■商業都市コルタナ
カルディナ第二の規模を誇る都市、コルタナ。
巨大オアシスに沿うように形成されたこの都市は、〈カルディナ大砂漠〉の中央に位置している。
カルディナという広大な土地を持つ国の商業の中心地。更には、〈Infinite Dendrogram〉発売後は、初心者〈マスター〉のリスポーン地点とされた、この都市は見ようによってはカルディナ第一の大都市ともいえよう。
今、オアシスの付近を歩く一つ集団がある。
男性一人と子供四人という、なんともアンバラスな集団だ。
男性を先頭にその後ろを子供達——同年齢に見える三人の子供と、その半分程度の年齢に見える一人の子供が手を繋いで付き添う。……もし、立ち位置が逆ならば犯罪臭が漂う光景である。
「うぅ、あちゃい。とけちゃいそうだよぅ……」
四人の子供のうち男性と手を繋いでいる少女が呟く。 年齢は十歳程度だろうが、口から発せられる言葉は年齢より数年は舌足らずであった。
彼女は真っ赤なドレスに身を包み、子供用の靴を履き、髪には大きなリボンを着けている。しかし、綺麗な服は汗で濡れ、所々が変色している。
「エミちゃん!私いいこと思いついたよ!……あのオアシスで泳ごうよ!」
舌足らずな少女——“エミリー”と繋いだ手を引っ張りながら、金髪の少女が、快活な様子で提案し、そのままオアシスに向かって走り出した。
「カリンちゃんまって!わたしもいく!」
エミリーは、金髪の少女——“カリン”を追いかける。
「二人とも待て!……カルディナのオアシスは原則遊泳禁止だ。あれは住民すべての飲み水だからな」
男性は走り出した二人を捕まえる。
「しょうなんだ。じゃあ、しかたないね……」
「張さん、なんで止めるの?あんなにあるんだし少し浴びるだけだから。……ヒデくんもなんかいってよ!」
エミリーは我侭を言うこともなく、素直に男性——“張葬奇”の言葉に応じるが、かりんは張の言葉に疑問符を浮かべる。
「カリン……あまり張さんに迷惑をかけるな。エミリーのように我慢しろ」
銀髪の少年——“ヒデキ”は、カリンの腕を取り、叱責する。
「なんで?だって、あんなにいっぱい——」
「——
ヒデキは、不満顔のカリンの言葉を押さえつけて言い放った。
「そういうもの……そういうもの……わかった!私暑くても我慢する!」
すると不満顔だったカリンは、眼を虚ろにさせオアシスを見た。
暫くすると、虚ろな眸は無垢な瞳に早変わりし、すぐさま先に進んでいたエミリーの元に走り出し、手を繋ぎ始めた。
少し離れた場所で様子を伺っていた張は、かりんが離れてくのを確認した後、ヒデキに声をかけた。
「毎度のことながらすまない。いつも君だけに頼って」
「別にいいですよ。前に比べたら、張さんがいるだけでだいぶ変わりますし、…………あ。あそこにカフェがありますよ。少し、あそこで休憩しましょう」
「カフェ!?……ジュースある!?」
「“あいしゅ”ある!?」
少し離れた距離で小声で話していたにも関わらず、いつのまにか話を聞いていた二人の少女に、張は縦に首を振る。
「やったあ!じゃあ早くいこ!」
「ちゃんおじしゃんもひできくんもはやく!」
「二人とも待て!あまり離れすぎるな!」
張は二人の少女を追いかけながら、一週間前……自分が今の仕事に就いたときのことを思い出していた。
◆◆◆
■一週間前 カルディナ某所
「——子守を頼む」
溜めに溜めたラスカルの言葉は、〈IF〉での初仕事に臨む張の決意を一瞬で消し去った。
その後張を襲うのは、先ほど感じた緊張の硬直とは別種の硬直だ。
「…………」
「すまん。言葉選びを間違えた気がする」
「いや……」
『先ほどの発言はやはり間違いだったか』と張は思い、改めて任務を受領するべく気を張る。
そして、
「子守だけでなく他の仕事もある」
「子守はあるのか!?」
ラスカルの発言に対する張のツッコミで、張っていた気はどこかに霧散してしまった。
しかし張にしてみれば、これをそのまま『分かりました』と言うのは無理というものだ。
「それは本気で言っているのか!?」
「俺は人を丸め込むのは得意だが、嘘はつかんし隠し事もしない。事実だ」
残念なことに、張の《真偽判定》はずっと無反応だった。
残念なことに、事実だった。
「いや、待ってくれ! そもそも、<IF>で子守とはどういうことだ!?」
悪名高い指名手配クランで、なぜ子守が必要になるのか。
まさか副業で保育園でもしているのか、と張が考えたとき……。
「おはなしおわっちゃー?」
「ここつまんーない!はやくどこかいこ!」
張とラスカルがいる病室の扉が開き、場違いな……舌足らずの声と快活な声が聞こえた。
張が扉へと視線を移すと、そこには二人の幼い少女がドアを開けてこちらを覗き込んでいた。
そのとき、張は気づいた。
ラスカルの様子が、明らかに変わっている。
そのとき、張は気づいた。
表面上は平静を装っているが、内心でひどく緊張している。
まるで、一触即発の爆弾でも目の前に置いているかのように。
「あ。おじしゃん。おじしゃんがあたらしい“しゃぽぉと”のひと?」
「え 、そーなの?でも、この人初めて見たよ?」
再度耳にしたことで判別することができるようになり、舌足らずな声の主は赤いドレスを着た少女で、快活な声の主が浴衣を着た金髪の少女だということがわかった。
「あ、ああ。先ほど、ラスカルさんと契約も交わした」
「しょうなんだー。よろしくね」
「よろしくお願いします!」
「ああ……よろしく」
張は状況を掴めなかったが、少女の挨拶には応じた。
そして浴衣の少女より一歩前に出たドレスの少女が手を差し出してきた。
差し出した手の甲には“交差する斧”を模した〈エンブリオ〉の紋章がある。
張は力を込めないように気をつけて握手を返す。
すると、ドレスを着た少女は何が嬉しいのか満面の笑みで無邪気に笑った。
「おじしゃん、いいひと!
「……?」
張には少女が何を言っているのかは分からなかった。
しかし、横にいたラスカルの緊張が薄れ、どこか安堵したように息を吐いたのだけが気になった。
「わたち、えみいぃー・きりんぐしゅとん。えみいぃーってよんでね!」
「……俺は張葬奇、だ。よろしく、エミイィー」
「ぶー。えみいーじゃないよ、えみいぃーだよぅ!」
「……?」
言われた通りに発音したが訂正され、張は首を傾ける。
「そうだよ!エミちゃんはね、エミちゃんっていうんだよ!」
更に、ドレスの少女の後ろから浴衣の少女が口を出し、張は余計にわからなくなった。
そんな張に、なぜかまた少し緊張していたラスカルが助け舟を出した。
「……こいつの名前はエミリー・キリングストンだ。まだじぶんでもうまく発音できないんだよ。ついでにいうと、もう一人は“カリン”だ」
「ぶー。いえるもん! “らしゅかりゅ”のいじわる!」
「ちょ、“ついで”って酷い!ラスカルさんのいじわる!」
そんな三人のやり取りを見ながら張は納得し、改めて言葉を発する。
「すまないな、エミリー。それとカリン。これからよろしく頼む」
「「うん!」」
張がちゃんと自分の名を呼んだことにエミリーとカリンは満足した様子だった。
「エミリー。まだ話の途中だから、向こうで遊んでな。うちのマキナが付き合ってるだろ?」
「えー? でも“まきにゃ”よわいもん。“おしぇろ”がぜんぶまっくろになったもん!」
「……あのポンコツは子供にオセロで負けるのか」
「でもでも、私マキナに負けたよ!……とても接戦だったけど」
「……それは、なんの慰めにもならないだろう」
そんなコントじみた会話を三人が始めて、張が一抹の疎外感を感じた頃、扉の方から足音が聞こえてくる。
「すいません!ラスカルさん。二人から少し目を離してしまいました」
張が扉を目を向けると、そこには銀髪の少年とその後ろに隠れるように黒髪の少年がいた。
「……この方が新しい同僚の方ですか。はじめまして、僕はサポートメンバーの“ヒデキ”です。そして、この子が“オオバ””です。」
ヒデキは張を見つけると同時に張の事情を察し、自己紹介をした。
「私は主にこの子をサポートしています。……それとカリンはメイデンの〈エンブリオ〉です。本当はカリンと私で、エミリーとオオバの世話をする筈が、ご覧の有様で……何はともあれ、これからよろしくお願いします」
ヒデキは自身の後ろに隠れる黒髪の少年を張に紹介するように見せた。
そして、ヒデキは張に自分の手を差し出した。
その甲には“一対の鴉”を模した〈エンブリオ〉の紋章がある。
「ああ。こちらこそよろしく頼む」
張はその手をしっかりと握る。
◆◆◆
■商業都市コルタナ
張が〈IF〉のサポートメンバーになってから一週間が経ち、コルタナに到着した。
その間に、モンスターは一一匹たりとも現れず予定通りの順風満帆な旅路であった。
その事に、張は嵐の前の静けさのような不安を僅かながらに持っていた。
張はこの一週間について振り返り、同時に郷愁の念に駆られた。
良くも悪くも、この一週間の生活は〈蜃気楼〉で働いていた頃とは大違いだった。
これほど忙しく、また充実した日々を送ったのは果たしていつぶりだろうか。
そんな老人じみた思考を、御歳三十代の張は振り払い、カフェに向かって走る二人の少女を追いかけていた。
◆◆◆
冷涼を求め、駆け出した二人を追いかけようと張も走り出す。
その後、その場に残ったのはひできと、ヒデキと手を繋ぐ、5歳児程の黒髪の少年。
「僕達も追いかけましょう。暑いのは確かですし、オオバは何か飲みたいものでもありますか?」
ヒデキは黒髪の少年——“オオバ”に問いかける。
オオバはその問いに一切の反応をせず、歩き出すヒデキに置いてかれないように必要最低限の動きをするだけだった。
「何でもいいって?その反応が一番困るんですが……それではカリンに任せましょう」
なのに、ヒデキは答える。まるで、オオバの心を読んでいるかのように。
一方だけが喋り続ける、会話にならない会話は、カフェに着くまで続いた。