【KENSHI】あぽかりぷす異世界へようこそ! 作:うささん
隠れ家を発ってからずいぶん歩いた。朝から昼頃にかけて私たちは人の住む町……ようやくそうと言える土地に辿りついた。
城壁に囲まれた町の外観はどこかくすんで見えて蜃気楼に揺れる幻想のようだった。
乾いた土地の過酷さと肌に感じる熱い風と容赦ない日差しの前では嫌でも現実を突きつけられる。
私はターバンの目元を押さえて飛んでくる砂塵を避ける。
異国にいる。リドリーの背中を追いながら壁際の門前に立つ男たちを見た。全員が武装していて、それぞれ違う武器を持っている。
湾曲したサーベルや奇妙な形の槍。肉厚の刃を持つ刀のような武器。蟻を思わせるような兜と全身を覆う鉄の鎧。
兵士は鉄の兜の面から町に入る者を見張っていた。
中にはリドリーと同じ武器を背負っている者もいた。クロスボウだ。リドリーはつまようじって呼んでたけど、何でつまようじなのかよくわからない。
素顔をさらしている男たちはみんなよく日焼けしている。彼らの顔は彫りが深く眼窩はくぼんでいて腕も鍛えられていて太かった。
ここはやっぱり異国なのだ。東洋人種の特徴を持つ顔は一つも見当たらない。ここで日本人であることを証明しても何の保証も得られない。
リドリーが兵士に何かを見せていくつかやり取りした後に男が頷く。
「通っていいぞ」
町に入る許可が出た。持ち物検査のような事はされなかった。
私は緊張を解いて前を歩くリドリーに追い付くと話しかける。
「何を見せたの?」
「これだよ」
リドリーが見せたのは布切れだ。紋様か文字のようなものが描かれているが意味は分からない。
話す言葉はわかるのに書かれている言葉は全然理解できない。
すぐに布を懐に閉まう。リドリーは目的があるのか足を止めない。
「よくわからないのだけど……」
「拾いもんさ。くたばってた男が通商用の手形を持ってたから都市連合の町ならどこでもフリーパスさ」
「連合?」
都市連合……この町を支配している国の名前なんだろうか?
リドリーの落ちてるもんは自分のもの、という感覚は未だに受け入れがたいが、今飢えているのであれば自分もそうするだろうな、という予感はあった。
こんなルールも法律も倫理もどこかに置き忘れてしまった世界なら仕方ない。仕方ないという言葉で自分を説得しようとする。
「あいたっ!」
突然止まるものだから鼻頭を彼女の肩にぶつけた。
「お前さ、また、いい子ぶりっこなこと考えてるだろ」
「ううん、別に」
「チョコ、もう一度言ってやる」
「何?」
「余計なことは聞くな。好奇心で詮索をするな。じろじろ周りを見るな。あたしが何かを知っていてもそれをお前にいちいち教えたりなんかしないからな」
「ちょっとくらい教えてくれたって……」
何も教えてくれないことに少し不満を感じる。それに上から目線は止めてほしい。
……なんてじかに言えない自分にも不満を感じる。もっとはっきり言ってやればいいのに。
「じゃあ教えてやる。貴族には下手に逆らうな」
「貴族……?」
ファンタジーなら常識の存在だ。でもここにも自分が想像するような貴族がいるとは思ってもいなかった。
「そこだ」
リドリーが立ち止まったのは看板がある建物の前だ。
「そこにいな。荷物も寄こせ」
「うん?」
彼女に自分が背負っていた袋を渡した。ずっしりとした重荷がなくなって肩が軽くなった。
ずっとそれを背負って来たのだ。リドリーが撃ち殺した男の物も混じっているはずだ。
リドリーの「戦利品」が詰まった袋。つまりドロボー……戦場漁りをして得た品物。
鉄モノは溶かして、また武具でも家具でも好きなように作って使いまわせるからすぐに売れるのだそうだ。
見た感じ切れ味も悪そうだし鉄さびが浮いたものもあるが、これで食べ物と交換することもできる。
お金はキャットという通貨があるけれど、たいがいの物は物々交換で手に入れる。
見せてもらった硬貨は丸いけれど所々へこんだり曲がったりしていた。真ん中に穴が開いていてそこに紐を通してまとめるのが一般的みたい。
「ここで待ってな。すぐに済む」
「うん……」
砂地の舗装もない場所だ。照り返した日が肌を焼くのを避けて壁に背を付けた。
そうしてから周囲を観察することにした。行き交う人々の服装は、服と呼んでよいのかわからないボロをまとう者や上半身裸の人もいたりして目のやりどころに困る。
ドキリ、としたのは人では無い種族の姿を見たときだ。
あのハイブという種族がぼろ切れ姿で歩いているのを見て心臓が止まりそうだった。思い出すのはあの夜の男たちの死体だ。
全身が硬い皮膚で覆われた男はシェクと呼ばれていた。そのシェクらしき種族はまだ見ていないが、町に行けば一人や二人会うだろうよ、と聞いている。
町の人間も武器らしきものを腰に下げたり、背中に背負っていて物騒な雰囲気だ。文化的な文明人らしい人間はここにはいないような気がした。
しばらくしてリドリーが建物から出てくる。手荷物は空の袋だけだ。
「売れたの?」
「お前の取り分だ」
リドリーが放り投げたのは服だった。服というべきものなのか……ボロ布にすり切れたズボンだ。
もう一つ、私の手にずしりとしたものを握らせる。金属の塊でジャラジャラしていた。
「バカだね、ここで見るんじゃないよ。キャットは見せびらかせんな」
「うん……」
手の中にあるのまとまった枚数のキャットを空の袋にしまう。今はここでは役に立たない正義感もしまうしかない。
「早くそいつに着替えな」
「いや、ここじゃ無理……」
「しのご言うな」
リドリーが建物の間を指差す。文句を言うのは諦めてどういう着こなしをすればいいのかわからない服を抱いて着替えた。
その間、リドリーが建物の間に仁王立ちする。
一応の配慮に感謝して手早くズボンを履いてからスカートを脱ぎ、シャツの上からボロ布をかぶる。所々穴が開いているものの、見た目だけなら町人に近い格好になった。
目立たないようにするというのは賛成だ。
「宿を取る。今晩はここに泊まって朝に立つ」
「うん」
「あんたは留守番。こいつを高値で売れそうな奴のとこに持ってく」
今まで着ていた制服は少し傷んではいるが、ここで見る衣服とは明らかに違う。リドリーの言う通りなら本当に売れるのだろう。
リドリーが宿といった場所は酒場でもあった。
そこは荒くれた男たちが集まる場所で、角を生やした異形のシェクの傭兵や商人と思わしき男たちがカードゲームに興じている。
主人といくつかやり取りして数枚のキャットを支払ってリドリーは二階を指差した。
「宿は上だ。代金はベッド代だよ。一晩限りだ。どこにも行くなよ?」
「了解」
リドリーに宿を出ないよう釘を刺される。当てがあるというリドリーが出て行って二階のベッドに腰掛ける。
宿といっても仕切りがいくつかあるだけで部屋として独立しているわけでもなかった。部屋ごとの扉さえなく、プライヴェートなど存在しない。
貴重品など置きっぱなしにしたらすぐに盗まれてしまうだろう。だからキャットも物も体に括り付けておけ、というのがリドリーの忠告だった。
うーん、ファンタジーものの宿屋だってもっときちんとしてるのに……
階下のバーに行ってはいけないとは言われていないので階段から下を伺った。客の少し下品な話題や酒の上での冗談が喧噪に混じって聞こえる。
男も女も同じくらいいて多種多様な格好の人々がいる。
シェクがいる……角の生えた肌はグレーと褐色といくぶん肌の違いがあるが男女はわかった。
武装している。この酒場で武器を持っていない者はいないと言った方がいいくらいだ。
そのシェク族の男女三人がいるテーブルは避けた。どこか怖かったこともある。
ハイブも奇妙な種族だけれど、遠くから観察したいこともあって隅の誰もいない二人掛けの椅子を選んだ。
「お嬢ちゃん、あんた」
「はい?」
強面のひげを生やした目つきの悪いバーテンがこっちを見ていると意識して緊張する。
「ここを使うなら注文してくれよ。カウンターに来て注文をしな」
「ご、ごめんなさい……」
カウンターの前で悩む。書かれている言葉がさっぱりわからない。
「じゃあドリンク……これで」
カウンターにメニュー表らしきものがあった。ドリンクの描かれているメニューの一番目を指す。
この世界で初めての買い物だ。袋の中のキャットを握った。
「サボテンジュースだな」
失敗した……そう後悔するがバーテンは盃を取り出して樽の栓から飲み物を注ぐ。
お金の数え方はまだおぼつかないがゆっくりキャットを数えてカウンターに置いて席に戻った。
恐る恐る飲み物を口に運んだ。覚悟していたが、思ったような苦みはなかった。
わりとあっさりとした味わいが口の中に広がる。若干甘みも混ざっていてジュースとしては問題なかった。
私が食べたアレは同じサボテンなのだろうか。種類が違うのかな?
「ここのジュースは最高のサボテンで作られている。十五年研究して食用に改良したんだよ」
「はい?」
突然話しかけられてびっくりした。そして声がした方を見てさらにびっくりすることになった。
それまで誰かがそこにいるとは思ってもいなかった。そう、それは明らかに人ではなかった。すぐ隣の照明の影になっている場所に「彼」は腰かけていた。
金属の光沢を照り返す顔がこちらに向けられた。そう顔だ。でもそれは人間とは違いすぎた。シェクやハイブとも全然違う。
むき出しの頭部は頭蓋骨のようでもありそうでもない。表現しようにもそれはロボットの顔としか言いようがない。
骨のように見える指も金属の関節だ。全身金属骨格のロボットがいる。
初めに気が付かなかったのもまるで置物のようにそこに座っていたからだ。
あまりの驚きにまったく声が出なかった。そんな存在があることをまるで理解できなかったのだ。
単独で動いていてさらに話しかけてくるのだ。そんな高性能な意思を持つロボットがこの世界にいるなんて想像できない。まるであべこべだと思った。
どこかで誰かがこのロボットを動かしているのかと思ったが、電源ケーブルもないし、操縦してそうな人物もこの建物には見当たらなかった。
「どうした? 穴が開くほど見ているが。もしかしてスケルトンと会うのは初めてかい?」
「スケルトン……さんですか? その……はい」
スケルトンと聞いて思い浮かぶのはファンタジーのアンデッドだ。低レベルでこん棒で粉砕するイメージ。
ゲームとかアニメではあまり強くないイメージのモンスターだ。
でも目の前にいるのは明らかに完全なるロボットだった。自律して話をするしかなり高性能な頭脳を持っている。AIと呼ぶにはあまりにも滑らかな発音で喋っていた。
彼はこちらをじっと観察するように眺めている。
「そうだよお嬢さん。そういうウブな反応を見るのは久方ぶりだね。六十年くらい前になるかな。私はサボテン農場で働いていたんだ。苗からサボテンを改良している野心的な男がいてね。彼の手伝いをしていたんだ。今ではもう彼はいないがその孫が農場を経営しているんだ。今でも彼のことを思い出してはサボテンの花を眺めに行くのさ。とてもきれいな花を咲かせるんだ。まるで人の人生のように儚くも美しい花なんだ」
そう言って彼は小さな盃に入った液体を口に運んだ。私の視線に気が付いてか彼は手元の盃を見せる。
ドロリとした茶色い液体がまだ半分ほど入っている。
「アルコールはまだ君には早い。もっともスケルトン用のオイル酒なんだがね」
「はあ……」
どこか人懐こいロボットに興味を惹かれる。人間よりも人間らしい仕草をする。
荒くれ者ばかり見ていたが話をして安心できる存在はリドリーを除いていなかった。
そのリドリーもかなりツンツンしているけれど……
「店主、邪魔をするぞ」
バーの扉が開け放たれ騒々しい金属鎧がこすれる音も響いた。店の入り口に複数の武装した兵士たちが立っている。
先頭の男が店内を見回して私たちのいるテーブルにも目を止めた。だが、すぐに興味を失ったのか店主の前に出る。
「飲みに来たんじゃなければ帰んな」
「悪いが仕事中でな。勤務が終わったら寄らせてもらおう」
「何用だよ?」
店主に兵士の隊長らしき人物が紙束を見せる。
「新しい手配書だ。古いやつは外して張り替えておいてくれ」
「賞金首はそっちでやってくれ。仕事の邪魔になる」
「それと、おかしな奴は見なかったか? 挙動不審なやつも」
「いませんね。噂に聞く奴隷解放の連中とか、南の人の皮を剥いで人の振りをするかわはぎスケルトンとか、そういう物騒な連中でないかぎりね」
奴隷解放? かわはぎ? スケルトンという名前が挙がって隣の「彼」を見るが二人の会話を気にもしていないようだ。
「そうだな。では頼むぞ」
一方的に告げて男たちがバーを出ていく。
「あの……かわはぎって何ですか?」
「キャトロンは伝説だ……かのティンフィストもね。二人はかつては共に並ぶ存在だった。第二帝国が滅んで二人の進む道は分かれたんだ。キャトロンは狂気の中にかつての栄光を託しその幻想の中で狂っていった。ティンフィストはくびきから逃れるために奴隷を解放する道を選択した。二人とも世界の伝説であり、語り部だ。そして私は美しいサボテンの花を愛した。これが私の人生だ」
そう、誰に語りかけるでもなく呟いて彼は杯を飲み干す。
「あの……あなたのお名前聞いてもいいですか? 私は……チョコって呼ばれてます」
「一期一会の出会いに。私はバーン。ただの年寄りだ……こういうときの人間の慣習は私の好奇心をいつもかきたててくれる。暗く酸性雨が降る鉄くずでできたガラクタの町にこもった同胞が決して味わえない感覚だよ」
バーンと名乗ったスケルトンが片手を差し出した。私は固い金属の彼の手を握るのだった。