先日の任務から幾日かが経った。探偵、そういう職業柄だからなのだろうが、依頼が来なければ仕事が無い。
この数日を聖奈とみゅーと共に穏やかに過ごし、大分体と精神を休める事が出来た。
そうこうしている内に、電話が一本。だが今は昼食の準備をしているため、俺は出る事が出来ない。なので、
「聖奈ー、ちょっと電話出てくれないかー?」
「はい、分かりました」
みゅーを猫じゃらしで弄んでいた聖奈が立ち上がって、電話を取る。仕事の依頼だろうから、聖奈が請け負っても大丈夫だろうと踏んでいた。
そう、思っていた。
「…春華お兄様、春華お兄様宛の電話です。」
「俺?…分かった、今行く」
何も疑わず、料理を一旦中断しては聖奈が取った電話を俺が取る。
「はい、お電話代わりました、春華です」
「あぁ、山丘春華ね?」
聞こえてきたのは若い女性の声。電話越しでも分かる程に澄んだ綺麗な声。
「はい、仕事の御依頼でしょうか?」
「私を護って。報酬は幾らでも出すし、欲しいもの全部あげるわ。詳細は後で話す、明日にでも来て頂戴。」
「…、…畏まりました、ではお名前を聞いても宜しいでしょうか」
「東雲。東雲 暁(シノノメ アカツキ)よ。」
その名を聞いた途端、俺は驚きを隠せない表情をしていた事だろう。
東雲家。表向きは大富豪の家系。
勿論それだけでは驚きもしない。していたら疲れるだけである。だが。
裏の顔は、有名異能力者を多々排出している異能力者にとっての畏怖するべき家であり、そして尊敬するべき家である。
そんな家が、何故?とも思ったが、依頼は依頼。同じ苗字なんて沢山居るだろうし。
「分かりました、東雲様で御座いますね。では明日其方に向かわせて頂きます。」
「そうして。住所は……」
そのまま住所を聞き、明日に出発する旨を再度伝えては電話を切った。
「春華お兄様、明日に出発ですか?」
「あぁ、東雲って所のお嬢さんだ。…多分違うとは思いたいが、あの東雲じゃないよな?」
「違うと思いますよ?東雲って割と居る苗字ですし。」
「仮にそうだとしたら、どんな奴から襲われてるかなんてのは予測が付かねぇぞ…。俺と聖奈が異能力者だからって、予測が付かない相手とは戦いたくない。」
「大丈夫ですよ、それよりもご飯食べましょう?お腹空きました。」
机をバンバン叩いて食事を催促する聖奈を見ては少し苦笑いを零した。
これが、俺達の人生を変える事になるなんて、今の俺達はまだ知らないまま。
白亜の壁、床には見るからに高級であるとわかる絨毯。薄暗いが、完全に見えない訳では無いと言う光度。
その空間には、跪く一人の男性と、美少女と言う言葉では収まりきらぬ、世界の三大美女なぞ足元にも及ばぬ女性が玉座に腰掛けていた。
「…つまらないわ」
女性はどの黄金よりも煌びやかで美しい金髪を揺らし、男性を蔑んだ眼差しで射止める。
「で、ですが東雲様っ」
「つまらないと言ったの。さっさと帰りなさい。そして私の時間を奪った事を今後一生後悔しながら生きなさい。」
自分を神格化でもさせたかの様な罵倒に浴びせられ、男性は気圧されてしまう。それもそのはず。
彼女━━東雲 暁━━の言葉には、普段人が話す言葉とは違う圧…「重さ」があるから。
それが彼女の異能、『重力ノ言霊《ジュウリョクノコトダマ》』である。
自分が気に食わない事があった場合、主に罵倒や命令に絶対とも言える支配権限を有する。その言葉は対象の心理と脳髄に響き渡る。
故に、本能的にその言葉に従わなければならない、と錯覚させる事が可能なのだ。
そして暁はこの能力を使いこなしている。
つまるところ、自分が気に入らなければそれを無理矢理にでも捻じ曲げて自分が望む方向へとある程度の舵を切らせることが出来ると言う、独裁者の様な異能。
その異能をモロに受けてしまった男性は、無意識の領域で立ち上がり、暁に背を向けては出口に導かれるかの様にその場から、暁の邸宅から姿を消したのであった。
「はぁ…。本当につまらない男。私が求めるのは、圧倒的な戦闘能力と美貌、そして何よりも…」
自分が最も飢えている物。それを与えてくれる男性が欲しい。
何故わざわざ自分の豪邸に男を呼んではこうして居るのか、と。
東雲の家には、18を過ぎた女は見合いをし、自分が最も気に入った男を無理矢理でも構わないから夫にしろ、というなんとも貴族感の溢れる風習がある。
暁自身、風習等は大切にする真面目なタイプなので正直な話嫌なのだが見合いをしている最中なのだ。見合いの相手に求めるハードルが高過ぎるせいか、全くと言っていいほど暁の心に響く男性が現れない。
これでかれこれ200件超の、異能力を持った男性と見合いをした。だが全員ハードルすら見えない位置に居るような輩ばかりで、今回現れた「山丘 春馬(ヤマオカ ハルマ)」という男も駄目だった。
確かに、戦闘能力と容姿は優れていた。だが、あの者の目からは下卑た目的が感じ取れた。
自分だけの孕袋にしてやろう。そう言った感情は、暁にとって最も逆鱗に触れる感情であり、同時に恐怖を覚える感情でもある。
「…次は、山丘 春華って男かしら。期待は…しないで呼んであげようかしら」
玉座から立ち上がり、孤独な姫君は寝室へと戻る。
そして邂逅すべく、春華の経営している探偵事務所へと電話を掛けるのであった。
これが、世界を変えてしまう事になるとは、今は誰も知る術すら持っていないのであった━━━━━━━。
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