「各員、これが作戦決行前、最後のブリーフィングである。各々の役割をもう一度確認する」
益荒鎧の重々しい声が響く。
作戦決行直前、俺たちは最後のブリーフィングの為に司令部に集合していた。
益荒鎧の声に合わせて、参謀長の式童子が前に進み作戦内容を説明する。
「先遣隊の情報を元に、作戦エリアを大きく三つに分けた。」
式童子は禍魂を投射し、地面に大きな地図を描く。
器用なことだ。
参謀長と呼ばれるだけの実力がある。
地図には敵陣に食い込んだ三つのエリアがあり、大まかに北、中央、南と別れている。
「エリアを北からα、β、γと呼称する。我々は現在、βエリアの外れに布陣している。先ずは迅速にこのβエリアを掌握する。」
俺たちが潜伏している場所から、足の速い禍憑を選定。
敵巫剣が動く前に速攻で中央のエリアを抑える心積もりか。
全員に説明が行き渡っているか、式童子は部隊長の顔を見渡し、ゆっくりと確認する。
各員は問題は無いようで、しっかりとした視線を返す。
満足した式童子は説明を続けた。
「制圧が完了次第、本部をβに設置、トレインステーションを拠点とする。その後、部隊をαとγのエリア、二つ分ける。そこから各5チームに分けて各ポイントの制圧に向かってもらう。各ポイントで破壊活動を行い、禍魂を発生。それを別動隊が増幅させる予定だ。」
αとγのエリアに向かった二つの部隊は、そこから更に5チームに分かれる。
恐らく、めいじ館の巫剣に遭遇した時に、全滅を防ぐためなのだろう。
大部隊が固まって行動しているときに敵巫剣が乱入して、乱戦状態を避けたいのだろう。
「勿論この時点で敵巫剣との接敵が予想される。会敵したチームは本部と連絡を取り、防戦しつつβエリアまで撤退する。稼いだ時間で本部から遊撃部隊を派遣、上位禍憑の5チームから援軍を送る。」
成程。この上位禍憑のチームが虎の子と言うわけだ。
先遣部隊には彼らが居なかったため、蹂躙されてしまった。
しかし、上位禍憑ならば、めいじ館の巫剣とも戦える可能性が残っている。
会敵したチームで時間を稼いで増援の強力なチームをぶつける。
それならば勝機はあるかもしれない。
「特に、γエリアの接敵は避けられないと推測される。部隊は精鋭を選んだが、十分注意を怠るな。」
γエリアは以前より破壊工作を行っていた区域であり、巫剣の警戒レベルが高い。
常駐している巫剣もいるはずだ。
このエリアは激戦区となるだろう。
「各ポイントが制圧され次第、作戦は最終段階に移る。各々で増幅された禍魂を本部へと集中、トレインステーションのラインから帝都全体に禍魂を拡散。同胞を帝都全体に出現させる。」
増幅された禍魂なら帝都を包み込む程度の密度が出るだろう。
禍魂を拡散させ、同胞の呼び水とする。
それにより、帝都のどこにでも俺たちが出現可能となるわけだ。
「更に、このラインを乗っ取ることで、帝都の大規模な結界を一部損傷させる。結界の破壊が出来れば今後、帝都における作戦難度は下がる。」
帝都は古来より幾重にも結界を張り巡らせ、我々の侵入を拒んでいる。
低位の禍憑では、帝都に入っただけで著しく衰弱してしまう。
しかし、この作戦が完遂されれば、低位の禍憑を帝都に呼び込むことも可能だろう。
作戦の幅が広がり、帝都の巫剣へ大きなダメージが期待できる。
「我々の進退がこの作戦に掛かっている。各員の奮戦に期待する。」
式童子からの大まかなブリーフィングが終わったようだ。
次に、部隊長からの質問に移行する。
「めいじ館の巫剣への勝算は?」
「上位禍憑3チームで当たれば勝機は十分とされる」
今作戦では指揮官である益荒鎧と彼ら上位禍憑が何名も援軍に来ている。
上位禍憑とは、今作戦ではあくまでチームとして扱われているが、本来なら各方面の師団を任せられるほどの強力な禍憑だ。
この作戦に置ける上層部の本気が伝わって来る。盤石な体制だ。
それら上位禍憑が3チームで当たるなら、めいじ館の巫剣と言えど撃退出来るだろう。
「この作戦遂行後は?」
「α、γ、10のポイントで防衛線を構築する。制圧部隊は解体せず、そのまま防衛に当たれ。損害を受け部隊の再結集が難しい場合は撤退。再編出来る場合は防衛線を減らし対応する」
「・・・作戦の遂行が難しくなった場合は?」
一人の部隊長の発言で、周囲が静まり返った。
確かに、何事も必ず成功するわけではない。
今のブリーフィングは作戦がスムーズに進行した場合のみ想定していた。
撤退する場合の経路を確認せねば、ここに集結した禍憑は散り散り退却する。
そうなれば各個撃破され、我々は全滅するだろう。
「・・・本部が設置されたトレインステーションならば、迅速な撤退が可能になるだろう。何らかの原因で作戦遂行が困難な場合、各隊は本部に集結。レールが敷かれたラインに沿って撤退する。現在我々がいる地点まで後退し、軍団を再編する。それが難しい場合は別の結集地点を探す。或いは解散、各員は原隊に戻ることになる」
今回集結した部隊は、各方面軍から選りすぐりを募った精鋭部隊だ。
今作戦が失敗に終われば我らの戦線は帝都を維持できなくなる。
生き残りが各方面軍に戻ったとしても戦線は縮小を余儀なくされるだろう。
まさに最悪の展開だ。余り考えたくない。
重い空気が漂い始めたが、それを打ち消すように益荒鎧が口を開いた。
「此度の作戦は精鋭中の精鋭を集めた。貴官達が個々の力を十分に発揮できれば必ず勝利できよう。」
その独特の重い圧がある声に皆が耳を傾ける。
彼は手を広げ、我々の勝利を疑っていないかのように堂々と叫ぶ。
「そして、α、β、γ、三つのエリアを完全に制圧し、作戦が成功した暁には、我らの悲願である帝都掌握に大きく前進する!帝都を入手する、即ち敵の中枢を抉る事と同意義である!今作戦の成否が我ら禍憑の未来を照らす決戦であると知れッ!!」
禍憑の未来、俺たちの運命を決める大いなる戦が始まる。
「ここに、オペレーションβを決行するッ!!!各員!戦闘配置に付け!!!」
オペレーションβが決行。
足の速い先行部隊が先を進んでいく。
空や陸を風のように進んでいく同胞が見える。
俺たちは遊撃部隊として本部に留まった。
本部では指揮官の益荒鎧がどっしりと構えて作戦を見守っている。
式童子が指示を細かく出しており、新しく入った情報を整理して次の行動を考えている。
慌ただしく動いている皆を尻目に、俺たちは出撃前の気持ちを落ち着かせ待機していた。
「良かったんスか?先輩。俺ら遊撃部隊所属なんて。死んじゃうっスよ?」
「めいじ館の連中と交戦した経験があるのは俺たちくらいだろう。経験を活かすなら遊撃が一番いい。」
「短い命っスわ・・・今までありがとうっス先輩・・・」
冗談めかしてもう死んだも同然だと笑う泥鎧。
確かに冗談みたいな戦闘力の連中に何度も戦って生き延びれるとは思えない。
しかし、俺は為さねばならない。
「ま、俺も反対しないっスけどね。」
「ああ、アイツの仇を取らないとな・・・」
勇敢に戦い、俺に命を渡して死んだ鎧武者。
彼に報いる為に、奴らに何としてもこの手で一撃を加えたい。
そうでなくては俺の気が済まない。
やる気を見せる俺たちに声が投げかけられた。
「気合十分なようだな。お前達の力、当てにしているぞ。」
「上位の禍憑と言えどめいじ館の巫剣との交戦回数は少ない。貴官らの助けは心強い」
式童子や益荒鎧の信頼する声が上がる。
重大な局面で彼らに信頼されるのは嬉しい。
今まで実直に仕事をした甲斐があった。
ニヤリと笑い、獲物を待つ。
「早く来い、巫剣」
「おお、早く巫剣が来ないとヤバいっす!先輩の金棒が勝手に踊り出しちゃうっスよ!!」
相変わらず調子の良い事を言う泥鎧。
ひょうきんな彼の様子に余計な力が抜けた。
さあ、俺のコンディションは最高だ。
巫剣の出現を今か今かと待ち構えるのだった。
進軍は完了し、俺たちは問題なくβエリアのステーションに布陣出来た。
本部を構築し、敵に備える。
暫くしてα、γのポイントに他の部隊が移動を開始する。
そろそろ俺たちの出番が来るだろう。
しかし・・・
「デルタ小隊ポイント3を制圧。周囲に異常なし。以上」
「エコー小隊ポイント4に到達。付近に敵影なし。制圧に移る。」
続々と制圧完了の報告が本部へと舞い込んでくる。
だが、おかしい。
そろそろ交戦状態に入る禍憑が出てくるはずだ。
しかし、戦闘開始する報告が入ってこない。
泥鎧が困惑した表情で俺に話しかけてくる。
「なんか拍子抜けっスね。巫剣たち逃げちゃったんスか?」
「そんなはずはない。ここを落とされれば連中は窮地に追い込まれる。それを相手は分かっているはずなんだが・・・」
このままでは全てのエリアを大した戦闘を行わず制圧することになる。
確かに今までに無い戦力で俺たちは攻撃を行っている。
しかし、何もせずに尻尾を巻いて逃げるほど脆弱な奴らならば、今日まで苦戦するはずがない。
俺は、隣で慌ただしく連絡を受けている式童子に意見を求める。
「式童子、奴らは必ず仕掛けてくるはずだ、どう思う?」
「数で劣る連中だ。対応が遅れたら勝ち目など無いと分かっていると思うが・・・」
式童子が部隊の状況を纏めながら、敵の動向の不可解さに首を傾げている。
その間も他のポイントが制圧されたと報告が上がって来る。
こんなにも早く制圧できるものなのか?
全く巫剣と遭遇しないなどあり得るのか?
俺があれこれと考えている内に、全てのポイントは制圧されたのだった。
作戦の全工程が終了。
式童子は険しい表情だが、益荒鎧に結果を報告している。
「指揮官・・・全ポイント、制圧完了です」
「ふむ、敵に何かしらの意図があろうとも、我らの作戦は最終段階に入った。各員、禍魂の増幅を開始せよ」
各ポイントで破壊活動を行い禍魂を増幅、本部に集中させる。
それがオペレーションβの最終段階なのだが・・・
やはりというか、様子がおかしい。
各ポイントから情報を送られ、それを観測している禍憑から報告が出る。
「参謀長、各ポイントより送られる禍魂ですが、想定を大きく下回っています・・・」
「やはりか・・・」
簡単に制圧が完了した理由。
それは、敵の建造物を破壊することは出来ても、人的被害があまり発生しなかった為だ。
巫剣との戦闘は愚か、人類との小競り合いすら無い。
我々が制圧する前に、敵は三つのエリアを放棄していたことになる。
俺は、疑問を式童子に問いかけた。
「連中は戦場を放棄していた・・・?」
「確かにこの方法なら我々の最終目標を達成できない。」
敵を追い詰め、大量に禍魂を発生させる。
それを帝都に撒き散らし結界を減衰させる。
しかし、その作戦は敵がいなければ完遂出来ない。
「ある意味作戦失敗か」
「だが、禍魂を増やす方法は他にもある。各ポイントの小隊に通達。そのまま警戒を続けろ。」
大した戦闘もなく作戦は終了。
式童子は新たな作戦行動の布石として各隊へ指示を出している。
禍魂は集まらないが、予定通り防衛線を構築する流れになった。
「俺たちの行動を遅らせることが敵の目的なのだろうか?」
「どうだろうな・・・」
俺は妙な胸騒ぎを感じる。
巫剣は簡単に倒せる相手ではない。
油断したところに襲い掛かって来るだろう。
嫌な雰囲気が漂う本部で、俺は来るべき時に備えた。