【KENSHI】あぽかりぷす異世界へようこそ! 作:うささん
幾度となく靴に入り込んだ小石を取り除いて顔を上げた。周りの景色は砂漠から一変していた。
露出した岩肌と切り立った崖。ようやく上った丘も下り坂を見て脱力しそうになる。緑は変わらず希薄で種類もよくわからない雑草だけがあちこちに生えている。
遠くに見える唯一の建築物。それは文明の名残を残すものでしかなかった。
所々元の金属の色合いを見せるくすんだ表面は、その多くが赤い錆の様なもので覆われている。
点在する建物群は、かつてそこに街があったことを示している。進んだ文明があったはずだけれど、今はその痕跡を留めるのみだ。
相棒のリドリーはへたり込んだ私を見て鼻で笑った。
お腹が減って動けないと言うと、自分の食い扶持は自分で捕るんだよ、と言って座り込む私を置いたまま腰の大きなナイフを抜いてどこかに行ってしまった。
一昼夜歩き続けて何も口にしていない。汗もかいているし脱水症状になってしまう。
膝を抱え込んで顔を埋める。ただ疲れているのだ。足の筋肉も二の腕も悲鳴を上げている。
どうしてこんなことになったのか全然わからない。
戻りたい。
家に帰りたい。
自分の部屋が懐かしい。
友だちと電話してだべりたい。
それが……
死んだ男たちの異形の顔を思い出す。
矢に射抜かれて目の前で死んだ。
常識とか倫理観とかそういった自分の中で培ってきたものが一気に崩壊した。
「寝るんじゃないよ」
「寝てないよ……」
目元の涙を親指で拭って返事を返す。リドリーが何かを持っている。
茎のようなそれはナイフで削ったのか緑の果肉を覗かせている。それが何なのかよくわからない。
「ほれ」
放って寄こしたのは何かの塊。受け取りそこなって落ちて拾い直す。
茶色いその塊が何なのかよくわからない。
「そいつは水分食うからね。こいつをかじりな」
リドリーが緑の茎をかじる。どうやら水の代わりにしろということらしい。
「これ何?」
「ドライミート食ったことないのか? どーいう暮らししてたんだ。お前おかしい奴だな」
差し出された茎を受け取る。削り切れてない持つ部分にぶつぶつの突起の跡があった。そこからとげが映えていたと推測できる。
つまりこれはサボテンの茎なのだろうと理解した。サボテンは水分を含んでいることは一応知っているが、食べられるものなのか?
少し警戒しながら茎を含んでかじる。
「っ!?」
思わず口を押える。これまでに味わったことのない苦みに吐き出しそうになる。
唯一の水分だと思い返し吐き出すのはこらえた。
リドリーは自分用の茎をかじりながらドライミートを口にする。
味に対するこだわりなどないのだろう。ただの栄養補給と腹を満たすだけに集中しているようだ。
これを完食するのは大変だ……
苦みに耐えながら茎を口に運ぶ。不味い。眉をしかめる。
ドライミートに口を付ける。塩気はある……それがどうにか食欲を刺激した。
空腹は待ったをかけてくれない。
十分ほど時間をかけて黙々と食事を終わらせた。どうもこの世界の料理に期待はできそうにない。
生き延びることだけ考えよう。
「あと二つは崖山を越えるから踏ん張りな」
「どこに行くの?」
「隠れ家さ」
空腹を満たした後、立て、という指示に従って二人はまた歩き出す。下り坂のぼこぼこした道なき道と転がる石に気を付けながら降りる。
トライアスロンでもこんな厳しくないよ……
半ば泣きそうになりながら、リドリーに笑われるだけだと口を真一文字に結んだ。
歩き続けると、やがて大きな鳥が頭上を何度も舞った。いくつかの緑が茂る木々の間を通り下生えの草を踏んで川を見つけた。
水のせせらぎだ。狭い渓谷を川が流れている。岩と砂にまみれた世界が一変していた。
狭い川の端にリドリーが立って周囲を警戒するように耳を澄ませる。それから座り込んで川岸の砂地を調べ始める。
何をしているのかと後ろから覗き込むが彼女は応えずに砂を払った。
「こっちだ」
水の流れに沿って歩く。砂地の部分もあれば切り立った岩を越えたり、崖際に立って水の中に足を浸して移動する。
かれこれ数十分歩き少し開けた砂場に出る。水が侵食して切り取った跡なのだろう。頭上に三角に伸びた崖がある。
その真下のくぼみになった部分が彼女の言う隠れ家だった。
リドリーが荷物を下ろすのを見ながら私は「家」ともいえないくぼみを観察する。
家具らしいものはいくつかある。どれも手作りなのだろう。
壁際の椅子と机。
物置用の棚。
一番奥のベッドは一枚の壁で仕切られている。
他にも朽ちた感じの大きな収納箱。
壁に立てかけられた錆びた農具と武器の様なものがある。
焚火の炭の跡や放り出された動物の骨も散乱している。
「家か……」
自分が知る野外キャンプはもっとまともだ。
それに楽しいものだった。
夏休みの臨海公園でのキャンプ張りとバーベキューとかそういうイメージだ。
でもダメ、これは楽しくないと思う。
「火を起こす。薪拾いするよ」
「もう疲れて動けないよ」
リドリーの指示に逆らうが、じっと見返したリドリーの眼力に疲れた体を引きずってまた立ち上がるのだった。
──パチパチと赤い炎が音を立て始める頃にはもう夕暮れ時を迎えようとしていた。
「こっち手伝いな」
リドリーが手招きして水辺へ誘う。人工的に積まれた石が何であるのか最初わからなかったが、それがいけすだとわかった。
期待して覗き込むと、それほど大きくもないが数匹の魚が泳いでるのが見える。
「持ちな」
リドリーから麻袋を渡される。
これに入れるのだろうと袋の口を開けるとリドリーが両手で器用に捕まえて順番に何匹か放り込んだ。
リドリーが袋の口を締める。袋の中で魚が暴れるが、しばらくすると動きが鈍くなる。
その袋からリドリーが魚を一匹ずつ取り出すと近くの岩場に置いた。まだ空気を求めて魚は口をパクパクさせている。
それにお構いなくリドリーはナイフを魚の腹に突き刺すと内臓を取り出していく。内臓は投げ捨て、用意してあった小枝に口から突き刺す。
残酷な光景だがこの犠牲がなければ自分が飢え死にしてしまう。
労働の成果である焚火に棒つき魚をかざし二人して囲んだ。
「塩をかけな」
リドリーが塩の塊を持ち出す。岩塩だ。どこでそんなものを手に入れたのだろう?
塩を細かくナイフの柄で砕き木の皿を置いた。
程よく焼けた魚を手に塩を振ってかぶりつく。彼女の真似をして塩を振ってかぶりつくが熱くて舌をやけどする。
フーフーと舌を冷ますと容赦なくリドリーが笑って返した。私も笑って返した。
焼き魚で思ったよりも元気になった。文明的とは程遠いけれど、ようやく人らしい生活をしている気持ちを取り戻せた。
「明日は町に行く」
「町?」
「あんたを売りに行くのさ」
「……」
「お前、すぐ本気にするな。金を作りに行く。そんで必要な物を買うんだ。お前の服を売って金に換えるんだ」
「えー……」
制服を売るのは気が引ける。
「お前のマスターが探してるかもしれないのに服の一つで文句言うな」
探してる人なんていない。誤解は解けていないが真実を話しても取り合ってくれないと諦めている。
「お金になる?」
「売り物は多い方がいい。忠告してやる。街では目立つな。何もするな。勝手に誰かと話すな。約束できないなら連れて行かない」
「あー……」
ここに置いていかれるのも嫌だ。第一自分で食料を確保する手段を知らない。いけすだって上手く魚が捕まるとは限らない。
「わかった。余計なことはしない……」
「よし」
リドリーが立ってずた袋のようなものを箱から取り出すと放り投げる。
「寝袋だ。今日はもう寝な。朝一で出るよ」
彼女の指示に従って焚火の側に寝袋を広げる。それにくるまって目を閉じると、ほどなくして睡魔が目を閉じさせていた。