【掌編集】ビー玉と石ころ~艦これその他盛り合わせ~ 作:T・G・ヤセンスキー
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今、一人の老人が長年連れ添った妻に看取られながら、その生涯を終えようとしていた。
かつて『提督』と呼ばれたその老人は、長きに渡った深海棲艦との戦争を終息させた英雄であったが、そのことを知る者も今はもう少ない。
ベッドに横たわる老人は、ぼんやりとした意識の中、傍らで自分の手を握ってくれている妻の手のぬくもりを感じながら密かに思う。
(……○○よ、わしは愛するお前と過ごせたこの数十年、まことに幸せであった)
(──だがわしは、お前に本当に愛されていたのだろうか?)
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――世界が深海棲艦との終戦を迎えたその日。
全ての『艦娘』達はこの世界での役割を終え、静かに、けれども皆笑顔で、世界から去って行った。
……ただ一人、『指輪』によって『提督』と結びついていた一人の艦娘を除いては。
程なくして、元提督と元艦娘の二人は全ての公の立場から身を引き、穏やかな隠遁生活に入った。
かつて鎮守府のあった場所をのぞむ海の見える高台に居を構え、夫婦として暮らし始める。
提督と艦娘としての、「カッコカリ」としてのケッコンではなく、人としての結婚生活。
子宝には恵まれなかったが、近所でも評判の、仲睦まじいおしどり夫婦。
何人もの戦災孤児を養子に迎え、最初は少しぎこちなく、しかし幾つもの思い出を重ねるうちに、本当の家族になっていく。
かつての仲間たちは既に去り、それを寂しく思う時もある。
しかし古い思い出は色褪せず胸に残っている。新しい家族と増えていく思い出もある。平和の中で、穏やかに時を重ねていく二人。
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だが『提督』には、誰にも──愛する妻にすら話せない、ある秘密があった。
……その昔、まだ深海棲艦たちとの戦いが激しかった頃。
若き日の『提督』は、ある艦娘が工廠での作業中に偶然開発してしまったという秘薬を、想いを寄せていた艦娘との逢瀬の際に、こっそり飲み物に混ぜたのだった。
(……あの薬のおかげで、わしはお前の心を手に入れることができた。たとえ薬に頼った偽りの愛だろうと、お前に愛され、お前を失うことなくこうして過ごせて、わしはまことに幸せであった)
(……だが、今になって思うのだ。あの時、あの薬に頼っていなければ、ひょっとしてわしは今頃お前から、作り物ではない、真実の愛を向けてもらえていたのではないかと)
(とはいえ……今となっては……詮なきこと……か……)
(……すまぬ、○○よ……お前の心を操ったわしを……許……して……)
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「――ご臨終です。……ただ今、『提督』は新たなる航海に向かい……抜錨されました」
侍医が重々しく告げ、数少ない身内の者たちが泣き崩れる中。
夫を亡くしたばかりの未亡人は、涙を流しもせず、凛としたたたずまいのまま、もの思いにふけっていた。
(……ごめんなさい、あなた)
(……あなたの愛を手に入れたくて、わたしはあの時、あなたの杯に秘薬を注いだ)
(後悔はしていない)
(けれど……あの時もしも秘薬を使ってあなたの心を操っていなかったなら……)
(……ひょっとしてわたしは今頃あなたから、作り物ではない、真実の愛を向けてもらえていたのではなかったかしら?)
Fin.
※○○には好きな艦娘の名を入れてもらえれば。