【KENSHI】あぽかりぷす異世界へようこそ! 作:うささん
熱い日差しの下で矢が放たれ朽ちた樹木に突き刺さった。射手は再度矢を装填しクロスボウを構える。
狙いは五メートル先だ。当てることだけを考える。次の瞬間、矢は標的に命中する。
最後まで当たった……息をふうっと吐き出して私は幹に刺さった矢を抜きにかかる。
ただ撃ってるだけなら簡単だけど矢は有限。ゲームみたいに無限には存在しない。
「えい」
深く刺さった矢がなかなか抜けない。角度を変えて力の加減を変えて引っこ抜く。うっかり折ってしまったらもったいない。
抜いた矢の先がまだ使えるかを見る。尖がった先はまだついてるし欠けてない。大丈夫みたい。
私は矢が抉った傷を指先でなぞった。これが訓練の成果だ。クロスボウは自分がやったとは思えないような威力を発揮している。
矢を全部回収しないといけない。的を外して落ちた矢を見つける方が大変だ。砂地に埋もれた一本を見つけて拾い上げる。
「最後っと……」
練習に使える矢はリドリーがくれた矢だけだ。もっと欲しければ自分で働けるようになってからだと言われた。
二本ほど折れてしまったけれど、外れても砂地に落ちるこの場所なら外れた方が折れる確率は減る。
練習場に選んだのは隠れアジトがある峡谷から少し離れた砂場だ。こんな場所に人が来ることは稀だろう。
野生の動物が水を求めてくることもある。動物特有の足跡は何度も遭遇してるけど実際にはまだお目にかかっていない。
動物がいるから絶好の狩場にもなるが、オオカミなんかもやってくる。オオカミなんて相手にして勝てる気がしない。
やるかやられるかだ。生き残りたければこっちの腕を鍛えなと、リドリーから渡されたのは彼女が使っていたお古のクロスボウだった。
あとナイフも渡された。腰のベルトに吊るしたそれが不安定にブラブラしている。
これがなきゃここじゃ生き残れないから命より大事にしな、というのが冗談なのか本気なのか。たぶん本気かもしれない。
炊事料理の強い味方であることは疑う余地はないけれど。
「へたくそでも簡単に扱える。一番軽いからあんた向きさ」
そう言われてクロスボウの練習を開始した。今日の成果は五メートル先に一〇本中七本は命中させられるくらい。
アーチャーとはだいぶ扱いは違うけれど動いてるものに撃ったことはまだない。
人間には使いたくない。食べるためと、危険な動物から身を護るためだ。
もっと練習してうまくならないと生きていけない。標的は変えず一メートルほど距離を伸ばし矢をつまようじに装填する。
矢がつまようじみたいに細いからつまようじなのかしらん? どこからその言葉が来てるのかの方が気になった。
リドリーは今日は他所に出かけている。近くに住む羊飼いからミルクを仕入れてくると張り切っていたので実は楽しみにしている。
意外とこの世界でも食の楽しみ的なことはいくつもあった。
町にもまた行ってみたい。酒場で会ったスケルトンのバーンさんとは面白い話ができたし、今度はこっちから誰かに話しかけてみるのもいい。
あの変わった姿のハイブという人たちとか。
角の生えたシェクは少しおっかない感じがするからまだ勇気は出ない。
とりあえず、今日の私は彼女が帰ってくるまでにクロスボウの腕を上げるのが目的だ。
狙いを定め構えてから何だか違和感を覚える。さわさわした感覚がうなじと耳元をくすぐった。今何か聞こえた?
「ん?」
確かに聞こえた。何かを引きずるような音だ。
足音……こんな大雑把に歩くのは動物ではないだろう。人間だ。
砂場に膝を屈めて方角を見極める。リドリーが警戒するとやってる仕草を真似ている。
感覚を集中させて耳を澄ませた。その気配は近くまでやってきている。複数の人間が岩場まで来ている。
落ち着け私……矢をセットしたままクロスボウを抱えて岩場の影に座り込んで様子を見る。
「ほうら、ここでいいだろう。死肉も骨もイヌどもが片付けてくれるだろうからな」
「うぐぐ! うー」
四人の人間が眼下の砂地に現れる。先頭には異様に派手な上着と膨らんだズボンの武装した男。その後ろに続くのは三人の奴隷たちだ。
奴隷というのは偏見かもしれない。囚人のようにも見えるが、両者の違いをはっきりと区別はできない。
何にせよ、ろくでもないことがここで行われることが予想できてしまう。
落ち着け、落ち着け私……ドキドキしながらクロスボウの柄を握りしめる。
口には猿くつわをはめられ手足には枷を付けた女二人が足枷を付けただけの男に砂地に座らされる。
一人は黒い肌でスコーチランダーと呼ばれる種だ。もう一人はリドリーと同じ人間(グリーンランダー)種だ。
二種の違いは地球で言うなら黒人と白人みたいなものかな? 黄色人種肌の種族もこの世界にはそれなりにいるみたい。
女二人を座らせたのはスコーチランダーのごつい体の男だ。手にないものの足には枷がある。
派手な柄の男の手には武器がある。スプリング・バットというどこか銃にも似た外見だがクロスボウとは異なる機構の射出武器だ。
腰には湾曲したサーベルを下げているが、屈強な戦士の体格ではなかった。貧相な肉体だが、権威と暴力の象徴で着飾っているようにも見えた。
貴族……話には聞いていたけど見るのは初めてだ。初めてだけど見るからにそれっぽい。
「このコソ泥め。この世界で一番恐ろしいものが何か教えてやる。いち、俺に逆らうこと。に、俺に逆らうこと。さん、俺に逆らうことだ。俺の親父が誰か言ってみろ」
貴族が女たちの猿くつわを外す。
「黙ってろよ腐った豚の肉。けつのたるんだ顔で汚物でも漁ってな」
「親父の糞でも食ってろよこのうんこ息子!」
女子たちから飛び出した言葉は自分が思いつきもしないような罵倒の数々だ。
声の調子からまだ若いことはわかる。全身が薄汚れてみすぼらしいけれど女性だ。こんな扱いされるいわれはない。
見ているだけで何だか腹が立ってくる。
「罪人どもめ! 俺の農場から食い物くすねた罰は酷いことになるとわかってるんだろうな、ええ? 生きたまま肌を剥いて焼きごてを当ててやろうか?」
「やってみろよ、いそぎんちゃくほどの度胸もないほーけい野郎」
スコーチランダーの女が顔を近づけた貴族の顔に唾を吐きつける。
「貴様……偉大なる俺様に唾を吐くとは……よし、最初の的はこいつに決めたぞ! そこに立たせろ!」
配下の黒肌の男に命じると女はチョコがいる方とは逆の岩場に立たされる。
「このチンポコどーていが!」
「失敬な! 童貞ちゃうわ! これでも喰らえ!」
貴族がスプリング・バットを構える。男が狙いを定めて撃つ前にヒュンと音を立ててつまようじが弾かれた。
狙いあやまたず、矢は貴族の尻に刺さって男はのたうち回る。
「う、動かないで!」
思わず撃ってしまった驚きに自分自身が大パニックだ。立ち上がりクロスボウを構えたまま姿を現わして貴族に従う奴隷の男を威嚇する。
奴隷が腰のこん棒を手に取るが、矢が装てんされたクロスボウを見て迷った末に貴族を見捨てて逃げ出していた。
足枷をはめているとは思えないくらい軽快に飛び跳ねながら駆けていく。たぶんこっちが走っても追いつけないだろう。
「待て! 奴隷待て! ぼくを守れよ!!」
貴族が怒鳴り散らすが逃亡奴隷は止まらない。振り向く男に二つの影が伸びる。
「よ、よせ話し合おう!」
「いてこましたろーか」
「ぶっころそーぜ」
女二人が貴族に襲い掛かった。
スコーチランダーの女が貴族の背後から自分の手枷を首にはめ胴体を足で羽交い絞めにする。
その前でニンマリ悪い顔をしたグリーンランダーの少女が貴族に襲い掛かかるのだった。
約一時間後……
「あたしはジュエル。こっちはイズミってんだ」
「私は……チョコって呼んでくれればいいよ」
褐色の子がジュエルで、もう一人はイズミ。イズミは私と年が近い気がする。
女性たちがボッコボコにした貴族は女たちがしていた猿くつわと枷をはめられて砂地に転がっている。
貴族をくすぐり倒して悶絶しながら気絶した姿は何だかスカッとするものであった。
ここの貴族ってみんなこんな感じなのかしらん?
「あー、食った。食った」
二人にはアジト提供の干し魚を差し出すとあっという間に平らげてしまった。
リドリーが見たら文句を言うだろうが人助けは悪いことじゃない。もっとまともな格好をしてもらわないと臭いので水浴びもしてもらった。
そのリドリーの反応といえば……
転がった貴族の男と見知らぬ余所者女が二人。加えて貴重な食料は食い荒らされている。怒らない方がおかしい。
「あのなあ……面倒ごとは持ち込むなって言ったろうが。これどうすんだよ!」
貴族を指差し頭を抱えたリドリーから叱られてしまうのだった。
厄介ごとは勝手に向こうからやってくる──この出会いが予期せぬ冒険のきっかけとなるとはこの時の私は想像もしていなかったのです。