prologue
これから綴るは心を失い、大切な物を探す一人の戦神(英雄)の話。
「prologue」
初めて他人の人生を断ち切ったのは何時だったのだろう。確か物心付く前、思い出せるのは裁断バサミで頸動脈をぷつり、と。
あの時は恐怖と責任感に苛まれ、暫くは悪夢に魘された。人のものとは思えない断末魔と目が飛び出る程に見開かれ、どんどんと鮮血が溢れては痙攣する。そして絶命する。それを間近で見ていれば、幼い頃の俺はそうなる…いや、誰だってそうなるだろう?
それから、怖い、怖いと思いながらそういう事の回数を重ねて行った。
すると段々と怖く無くなっていく。慣れ、と言う奴だ。人間である以上、何れは慣れる。
確かに恐怖心だとか、そういった類の物は無くなった。
けれど罪悪感、責任感とか。
「感情」だけは、俺の中に執拗くこびり付いていた。
━━━━━━これで終わりか。
とある山奥の村、誰にも知られない、知られる必要の無い秘境。俺、山丘 春華(ヤマオカ ハルカ)は妹である山丘 聖奈(ヤマオカ セイナ)を連れて村人に頼まれた依頼を熟しに来ていた。
依頼内容は、異常な額の税金を取り、村娘を残さず犯し尽くすと言う、如何にも恨みを買いそうな領主の暗殺。
たった今、現在時刻は深夜の2時。その領主が居る屋敷の中に潜入し、二手に別れて仕事をした。
ふぅ、と溜息一つ。同時に右手に持っている刀に付着した外道の血を振り払った。足元には首から上を失って生命活動が終了した肥えた半裸の男。
せめて、此奴を寝室で殺したのが唯一の救いであったと自分を褒める。どうせ此処で女子を貪り続けたんだ、幸せだった時間を過ごした場所で死ねるなら、本望だと自分の物差しで図りながら腰に差した鞘に愛刀を納める。
その後、寝室から出ては廊下にある窓から漏れ出す月光で自分の服に血が付いていないかを確認する。仕事用の服は黒色。防弾防刃、耐火性を持ちながら絶縁体で電気を通さず身体能力を最大限に活かす、自作の物である。予算の都合上、俺と妹の分しか用意出来ないので汚したくない。正直、あんな不健康そうな奴の血なんて付いていたら発狂しそうだ。
粗方確認し終え、何もついていない事を確認しては安堵の息を零す。と、同時に俺の方に近付いてくる足音が一つ。警戒する必要も無く、其方に視線を向ける。
歩いてきた者は肩までの髪の毛を後ろで留め、同じ黒い服を着た隻眼の少女。唯一信頼している家族、聖奈の姿で間違い無かった。
「終わったのか?」
そう声を投げ掛けると、聖奈は小さく頷いて見せる。
「はい。今回も見事な腕前、尊敬します。春華お兄様。」
「殺しの腕を褒められても嬉しくない。…前も注意したばっかだよな?聖奈」
「…申し訳有りません」
聖奈が褒めてくれ、嬉しくないと言ったのは9割本当で、1割嘘だ。こんな腕、褒めてくれる人は他に居ない。
俺が注意すると、至極申し訳なさそうに視線を下に向けた。その様子を見ては、左手で聖奈の頭を撫でる。
「汚れきった兄貴の腕を褒めてくれるのは、…まぁ嬉しいよ。だから落ち込まないでくれ。」
俺の言葉に顔を上げ、顔を見つめられる。その目は心做しか嬉しそうにしていて。
「はいっ、春華お兄様っ」
「良い子だ、じゃあ帰ろうか」
誰も居なくなった屋敷、その正面入口の扉を開けてこの村で一夜を明かした。
その後、村人達に領主を始末したとの報告をし、報酬を本来貰うはずであった三分の一だけを受け取る。流石に、これ以上の金額を貰うのは胸が痛むので。
家に帰る道中。聖奈からこんな事を言われた。
「春華お兄様は優しいのですね。村の人達が生活が限界だと言うことを知ってのあの行動だったのでしょう?本当に、本当に尊敬します。」
生活が厳しいのは知っていたが、村人の事は考えていなかった。自分が、これは正しいと思えなかったから報酬の減額を申し出ただけの事。
「ま、まぁ…申し訳ないだろ。あんな痩せて、マトモな飯も食べられてない様な人達から貰うのは。それとも、聖奈が不満だったのか?」
「そんな事有りません。私だって貰えませんよ?…それとも、春華お兄様は私が血も涙も無い機械だと言いたいのですかっ?」
「こんな可愛い機械が居るかっての。そんな事思わねぇよ。」
世間一般的に見れば普通じゃない会話に生き方。だが俺達にとっては普通の会話で、掛け替えの無い生き方。
世間から離れ、法で裁けない悪を葬る何でも屋。
俺達は、「異能力者」の探偵。
名を、聖華探偵事務所。
俗世の裏側を生きる者だ。
そうして凡そ80kmの道のりを約2時間走り続けて自宅兼事務所、聖華探偵事務所に到着する。
「到着っ、と。割と時間掛かったな。」
「私が鹿にぶつかったばっかりに…すみません。」
「気にすんな、てか鹿も心配だわ。聖奈は足が速いから、普通だったら死んでるしな。」
「大丈夫でした、途中で減速してから当たったので。…まぁその、お陰様で一旦はぐれたんですが」
「だーから、気にすんなって。無事なら良いんだ。」
実際問題、鹿に当たるって結構な確率だと思うのだが。そんな事は意識の闇の中へと捨てて、玄関の鍵を開けて中に入る。あぁ愛しの我が家、今帰ったぞ。
「みゅーはいい子にしてますかね?」
聖奈が呼んだ名前、みゅー、と言う猫をウチでは飼っている。聖奈が拾ってきた黒猫で、名付け親も聖奈。
「さぁな、餌と水は用意してあったし、大丈夫じゃないか?」
「だと良いんですが。みゅーうー、今帰りましたよー」
聖奈が言うと、玄関に上がった途端に猛ダッシュで黒い毛玉が聖奈の胸にダイブ。
「よしよし、良い子にしてましたかー?」
みゅーを抱っこしながら、俺と聖奈はリビングに入って各々寛ぎ始める。俺は仕事服を脱いで体をソファーに預けて横になった。聖奈は真っ先に風呂場へと向かってしまう。しっかり者で大人っぽい聖奈だが、実際まだ17歳。本来であれば学校に通っている年齢である。かく言う俺も、じきに19歳。まだ10代である。
女子って物なんだろう、…が。服はその辺に脱ぎ捨てて行くわ、風呂上がりはバスタオル一枚で出てくるわで俺より男っぽい(がさつなだけかも知れないが)一面もある。俺が一時期そうだったのが原因なのだろうか。今更反省しても遅いのだろうけど。
そんな事を思い出してる内に、俺は果たさなければならない使命を再確認する。
山丘家。裏の世界では最強と謳われる傭兵一家であり、俺と聖奈の生家。
俺の使命、この命の尽きるまでに、俺と聖奈を苦しめた自分達の家を、俺達以外残さず全てを「壊す」事。
経歴も、資産も、俺達以外の山丘の人間も。
全部を、壊す。
あの日から、俺は誓ったんだ。何処に居るかも、実在するかも分からない様な神って存在と、自分の魂と命に。
そんなことを考えていたからだろうか、自然と右手が上へと伸びていた。
その手を見て、俺は思う。
━━━まだ、足りない。
右手を強く握り締めてから、右腕を降ろす。そう思いつつも、不意に襲い掛かって来た睡魔に意識を刈り取られてしまった。
更新は作者のやる気が出た時にでも。