンガというプレイヤーであるならば支配者と呼ばれる価値は一つもない。

 ネガティブな感想だがモモンガ自身が今まさにそう感じている。

 

モモンガ「不敬を覚悟に……か。お前の忠誠心を見せ貰おうか」

アルベド「何なりと。至高の御方に我が忠誠の程を……」

 

 定番の各守護者達による褒め殺し、もとい言葉による尊敬の程度を披露してもらうところだ。だが、今はアルベドと二人きり。

 原作や書籍では部屋に不可視化したシモベ『八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)』が多数控えているものだが、今作はギルドメンバーが多数存在するので不可視化したモンスターの配置は想定していない。もちろん、これは()()()()()()()()()というわけではない。

 居るのと居ないのとで警戒態勢がガラリと変わる。これもまた()()()()()()()()()の一つである。

 場面は変わらず、モモンガとアルベドにスポットライトが点灯し、荒々しいBGMが鳴り響く。

 雰囲気的には戦闘シーンのようなもの。ある程度、モモンガの心情に合わせている。時々、場違いな音楽が鳴るのはご愛敬――

 

 オーバーロード 

 

 アルベドは『女淫魔(サキュバス)』である。姿形の大部分はデフォルトの女淫魔(サキュバス)を踏襲している。中には尻尾を持つ者も居る。

 悪魔系モンスターの上位種族。魅了能力に優れている。

 ユグドラシルのNPCはプレイヤーによって可能な限りの強化が出来る。よって特別な能力の付与も――

 例えば変身能力の付与。

 プレイヤー以外のモンスターは基本的に習得している魔法は少ない。それを意図的に増やすことも可能。もちろん、無尽蔵とはいかないが。

 アルベドの場合は基本種族にちなんだ上位悪魔、または別系統への変態(メタモルフォーゼ)を可能とする。ただし、闇雲に変身できるわけではなく、変態可能な形態変化(ツリー)の中からしか選べない。

 それらの枠組みから外れる方法として『課金』がある。これを追加することによって通常では出来ない様々な事柄を可能にする。

 例えば(ツリー)に存在しない、選べない特別な能力を付与するとか。

 資金的余裕のあるプレイヤーは上位陣に多く存在するがモモンガは初期から無課金であったため、それほどの強さは持っていない。強さよりアイテムに力を傾けてきた。

 無理にやり込みをしなかった分、ギルドの拠点を維持することに邁進した結果ともいえる。

 

モモンガ「……もう『脚本』やめたらいいのに……。でも、キャラが多いからそうもいかないか」

 

 未登場のギルドメンバーも動く今作において名前の羅列を無くすのは色々と大変である。

 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●メイン●●●●●●●●●●●●作者●●●●●●●。

 ●●●会話シーン●●●●●●●●●●●●評価●●●。●●●●い●●●●●●●●●●●●。特別●●●●●●●●●●●●存在●●●●●――

 それから脚本は日頃から不評なので挑戦してみただけ。

 多くの台本形式は雑。全てが雑。ただセリフだけを並べているようなものばかり。

 すぐシーンを飛ばし、攻撃や魔法一回だけで敵を倒してばかり。

 詳細な説明の回はもちろん手抜き。丸写しも最悪だが未読の読者に説明する労力を割くべきである。

 既読者にとっては『くどい』――または『冗長』――かもしれないが、全員がそうであればもはや小説の(てい)で書くこと自体がナンセンスである。

 文字を読みに来たのか、アニメやマンガのようなハイスピードな展開を期待しているのか。

 

モモンガ「大部分の読者はもう俺のセリフを丸暗記できるほど居るでしょうね。……言いませんよ? クソがぁ、とか……」

アルベド「……?」

 

 文字数が少ないものは単なる説明不足。というか喋らせれば何がどうなっているのか分かるだろうと作者の頭の中で思っているだけで読者には全く何も伝わっていない。

 ●●、●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●バカ●●●●●●●。

 ●●●●●●●●●●●●●●アニメ●マンガ●●●●●●。●●●●●●●●●●●●●●。●●●、●●●●●●●●●小説●●●●●●●●●。

 

モモンガ「……伏字に怒りを感じるな……」

 

 地の文はアルベドには知覚できておらず、始終モモンガの反応に首を傾げる。

 数分おきに視点が切り替わり、俯瞰やローアングルになったりと忙しい。

 これよりももっと頻度を高くしたドラマが存在し、やる事なす事いちいち視点切り替えの嫌がらせ。監督共々速やかにクビにすべきだ。

 『長回し』という手法がある。未知の世界を表現する場合、こちらの方が時間を多く使えるし、人間ドラマを嫌う人向けである。

 対人用のセリフは結局のところテンプレート気味に陥り、それほど面白い変化は起こせない。

 ――モモンガのアルベドに対するセリフが芝居がかっていて面白みが無いように。

 

モモンガ「……そういうロールプレイだから仕方がない。俺だって読者の為に面白いギャグを考えているわけではないからな。オホン、アルベドよ。脱線気味で悪いな」

アルベド「……いいえ。そちらに不可視化したシモベでも居るのかと……」

モモンガ「思考を整理する上での……。そう、つまらない独り言だ」

 

 内面を描写しないという事は必然的にキャラクターによる一人喋りが多くなる。だからこそわざとらしいセリフが鼻につく。

 他の作品と違い、内なるセリフ用の仕様が定まっていない。

 伝言(メッセージ)による相手からの返しに使った二重括弧のようなものを新たに付けると前の話しから修正しなければならなくなる。最初から設定していれば問題の事でも後々になってやりたいことが増えてくる事がある。

 脚本は進行の時々で修正を入れるもの。それもまた表現の自由とは言えないだろうか。

 

 オーバーロード 

 

 時間にして三分ほどの脱線を終え、本題であるアルベドへの確認作業だが――

 実質どういう方法を取ればいいのかモモンガには分からない。前提として相手を信用できないのだから何をしても無駄である。その上での確認作業というのはもはや自分を無理矢理納得させるだけの儀式とそう変わらない。

 納得できるのか。前提で言えば無理な話し。

 無理でも納得しなければならない。そうしなければ――

 

モモンガ「この先、アルベド達と付き合うのが難しくなる」

 

 彼の心情は複雑怪奇。いや、懸命にどう対処しようか悩んでいた。

 モモンガとて鬼ではない。しかし――そう、しかし、なのだ。

 急に降って湧いた大勢の他人(NPC)。それらと同居生活をしなければならない。

 仲間と一緒であるのとはまた違う意味で難しい問題だ。なにせ、大部分のNPCの行動パターンを把握しているわけではないから。

 自分が創ったNPCならまだしも――

 

モモンガ「……折角、脚本と付いているのだから……。少し試してみるか」

 

 モモンガはアルベドにいくつか指令を与える。

 指示を受け取ったアルベドは静かに頷いて移動を始めた。

 出入口に向かったアルベドは両扉を静かに開ける。錆び付いていないことを示す様に扉は静かな金属音のみなった程度で動いた。

 次にアルベドはその扉を静かに閉め、厳かな姿勢を保ったままモモンガの執務机に向かって歩き出す。その歩みもまた静か。カツン、カツンと硬質的なものではあるが耳障りなもの――決して、キュッキュッ、ドシンドシンという擬音――ではない。

 アニメなどでは表現されていなかったがヒール()の高い剣闘士(グラディエーター)サンダルというものを履いている。靴下は無く素足である。

 もし、裸足であればペタペタ、またはトゥットゥッと鳴る筈だ。

 

モモンガ「単なる移動と扉を開け閉めするだけの作業……。セリフ以外にも色々な行動があるものだ」

 

 サンバを踊りながら――またはラテン系音楽が鳴り響く中、という事も出来なくはない。

 丁度黒い翼があることだし、などと下らない事が浮かんだ。

 ――というのを内なる声としてモモンガの脳内に再生された。

 

モモンガ「そういう過剰演出ばかりするオバロではどういう物語なのか分からなくなる」

 

 何かあるたびにキメポーズのような演出が入るアニメが最近あった。*2

 あちらは行動する度に特殊な擬音が鳴る。

 モモンガのすぐ前に控えているアルベドは腰の翼を多少は動かす程度。これはゲームのように微動だにするタイプではなく、生物的な表現として動かしているもよう。

 彼女の翼は度々羽根が抜け落ちる。だが、その落ちた羽根の行く末には誰も目を留めない。

 

 オーバーロード 

 

 急ぐ案件はまだ無いモモンガ。いや、無い事にされているのかもしれない。

 なにせ都合よく仲間が現れない空間すら演出できるのだから、出来ない事は無いのかもしれないと思わせる。

 実際には色々と解決しなければならない問題はある。その一つとしてアルベドの処遇が含まれている。

 椅子から立ち上がるモモンガ。右に曲がるモモンガ。歩き出すモモンガ。机を通り過ぎるモモンガ。歩いている合間に顔だけ左に向けてアルベドの姿を確認するモモンガ。

 

モモンガ「いちいち名前を付与しなくていいのだが、実際に書かれると(わずら)わしいものだな」

 

 もし、大勢の登場人物が居たなら誰が、どんな動きをしているのか、誰と話しているのか、分からないと困る、事がある。

 読点(とうてん)を多用するとぶつ切り感が鼻につく。

 それらを上手く応用するのは意外と難しい。いくら作者たちの匙加減だとしても――

 アルベドの側まで近寄って来たモモンガ。(おもむろ)に彼女を五メートル以上机がある位置から後退させる。

 通常であれば声をかけるところを無言で(おこな)った。アルベドはされるがまま黙って従った。

 ここで選択肢が――脳内に――現れる。

 一、アルベドをその場で横回転させ、背中を見せた体勢にする。

 二、自分がアルベドの背後に回り込む。

 三、クソがぁぁ、と大声で叫ぶ。

 

モモンガ「……三は無いな。そればっかり強要されているのか、(よその二次創作)の俺は……」

 

 一番目を選択。すると突如――おめでとうございます。あなたは一〇〇〇人目のモモンガ様として認められました。特典として無条件で『アインズ・ウール・ゴウン』に改名する資格を得ました――脳内に響き渡った謎のアナウンス*3に驚き、早々に思考から追い出す。もし生身であったなら耳鳴りがする程のハイトーンな声だった。

 

モモンガ「素で宙に浮けるから縦回転も行けるか……」

 

 もし、縦回転させた場合は逆さまになり、背中を見せた状態になる。

 足元まで長いスカートは真下に落ちる筈である。当然、おっぱいも垂れ下がる。しかし、風営法に厳しいゲーム時代であれば物理演算を用いたとしても途中で止まる仕組みになっていた筈だ。

 おかしな体勢にしても仕方がないので――普通に――背中を向けてもらう。

 設定上『夫』ではなく『妻』のみがアルベドに存在するがモモンガを上位者扱いしているところを見ると夫という意識はまだ無いのかもしれない。あくまで彼女の中に存在する知識としてあっても――

 書き換えた程度で性格がすぐに変わるようでは他のNPC達も気になってしまう。

 意のままに操れる存在が側に居るというのはモモンガであれば気持ち悪いと思う。そういう意識すら消されてしまえばアルベド(NPC)と大差が無いのかもしれないけれど。

 指示に素直に従うアルベドは疑うことを知らないのか、と思いそうになるがギルド以外の者であれば違った反応を示すかもしれない。

 ギルドのメンバーはまだ他の存在と触れ合っていないから。

 

 オーバーロード 

 

 背中と言うか翼に隠れた尻というか。

 女性という意識で見てしまうので気になる部位に視点が向きがちだ。

 まずは、と気を引き締めて黒い翼を観察する。

 ゲームが終わった今、今更気になる事でもあるのかと自問する。それに対して感じ方が変わった気がするので確認の意味があると言い訳しておく。

 他のメンバーも今頃それぞれ確認作業を(おこな)っている筈だ。おそらくモモンガ以上に突っ込んだ検証を。

 

モモンガ「翼を思いきり広げてみろ」

アルベド(かしこ)まりました」

 

 バサリ、と音が聞こえるほど思い切り――モモンガに当たらないように――広げられる黒翼。

 翼の生え際に視点が向く。お尻の割れ目が僅かに覗いていた。

 常ならば興奮するところだがアンデッドの特性が働き、過度の精神的感情は抑制される。それは多くの場合、煩わしく感じる。だが、今回に限って言えば――ありがたいと思えた。

 翼は腰の僅かな部分から生えている。それなのによく千切れないものだと感心する。

 横二、三メートルはある羽ばたきは近くで見ると迫力があった。

 勢い良く広げたので羽根が何枚か床に落ちた。

 一枚を机に。もう一枚を適当な床に落とし直す。もう一枚は個人的に異空間へ格納しておく。

 

モモンガ「……設定によれば妻だという事になっているが……」

アルベド「………」

モモンガ「これから(おこな)うのは家庭内暴力(DV)……。または……」

 

 支配者という立場で言えば『DV(ドメスティック・バイオレンス)』以外の言葉といえば『パワハラ(パワーハラスメント)』が妥当か。

 それも人様のNPCに、だ。

 モモンガは『ブラック企業』否定派だったはずでは、と疑問を覚える。そして、逡巡する。いや、苦悩と思考錯誤か。

 確認したいことはNPC達の真意であり、その本質となる真の姿――

 自我が芽生えた彼らが何を『望んでいるのか』だ。

 

モモンガ「……いや。………」

 

 ログアウト出来なくなってまだ数時間も経過していない。それなのに何年も昔から苦悩しているように感じられる。

 たっち達が先の展開を知っているように、モモンガも記憶には無いが何かを知っているのではないか、と。

 NPC達が勝手に動き、思考することに――

 

モモンガ「……陳腐な言い方だが……」

アルベド「……ああもう……」

 

 地の底から湧き上がる赤熱した溶岩の如く、唸るように言い始めるアルベド。大きな翼は折り畳まれ、下半身を包み隠す。

 

アルベド「下等な骸骨(スケルトン)風情が……、思い上がるなよ。それとも何か、我々はお前達に『創造してくれと誰が頼んだ』とか言ってほしいのか?」

 

 アルベドは振り返らずに言った。

 言葉が紡がれる度にモモンガの身体に緊張が走る。しかし、それらはすぐさま抑制される。

 今の時点では抑制は悪手ではないか、という予感がした。

 

 ――いや。

 

 これこそが(モモンガ)が望んだ結果である。その筈だ。

 モモンガは自分に言い聞かせるように次の言葉を待った。しかし、それは何故、と疑問に思いつつ。

 たっち達が()()であるならばNPC達も()()ではないのか。

 冷静な思考によって思い至った事象――

 アルベドもまた数多(あまた)平行世界(二次創作)の出来事を記憶していた。そうではないと誰が言えるのか。

 この手の出来事を()()()()自覚したのであれば今のアルベドは危険な一匹のモンスターだ。いや、元々危険だったからあまり変わらない、ともいえなくもないが。

 

アルベド「私の愛は本物です、()()()()様。例え御身が忘れていようと……、私だけは最後まで……。いえ、……それすら()()アインズ様は覚えていらっしゃらない」

モモンガ「……待て。何故、アインズと呼ぶ?」

アルベド「……そんなことを聞かれても詮無い事ですわ。……いえ、いえ……。だ、黙りなさい腐れ骸骨っ! 本物のアインズ様でもない……、ただのモモンガさ……の分際で……」

 

 背中が震えている。翼も震えている。

 恋愛に無頓着なモモンガでも分かることがある。それは空気だ。

 特に恋愛()()の空気は肌で感じ取れる自信がある。

 アルベドは彼女が愛する『アインズ』とモモンガが別人であることを理解して悲しんでいる。そうモモンガは()()()した。

 

アルベド「年中無休ナザリックに(つと)めてきた我々NPCを最後まで信用なさらなかったアインズ様……」

 

 重い言葉を受けてモモンガの肉体にダメージが入った、ような気分が襲ってきた。

 いやに現実味のある言葉だ。それもそうだろうと納得する。

 女性の声で。生の言葉で言ったのだから。

 これが機械的なゲームキャラクターのセリフでは何も感じなかった筈だ。

 

アルベド「至高の御方がいらっしゃる今は我々は単なる邪魔者でしかない。それはとても悲しい事でございますが、それもまた我々の御役目の一つにございます」

 

 乱暴だったり丁寧だったり。

 アルベドの言動は内容によって異なるところが不可解だと思った。しかし、分析しようにも自分ではどうにもならない問題に思えてしまい、声がうまく出せない。

 仲間が居れば、という思いが何度も起きる。しかし、呼んではいけないという予感もある。

 これはギルド長が責任を持って対処しなければならない。ただ、それだけ。

 狭量な自分の心が恨めしい。正しくアンデッドギャグだ。

 

 オーバーロード 

 

 突如豹変したアルベドに対し、数多(あまた)ある定型文(テンプレート)によれば『後ろから優しく抱き締める』が多く出てくる筈だ。しかし、前段階の事を思い返せばその方法は間違っていると言わざるを得ない。

 何故ならば――

 

 アルベドを殺そうとしているからだ。

 

 本当に殺せるのかは未知数だが、出来ない事は無い。なにせ従順なNPCだ。その設定が生きているのであれば――

 でなければモモンガは彼らを危惧し、信用しない。それが証明となる。

 

モモンガ「他の作品の事を知るならば……、私が何を知りたいか知っている筈だ」

アルベド「……至高の御方の考えは……分かりません。ええ、分かりませんし、分かりたくありませんとも。……知りたいと思った事はないとは申しませんが……」

 

 どっちなんだよ、と小さく呟きそうになったが辛うじて踏み止まる。

 情緒不安定な女性に余計な一言を掛ければ悪化する。それは()()知っている。

 ただ、実際に目の当たりにすると勇気がたくさん削ぎ落され、自信を持った言葉が言えなくなる。

 

アルベド「腐れアンデッド。貴方が何をしようとしているのかは分かりませんが、私は()()()()()(守護者統括)……。全て無駄だと知りなさい」

モモンガ「……無駄か……。確かにそうだろうな」

 

 名前も姿も忘れていたが役割は覚えている。

 ナザリックの防衛に関することは特に。そして――

 モモンガは意を決する。

 未だに振り返らない彼女はモモンガの行動を待ち構えているのだと、そう理解した上で――心に余裕が生まれた。

 期待されれば全身全霊で応えたい。特に仲間達に対しては顕著だ。そして、ここには多くの仲間が()()()居るのだから。

 危惧するものは解決されなければならない。不安要素は徹底的に。

 

モモンガ「正体を現したな。……いや、自身の防衛本能が目覚めた、というのが正しいか……」

 

 ある意味では『それでこそだ』と嬉しく思う。それはモモンガがNPC達に対してそう思っていたから。反面としては無理矢理に言わせている事への罪悪感だ。これは微々たるものとはいえ不快を覚える。

 NPCはきっと本音で接してきている。それを自分は無理矢理否定している。

 彼らからすればきっと――しかし、それでもモモンガは思う。信用するに値しないと。

 急に変化が起きた事に納得できるわけがない。その点でメンバー――特にたっち達――のメンタルの強さは疑問を覚えるほど。

 そこまでの境地はまだ自分には備わっていない。

 どうして受け入れられる。これは引退していくメンバーに対して思うのと同じくらいの疑問だ。

 

モモンガ「……引退した筈のメンバーがどうしているのか、も疑問に思わなければならないところだな」

 

 不自然としか言いようがない。だが、現れたことに対して(モモンガ)は嬉しいと思った。なのにNPCに対しては逆の感情を覚えている。

 彼らに対しても自我を得て嬉しく思ってあげるのが筋ではないのか。彼らもナザリックの一員なのだから。

 信用を勝ち取れない彼らは無理矢理モモンガに敵対している。それは悲しい事ではないのか。

 これを感傷と言えるのか。いや、言えはすまい。モモンガは煮え切らない自分の気持ちに嫌気がさす。

 だからこそ――これは通過儀礼で必要な事だ、と無理矢理に自分を納得させる。

 

 オーバーロード 

 

 気持ちの準備は整った。モモンガは背中を向けているアルベドに顔を向ける。

 必要な魔法は既に頭の中に用意できている。

 何をすべきか――

 戦略的な考えは普段以上に冷静に、仲間達に負けないくらい素早く、恐ろしく回る頭――それが何故、普段は発揮してくれないのかとがっかりするところだが今は脳内から雑念を払拭しておく。

 執務室の椅子に座り、ほんの僅かだけアルベドの姿を脳裏に残しておく。そして――

 インベントリ(異空間の倉庫)から周りの音を消すアイテムを取り出して放り投げる。それは即座に効果を発動した。

 

モモンガ「ここまでしなければならないのか? ……愚問だな。守護者統括だからこそ責任は重大だ。……そして、それはギルドを取りまとめる俺にも言える事だが……。信用とは……、結局のところ納得できるかどうか。それだけだ。……それだけなのにこうも重苦しい事態になるのは……、全く嫌なものだ」

 

 自分(モモンガ)が信頼するのは四〇人の仲間だけ。彼らの家族は含めないが――嫌な性格をしているなと呆れてため息が出そうになる。

 呼吸を必要としない種族とはいえ、人間の時と感じ方が違うのはまだ慣れない。けれども何故か、()()()知っているような気にさせる。

 感傷はほんの一時(ひととき)――すぐさま気を引き締める。彼の空虚な眼窩(がんか)が赤く怪しく(きら)めいた。

 

モモンガ抵抗突破力上昇(ペネトレート・アップ)魔法三重化(トリプレットマジック)上位魔法封印(グレーターマジックシール)魔法三重最強(トリプレットマキシマイズ)位階上昇化(ブーステッドマジック)魔法の矢(マジック・アロー)魔法三重化(トリプレットマジック)上位魔法封印(グレーターマジックシール)……」

 

 貫通力を上げ、数に物を言わせた魔法の洗礼を仕込んでいく。相手は防御特化のNPCアルベド。手加減しては彼女に失礼だ。

 遠慮なく、彼女の期待に応えなければ失望されるのは自分(モモンガ)だ。

 可能な限りMP(マジックポイント)を費やす。それが尽きればアイテムよる追加攻撃。

 遠慮はしないと決めた。だから、机に数十本ほどの短杖(ワンド)を並べる。

 

モモンガ「……よし。……アルベドはこれだけの物量に応えてくれるだろうか……」

 

 応えられなければ失望する。だが、何に対してと言われると分からないと答える自信()()はある。

 もし、可能性を見出してくれたならば――

 

モモンガ「……いや、希望的観測は俺の性格には不似合いだ。俺はただ単に信用できないNPCを打倒するだけ。……そこに愛は介在しない。だって……、こいつはゲームのキャラクターじゃないか」

 

 自分にそう言い聞かせた後で消音アイテムの効果が切れる。

 一対一の決戦だ。モモンガは仇敵と出会ったような気持ちを抱く。

 

 オーバーロード 

 

 何でもかんでも相手を信用する程お人好しではない。だからこそ他のギルドを潰し、上位陣の仲間入りまで果たした。

 対人戦において大切なことは仲間を信用すること以上に――

 相手をどうやって貶めるか、戦略を練る事だ。――もちろん、それは一人ではできない。

 少なからずの()()がどうしても必要だ。

 多人数プレイのゲームで一人天下など無謀、不可能。様々な比喩に例えられるほど愚かな行為だ。モモンガでさえそう思うのだから。

 

モモンガ「信用か……。そうだな。であれば……俺が成すべき事は至極単純なものだな」

アルベド「………」

 

 ――僅かばかりの為により精神を落ち着かせる。既に気分は敵と(まみ)えたプレイヤーだ。

 後ろを向いて油断している、とは流石に思わない。そして、アルベドを()()油断している間抜けだとも言わない。

 彼女は最上位NPCだ。仲間がそう設定し、創り上げた。それを悪く言えるものか。

 

モモンガ「……真っ向勝負は見ている分には好きなのだが……。これはこれでやり難いな。……だが」

 

 (さい)は投げられた。

 尋常に勝負と行こう。モモンガは胸の内で(つぶ)く。

 

モモンガ「こちらを向け、アルベド。私の命令に従うつもりが今でもあるならば……」

アルベド「ええ。言う通りにしますとも」

 

 アルベドはその場で身体を反転させ、涼しい顔をモモンガに向ける。

 白い手袋に包まれた両手は臀部付近で重ね合わせており、いかにも清楚であるとモモンガが見ても思うほど自然な振る舞いであった。

 表情は怒りに包まれていると思っていたが平静を保っており、薄く微笑んでいるようにさえ見える。

 

モモンガ「……うむ。お前達NPCがどのような存在か……。言葉が真実か……。結局のところ私には判断が難しい」

アルベド「………」

モモンガ「お前達の忠義とやらが本物なら我が命令を甘受せよ」

 

 アルベドは黙って胸に手を当てて軽く頭を下げ、また元の位置に戻した。

 超然とした(たたず)まいは見る者を魅了する。しかし、アンデッドに精神攻撃は無効である。――その筈なのだが、素直な感想としてモモンガはアルベドの姿勢を美しいと評価した。

 女淫魔(サキュバス)としての特性か、それとも彼女自身が元々持つ美しさのオーラか――

 

モモンガ「命令は至極単純なものだ。……ただそこに立っていろ。もちろん、()()()()()()()。その美しき姿()()()()()

アルベド「は……」

モモンガ魔法最強化(マキシマイズマジック)現断(リアリティ・スラッシュ)

 

 アルベドの返事が終わる前に――正確には彼女が喋り始めたのと同時にモモンガは最強格の魔法を放った。

 第十位階にして空間を切り裂く魔法である。それが術者の狙い通りにアルベドの首を深く裂いた。それと女性の命ともいうべき髪の毛もかなりの量が一気に床に散乱する。

 

アルベド「……ごぁ」

 

 いくら防御に厚いとはいえ最強の魔法だ。無傷ではいられない。

 本来ならば完全武装形態で戦闘に臨むところ。しかし、今は非戦闘モードともいえるドレス姿。

 強力な魔法に抗える筈もない。それ以前にモモンガの命令によって微動だにしない状態でいなければならない。

 

モモンガ「……さすがに一太刀とはいかないか。だが……、それだけではないぞ。ここからが……、()()()

 

 首の半分ほどが浮きかけたが強靭な肉体と精神力のようなもので頭を下方に押し留める。

 受けた命令は絶対である。それがナザリックに所属するギルドメンバー達に作られたNPCが持つ矜持。いや、それは強制的に与えられたものではなく、NPCがそうあれと願っているもの。そして――

 モモンガに理解されなかったものだ。

 

モモンガ「解放。……NPC達よ、その真意を俺に見せろ。命令に従うだけで幸せなど幻想だ。自我を得たお前達の本音を見せろ。俺達に従うのは振りであり、自由が欲しいと思うのならば自分の命を守れ」

 

 淡々とモモンガは言った。しかし、既に言葉は魔法の発動でかき消され、アルベドの耳に届いている保証は無い。けれども言わずにはいられなかったのはモモンガの本音ではないか。

 それを証明するすべはないが、それでも彼は()()()半分は信じたい気持ちがあった。

 完全なる非人間ではない。仲間思いの優しい一面を残している。そんな人間が完全に非人間であるNPCに訴えかけたのだ。

 自我を得た生命体ならば生存本能が働くはずだ、と。

 それこそが完全な人形ではない証明となり、モモンガも改めて付き合いを模索しようと――

 

 オーバーロード 

 

 いくら言葉で着飾っても現実はNPCの虐待である。今まさに無数の砲弾の様な魔法の洗礼が無防備な女性NPCの頭部に殺到している。

 少し千切れかけた首を何の支えも無く(まと)に変えて。けれども、それでもモモンガからの魔法を一つたりとも打ち漏らさず受け切っている。

 アルベドは身体を動かして魔法攻撃を拾っているわけではない。魔法の効果として標的を狙っているだけだ。

 指向性のものではなく誘導弾のようなもの。余程の長距離に転移でもして逃走しない限り、どこまでも追い続ける。

 低い位階だが、確実に相手にダメージを与える。*4それも間断なく一〇〇発以上ともなれば強固さが自慢のアルベドとして無傷で居られるわけがない。

 よく首が千切れずに耐えられていると感心すら覚える。

 

モモンガ「……短杖(ワンド)も七本目か……。未だに立ち尽くしているとは感心だな」

 

 人間の身であったならば足元に飛び散る様子だけで震え上がっているところだ。

 過度の流血すらモモンガにとっては見るも()えないものだが、アンデッドの身体のお陰で見物することに不快感はあっても視線を逸らすほどではない。

 まだ一分しか経っていないが一本目の角は既に落ち、長い髪の毛の一部は頭皮ごと散乱している。

 全て顔だけを狙っているので首より下は血まみれではあるが、ほぼ無傷と言っていい。

 下方に添えられた両手は今も変わらず現在位置にある。それは痛みに耐えて握り拳を作るようなそぶりを見せる事も無く――

 永遠とも思えるモモンガの魔法にも限界はある。使った本人も自覚している事だが未だに現場から撤退の意思を見せないアルベドに対して彼はただ見守っていた。

 よくあるテンプレートでは途中で魔法を切り上げ、よく耐えたと褒め称えるところだ。

 だが、その程度はモモンガも想定している。だからこそ、それ(中断)は選ばない。

 『選べない』のではなく『選ばない』だ。

 

モモンガ「自分の命が惜しくないのはやはり……、ゲームキャラクターだからか? 死んでも蘇るシステムがあるなら平気だろうな」

 

 蘇生方法が無ければモモンガとておいそれと試すような事をしたいとは思わない。

 けれどもNPCの本心が見えないまま生活するのも嫌だった。

 だから、これは必要な事だ。NPC達と触れ合うためには、と。

 

モモンガ「しかし……、それにしても……」

 

 ゲームの時と違い、生々しい現場だとモモンガは疑問に思う。

 肉片を細かく描写し過ぎだ。それにキャラクターの肉体をここまで詳細に設定できるものなのかも――

 素材にならない髪の毛などは最初の斬撃で消滅するものだ。それなのに床に散らばっている。

 角は二本共に転がり、眼球らしきものも。

 残りは形容しがたい肉片。それと歯。

 既にアルベドの顔の大部分は削り取られ、首より下だけが無事な状態だ。それでもまだ生きているのか、もうモモンガには分からない。

 ただ、ステータス的には生存している気がする。

 数は多いが所詮は低い位階魔法の弾幕だ。精々、HP(ヒットポイント)の半分も削れればいい方だと予想していた。

 ゲーム的な思考が現実と同一な訳が無い。けれども、そういう考えでしかモモンガは見る事が出来ない。

 耳に聞こえるのはドドド、という音と攻撃に耐えている首の骨の(きし)み。

 直に魔法による砲撃は終わる。全て耐え切ったところでモモンガにとってはどうということもない。ただ単に終わるんだなと思うだけだ。

 白いドレスは既に真っ赤。アルベドの血の色は赤い。白人系の人物であるから奇抜な色ではないことは察していた。もし青白い、というかほぼ青い肌の悪魔系であれば――

 

モモンガ「……何色だとしても俺の気持ちはきっと揺るがない。この平静な気持ちが……」

 

 真面目に喋っているが内心では気持ち悪い現場に不快感が限界まで来ていた。しかし、抑制される。そしてまた不快感が復活する。その繰り返しだ。

 途中から慣れて来たのか、惰性で眺めていられるようになったが実際の気持ちとしては慣れたくなかった。

 アルベドが心配だからではない。ただ単に――そう、ただ単に自分が嫌だと感じているからだ。

 

 オーバーロード 

 

 攻撃時間は実際のところ一時間もの長いものではなく十分以下の短いものだ。だが、体感時間的には一時間ほどかかっているように感じられた。

 豊富なMPとアイテムによる魔法の弾幕をたった()()()()の為に使うなどレイドボスでもないかぎり、あり得ない浪費だ。

 最終的にアルベドの強固な首は保たなかった。

 顔は見分けがつかなくなるほど――それ以前に形が崩れている――の全損状態。一気に砕け散らないのはアルベドの強固な耐久力のお陰――いや、安易に死なないのは拷問に匹敵する。

 千切れかけていた頭部は下顎を残したまま、上がほぼ無くなった後で(ようや)く堪える事が出来なくなった為に異音を響かせて後方に(こぼ)れた。それ以前にアルベドは既にこと切れていたと思うが――

 首の皮一枚残して垂れ下がる残りの部分は改めてモモンガが魔法で撃ち落とした。

 最後の一撃は何の抵抗も無く目標を撃ち落とすに至った。

 奇麗に頭部を失ったアルベド。しかし、その立ち姿は()()()()清楚な佇まいを残したまま。

 

モモンガ「……やっと終わったか」

 

 (モモンガ)の呟くような言葉の後で周りの光りが一斉に消え、モモンガとアルベドだけにスポットライトが当たる。

 僅かな時間ではあったがモモンガにとっては退屈な時間――だと思いたい強がりかもしれない。

 実際のところ彼の中では様々な葛藤やら感情が渦巻いていた。耐えろ、早く死ね。硬い、楽になれ、逃げろ。

 そのどれが自分の本当の気持ちなのか、結局最後まで理解できなかった。けれども、命令した責任だけは忘れていない。

 NPCは自分の命を――結局のところは――無駄にした。いや、至高の御方の命令に恭順しただけだ。なにもおかしくはない。けれども何かがおかしい。

 

モモンガ「生々しい現場だ。……ここまで事細かい肉体のデータなんてあったか?」

 

 答えてくれる者の居ない問い。しかし、それでもやはりゲームプレイヤーとしては疑問を感じる。口に出すのはご愛敬だとしても――

 結果は惨憺たるものだ。ここまで気持ち悪いことになるとは思っていなかった。

 椅子から立ち上がり、未だに立ち尽くすアルベドを見据える。脅威の再生能力を発揮することも無く、頭部のあった首から今も血が漏れ出ている。

 モモンガは血まみれの床に近づき、角や髪の毛の束など――比較的形が残っている――の大きな部位のみ回収して残りは魔法で消し飛ばす。

 奇麗にした床に満足しつつアルベドの首を覗き込む。

 

モモンガ「……いやにリアルだな。でも、もっと血がドバーっと出ると思ってたけど……。実際はこんなものか」

 

 アニメなどは過剰演出されているが実際は噴水の様な事にはなりえない。

 血液は単なる水分ではない。不純物を多く含み、乾いたとしてもある程度の粘度を保つ。

 出血を続ける首も固まりかけた血によって血管が塞がれる事になる。ものには限度があり、無限である筈がない。しかし、それが通用しない場合もまた()()かもしれない。

 これは誰も証明したことが無いので。

 

モモンガ「……俺、NPCを殺したんだよな。しかもタブラさんの娘ともいうべき存在を……」

 

 仲間に悪いことしたな、とは思うが殺したことに対する罪悪感というものはあまり実感が伴わない。

 それは単純にアルベドはNPCではあるが女淫魔(サキュバス)というモンスターだ。人間を殺すのとは違うと無意識で思ったからかもしれない。

 それと死んだら復活させればいいだけだ。その際、かなりの額を失うことになるけれど。

 

モモンガ「……まあ、何にしても……。命令は守った。それで……俺は褒美でも与えればいいのか? こいつらNPCに……。それと信用だったか……。何のために」

 

 たかがゲームのキャラクターに人間並みの待遇を与えなければならない理由が分からない。理解できない。

 冷静な思考だと残酷な結果ばかり現れる。

 自分で約束したことなのだが、どうしても人間とゲームキャラクターという超えられない壁の様なものに阻まれてしまい、上手く表現することが出来ない。

 

 オーバーロード 

 

 小一時間ほどアルベドの死体を前にして考えに耽っていたようで、仲間からのメッセージは全て後回しにしてもらった。

 カルネ村という村が実際にあったとか、ヤベーモンスターにたっち・みーが半殺しになりそうだとかあった気がするが――右の耳から入る情報が左へと素通りするが如く流れていく。

 モモンガにとって大事なことはナザリックであり、ギルドのメンバーだ。しかし、今は優先順位が狂っている。

 自分以外の事を優先させることが出来ない。冷静な思考でものを考えられている筈なのに。

 

モモンガ「仲間が危機だとしても今の俺はMPが殆ど無いからどうしようもないですよー」

 

 鼻歌気味に呟くようにモモンガは独り言を言った。

 歌いたいわけではない。言葉に抑揚が付けられなかったから。それよりも――

 命より命令を選んだ愚かなNPC。ただそれだけが心に引っかかる。

 自我を得た筈なのに自分の願望というものは無いのか、と。

 

モモンガ「命令されて喜ぶのは奴隷根性っていうんだ。俺はそんな奴は嫌いだ。信用もしたくない。なにより……、ナザリックの一員なら自由を選ぶべきだ」

 

 従順なNPCでなければ困ることは確かにある。しかし、それでもモモンガ個人としては自由を勝ち取り、どういう人生を歩みたいか『夢』などはないかと聞きたかった。

 夢などという子供じみた希望より、NPCはNPCらしく振舞っていればよかった。ただのゲームキャラクターのままで。

 

モモンガ「……なんてな。それじゃあアルベド達が今まで通り返事もしないキャラクターでいいのか。いいわけないよな。自我だぜ、モモンガ様。俺なら……、俺ならどうする? 外が現代社会なら働きに出るのか? 行かないだろう。化け物だし」

 

 何が最適解なのか。モモンガには分からない。

 モモンガ一人だけではいつまでも答えは出ない気がする。であれば頼れる仲間達に聞けばいい。

 だから――

 

 アルベドに対する全てを保留にする。

 

 そう決めた。

 信じないのではなく、これから一緒に考えればいい。元より彼らを――無条件で――信じる事など自分一人だけでは出来なかったのだから。

 それを無理矢理押し通した結果がNPCの殺害だ。

 モンスター退治よりも気持ち的に嫌なものになっただけ。いや、だけ、ではない。

 アイテムや魔法の無駄遣いが酷い。

 仲間に相談したらもっと効率の良い殺し方を伝授されそうだが――

 

モモンガ「……ああ。そうだ。ここまで耐えてくれたアルベドに何か……。そうだな。……お前の忠義、立派なものだったぞ」

 

 首の無い赤いドレスを身にまとうアルベドにモモンガは(ねぎら)いの言葉を告げた。

 

アルベド「………」

 

 それに対し、既に死んでいる筈のアルベドの上半身がかすかに動き出した。

 それを見たもモモンガは一歩後ずさった。首が無いから喋り出す事態には――結局のところ――ならなくて良かったと。

 しかし、これはおそらく――

 至高の御方の暖かな言葉を受けて恭しく(こうべ)を垂れようとした仕草かもしれない。聞こえていたのかは考えない事にする。想像するのが怖かったから。

 脅威の生命力を持つNPC――そう見た方がいいのかはモモンガには分からないが、残ったMPで回復役の別のNPCを秘密裏に呼びつける。

 無理に隠蔽したところで一番目立つアルベドだ。隠し通せるわけがない。モモンガ自身もそう思うほどなのだから。諦めて真実を告げる。ただし、ごく少数にだけ。

 他の階層守護者の耳に入れば全員の殺害に発展するかもしれない。しかし、呼びつけるNPCが一番信頼に足るのか、という疑問について――

 復活役が多く居ないのでやむを得ず、だったからだ。こればかりはどうしようもない。

 一番信頼できるメンバーに詳細を告げる勇気が湧かなかった。

 戦闘終了を告げるようにスポットライトの光量が減っていき、暗闇に閉ざされていく。

 

 オーバーロード 

 

 差し障りのないBGM*5が鳴り、それに伴い場面が明るくなる。

 更に時間が経過し、モモンガの執務室は何事も無く平静な雰囲気が広がる。

 少し前まで殺戮現場だと誰が思うのか。

 今更になって椅子に座っていたモモンガは思い出す。

 アルベドのドレスはどうして血で染まったのか、を。汚れなどは付着しないものだとばかり思っていた。彼女が身に着けていたドレスも魔法の武具の一つだ。着飾るためのものに見えるけれど。

 

モモンガ「真紅のドレスも似合うものだな」

アルベド「では、次はそのように……」

 

 復活したアルベドはいつもの清楚な佇まいでモモンガに答えた。

 自我を得たとはいえアルベドも自分の身に何が起きたのか、実際のところは理解していない。

 そういうものだと()()()思っていた事だから。

 モモンガがどうして怒ったのか、危惧したのか、彼女もまた理解できなかった。けれども、それはそれで些細な事として処理する。大事なことは至高の御方がどう思い、考えるかであって自分の事は二の次。それが正常な主従関係だと彼女は判断した。

 

モモンガ「鮮血によるものではないぞ」

アルベド「はい。心得ております。……それより()()()()様……」

モモンガ「……やはり、その呼び方なのだな」

 

 アインズはもちろんギルド名『アインズ・ウール・ゴウン』の事だ。

 アルベドは何故か、モモンガをそう呼ぶ。正しくはそう呼んだ方がいいと自分の中では思っているようだ。

 それがいつ、どうしてそうなったかについては理解していない。というよりはまだあやふやで明確に言葉に出来るほど固まっていない状態だという。

 アルベドの(げん)によればつい先ごろ、急に記憶が蘇った、または天啓のように頭の中に浮かんだ、と。

 平行世界(他の二次創作)の記憶が流れ込んだのではないかとモモンガは漠然と思ったが、詳しい事は他のメンバーに考察を依頼しておく。自分一人だけではやはり解明は難しいので。

 

アルベド「私がそうであるように、他の階層守護者……NPC達も同様の現象が起きる可能性がございます」

モモンガ「うむ」

 

 アルベドと普通に話せている。つい先刻まで深刻な間柄だったのに。今は長年連れ添ってきた仲間の様な感じだ。モモンガも今はNPCに対して恐れよりも報告を優先させている為か、意外と平静でいられることに驚いている。

 やはり仕事をしていると余計な思考に邪魔されず、物事に集中できる。その辺りは色々と思うところはあるが、と小さく苦笑する。

 

モモンガ「……しかし、私は未だに疑心暗鬼が抜け切らない」

アルベド「はい」

 

 優しい声質でアルベドは微笑みながら相槌を打つ。

 本当ならば自分を攻撃した憎き敵と認識されてもおかしくない。反面、それはモモンガ側も同様なのだが――

 

モモンガ「お前にも……色々と思うことはあるかもしれないが……」

アルベド「反旗を(ひるがえ)す恐れがある……」

モモンガ「……う、うむ。それはそうなのだが……。それがどのような形で現れるのか……」

アルベド「NPCの言葉では信用できないかもしれません……。しかし、我らはナザリック地下大墳墓の一員という自負がございます。創造主より(たまわ)った我々はかの者(至高の御方)達の御寵愛(命令)さえあれば……、それだけで幸せを感じられるのです」

 

 その言葉はいまいちモモンガには理解できない。それは単に自分がNPCではないから、ともいえないかと自問する。

 プレイヤーとNPCはそもそも成り立ちが違う。しかし、それでもモモンガなりに理解したいという気持ちがある。彼らを全面的に信用しない、と言いながらも――思いながらも――理解したい気持ちまでは失っていない。

 ギルドの仲間達が作り上げたNPCが大嫌いだ、というわけではないのだから。

 

モモンガ「『冴えない主人公は相手を理解するのに小説十冊分ほどの時間をかける愚か者である』か……」

 

 それは誰の言葉だったか。仲間達か、作家か。

 どちらにしても自分の知力では確かに時間が()()()かかりそうだと認める。

 アルベド一人に対して何か理解できたのかと言われれば、否だと答えられる。そう。あれだけの猛攻の後にもかかわらず、だ。

 殺しきっても理解できないのは自分でもどうかしていると思うほど。それでは全滅しても駄目だという証明でもある。しかし、それでは困る。

 

 オーバーロード 

 

 モモンガは美しきアルベドを眺めつつ別の方法を模索する。

 自我を得たNPCとは実のところ何なのか――

 それらは自分にとってどういう存在なのか。

 考える事は山積みだ。ゲームの中でも外でも忙しいのは少々――困った事態だけれど仲間達が居るから今は()()平気だと言える。

 

モモンガ「そうそう。たっちさんが危機に立たされているとかいないとか」

アルベド「たっち・みー様が危機とは……想像できない事態ですわ」

 

 軽く聞き流してしまったがどういう状況なのか。

 殺された、という情報は入ってきていない。(くだん)の『カルネ村』とやらに向かってどういう事態に陥っているのか、情報収集の命令を下す。

 

アルベド「畏まりました」

 

 型通りとはいえアルベドの奇麗な姿勢に少しだけ見惚れ、意識を危機対策に改める。

 そこには下心満載の愚か者の姿は一欠片(ひとかけら)も見出せない。(ただ)あるのはナザリック地下大墳墓の支配者モモンガ。それしかアルベドの目には映っていない。

 至高の支配者こそ自分が愛する存在である。それを疑う心など――こちらもやはり一欠片(ひとかけら)たりとも――

 

 

*1
新旧二種類のデザインが存在するが価値は同じである。一枚一枚独立したアイテムとして扱えるが通常のアイテムとは違う概念が適応されている。一枚当たりの重さが気になるところだが、実際は枚数表示だけで扱うことができ、通常のゲームプレイにおいて金貨の重さは無視して構わない。

*2
三期目の『ぷれぷれぷれあです』参照。

*3
CV 森永(もりなが) 千才(ちとせ)

*4
これはモモンガの術者レベルが高いからこそ可能となっている。一般の術者が高レベルクリーチャーにダメージを与えるのは至難の(わざ)である。最低でも合計職業(クラス)レベル六〇ないし難度二〇〇以上は必要だ。

*5
第一期第四話、陽光聖典との戦いを終えてアインズとアルベドの二人だけで歩いている時に流れたもの。

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