学校へ行きたくない理由、それを聞いた途端ソータは悲しい表情を浮かべた。
「ご、ごめんね……言いたくないなら言わなくてもいいからさ」
ソータは黙りこくってしまった。傷つけてしまったことを謝っても彼は何も言わない。
「そ、そうだ! 他に良い走り方があったら教えて……」
「体がさ、弱いんだ」
「えっ?」
「運動会、昔から出てみたかったんだ。小学校の頃からいつも運動会の時期になると嫌だったんだ。窓から校庭を見ると、みんな楽しそうに走り回ってる。それにずっと憧れてた。でも体が弱くて一度も出られなかったんだ」
「でも、今練習してるじゃん。走り方だって……」
「ようやく、自分の足で走れるようになったんだ。だからもう僕は休まないことにしたんだ」
「……それは良かった。しっかり運動会で活躍するために色々勉強したんだね」
「だけど君には及ばないよ。本当。君の走りっぷりは素晴らしい……」
ソータは突然こちらを見る目が変わった。まるで狙っているかのような、獣のような目だ。
「ちょ、ちょっとどうしたの? そ、そんなに近づかれると……」
これはまさか……自分にキスをしようとしている? 心の準備がまだ……サードキスはさすがに本当に好きな人と……
「なぁさっきの女の子、また追いかけてこないかな?」
「ここまで追いかけてきてないってことはもしかすると僕たちを歓迎してるのかも。一体何が目的なんだ?」
光輝とドクターは信号の発信源を追って体育館へ来ていた。体育館も変わらず誰の気配も感じない。オバケの気配も。
「その信号ってのはここから出されてるんだろ? それっぽいのは見当たらないけど……」
「大きさはなんでもいいのさ。犯人の目的と信号に何の関係があるのか……そこからだな」
ドクターは何か気付いたかのように歩き出す。どうやらそれは体育倉庫にあるらしい。持っていたソニックドライバーで倉庫の鍵を開くと、その先にはボールの詰まったかごや跳び箱が並んでいた。ドクターはソニックを光らせながらそれを掻き分け信号の発信源を探す。しかしどれほど探してもまったく見つからない。ドクターはイラついたのか頭を掻きむしっている。
「どういうことだ!? ここから間違いなく信号は出ているはずなのに、どこにもそれを出す機械が見当たらない! 小さい機械すら無い……」
光輝はそんな彼に苦い顔を向けながら壁に目を向ける。するとそこに何か変なものがあることを見つけた。
「なぁドクター、これなんだろう……」
壁には稲妻でも走ったかのようなひびが入っていた。倉庫の壁は木製だ。こんな変なひびが入ることがあるだろうか?
「驚いた……これは時空の裂け目だ」
「裂け目?」
「ああ。何かをきっかけにして空間に裂け目が入り、それが場所と場所を繋ぐんだ」
ドクターがソニックドライバーを裂け目に照らす。その裂け目を見ながらドクターは勝ち誇ったかのように笑っている。
「なるほどなるほど、信号はここから出ているのか。どうりで機械などが見つからない訳だ。だがもう一つの目的、犯人は一体どこに……?」
すると突然、頭の中に謎の声が響いてきた。声からは「ドクター」と呼ぶ声が聞こえる。
「今僕の事呼んだ?」
「いや俺は何も言ってない」
「ドクター……そうか、お前はドクターか……」
「どうやら事件の犯人のお出ましみたいだな。姿を見せろ!」
「姿……? 残念だが我々に“姿”は無い」
「なるほど。どうやらグレイヴでは無いらしいな」
ドクターは手を合わせて周りをキョロキョロを見渡す。声の主を探すがそれらしきものはどこにも見当たらない。
「頭の中に直接声が聞こえてくる! 気持ち悪い……」
光輝が頭を押さえながらドクターに訴える。
「テレパシーで直接頭の中に語りかけてるんだ。お前は何者だ? 何が目的だ?」
「懐かしいな……姿は変わったが相変わらず、すぐ質問する面倒な所は変わっていない」
「僕と面識があるのか? なら尚更その正体を……いや分かったぞ」
そう言うとドクターはソニックを懐へしまい、かごの中からバスケットボールを取ってバウンドさせる。
「さっき僕たちに襲い掛かって来たあの女の子、あれはお前が彼女のデータ、すなわち魂を使って操った姿か。お前らは入れ物が無いと無害な単なる知性だもんな。そして人々を攫いその魂を利用し自分たちの肉体を作り出そうと考えている。違うか?」
「その通りだ」
「意識のデータ化はWi-Fiを介して一度やっていたはずだ。ザ・シャードを本拠地にしてな。その前は雪だるまを使ってたな?」
「さすがだドクター、記憶力が良いな」
「そしてその後僕のタイムラインに入り込んで僕を殺そうとした。返り討ちにあって結局お前は消滅したかと思ったが生きてたとはな」
「なぁドクター、犯人は一体何なんだ?」
ドクターは大きく息を飲み、光輝にこう告げた。
「
「ぐれーと……?」
「姿を持たない意識だけの存在だ。だからロボットとか雪とかそういった入れ物を利用して肉体を作る。けどヤツらの本当の目的は人間の体を奪うことだ。だが何故こんな狭いスケールでやってる? お前のことだ、もっと国を乗っ取るとか大きなことをしでかすはずだ。そっちの方が目的だって簡単に達成できる」
「そうしたいが私はここから出ることができないのでな。裂け目を通して私はここへやって来た。だがこの世界から抜け出すことができない」
「何だと? じゃあこの裂け目と信号はお前がやったわけじゃないのか?」
「私は裂け目に便乗してこの世界に来たに過ぎない」
「なるほど……この鏡の世界から出られない。だが鏡の世界の扱い方は学んだ。だから鏡に近づいた人間を引きずり込みデータ化し自身の入れ物として使えるようにはなった。だが一向に鏡の世界からは抜け出せずただ近づいた人間を攫うだけか。ずいぶんと落ちたものだな大いなる知性も。僕を直接狙わなかったのは僕が怖いからだろう?」
「傲慢だなドクター。そこまで自分に自信を持っているのか? 私はただ貴様と関わりたくなかっただけだ」
「弱虫はみんなそう言う! だがそれもここまでだ。これ以上人を攫い続けデータの絵になんてさせやしないぞ」
ドクターはソニックを手にどこかに居る大知性体に向ける。しかし大知性体はそれに怯えることなく、むしろ高笑いを始めた。感情を確かに感じられるのに、無機質なほど冷たい笑い声だ。
「何なんだ……何なんだよ!」
光輝は目には見えない恐怖におびえながらドクターの服の袖を掴んでいた。
「何がそんなにおかしい?」
「貴様もこの世界からは出ることができないんだろう? そんなお前に何ができる?」
「脱出の仕方なら今も考えてるさ。きっと思いつく。僕を見くびるなよ」
「だがたとえ出られたとしてお前が見るのは絶望だがな」
「何だと?」
再び奇妙な風が吹いた。その風はバスケットボールの入ったかごを倒し、かごの中からバスケットボールが溢れていく。
「さっきお前は私はここから出られないと言ったな? だがそれももうすぐ終わる。あのソータという少年は随分と私に協力的でな」
「ソータ? どこかで聞いた名前だな」
「そういえばさっきの絵にそんな名前の男の子が居たような」
光輝はそっと呟いた。
「まさか一番最初にお前が攫った男の子か?」
「その通りだ。彼は私とある契約を結んだ。それは“良質な肉体”だ」
「良質な肉体だと?」
「彼は体の弱い子供だ。私と同じように良質な肉体を求めている。そこで私は彼と契約した。君を長くその姿で生き続けられる形にすると。そして良質な肉体が手に入ればその肉体をお前にやると。その代わりお前にはより良質な肉体を私に与え、この世界から出せと。彼にはここと現実の世界、二つの世界を渡る力があるのでな」
「生き続けられる姿とは?」
「“私”と同じにすることだ」
「それってどういう……」
「ソータを大知性体と同じように知性だけの存在にしたんだ。魂を取り出せば造作もない。データ状態になってるようなものさ」
ソータは永遠の形を手に入れ、現実世界で良質な肉体を探し続ける。大知性体は彼を利用しここから抜け出し肉体を手に入れる。いわばWIN-WINの関係だ。
「そしてソータはついに“良質な肉体”を見つけることが出来たのだ。彼が彼女の肉体を奪えば、彼は完全な存在となり私をこの世界から救い出すだろう」
「彼女とは誰だ?」
「三崎華」
それを聞いて光輝とドクターは絶句した。大知性体の狙う肉体とは華なのだ。
「マジ、かよ……肉体を奪われたらどうなる!?」
「華は死ぬ。そんなことはさせない」
「だがお前には何もできないぞドクター。ここから抜け出すことも出来なければ……この先、生き続けることもできない」
再び奇妙な風が二人の傍を吹く。
「ね、ねぇソータくん……私まだ心の準備が……し、正直に言うとちょっとソータくんのことを意識はしてたけどいきなり……」
「ずっとずっと、昔から追い求めていたんだよ君みたいな人を。足が早くて運動が得意。その肉体こそ、僕がずっと求め続けていた“良質な肉体”だ」
「そ、そのアキたちもすぐに帰ってくるからこんなところで……ってそもそも私まだ許可してないし……」
「いいんだ。そんなこと気にしなくたって。もうすぐ君は“僕のもの”になるんだから」
ソータはその手をゆっくりと華の手の上に載せた。
「バスケットボールがひとりでに動いてる……!?」
「見ない間に随分と腕を上げたな。まさかバスケットボールに入り込んで操作できるようになるなんて」
地面に転がり落ちたバスケットボールは突然動き出し、それらはまるで生きているかのように動き“人型”へと姿を変えた。バスケットボールが重なるように巨大な人型のバスケ怪人となったのだ。
「貴様はここで死ぬのだドクター!」
大知性体の入り込んだバスケ怪人はそのボールで出来た腕を振りまわす。「伏せろ!」とドクターが光輝と共に伏せたため攻撃は不発になるが、その一撃で大きく壁を破壊するほどの破壊力があった。
「なんでバスケのボールであんなに壊せるんだよ!?」
「どんなものだろうと勢いを付ければ破壊できるほどの力になるさ。もう一回来るぞ!」
次の一撃も再び避けなければ。しかし上手く避けられたのは光輝だけだった。ドクターは今の一撃に深く当たり飛ばされ、そのまま壁に叩きつけられてしまった。
「ドクター!」
「くっ……距離を見誤った……」
「マズい……!」
目の前には倒れたドクター、そして自分を殺そうとするバスケットボールの塊。
「僕のことはいい……! 早く逃げろ……!」
「でも……!」
ドクターか、自分か。ドクターか、自分か……見捨てて逃げることなんてできない。すぐに決めなければ……
「危ない!」
そうドクターが言うのと同時に、バスケットボールの塊は腕を大きく振り上げた。
「もう僕は運動会に出られない弱い人間じゃなくなる。勝って見返してやるんだ!」
「華の体は絶対に奪わせやせない。たとえ君がどんな存在であってもだ」
「なんてことだ! 運動会と大知性体の現れる日が被ってる!?」
「その、ソータくんのことが好きなの! 好きになったの!」
「ドクターは運動会の日に何かをしでかすつもりだ。きっと恐ろしいことだ」
《次のプログラムは2年クラス対抗選抜リレーです!》
「絶対に見ててね。私が走るところ」
次回
SPORTS DAY〈運動会〉