予定通りにオペレーションβが終了しなかった。
禍魂が規定値を超えなかったためである。
更に、巫剣の襲撃も未だない。
全く予定と違う作戦終了に不気味な雰囲気が流れる。
何事も起こらないのであれば、周辺の偵察でも行うべきか。
俺は式童子に偵察に向かうべきではないかと進言する。
「式童子、情報が足りないだろう。偵察部隊で周辺を調べるべきだと思うが」
「ああ・・・指揮官、よろしいですか?」
式童子が腕を組み、巨体で考え込んでいる益荒鎧に具申した。
しかし、彼が返答を行う前に前線との連絡員が報告を受け、慌ただしく伝えてきた。
「γエリア、フォックストロット小隊より伝令!巫剣と接敵したとのこと!」
「ようやく来たか・・・各員、遊撃隊、戦闘準備を」
益荒鎧がため息を吐いて指示を出す。
「巫剣は私たちを放っておいて長期バカンスを楽しんでいたのでは?」
「俺たちが仕事をしている間にバカンスとは、いいご身分な連中だ」
全くだ。
周りの禍憑たちが呑気な敵がいたものだと笑い声を上げた。
式童子の随分待ったと皮肉混じりの発言に同意する。
本部の雰囲気は彼のジョークで明るくなった。
俺も出番が無くなったと危惧していたところだ。
随分遅い開戦の合図だが、ようやくだ。
気持ちを出撃へと切り替える。
式童子は、敵の戦力は如何ほどのものか淡々と確認した。
「敵の戦力は?」
「敵と交戦状態になったところ、劣勢。強大な巫魂から推測すると、めいじ館の連中ではないかとのこと!」
「さっそくか?」
俺は初っ端から敵の最大戦力投入に驚きを隠せない。
いきなり敵の本丸が攻め込んでくる暴挙に、式童子は困惑した表情を浮かべている。
本来のセオリーであれば、切り札は敵の戦力を最大限削るために伏せておくものである。
切り札であるはずの、めいじ館連中が最初から出撃してくる。
なにか、別の意図があるはずだ。
俺は、想定した敵戦術を式童子に伝える。
「陽動ではないか?別動隊を疑うべきだ。恐らく、敵は防御の薄いαエリアから来るはずだ」
「だろうな。しかし、別動隊がどういった動きをするのかハッキリと分からんな。隠密に長けた巫剣が本部の禍魂集積装置を狙ってくるとも限らん」
連中はめいじ館と別の切り札があるだろう。
別動隊が存在することは間違いない。
その切り札をどうやって暴くのか。
俺が、敵の狙いを考える。
しかし、俺の後ろから厳かな声が上がる。
「どちらにせよやることは変わらぬ。オペレーション通り遊撃隊は直ちに準備」
「了解、上位禍憑チームは出撃を」
益荒鎧の指示により、遊撃部隊出撃の命令が下る。
漸く俺の出番である。
鎧武者の仇が打てるチャンスであると、暗い笑みを浮かべて出撃準備を整える。
しかし、連絡員の悲鳴のような報告が待ったと止めに入る。
「待って下さい!αエリア、ブラボ―小隊、敵と接触!既に壊滅寸前とのこと!」
「何ィ!何故今まで連絡が無かった!」
敵に新たな動きがあった。
しかし、接敵の連絡が入った時点で壊滅寸前とはどういうことか。
αエリアは低位禍憑が多いが、それでも壊滅までの時間が早すぎる!
式童子は前線が連絡を怠った為に起きたのかと怒声を上げる。
「広範囲を狙った攻撃で、一瞬の出来事だったと報告があります!」
「広範囲?一瞬でブラボーを壊滅させただと・・・」
巫剣多しと言えど、広範囲を薙ぎ払う火力を持つ者は限られる。
戦況は俺が想像していた状況より悪いらしい。
「まさか、めいじ館から二つの部隊が投入されているのか!?」
「ありえん!奴らにそこまでの余裕はないはずだ!!!」
今までめいじ館の巫剣が2グループ投入されたなど聞いたことが無い!
式童子の狼狽える声が俺の耳を叩いた。
今作戦の為に俺たちは全国から精鋭を集めた。
だが、各地方の禍憑の動きを緩める真似はしない。
全国で巫剣の動きを牽制する必要があるからだ。
禍憑の動きに合わせて巫剣が抵抗する。
即ち、戦力はある程度分散されて国の全土に置かれるのだ。
めいじ館の巫剣と言えど例外ではない。
人員は常に不足しており、敵軍の指揮官と
2チームも戦場に投入される余裕は無いはずだ!
「しかし、現実にめいじ館の巫剣に匹敵する連中が2グループいる。双方相手にするとこちらも分が悪いのではないか?」
「全軍を投入せねば十分な勝ち目は得られないか・・・」
だが、必勝を期して全軍投入となると本部が手薄になる。
こちらも上位禍憑を2グループに分け対応となると、敗北のリスクが大きくなる。
どうしたものかと考える暇もなく、次々と情報が舞い込む。
「γエリア、デルタ小隊が巫剣と交戦!苦戦とのこと!」
「同じくエコー小隊が交戦!至急援護を求む!」
「αエリア、チャーリー小隊との連絡が取れません!」
連絡員の増援を求める叫び声が本部に響く。
α、γ、全てのエリアで交戦の報告が入る。
「全てのエリアで交戦中だとォッ!!」
「α、γのエリアで観測された巫魂はどれも規格外ですっ!!敵はすべてめいじ館です!!!」
「10のポイント全てに連中がいるだと!?あり得るのか・・・!」
連絡員の絶望に染まった表情。
しかし、士気が下がると彼を叱咤する者はいない。
一組ですら戦況を一変させた超抜の部隊。
それが全ての戦場で姿を見せたのだ。
想定外の事態に式童子は絶句する。
悪夢が群れを成して、地獄を演出しようとしていた。
「万全の戦力、万全の状態で戦を挑んだ。絶対的な数を有する我らを、絶対的な質の数で上回って来るとは・・・」
絶望的な状況に式童子は反撃の策を練るが、有効な作戦は思いつかない。
禍憑の強さは絶対的な数であり、物量にモノを言わせることも多い。
対して巫剣の強さは質である。
禍憑より絶対数の少ない巫剣は、こちらの作戦に遅れを取る場合も多かった。
戦局を左右するほどの巫剣が集合する時間を有していたと思えぬのだが・・・
めいじ館の特記戦力が何組も出撃する。
各地方に散らばった最強の戦力が己の戦線を離脱し、この作戦の為に集合するなど誰が考えるだろう。
式童子は、己の見積もりの甘さに歯嚙みをする。
「此度の戦、迅速な制圧を行う予定だったが、連中は包囲殲滅を行う腹積もりなのか・・・奴らを甘く見ていた」
本腰を入れて行われた今回の作戦。
しかし、敵軍はそれ以上の戦力を用意し、我々を捻じ伏せにきたのだ。
敵の作戦を読めきれなかった己に静かな怒りを見せた式童子。
だが、めいじ館の連中が何チームも揃うなど前例が無かった。
今回の作戦のカウンターとして、敵の切り札が何十枚も存在するなど誰が想像するだろう。
俺たちは大規模な軍団を用意していたが、幾重にも張り巡らされた
「撤退だ」
重苦しい声が益荒鎧の巨体から響く。
巫剣と開戦早々撤退の宣言。
早すぎる決断である。
しかし、誰も撤退に異論は無かった。
絶望的な戦力の差が明確に存在している。
本部の禍憑たちは悟ったのだ。勝ち目がないと。
本部に暗い沈黙が流れる。
「最悪の事態であるが、終わった訳ではない。我々にはやらなければならぬ仕事が残っている。貴官らの力、今一度貸してくれ」
頭を下げて頼む益荒鎧にハッとした様子で、周りが動き始める。
絶望の撤退戦。
俺は、今までにない犠牲が生まれる悲劇を予感し、拳を握りしめるのだった。