「あの…仁って子、知ってるの?」アキが華に聞いた。
「知ってる…っていうか、今日の朝、あいつのせいで遅刻したみたいなものだから…」
「隅田くんのせいで?」
「そう、遅刻しそうだったから走ってたの。いつもの道は工事してたから遠回りしててさ。それで曲がり角のところでぶつかっちゃって…」
「それは…華が悪いんじゃない?」アキが言った。
「それもそう…だね」華がシャーペンでノートにドラえもんの絵を描き続けながらつぶやいた。
「しっかし、転校生ってのは本当に人気者だね」
アキが言うように、転校生、隅田仁の周りには人だかりができていた。人見知りの少ないこのクラスにとって転校生は絶好の暇つぶしだ。男子に女子が彼の周りに。
「なぁなぁ、隅田って前にどこの学校に居たんだ?」
「あー…学校には通ってなかった」
「どうして?中学までは義務教育でしょ?」
「日本ではね。海外に居たんだ」
「えー!ってことは…帰国子女!?すげー!」
この2年B組が今年度始まって3番目にうるさい瞬間だ。1番はクラスのやんちゃ者が先生に殴りかかったときだった。
「ってことは、英語得意?」女子の一人が聞いた。
「もちろん、僕は天才だから」
「じゃ、誰も知らないような英語言ってみてよ!」
「うーん、そうだなぁ…」仁が少し考えてからからこういった。
「アロンジィ!…とか、みんな知らないだろ?“さぁ行こう”って意味だ」
「うおー!すっげー!」
こんなことで騒げるなんて馬鹿みたいだ…と思いながら華は見つめていた。
「間違えた、本当はフランス語だった…でも盛り上がってるみたいだしいいか。」仁は小声でぼやいた。
華は仁を見ながら疑問を抱いた。どうして彼は遅刻したのに怒られなかったんだろう…いや、遅刻したのか?仁のもとに迫る。
「ねぇ!」大声で彼を呼んだ。あまりに大声だったので周りが驚いた。そのあとに「ごめん、声が大きかった」と訂正して再び言葉を連ねた。
「どうして私は遅刻したのにあなたは遅刻してないの?私のが早く…学校に着いたはずなのに!」
「ちょっとした裏技があってね。それを使ったんだ」
華が仁の手をつかんだ。
「裏技?教えて」
「あー…日本人にはできない技だから…ほら、外国流の技で一部の人しか使えない。フーディーニって知ってる?」
「知ってる!脱出王だろ!」男子が叫んだ。
「日本じゃマイナーだけど、知ってる人がいて良かった」仁が彼に笑顔を向けた。
「裏技なんて…ありえない。あの場所じゃ私よりもどうやったって…遅いはず」華は疑いの目をさらに強めた。きっと金やらなんやらで怒られなかったに違いない。
帰国子女は金持ち。そんな偏見が彼女にはあった。
「帰国子女だからって金をたくさん持ってるわけじゃない。日本人は偏見が好きだな」仁は華の心を読んだかのように言った。
「なんで…私の考えてることが?」華が目を丸くして驚いた。
「メンタリズムが得意なんだ。帰国子女だから」仁はそう言って指を鳴らした。周りはどっと笑いに包まれた。
華は呆れたかのようにアキのもとへと戻ってきた。
「アイツ、絶対何か裏があるよ…裏技というより、チートかなんか使ったに違いないよ」
「ゲーマーの華ちゃん特有の例えね。週末はどうせゲームとアニメ鑑賞でしょ?」アキが華に言った。
「だってそれ以外にすることないし…」
「たまにはイマドキの女子っぽいことしてみたら?タピオカジュース飲むとか。そうそう、原宿にまた新しいタピオカの店できたの。週末に行かない?」
アキが華を誘ったが、華は乗り気でないようだ。
「やだ。絶対並ぶでしょ?私並ぶの嫌いなの。」
「なのにディズニー行くのは好きなの?」アキが言った。
「ディズニーは別。それよりもアキバ行かない?ちょうど買いたいゲームが先行で売ってて…」華が誘うが、アキは逆にそれに乗り気ではなかった。
「私はパス。アキバはオタクの街でしょ?」
「家電の街!」華が訂正を入れた。
「その通り。秋葉原は家電の街だ」仁が突然二人の前に現れた。
「「うわっ!?」」華とアキは驚いてすこし後ろに下がった。
「まったく日本人は偏見が好きだな。オタクは悪者じゃない。確かに人間だから色々と問題行動も起こすが…華、家電が好きなのか、良い趣味してるな」
仁が華を指さして言った。
「家電が好きというよりゲームとかが好きで…」華はそこに訂正を入れた。
「ドラえもんも好きか?」仁が華の書いたノートを見つめて言った。
「え?ああもちろん…大好きだけど…」
「僕も好き」仁が笑顔で華に言った。華もそれを見て笑みがこぼれた。
その瞬間に休み時間が終わるチャイムが鳴った。次は2時間目だ。
「おっと、じゃあまた後で」仁は手を振った。華は少しだけ手を振った。
「アイツ、絶対に華に惚れてる」アキが華に手を振る仁を見ていた。
「まさか、そんなわけない」
「そう?華って意外と…美人のほうだよ?オタッキーなせいで残念な美人というか…」
「私はオタクじゃない、良い?」
「オタクはみんなそう言う」
数学担当の先生が入室し、2時間目の授業が始まった。
2時間目の授業はほとんど仁の独壇場だった。新たな単元の連立方程式をほとんど一瞬で解いてしまった。
「それで、この問題の答えがわかる人?」先生がそう言った途端に仁が手を挙げた。
「答えは3です。でもそれはプリント通りにやったら。板書とプリントで言ってることが違うんですけど…」
仁が指さしたところの式の符号は-だった。しかしプリントでは+。
「あぁすまん。板書のほうが正解だった。もう一度やり直して…」
「じゃあ答えは6です」一瞬で仁が答えた。
「既に計算してた?」
「いや、このぐらいは暗算でできないと」
今日初めて連立方程式を学んだというのにこの適応力…学校には通っていなくても塾などに通っていたのだろうか。
「なぁ、仁って塾とかに通ってたのか?」
「大昔ね。今は通ってない」
2時間目終わりの休み時間も隅田仁のことで話題は持ちきりだった。華とアキは教室の中がそうとううるさかったので、廊下に出て近くの階段に座っていた。
「海外ってさ、連立方程式小学生のときとかに習うのかな?」華がアキに言った。
「そんなわけないでしょ。アイツは頭が良いだけだよ。ほら、A組の田中なんか毎回数学で100点とるぐらい頭良いし、いるよそういうのも」
「だけど…今日習ったのを一瞬でだよ?とても人間業とはぁ…」
「ま、そんな話は置いといてさ。恋バナとかしない?」アキが話を変えようとした。
「悪いけど私好きな人とか居ないから。この学校の男子はどっちかというと…地味だし」
「その気持ち私にもわかる。なんというか普通というか…ならさ、こんなうわさ話知ってる?」
「何?誰か付き合ってんの?」
「違う違う、この学校に居るっていう“頭ババア”ってやつ」
「頭…ババア?」華が首をかしげた。
「その話、僕にも聞かせてくれるか?」仁が二人の間に顔を出した。
「「うわっ!?」」二人はさっきと同じように驚いた。
「さっきから唐突に出てこないでよ…心臓に悪いなぁ」華が小さく怒った。
「ごめん、でもその“頭ババア”ってのが…気になって。どんなのなんだ?」仁はそれにやたらと興味津々なようだ。
「いいけど…」アキはしぶしぶ承諾した。
「その名の通り、頭だけのおばあちゃんのお化けで、夜に学校に現れて「頭はいらねぇがぁ」とか聞いて襲い掛かってくるんだって」
「今どきそんな怪談話…」華は呆れたようだった。
「火のないところに煙は立たない。いつからそんな怪談話が?」仁は詰め寄った。
「今から10年ぐらい前に頭のない死体が学校で見つかって。それから話が大きくなってそんな妖怪が」
「まさか、アキ信じてたり?」華が言った。
「お話としてちょっと面白かったから」
「それでそのなくなった頭は見つかった?」
「いや、結局見つからずじまいで…それからたまーに行方不明事件とかが町で起こるようになって。関係ないところにすら頭ババアが関わってるとか…」
「なるほど、そいつは今もこの町に?」仁が質問した。
「さぁ?あくまでただの怪談話だから。行方不明事件もどっかの犯罪者のせいよ」
「本当に?10年前以前にそんな事件は多かった?」
「そこまでは…知らないわよ」
「なるほど、おもしろい話が聞けて良かった」仁は満足した顔でトイレへと去っていった。
「アイツ、もしやオカルトフリークかなんか?」華が言った。
「帰国子女って変な奴多いのかも。」アキもまたそう言った。
転校生のやってきた一日が終わった。6時間目のホームルームが終わり、部活に行く者もいれば家へ帰る者も。部活に入っていない華はそのまま家に、テニス部に入っているアキは華に別れの挨拶を告げた。
「じゃ、家でアニメばっかり見ないように」
「悪いけど、昨晩のは神回だったからと5回は見ないと」
そう言って華はアキに手を振って下履きに履き替えた。
「あぁ、遅刻10回記念。宿題増やされちゃったぁ…」
華はぐちぐち言いながら校門へと近づいて行った。今日やってきた転校生の仁は囲まれながら校門の近くにいた。
「アイツ、好き好きオーラでも出してるのかな?」華がつぶやいた。
「なぁ仁、お前の家ってどこにあるんだ?」
「家?どうして家に住むんだ?」仁は相変わらず変な答えを言って周りを笑わせた。華はそんな仁を横目に校門を出た。
「あっ、華!」華の後ろから別の少年が走ってきた。
「あっ光輝」華が少年を呼んだ。
「なぁ、週末って…空いてる?」光輝と呼ばれた少年はなにやら予定に華を誘うらしい。
「ごめん、今日の週末は…別に出かけるところがあって」
「分かった、ロストボックス2の新作買いに行くんだろ?」光輝が言った。
「…分かった?」
「そりゃあお前はゲームオタクだし、だろうと思って。」
「それで何に誘おうとしたの?」華が壁によりかかって言った。
「そのゲームの新作、一緒に買いに行けたらなぁ…って思って」光輝が顔をすこし赤くほてらせて言った。
「なぁんだ、そんなことだったの?じゃあ一緒に行こうよ。一人で行くより楽しいだろうしさ」華が光輝の手をつかんで言った。光輝はさらに顔が赤くなった。
「じゃ、私今日は早く帰って宿題終わらせないといけないから!」そう言って華は走っていった。光輝はどこか嬉しそうな表情をしていた。