運動会で一番好きな時間は待つ時間でした。見てるだけですからね。楽でした
翌日、雲一つない晴れ渡る青空。しかし華の心はそんな天気と裏腹に曇り続けていた。
ドクターと光輝、二人と会う機会はあったが自然に彼らの事を避けていた。どこか怖くて、どこか信じることが出来なくて。ドクターがソータのことを悪く言ったのと同じように、ソータもドクターに対して良い感情を持たない故にあんなことを言っていたのかもしれないのに、ドクターのことが怖くて近づけない。そしてドクターもまた私と関わろうとしない。授業が全て終わった後も誰とも話すことなく帰って行ってしまった。昨日あんなに怒ったせいで彼もまた私のことが怖いのだろうか。
華が彼らの事を考えている間、そのドクターと光輝は物置部屋の中で対大知性体&ソータとの戦い方を練っていた。
「なぁドクター、例の件はどうするんだ? 華を巻き込まないで解決するって……」
「彼女を巻き込まない、というより巻き込めないな。今日一日僕は彼女にずっと避けられてるよ。2000年も生きてるのにまだ女心が学べない」
「俺も今日避けられてるみたいだった。ドクターはともかく俺は何かしたか? 一緒に居たから?」
「そんなところだろうな。華との関係はともかく、大知性体とソータを倒すためにある作戦を考えたんだ」
「作戦って?」
「まず、大知性体は鏡の世界に現れた裂け目の中から出現した。そしてソータと出会い彼と共謀している。ここまでは知ってるな?」
「何度も聞いたよ。それがどういう倒し方に?」
ドクターは鏡を持って、ソニックを当てながら説明する。
「大知性体に武器は通用しない。だから倒すと言っても命を奪ったりすることはできないんだ。じゃあ逆に考えよう。ヤツらを倒すことはしない。ではどうすると思う?」
ドクターは光輝に問いかける。しかし光輝はまだよく分かっていない。
「つまりどういう意味?」
「答えは単純だ、裂け目を利用するのさ。裂け目の向こう側にヤツらを追い出す。この世界から追放するのさ。鏡を裂け目の中へ投げ捨ててその後完全に裂け目を閉じる。そうすれば大知性体はここから居なくなる。彼のおかげで生きてるソータもよりどころを失って消滅ってわけだ」
ドクターは最後に指を鳴らして自信満々な顔を見せつける。裂け目の向こう側に大知性体を追いやれば解決、という寸法だ。
「それが作戦ってわけだな。でも裂け目は向こう側にあるんじゃないか?」
「その通りさ。裂け目にヤツらを追放しようにも鏡の世界にある。現実と向こう側の行き来ができない今その作戦はまだ実行できない」
「じゃあダメじゃないか」
「行き来ができるようになったら実行すればいいんだ。運動会の日に鏡が物置部屋の中に出現するから、その時にやる。運動会に出場しながら大知性体を裂け目の向こう側に追い出すんだ。随分と忙しい作戦だがこれしかない」
ドクターは鏡をポンポンと叩きながら説明を続ける。
「俺も何か手伝う。今から何かできることは?」
「それは……あと3日待ってくれ。そのために必要なものを今から作る。裂け目を開くための装置をね」
「3日もかかんの? どうしてそんなに」
「信号を送り出しているあの裂け目は非常に強力なんだ。鏡の中の世界から現実にまで届くほどにね。その分裂け目の閉じる力も大きい。かなり大規模な装置を作らないと裂け目を開くことはできない」
「それでその後俺は?」
「作り終わったら君に声かけるから手伝ってくれ。それまでは運動会の練習だ。徹夜して作らないといけないから、もし先生とか誰かに僕のことを聞かれたら3日間体調不良で休んでるって伝えておいて」
そう言うとドクターは青い箱の中へと消えて行ってしまった。
「……クラス違うんだけど。なぁ誰に伝えればいいんだ?」
光輝は彼を追うように青い箱の中に入っていく。
入った途端に思い出した。この箱はただの箱などではない。中にはありえないほどの広い空間と奇妙な機械がたくさんあるのだ。少なくともここが学校の中だとは思えない。
「なぁドクター、聞いておきたいことがあるんだけど……」
「そういえばターディスのことを紹介してなかったな。これはTARDIS。宇宙船でかつタイムマシンだ。これに乗ってここまで来た」
「あ、それもそうなんだけど休みの連絡、そのまんま明日先生にしていいのか?」
ドクターは思っていたことと真逆の回答が来たので唖然としてしまった。
「こんな……こんなすごい物があるんだぞ? 腰を抜かすほど驚くもんだ普通は」
「前にも俺が一回来ただろ? もう驚かないよ、それにこれはそういう類のものだと予想してたから。“ロストボックス”に出てくる宇宙船みたいだ」
「最近の子はマンガやアニメの見過ぎでターディスに驚きもしない! 悲しいことだよ全く。これがどんなにすごい船だかみんな分かってない」
ターディスに特に驚く様子を見せなかった光輝は、一旦ドクターと別れを告げ、そのまま運動会の練習へと向かうことにした。
アキと華はいつも通り運動会の練習だ。今日は先生も付き添いで来ている。
「やっぱり仁居ないね。華、ちゃんと謝った?」
「そ、そうだね……」
華はその話題になった途端、うつむいて目を合わせなくなった。
「……あの後何かあったの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……、なんか会うのが怖くて」
「喧嘩した後なんてそんなもんよ」
「どうした三崎? 居ない隅田のこと何か知ってるのか?」
担任の先生が様子のおかしい華を心配したのか現れた。
「あ、別に私は何も知らないです……。たぶんアイツは忙しいから帰っちゃったんですよ」
「そうか? 全く、運動会の練習に一度も出てなくて大丈夫なのか……。クラスの団結が大事だっていうのに」
先生は仁に対する不満をこぼしながら他のチームの練習を見に行った。先生なのだから問い詰めればいいのに。
「ま、居ないものはしょうがないよ。今は忘れて練習に集中しよ!」
アキはこんな自分にも背中を叩いて応援してくれている。とても嬉しい限りだ。
悪いのは自分なのに。ソータとドクター、二人のどちらの言葉を信用するべきかずっと考えているせいでみんなにまた迷惑をかけている。運動会も近く大事な時期だというのに。
本当にドクターは悪人なのだろうか。彼が時折敵に対し向けるその顔からは怒りや憎しみを感じることがある。あれが彼の本性なのだろうか?
人とは違う邪なエイリアンらしさがもしあるとしたら……。運動会のことを無視してすぐ帰ってしまう彼はどこか冷徹に思えた。私が怒ったから見捨てたのだろうか?
そんなことをずっと考えていると、気付けば今日の練習はもう終わりだ。
それから三日。華はドクターに何かを聞こうとずっと思っていたが彼はずっと学校に姿を現さなかった。先生曰く急用で少しの間学校を休むとのこと。
ドクターがどんな存在かは知っている、だから急用で休むなどは変だ。何か裏があるのだろうか? ソータに言われた「運動会の日に何かをしでかすつもり」という言葉を思い出した。ソータの言う通りなら、運動会の日に何かが起きる。しかし何故運動会の日なのだろう? そんな疑問もドクターにぶつけたかったが、肝心の彼が居ないのでは話にならない。彼がまた現れた時に聞くしかない。
「ドクター! もう三日経ったぞ!」
光輝は物置部屋の扉を開き、その先にある青い箱の扉も開け中へと飛び込んだ。
「やぁ光輝。ちょうど今終わったところだ。これ持って」
そう言うとドクターは赤と青に点滅する奇妙な機械を渡してきた。
「これ何だ?」
「グレイヴのインフォメーションコネクタを改造して作った裂け目を開く装置だ。全部で14個あって、これを学校を囲むように設置する」
ソニックドライバーをターディスの中のモニターに当てると、モニターが学校全体のマップを開いた。
「この装置は特殊な電波を出す。装置を指定された場所に配置すると、その電波が繋がって時空に大きな亀裂が生じてそこからエネルギーの奔流が生まれる。それを一気に裂け目に流し込めば裂け目が開かれる」
「何を言ってるかよくわかんないけど、この装置を学校の色んな所に置けばいいってことだな」
「そういうことだ。設置するのは全部君に任せたよ」
「なんで俺だけ?」
「僕は今日まで学校を休んでるってことになってるんだ。なのに学校に現れたら怪しまれるだろ? 無断欠席は良くないからね。ほら行った行った」
なんだか都合よく使われてるような気もするが、華の命を救うためだ。ドクターから14の装置と耳につける無線を貰い学校の中に設置していく。
体育館、東校舎の3階のトイレ、美術室、2-Bの教室、職員室、家庭科準備室……
「なんでこんなにたくさんあるんだ」
一番設置するのが難しかったのは職員室だ。ドクター曰く一番奥のデスクに設置しろと。職員室に滞在していた先生の数が少なくて助かった。
「なぁドクター、なんで14個もあるんだ? 全部繋げると十四角形になるけど」
「十四角形が一番宇宙に干渉できる形だからさ。キャリオナイトも十四角形の劇場を作った」
ドクターの口からまた知らない言葉が出てきたがもう気にはしない。最後に設置するのは家庭科準備室だ。
「家庭科準備室か……ソータが居る場所だとアキから聞いた」
「待てよ、それじゃあソータはこの中にいるんじゃないか? まだ作戦は始める前なのに会っていいのか?」
「大丈夫さ。常にいるとは限らない」
ドクターの言葉を一旦は信じ、装置を置くために家庭科準備室の扉を開けると……
「うわっ!?」
「どうした!?」
開いた途端、光輝は何かを見て驚いたようだ。まさかソータが中に居て光輝は襲われたのか? ドクターは無線で光輝に呼びかける。
「光輝……? どうしたのこんなところで」
「びっくりした……華か」
「なんだ、いちいち驚き方がオーバーだぞ」
中に華が居たことに驚いたようだ。ひとまず襲撃ではなく安心した。無線なので華にはドクターの声が聞こえていないらしい。
「俺は……ただその暇だからちょっとこの部屋に入って見ようかなと思っただけ。あんま入る機会ないだろ?」
「変な理由を作ったな。怪しまれるぞ」
「そう、なんだ」
「華の方こそここで何してたんだ? 運動会に使うようなものは……無いだろ」
「……そうだね」
華の態度はどこかよそよそしかった。この前の件でまだ少し怒っているのだろうか。
一方、華の方は光輝に対して怒りなどは覚えていなかった。彼に向けている感情は不安だった。本当にドクターに操られているのか、自分の知っている光輝ではもう無いんじゃないかというものだった。
「なぁ、この前はなんていうかその……すまなかった。ドクターが変な事言ってたの俺が代わりに謝るよ」
「どうして光輝が謝るの? ……別に怒ってる訳じゃないよ。むしろ光輝の方はドクターに対して何か……嫌だとか思ってない?」
「え? まぁアイツは何ていうかいつも変なこと言ってるし言い方がまわりくどいし面倒な奴だと思うけど別に嫌とは思ってない」
「……そっか」
「ドクターは華のことを心配して言ってたんだ。この前は怒らせちゃったけどあの時言ってたことは事実だ。俺もターディスの中を見た」
「えっ!? 光輝もターディスのこと……知ってるの?」
「ああ。まぁ色々あって……だから俺のことを信用してほしい」
「それなら……」
「彼女に何の用だい?」
華が言葉を続ける前に後ろから人が現れた。青白い顔……ソータだ。
「悪いが光輝くん、もうこれ以上彼女を操ろうとするのはやめてくれないかな?」
「何だとっ!? 操ろうとしてるのはお前だろ!?」
「彼女はとても怯えてる。だから僕に助けを求めに来たんだよ。ここにね」
「ここに……?」
家庭科準備室。都市伝説ではここにソータがいると言われている。華はその都市伝説を思い出してここに来たのだろう。ソータと会うために。
「なぁ華、都市伝説の存在が現実にいるのっておかしいとは思わないか? こいつは人間なんかじゃないんだ!」
華はそれを聞いても驚くことはなかった。むしろどこが助けを求めるような眼差しをソータに向けている。
「その通りさ。僕は人間じゃない、今はただの幽霊さ。彼女にもそう伝えた。さすがにこれ以上は隠し通せないと思ったからね」
「おま……」
光輝とドクターはその言葉に驚いた。既にソータが自分の正体を明かしたということだろうか? しかし華に対する本当の目的は伝えていないはずだ。
「なら尚更聞いて欲しい。お前はソイツに操られてる。お前の体を乗っ取ろうと……」
「ドクターから吹き込まれたか? 僕は彼女の体を奪おうとしてるんじゃない。彼女をドクターから守りに来たのさ」
「何だと……?」
「信じるなよ光輝、そいつの言っていることは全てでまかせだ。一緒に大知性体を見ただろ?」
「ああ、俺はこいつの言う事を信じないよ」
ソータは独り言のようにつぶやく光輝にソータは訝しんだ。
「そこに居るんだろうドクター?」
「えっ、ドクターが!?」
その言葉を聞いた途端、華はおびえたような声をあげた。
「バレたか……」
「君の想いと本当の計画は全て僕が知ってる。お前の思い通りにはさせないぞ、タイムロード」
ソータにそう啖呵を切られ、ドクターも黙っているわけにはいかなかった。ターディス内のモニターにソニックを当て、マイクの音量を最大まで上げる。
「こっちこそお前の思い通りにはさせない。華は僕たちが守る」
「楽しみだな、君の“計画”が……」
「お前の想像以上を約束するよ」
ソータは光輝から目を外し、華の方を見つめた。
「華、疲れてるだろうし君はもう帰った方がいい。毎日放課後に運動会の練習ばかりで大変だろう? 明日までは休んだ方がいい」
「う、うん、そうだね……」
そう言うとソータは光輝の方を睨みながら華を外へと送って行った。
「ま、待てよ華! まだ話が……」
そう言い終わる前に振り替えることなく華は光輝の視界から消えてしまった。
「光輝、時が来れば華は真実を知ることになる。そうなればきっとすべて元通りになる」
「そう信じたいけど、華はアイツにゾッコンみたいだ。見る目も何かも……人間じゃないって知ってるのに」
「僕という前例が居るからね。そのせいで彼を疑わなくなったんだ。逆に今は僕のことを疑っているが」
「それで、最後にこれをここに設置すれば終わり?」
光輝は装置を家庭科準備室の誰にも見られ無さそうな扉の裏に設置した。これで準備はすべて終わりだ。
「それで、この後の作戦は?」
「運動会当日まで待つ」
「あと4日もあるんだぞ? 何もしないのか?」
「前にも言わなかったか? 当日にならなければ何もできない。鏡が戻ってきて、鏡の中の裂け目に干渉できるようになった時がチャンスだ」
「それまでは待機?」
「ああ、運動会で優勝できるように練習しておくことだ」
「それはそうだけど……。本当にあとは運動会当日なんだな?」
「それまで異常が起きないかどうか僕が監視してるよ。だから君はそれまで普通の生活に戻ってていい」
「アンタは練習しなくていいのか?」
「短距離走だぞ? いつも走ってるから練習なんていらない」
ドクターはそう言うと無線を切って光輝との通信を終わらせた。作戦は4日後の運動会当日……練習しなくてはならないが、気が気でない中でやるのはなんだか気持ち悪い。しかしどうしようもないので光輝は練習に行くことにし、家庭科準備室を後にする。
誰も居なくなった家庭科準備室。そこに奇妙な風が吹いてきた。
「これがその作戦かドクター……。だがもうすぐ大知性体は復活する。そうなれば僕はようやく……」
ピコピコと光る機械を前にソータは不敵な笑みを浮かべていた。
「ここに第43回天ノ川中学校運動会を開催することを宣言します!」
学校中に今大会の実行委員長の開催宣言が響き渡る。校庭の中にはひっきりなしに埋まる体操着姿の生徒達。そしてそれを見守る先生方と保護者の数々。
今日の天気は雲一つない今年一番の青天。絶好の運動会日和だ。まさかこんな日にエイリアンが少女の命を狙っているとは誰も思っていないだろう。
「なぁ仁、お前練習ほとんど来てなかったけど大丈夫なのか?」
整列している全校生徒の2年B組の中、ドクターの後ろの少年が彼に語り掛ける。
「この数日間体調を崩してたんだ。だから休んでたりすぐ帰ったりしてた。でも大丈夫。今は絶好調だからね」
「そこ、今は校長先生の話の途中だぞ、私語を慎め」
二人は先生に注意されてしまった。運動会だというのに今日いきなり叱られるとは幸先が悪いと後ろの少年は思ったが、ドクターはこの程度の事は気にしていないようだった。
あれから4日。華はずっとドクターとソータの言葉を考え続けていた。どちらが正しいのか、そして今日ドクターがしようとしていることは何なのか……。それを考えてしまってどうしても運動会という行事に集中できない。
「大丈夫だよ華。いつ通りの調子でやればきっといけるって」
アキは自分がこの複雑な環境に置かれていることになんとなく気付いているのだろうか。詳細はきっと知らないだろうがその思いやりが心を支えてくれる。
「そうだね。みんなのために頑張らないと」
過去一番の晴れ模様。絶好の運動会日和だ。そして体を奪うのにもうってつけの天気だ。
「君を貰うよ、華」
誰も居ない家庭科準備室。揺れるカーテンの間からソータは華のことを見つめていた。
次回のチラ見せ
「あーっ! どうして計画通りに上手くいかないんだ!」