【KENSHI】あぽかりぷす異世界へようこそ!   作:うささん

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【01】異世界トリッパー来る

「はい?」

 

 気がつけばそこは見渡す限り荒野だった。風の音を聞いて顔を上げると私は野ざらしの中にぽつんと一人立っていた。

 

「みーちゃん?」

 

 振り返り一緒にいたはずの友人の名前を呼ぶ。周囲は雑踏で騒音に満ちていたのに、今はただ風が吹く音だけが聞こえる。

 目に飛び込んできた景色はあまりにも常識はずれで頭が真っ白になる。

 強い風がスカートをまくった。慌てて押さえるが砂塵が足元をさらって生足に砂粒を叩き付ける。

 

「いたぁっ!」

 

 そう、痛いという感覚と砂埃で目を閉じた。何が何だかわけがわからないまま強風が背中を押して、砂に足を取られて座り込む。背中にも大量の砂と風が襲ってくる。

 眼に入った砂が涙で押し流されるまでしばらく蹲っていた。

 ──状況を把握しないと

 強かった風が収まって、ようやく目を開けて立ち上がる。口に入った砂がじゃりじゃりして嫌な埃の味がした。

 

「何これ……どうしちゃったの?」

 

 私がさっきまでいたはずの場所は、都会のビルに囲まれた、信号待ちの交差点だった。

 それがまったく見知らぬ何もない場所になっている。

 荒野……砂漠といってもいいくらい砂ばかりだ。木も生えているがまばらに見えるだけでほとんどが枯れている。乾燥に強い植物だけがたくましく根を生やしている。

 遠くに山っぽい稜線が見える。空を見上げて呆然とした。

 空には太陽とうっすら浮かび上がる月……いや、あまりにも大きく見える星があった。

 月ではない惑星だ。自分が月にいるのかと錯覚するくらいだが、その星に寄り添うような月と思わしき天体が見える。

 

「おい、女がいたぞ……」

 

 突然投げかけられた言葉。振り返ると言葉も凍るような格好の男たちが立っていた。

 男たち──二人組の武装した姿だということは分かった。ぼろきれの様な服を体に巻き付けていて、腰に下げたこん棒には刃がついているが赤い錆びだらけだ。

 身を思わず震わせたのは頭にかぶったガスマスクの様な被り物だ。砂風に侵食されて色あせているようにも見える。

 顔はまったく見えないが、清潔感とはまるで縁がなさそうな格好だ。

 一人は大男だ。体に巻き付けた布の隙間から見える肌の色は褐色に近く最初は皮膚だとは思わなかった。

 体に突起の様な角があちこち生えていて飾りだと思った頭の角はマスクに穴を開けて通したものだとわかった。

 その男は異様だったがもう一人はもっと異様だった。背丈は大男の頭二つ分は小さいが自分よりはるかに屈強だ。

 そのむき出しになった腕は人の肌とは思えない色合いで体型そのものが常識外れだった。

 胴回りは異様に細く腰は妙な変形をしているとズボン越しからもわかった。ズボンの裾から伸びた脚は骨そのものかと思うほど細い。

 人がいるという希望はたちまちのうちにパニックに変わっていた。

 

「こいつは逃亡奴隷に違いない。相棒、そう思わないか?」

「ああ、見ろ、あの服……貴族のじゃないが、上等そうだぞ。ご主人様の所から盗んだのか? 痛めつけて連れ戻せばいい金になる」

「飯にもありつけるな」

 

 言葉は理解できるがその内容に自分でも蒼白になるのが分かった。

 文明社会の理論が通じるような相手ではない──捕まればろくでもない目に遭うことはわかり切っている。

 奴隷……人身売買……平和な日本でそんな言葉を聞くことはあまりない。

 

「おい兄弟、女が逃げるぞ」

「飯の種が逃げた。追いかけるぞ」

 

 助けなど来ない。こんな場所で期待するなど不可能だ。だから叫ぶのは止めた。

 一歩踏み出すより先にスニーカーがずぶずぶと砂に沈み込む。後ろを振り返る余裕はない。

 こんなに一生懸命走ってるのにどうして!?

 男たちは軽快に走って回り込んでいた。娘を挟むように動け。狩りだっ! と叫ぶ男の声に遊びが混じっている。

 遊ばれてるんだ……泣きそうになる。もう走るのもできそうにない。

 

「おしまいかー? 最近の奴隷はたるんでるぞー」  

「なぁぜ逃げるぅ? 逃げてもお前の様なひょろ痩せは生き残れないぞー? 何故ご主人様の元で楽しく暮らさないハイブならざる者? 適度な労働とご奉仕で食べ放題だ!」

「兄弟、食べ放題なら俺も奴隷になるぞ?」

「いや、生かさず殺さず程度の食べて暮らせる程度だな……逃亡奴隷はつらいんだぞぉ~~ だから捕まって飯のタネになれよ」

「いやですっ!」

 

 ようやく意思表示と言える抵抗の言葉を口にするが、その返事を男たちはせせら笑う。

 

「この人間、口があったようだな兄弟?」

「知ってたよハイブの兄弟、このフラットスキン(柔らか肌)の女が喋れるってな。今なら痛い思いしないでご主人様の所へ連れ戻してやるぞ?」

「私、奴隷じゃありませんっ!」

 

 声を張り上げる。精いっぱいの強がりだ。

 

「兄弟、その腰のなまくらはどんだけ切り刻めるんだ? イヌのもも肉さえ捌けそうにないぞ?」

「毎日研いでるぞ。使う機会がないだけだ。お前の刃はスキマーのでかい奴より鋭いとでも思ってるのか?」

「その娘っ子は切り刻んだら商売にならない。喜べ女、ちょっと叩きのめして奴隷だってことを思い出させてやるだけだ。人間のオスはメスを扱う前に愉しむらしいが、兄弟、お前は楽しまないのか?」

「そいつを見ろ。怯えて震えてるだけの腰抜けだぞ。戦うことすらできないのでは楽しみようがない」 

「相棒、つくづくシェクは脳みそまで肉が詰まってるようだな。戦う筋肉だ。死ぬまで治らないだろう」

 

 二人の男に挟まれながら逃げることだけを考える。どうしたらいいの?

 刃付きのこん棒を手にした男たちが迫ってもうダメだと目を閉じる。捕まって売られてひどい目に遭わされるんだ。お父さん、お母さん、さようなら──

 涙がポロポロ出て頬に熱く感じた。男たちの姿が滲んで見えなくなる。

 そのとき、ヒュン、という風を切る音を聞いた。ヒュン、ヒュンと連続で何かが跳ぶ音が響く。そして散った熱い何かが頭にべっとりと張り付いた。

 血だった……それが何であるかを理解した。隠れないとと思ったときにはすべては終わっていた。

 目の前に血を流して倒れる男が二人いた。流れ出た血は砂があっという間に吸って赤黒いシミを残している。

 男たちに無数に突き刺さった矢は細いが殺傷力があった。致命傷と分かったのは、大男の眉間に突き刺さった矢だ。矢は小男の喉笛を正確に貫いている。

 倒れた小男の面が落ちてその顔を晒す。その顔に思わず息を呑んだ。

 人間の頭蓋骨とはまるで異なる形でタテに長い。首の後ろに突起があり、その目はむき出しに丸くまぶたというものがなかった。

 ハイブと呼ばれていた男は何と形容していいのかわからないがやはり人ではなかったのだ。

 背後で砂を踏む音を聞いた。そして首筋に殺気の様なものを感じる。

 

「動くなよ。奴隷。生きていたければな……」

 

 女性の声だ。助かったという気持ちと怖さが交じり合う。助けてくれたのか、それとも新手の強盗かもしれない。

 

「両手を頭の後ろにしてゆっくり振り向け」

「はい」

 

 言われるがままにそうした。疲れ切った足で立ち上がり、砂塵が降る砂丘に立つ女を見た。

 風が吹いてフードが揺れる、強い眼光が真っすぐに自分を見下ろしている。

 暮れ始めた空に浮かぶ星がやけに明るく感じた。

 

「拾った命だ。自由に使え──」

 

 彼女はそう私に告げた──

 

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