「いいよいいよー! そのままだよ華ー!」
アキの声援もあり、華は無事次の人へバトンを渡すことに成功する。ソータが教えてくれた通り、練習した通りでやった結果だ。
「すごいよ華! 昨日までのが嘘みたいに上手いよ!」
「ああ、やっぱり華はこういうのが得意なんだな。俺も羨ましいよその足の速さ」
昨日は何かと苦い顔をしていたリレーのリーダーも、顔を緩ませて笑っている。
「えへへ、すごい人に教えてもらったんだ!」
「すごい人? 仁とか?」
「アイツじゃないよ。ソータくんって知ってる?」
「ソータ? 例の家庭科準備室の幽霊?」
「そっちじゃないよ。他のクラスの子」
「ソータなんてうちの学年にいたか?」
「いいや、聞いたことない」
リーダーの子も知らないようだ。
「まさかぁ、アンタですら知らないなんてある?」
リーダーの子は自分からリレーのリーダーを買って出るほど責任感のある人間だ。そんな彼が他のクラスに誰がいるかを把握していないなどあるだろうか?
「俺は聞いたこと無いな。既に転校したんじゃないか?」
「そんなことないよ! だって昨日会ったし……それにリレーのアドバイスだってしてもらったし」
「リレーのこと考えすぎで疲れてるんだよきっと。それか聞き間違いじゃない?」
「ああ。ともかくリレーの練習はこれなら心配いらないな。あとは華以外がちゃんと走れるかどうかだ」
そう言うと、彼は他のリレーのメンバーに目を向けた。
「よし、それじゃあ休憩!他のチームもだ。 十五分後にまた始めるぞ。それまでに帰ってこいよー」
彼がそう言うとメンバーたちは解散し、それぞれ財布を手にコンビニなどへ足を運び始めた。リーダーの彼も他の友人に連れられ共に行った。
「華も行く?」
「私はトイレに行ってくるから。何かジュース買っといて」
「オッケー、じゃねー」
そう言ってアキも彼らに交じってコンビニへと向かった。
トイレに行くというのは嘘である。実はさきほどから誰かの視線を感じていた。もちろんそれが誰の視線かは分かっていた。
「さっきから私の走ってる所ジロジロみてた人は誰?」
「バレてたか」
木の陰からソータが頭を掻きながら現れた。やっぱり彼だった。
「ソータくんの方の練習はどうなの?」
「そこそこかな。でも早く終わったから、君の走るところを見てた。ごめんね……ちょっと気持ち悪いでしょ?」
「まさか!全然。むしろあなたのおかげで良い走り方ができたんだし。前よりもさ、心なしか上手く走れてる気がするんだ。バトンの受け渡しに心配がいらなくなったからかな?」
「きっとそうだよ。役に立てて嬉しいな」
「あなたのおかげ。ありがとう」
そう言って彼に微笑みかける。彼も喜んでいるようだったが、どこか瞳の奥に悲しい物を感じる。
「そういえば、みんなあなたのこと知らなかったみたいなの。本当に他のクラスの子なんだよね?」
「そうだよ。前にも言わなかったっけ? 僕は休みがちだからさ。きっともう少し経てば他のみんなも僕のことを気付いてくれるよ」
「だといいね。ソータくんは良い人だし、他のみんなもきっと好きになってくれるよ」
他の子に対してと同じようにソータに話しかける。彼はもちろん笑顔で返してくれるし会話だってしてくれる。他のみんなと同じように。でも悲しそうなところはさっきから変わることが無い。
「こんなこと聞いて良いのかわからないんだけどさ……」
「何?」
「どうして学校を休んでたの?」
それを聞かれた途端、彼は表情までもが悲しいものになった。
「鏡の中か……ポケット宇宙か? いや違うな。ポケット宇宙ならターディスでも感知できるはずだ。だとしたらあの鏡は場所と場所を繋ぐゲートか……しかしソニックのデータにはそんな大きな移動はしてないと表示されてる。だとすればこの世界は一体……」
「考え事はいいから早くどいてくれよ、俺の上からっ!」
光輝が起き上がるとそのまま仁は倒れた。かれこれ十分ほど彼の上に乗っかって考え事をしていたのだ。
「すまない、君が下にいると思わなくて」
「一緒に引きずり込まれたんだ。一緒に居るのは当たり前だろ」
「確かにな。的を射ている。ところで君はここをどこだと思う?」
「……鏡の中の世界? それと学校だ」
彼らが居る場所は学校そのものだった。人の気配は感じられないものの、周りの建物の構造、どこかのクラスが美術の時間に作った作品、手洗い場など学校だと分かるものがたくさんあった。毎日見ている学校の景色そのものだ。
「その通り。どこからどう見ても学校だな。そして僕たちは鏡の世界に引きずり込まれたんだ」
「言われなくてもわかってる。何がどうなってんだ?」
「まだ理由は分からないが君が足を掴まれて引きずり込まれた。つまり犯人は君に反応したってことだな」
「どうして俺なんだ?」
「理由はまだ分からないって言ったのが聞こえなかったか? 今考えてる途中だ」
そうぶっきらぼうに答えると、仁は光る棒を手に歩き出した。光輝は一人になるわけには行かず、そのまま彼についていき学校の中を調べることにした。
様々なところを見て回った。職員室、理科室、教室……。人が居ないことを除けばただの学校そのものであった。
「奇妙だな。ここは学校そのものだ。おかしいぐらいにおかしいところが無い」
「そりゃそうだ。ここは鏡の中の世界だ。現実が鏡映しになってるだけに決まってるだろ」
「そうさ! そこがおかしいんだ! ここが本当に鏡の中なら“鏡映し”になってないとダメなのさ。だけど学校の構造がまるで現実と同じだ。それにこれを見て」
そう言うと仁は近くの掲示板に貼られていた一枚のプリントを見せてきた。
「生徒会の新しい役員……どういうこと?」
生徒会の役員を紹介するプリントだった。だがそれは鏡映しになどなっておらず、文字も反転していない普通のプリントだった。
「ドラマやアニメで見たことないか? 鏡の中の世界の話。すべてが鏡映しになっている奇妙な世界。だがここにあるものは何一つとして鏡映しにはなっていない、すべてが現実と同じになってるんだ。つまりこの世界は鏡面世界なんかじゃなくて現実の学校をコピーした世界なんだ! だが何のためにコピーした?」
「それが分かったところで脱出できるわけじゃないだろ。ああどうしてこんな目に……」
「僕も全くそう思うよ。どうしてこんなことに……」
「いいやお前のせいだ。あんな変なことをしてるからオバケに連れ去られて俺たちはこんな奇妙な世界に閉じ込められたんだ!」
「僕のせい? もとはと言えば君が僕にちょっかいを出してきたからこうなったんだ。君が邪魔しなければ今頃信号はちゃんと追えていた……」
「信号? そうやってはぐらかして! やっぱり華はお前みたいな奴と一緒にいるべきじゃない。悪影響が……」
こんな状況だが厳しく問い詰める。しかし仁の反応はそれに対する怒りでも罪悪感でもなかった。
「これはスゴいぞ! さっきまで曖昧だった信号の発信源がはっきりと分かる! 鏡から手が伸びた時も信号が強くなった。ということは信号の発信源はこの世界にあるってことか! ああ僕は見落としてたよ! てっきり鏡は信号の中継地点だと勘違いしてたが違ったんだ。鏡の向こう側に本当の信号があって鏡が非アクティブ状態だったから希薄になっていただけなんだ!」
「本当に変人なんだな。さっきから何言ってるんだ?」
「君が来てくれなかったらきっと僕は一生信号を追い続けてただろう。君のおかげで信号の発信源を突き止められそうだ!」
「は?」
突然の賞賛に口を開けて驚くしかなかった。こっちは今お前のことを責めている最中だぞ。
「褒めてるんだから喜べ。信号の発信源さえ突き止めればきっと出口も……」
仁が全てを言い終える途中、何か奇妙な風が吹きつけてきた。その風が吹いてきた方向に目を向けてみると、そこには同世代くらいの体操着姿の女の子が立っていた。
「なぁ仁、俺たちの他にもこの世界に来たヤツがいるみたいだぞ」
「……いや彼女は違う。あれは君の足を掴んだ犯人さ」
「何だって?」
「彼女の目的は君だ。だから君を捕まえるために現れた。それと同時にお呼びではない僕を殺しに来たんだろう」
仁が言い終えると、女の子は突然顔を覆いかくした。数秒した後にその手をどけると、そこには口以外全て真っ白の顔があった。
「アレは……」
「お、お化けだ……! 化け物だ……!」
「こういう時の対処法はただ一つ……逃げるぞ!」
仁は光輝の手を掴んで走り始める。少女はその白いのっぺらぼうの面をこちらに向けながら走って来る。
曲がり角にぶつからないようにスピードを抑え、廊下の端にまで逃げていく。
「なんなんだよ! あれなんなんだよ!」
「言っただろ!? 鏡の中に引きずり込んできた犯人さ! おそらくどこかの星から来たエイリアンだ! そしてこの世界を作り出したんだ!」
「エイリアン!? オバケじゃないのか!?」
「幽霊みたいな存在ならよく見てきたがどいつも裏にはエイリアンがいる。きっと今回もな! そこに隠れるぞ!」
『美術室』と書かれた教室を見つけ、仁と光輝はその中へと入る。さっきの少女が入ってこれないように近くに置いてあった箒を戸に立てかけ、開けられないようにした。仁は光る棒を戸に向けていた。
「密度を高めて簡単には開けられないようにした。これでひとまずは大丈夫だ」
「……なんだよこれ」
「いきなりあんな奇妙な存在に襲われたらそういう反応にもなる。当然の反応だよ」
「いやさっきのオバケじゃない。ここ美術室のはずだよな?」
美術室の中にあるものといえば石膏や芸術家の絵といったものだ。だがここにあったものは全て体操着姿の少年少女たちが描かれた絵だった。そしてそのうちの一つは何も書かれてない、白く真っさらなキャンバスだ。
「現実の美術室にも彼らの絵が?」
「いや、モネとかゴッホとかの絵が飾ってあった。こんな絵は無いはずだ」
「ゴッホは良い画家だ。現実に戻ったら久々に鑑賞したいね」
そう言うと仁は先ほどの光る棒を彼らの絵に向けた。さっきからこの光る棒は一体何なのだろうか。
「なぁさっきから仁が持ってるその変な棒なんだ?」
「ソニック・スクリュードライバーだ。何でも調べられるし何でも開けられるし何でも閉められる宇宙一の工具だよ」
「宇宙一ね……まったく」
この隅田仁という男、ただ変なだけじゃない。こんな状況でも冷静に分析している。まるでベテランみたいだ。
「それと、隅田仁ってのは仮の名前だ。僕はこの学校から発せられてる信号を探るためにこの学校に転校してきたからね」
「仮の名前? じゃあ本名は何だよ」
「本名はそう簡単に教えられるものじゃないが近いものを名乗るとすればそうだな……ドクターだ」
「“医者”って名前なのか?」
「まぁね。宇宙の問題を色々治療してるから」
そう言いながら彼はソニックドライバーを絵に向け続けている。
「お前は一体何者なんだよ?」
「宇宙人だよ。ヒューマノイドのね。あの青い箱はタイムマシンで宇宙船」
「宇宙人!? じゃあ華は宇宙人と付き合ってるってことなのか!?」
「言っておくが僕は彼女と付き合ってないぞ。彼女はちょっと
「でもあんなことやこんなことしたって……マズい、華がエイリアンの子供を産む!?」
「全くこれだから思春期の地球の男は……。すぐそういう方向に思考が行く! 言っておくが僕は彼女に手なんて出してないぞ」
「じゃあさっき言ってた刺激的なことってのは……」
「昨日言っただろ? 宇宙旅行に連れて行ったことだよ」
「なんだそんなことか……紛らわしい言い方するなよ」
光輝はそっと胸をなでおろした。華と仁にそういう関係が無くて安心した。
「ここの絵は全てデータだ。過去にも鏡の中に引きずり込まれた人間がいる。そんな彼らを絵という形にデータ化して保存しているんだ。前にも人の意識や魂をデータ化してた連中が居たな。しかし何のために?」
ドクター曰くこの絵は全てデータ化された人間らしい。それを表すように、絵の下には彼らのものであろう名前が色々書かれていた。
「内山蒼汰……要敦子……伊藤芽衣。そして何も描かれていないキャンバスの絵の下には……小鳥遊光輝か。そういえば君の名前を聞いてなかったがフルネームは?」
「小鳥遊光輝だけど」
「珍しい名字だな。この白紙のキャンバスはどうやら君の分らしい」
「俺もデータ化されて絵にされるのか!?」
「ああ、捕まったらね」
光輝は背筋がゾクッとした。あの女の子に捕まってしまうとこうなるのか……あの、女の子? そういえばここの絵の一つはさきほどの少女に似ている。
「なぁ仁、さっき俺たちを追いかけてきた子、その絵の子じゃないか?」
「ドクターって呼んでほしいな。確かに言われるとそうだな。となると犯人はこのデータからあの少女を作り出したということか……」
そうつぶやくと、ドクターは絵の前から去り、光輝のもとへと戻って来た。
「けどそれが分かったところでじゃないか? 結局元の世界への戻り方が分からない」
「ああその通りだ。犯人の正体が仮に分かってもここに閉じ込められたまま。そしてたまに新しい人が引きずり込まれて、僕たちがその人と知り合いになるだけだ」
ここから出る方法。鏡から来たのならば……そうか!
「もしここが鏡の世界なら、来た時と同じように鏡の中へ突っ込めば元の世界に戻れるんじゃないか?」
光輝は名案だと思ったが、ドクターの反応は芳しくない。
「ここに来る途中で鏡を見かけたか?」
「そういえば全く見かけなかった」
「本来鏡は目の前にある物を映す。だが道中見かけた鏡は何一つ映すことがなかった。まるで質の悪い鏡みたいにね。だからきっとそれは脱出の方法に使えない」
「じゃあこのまま良い案も思いつかずに八方塞がり?」
「さっき追いかけてきた女の子でもない、人を攫い続けた真犯人が居ることが分かった。信号の発信源まで行ってそいつと会う」
「敵にわざわざ会いに行くのか!?」
「ああ。いつだって交渉は大事だ。攻撃するのは相手と交渉決裂した後だ」
そう言うとドクターは美術室の扉を開け、ソニックドライバーを光らせながら歩き始める。
「信号の発信源は体育館からだ。行くぞ」
今回からあとがき部分を次回のチラ見せ部分にしようと思います。次回までどんな話になるか期待しておいてください。
「だけど君には及ばないよ、本当。君の走りっぷりは素晴らしい……」