何はともあれ今回でこの話は終了です。次回はまた新たな舞台です。
暗闇の中、どこかはわからない。確か大玉に飲みこまれて……
この場をわずかに照らす小さな小窓から外を見る。脱出はできるほどの大きさではない。
「ここは倉庫か。裏庭にある倉庫だ!」
そこからは遠くに校庭の様子が見える。この倉庫は木々に囲まれ、外の人々は今、この学校の生徒が倉庫に閉じ込められていることに気づかない。聞こえてくる放送から察するに、既にリレーは始まってしまっている。
「まずいまずいまずい! このままじゃ華は……ソータに体を奪われてしまう!」
必死にドライバーを扉に当てるが、開錠する音も聞こえなければ、思いきり開こうと力を込めても一切扉が動く気配が見られない。鍵が締まっているのではなく外側から強く押し付けられているのだ。
「絶望を見せてやると言っただろうドクター?」
外から声が聞こえてきた。あの声は……大知性体だ。
「ここに閉じ込めて華が死ぬ瞬間を見せるつもりか? 随分と悪趣味だな」
「悪いが貴様はそこから出られない。彼女が死ぬまではな」
「いいや死なせはしない!」
「だがもう手遅れだ。ソータは彼女の肉体を奪う。その次はそうだな、あの雲を利用してみようか」
そう言うと大知性体はどこかへと消えて行ってしまう。既に計画は最終段階。あとはソータが華の肉体を奪うだけ。
まずはこの状況をなんとかしなくては。すぐに扉を開くのではなく、別のやり方で打開する。まずは耳につけていた無線に話しかける。
「光輝! 光輝聞こえるか!?」
「ドクター!?」
「良かった! ちゃんと無線はつけてたみたいだな! 実は今倉庫に閉じ込められて動けない状況なんだ!」
「何だって!? 俺の方は今家庭科準備室に装置を戻したところ!」
「よくやった! 今この状況で問題なのはターディスに行くことができなくて裂け目を開くことができないことと、大知性体をそこまで誘導できないことと、ソータが華の命を今奪おうとしてるってことだ!」
「なら計画はどうなるんだ!? 失敗か!?」
「扉は抑えつけられてる! 少し時間はかかるが開けないことはない! 君は華のもとへ迎え! ソータの攻撃を阻止するんだ!」
「分かった!」
そう言うと二人は無線を切った。
大知性体は屋上へと上がっていた。黒雲が覆う空の下、トラックの中バトンを受け取る準備をしている華のことを見つめる。
「さぁソータ。私たちの計画はもう間もなく遂行される」
そう言うと、その大玉の肉体を分解させ、大きく空へと舞い上がらせた。
既にリレーは2週目。華は後ろのメンバーからバトンを難なく受け取る。
ソータくんが教えてくれたように、走れるときは全速力で走る。そして相手に渡す時は少しスピードを落とす……
《こちら実況席です! 2年B組の三崎華さん、早い早い! しかしC組に少し追い抜かれてしまいました!》
まだ勝負は終わったわけじゃない。次の走者が近づいてきたことに気づき、教えてくれたやり方で無事バトンを渡すことに成功した。あとはアンカーとして走り抜けるだけ。
「あなたが良い人か悪い人かなんて分からないけど……見ててよね、私の走りっぷり!」
さらに3週目。A組とB組が同じぐらいで戦闘のC組からはかなり離されている状況だ。
「華、2回も走るなんて大丈夫か?」
「たぶん大丈夫よ、ああ見えて華は体力無い事は無いし」
クラスの席でアキは隣の生徒と華のことを心配していた。
ここが終わればすぐにアンカー。華は受け取る場所でスタンバイしている。
「もうすぐだよ華。君は僕のものになるんだ」
ソータはその肉体を透明にさせ気づかれないように、ゆっくり、ゆっくりと華に近づいていく。
「華、パス! あとは頼んだ!」
「任せて!」
後ろのメンバーから受け取り、最後のリレーが始まる。
焦らずながらも慎重に早く。相手との距離は詰められないほどではない。自信のあるこの足でゆっくりとその差を詰めていく。まだゴールテープを切られる距離ではない。
《おっとここでB組の三崎華さんがC組山田さんに追い付いた! 果たしてどちらが勝利のテープを切るのでしょうか!?》
「マズい、マズいぞ華!華ァーッ!」
ゴールテープが切られる瞬間、ソータにとって彼女の肉体がリレーで一位を取ることができる至上のモノとなる瞬間。そこが彼女の命のタイムリミットである。
華がアンカーとなる少し前、光輝が校舎の中から放送席にやって来ていた。
「今すぐこのリレーを中止させてくれ!」
「はい? いきなり何言ってるんですか」
実況席の女子生徒は、いきなりの言葉に困惑している。
「華が危険なんだ!」
「確かに2回リレーで走るなんて大変ですけど、別にそこまでのことではないと思いますよ……おっとC組山崎さん、どんどん追い上げる!」
彼女は光輝の言うことを信じることなく、引き続き実況に戻る。
「さて! ついにアンカーです! B組は三崎華さん、C組は山田雄二さん、A組は伊藤健一さんです!」
ついに華がアンカーとして走り出してしまう。もう時間はない。
「ああっクソ……ッ!」
光輝は実況席を説得することを諦め、アンカーとして走り出した華の元へと向かう。
《ついにゴールが近づきました! さぁどちらが先にテープを切るのか!?》
段々とゴールテープが近づいていく。B組とC組、どちらが一位となるのか? しかしそれよりも重要なことはソータが華の体を奪うということ。
そしてついにその決着が今、つこうとしていた。
《切ったのは……B組! 三崎華さんだぁぁぁーっ!》
冷たいソータの手は、走り終わった華に体へとだんだん近づいていく……
「……華」
ソータは小声で彼女を名を呟く。しかしその声は誰にも聞こえない。学校中に響き渡る歓声。
「華ーッ!」
光輝はゴールテープを切り、ゼェゼェと息を切らした彼女の元へ駆け寄り、守るように抱きしめた。
「華、なぁおい華大丈夫か!?」
「ちょ、いきなりどうしたの?」
光輝は周りにソータが居ないか見渡す。特に何も異常は見受けられない。
「だから、ソータに体を奪われていないかってことだよ」
「……何も問題ないよ」
「そうか……そうか良かった……!」
光輝は泣きながら彼女を強く抱きしめた。
「ええーっ、ちょこんなところでいきなりハグしないでよ! う、運動会中だよ!?」
「嬉しくて……! でもちょっと待て、どうして華の肉体が奪われてないんだ?」
リレーが終わった直後の女の子を抱きかかえている男子。周りから好奇の眼差しに晒されていること以上に、華の肉体がソータに奪われていないことに疑問を抱いていた。既にリレーは終わったはず。だというのに何も起きていない。
ただ、空の黒雲が先ほどよりも大きくなっていることだけがこの場の異常であった。
倉庫の中、華の肉体が奪われてしまっていると思っているドクターは悲嘆に暮れていた。
既にリレーは終了。光輝からの返事は無い。そこから感じ取ったのは“失敗”の二文字だ。
「僕は……僕はまた……」
開かない倉庫の中、ドクターはその場に座り込み頭を抱えた。彼女を守ることができなかった。自分がもっと用心していれば……
そう思っていると突然、倉庫の扉が開かれ強い光が差し込んできた。その先に居たのは青白い顔の少年……
「なぜ君がこんなところに?」
その扉を開いたのは間違いなくソータだった。彼はその目に涙を浮かべながらドクターに目を向ける。
「既にリレーは終わった。だがここに居るということは彼女の体を奪ってないことだ。そうだろ?」
「ああ、僕は彼女の体を奪おうとした! それなのに彼女は僕のことを愛してくれてた。何度もお前が彼女に忠告したからそのことを知ってたはずなのに。そのはずなのに……彼女が選んだのはお前だ。それって一体……どういうことなんだ」
ソータはドクターの肩を掴み、彼に答えを求める。
「ほぉー……そうか……、お前は“奪えなかった”のではなく“奪わなかった”のか。紛れもない、君自身が彼女に対し本物の特別な感情を抱いたからだ」
青白い顔の少年はその目に涙を浮かべながらドクターに手を差し伸べる。
「ずっと、走ることが夢だった。その夢が目前まで来たのに俺は……。彼女がゴールテープを切った瞬間、手が動かなくなったんだ。そして訳がわからなくなってここに来た。その夢を自分で
ドクターは彼の涙を拭き取り、ゆっくりと言葉を続ける。
「ソータ、よく聞くんだ。君は彼女に惚れていたのさ。利用するはずの彼女のことを。彼女の肉体を奪おうと思っていたかもしれないが、その感情が君の心に迷いを生んだ」
「俺が彼女に惚れている……?」
「あぁそうさ! だからこそ君は彼女の体を奪わなかった! 彼女に肉体を奪うという一択しかなかった君の中に新たな選択肢が現れたのさ! そして君は選んだんだ。彼女の体を奪わず、彼女を愛することを」
その青白い顔に赤みが取り戻された。ソータは華のことを肉体としてではなく、心で好きになってしまったのだ。
「俺は……彼女に死んでほしくない。それが今の正直な気持ちなんだと思う」
「君が奪わなければ彼女は死ぬことは無い。心配するな」
そう言って彼の肩を叩こうとした瞬間、轟音のような雷鳴が響いた。
「早くターディスに行って裂け目を開かないと! エネルギーの奔流がこの学校どころか町を焼き尽くすぞ!」
「華はどうなる?」
「町ごと吹き飛んだら死ぬよ。もちろんここに居る僕たちもね」
「なら……止める」
「君が招いたことだ。もちろん君にも責任がある。さぁ行くぞ!」
ドクターは倉庫から走り出し、ターディスへと走って急いでいく。
雲の様子が変わったことに光輝と華も既に気付いていた。観衆は雨が降ることを予想して傘を用意し始めるが、今から降るものは雨ではなく町を壊す雷だ。
「あれってさっきドクターが言ってたエネルギーの奔流、って奴だよね?」
「様子がおかしい。まさか本当に危ないんじゃ……」
その瞬間、校庭のど真ん中に巨大な雷が落ちた。幸いその場に誰も居なかったことで被害は無かった。
「ドクターは倉庫に閉じ込められてるって言ってた! 早く助けに行かないと……」
光輝が走り出そうとした瞬間、耳の無線に連絡が入る。
「光輝! さっきから呼びかけてたのになんで返事しなかった!?」
「華のことが心配で…… そうだドクター! 華は無事だ! でもソータが見当たらなくて……」
「彼なら今一緒に事態を止めようとしてる! 君も来るんだ! ターディスで待ってる!」
それだけを伝え、ドクターは無線を切る。
「華、俺は今からドクターの元へ向かう。お前は……」
「私も行くよ。リレーの次は出番無いし」
「でも疲れてるんじゃ……」
「言っておくけど、私の方がドクターのこと知ってるんだから!」
そう言うと、華は一気に走り出して光輝のことを置いて行ってしまった。光輝は彼女を追いかけていく。
「さてと、ターディスで裂け目を開いて……いや待て、大事なことを忘れてた! 大知性体! ヤツは僕を倉庫に閉じ込めた後に消えた、どこに向かったか知ってるか?」
ターディスの目前でドクターは今回の元凶の事を思い出す。裂け目の中へヤツを追放しなければ。ソータにそのことを聞く。
「俺とヤツはリンクしてるから分かる。えーっと……上にいる」
「上だって? 屋上か?」
「いや、もっと上だ」
「もっと上か……待て、まさかあの雲と同化したのか!?」
ドクターはソニックドライバーを空に向ける。
「どうやらそのようだ。君が華の肉体を奪って計画が遂行された後、あのエネルギーと同化して兵器として利用しようと考えたのか。このままじゃヤツを倒せない!」
「どうして?」
「答えは単純だ、あの雲はエネルギーそのもので、大知性体はそれと一体化してる。そのせいであのエネルギーを裂け目を開くために使えない!」
ドクターは壁を叩く。このままでは作戦が遂行されるどころか、町が吹き飛んでしまう。
「……俺を媒介することは?」
「何だって?」
ソータはゆっくりと言葉を続ける。
「俺は大知性体とリンクしてるんだ。だからヤツをあの雲から引きはがすことができる。そうすればエネルギーを裂け目に使うことができるはずだ」
「君の言う通り、そうすれば裂け目を開くことができる。だけどその作戦を実行したら君は……」
「ああ、大知性体と完全に融合してしまう」
「そうなれば君も一緒に裂け目の向こう側だ。僕は君のことを助けることができる。大知性体無しでも存続できるように」
ドクターは彼を諭そうとするが、ソータは首を横に振る。
「いいんだ。他に作戦も無いだろ?」
「だけど……」
「華には死んでほしくない」
ソータの目は真剣だ。既に自分を犠牲にしたいと思えるほど彼女のことを……
「……分かった。大知性体のことは君に任せる」
「必ず成功させてくれ」
そう言うと、ソータは浮かび上がり天井へと消えていく。大知性体のいる空の上へと向かったのだ。
ドクターはターディスの中からいくつかの機械を取り出す。倉庫で裂け目を開くためのものだ。それを持ってターディスを降りた直後、華と光輝が現れる。
「ドクター! 裂け目は開けるのか!?」
「ああもちろん! どうして華まで来たんだ?」
「あの雲から雷がたくさん落ちてる。相棒の助けが必要でしょ?」
そう言って華は笑顔をドクターに向ける。
「さっきまで僕のことを怪しんでいたくせに。まぁいい! 君はターディスの中に入ってくれ! 本来の作戦とはちょっと違って、あの雲……つまり町を吹き飛ばすほどのエネルギーを裂け目に送らないといけない。結構反動があるから中にあるレバーを引いておいてくれ! 赤いレバーだぞ!」
「了解!」
そう言うと華はターディスの中へと走っていく。
「なぁドクター、ソータと一緒に事態を止めるってさっき言ってたけど……」
光輝は小さな声でドクターに語り掛ける。さっきまで敵だったソータが味方になるなんて信じられない。
「君と同じになったのさ。華のことを本気で好きになったらしい」
「マジかよ」
「だから心配するな、もう敵じゃない」
「敵じゃないならいいんだけどさ……」
「さぁ光輝! 君の仕事はターディスの中で華と一緒に裂け目を開く手伝いだ! 中にもう一つレバーがあるからそれを引いておいてくれ! 僕は裂け目の方へ向かってしっかり開くかどうかと大知性体を誘導する! 成功したら無線で知らせるよ」
そう言ってドクターは走って行こうとするが、光輝が呼び止める。
「ソータは今何をしてる? それだけ聞きたい」
ドクターはゆっくりと振り返る。
「大知性体と直接戦ってくれてる。きっと彼はもう僕たちの前に現れないさ」
「……アレと一緒に消えるってことか?」
「ああ」
「……分かった。華には伝えないでおく」
「そうしてくれ。さぁ! ターディスの中へ!」
ターディスの中へと入っていく光輝を見送り、ドクターは体育倉庫へと向かっていく。
屋上のさらに上。雷雲の中でソータは大知性体と対峙していた。
「何故貴様がここにいる? あの女はどうした?」
「もう……こんなことやめよう」
ソータは共に計画を進めてきた大知性体を説得しようとするが、彼は激昂し聞く耳を持たない。
「私との契約を忘れたか!? 良質な肉体を与えるチャンスの代わりに、私に肉体を与えると!」
「悪いけどもう僕は良質な体なんていらない! 僕は……華の幸せを望む」
「ふざけるな! 貴様は私の奴隷だ!」
「奴隷? 互いに利用しあってただけだろ!? いわば対等な関係だ、それを君は奴隷だと思ってたのか?」
「私がいるからこそ今のお前がいるのだ。私無ければ存在しない。そんなもの奴隷以外になんと呼ぶ?」
ソータは拳を握り、怒りの表情を雲の中の大知性体に向ける。
「確かに……その通りかもしれない。でも奴隷はいつだって反逆を企ててる」
握られた拳を開き、雲へと向ける。
「貴様に私が倒せるとでも?」
「僕は倒さない。倒すのはドクターさ!」
雷雲と同化した大知性体は、その開かれた手の中に白い光となって集まっていく。形なき知性だけの存在が、ソータの中へと吸い込まれていく。
「何をする! やめろ!」
「俺は大知性体そのものだ。お前を俺の中に!」
大知性体そのものとなったソータだからこそ互いに干渉できるようになっている。それを利用し、大知性体をその中へと一旦は封じ込める。しかしあくまで本体は中にいるエイリアン。すぐに自分を突き破って出てくるだろう。
「急が……ないと」
体育倉庫の中。ドクターは装置を置いて準備を進める。
「さぁ装置全てに異常無し! 裂け目を開くための装置……そうだ名前を付けよう。カスケード・クリエイター、オン!」
その言葉と共に、空の上の雷雲は収縮していく。その雷雲だったものは体育倉庫の中へと飛んでいき、裂け目のある場所へとぶつかり、そこに大きな穴が開いた。中からは白い光が溢れ出る。
「さぁ裂け目に追いやる時間だ」
裂け目が開いた。あとは大知性体をこの中へと放り込むだけ。裂け目が開いたことに気づいたのか、ソータがそこに現れる。
「来たか。大知性体は?」
「僕の中にいる…… だけど少しの間だけだ。早く裂け目の中に入らないと!」
ソータは裂け目に向かって歩いていく。しかしその場に倒れ込む。体の中に封じ込めた大知性体が外へ出ようとしているのだ。大知性体の声が彼の体の中から響いてくる。
「なぜ私を裏切った!? 貴様の願いをかなえようとしたんだぞ!?」
「もう俺はそんな願いいらないんだ……っ! 走ることよりも、もっと大事なものを見つけたから……!」
「彼は今じゃ幽霊のような存在だ。だけど人間であることに変わりはない。人間というものは気持ちがすぐ移ろうものなんだ」
大知性体は怒鳴り続けるが、ソータはその体を起こし裂け目へと歩き続ける。
「許さんぞドクター! 次会った時こそ貴様の最期だ!」
「聞き飽きたよそのフレーズ」
裂け目から放たれる強風に煽られ、吹き飛ばされそうになるが、しっかり地面を踏みしめ立つ。
「ソータ! 君は大知性体と融合してる。裂け目の向こうへ行けば君のデータは完全に消える。本当に……それでいいのか?」
ドクターは最後にソータに語り掛けた。大知性体とソータは今や一心同体。大知性体がこの世界から消えれば同じくソータも消滅。それだけは避けられない事実なのだ。
「俺はいいんだ。これまで多くの人を犠牲にした。それに華にだって言い寄って、余計に傷つけてしまった。今考えるととても恥ずかしいよ」
「理解できただけ十分さ」
「ドクター、最後に華に一言だけ伝えてほしいことがある」
もう目の前には裂け目がある。ソータは最後にドクターの方を向く。
「それはなんだ?」
ソータはその頬に涙を流しながら、こう告げた。
「愛していると」
華は最後まで気づくことはなかった。ソータが本当に自分のことを愛してくれていることに。ただ今はあの雲を消すため、裂け目を開くことだけを考えてレバーを必死に握っている。思っていたよりもレバーが戻ろうとする力は強い。ただでさえリレーの後で体はかなり疲れている。
「このままじゃ……」
「大丈夫だ! 俺がいる!」
レバーを握る手の上に、光輝の左手が重なる。彼の力はとても強く、レバーが戻ることは無い。
「光輝……」
ソータは最後の言葉を告げた後、大知性体が抜け出す前に裂け目へと飛び込んだ。ドクターはそれを見守った後、装置のスイッチを押す。
また裂け目から何も訪れないように、誰かが裂け目に落ちないように。エネルギーの電波を逆転させ、裂け目はゆっくりと閉じていった。今この場所はただの体育倉庫だ。開いたものは現実世界の裂け目ではあるが、これを閉じれば鏡の中の裂け目も閉じられる。
体育倉庫の小窓から陽の光が差し込む。黒雲は消え、絶好の運動会日和が戻って来た。
《突然の雷によりプログラムを中断していましたが、単なる通り雲だったようなので再開いたします》
その放送が流れ、外からは再び運動会の喧騒が聞こえてくる。
ドクターは裂け目のあった壁に手を触れる。
「生者を愛した死者、か……」
あの後、ドクターは華と光輝に裂け目はしっかり閉じられ、もう安全だということを伝え運動会に戻していた。
《総合優勝は……3年C組です!》
結果発表をもって全てのプログラムが終了。運動会はついに終わりを告げた。
大知性体とソータの騒ぎは全て全校生徒と教職員と保護者方が知ることなく、ドクターと光輝の手によって終わりを迎えた。
しいて言うなら、用務員が運動会の間、何者かの手によって眠らされていたことが後に発覚し、ちょっとした騒ぎになった程度だ。
「ドクター! ドクター! ……ねぇ仁はどこ?」
結果発表の後、もう日も落ち始め夕暮れが訪れる中、華はドクターのことを探していた。クラスのみんなや他のクラスの人に聞いても彼の行方は知らないらしい。光輝と共に探したがどこにも居ない。
「集合写真これから撮るのに……」
「居ない人の分はしょうがないよ。ほらよくあるアレになるんじゃない?集合写真右上の、顔だけ写ってるやつ!」
「アハハ、きっとそうなるかもね」
「それじゃあ撮りますよー、はいチーズ!」
この学年で撮影した最初のクラス写真。そこに
結局、ソータが自分のリレーを見てくれていたかどうかは定かではない。最後に話した後、彼が目の前に現れることはなかった。本当にドクターの言う通り、彼は悪人だったのだろうか? しかし、最後に自分に見せてくれた顔は悪い顔などではなく、ただ悲しんだ顔。
ただ唯一分かることは二人とも私の事を好きだということ。まさか「私のために争わないで」が間近で起きるとは思いもしなかった。しかしなるべく運動会に干渉せずにしてくれたのはきっと、二人とも私の走るところを邪魔しちゃいけないと思ってくれたのだろう。今日はとりあえず疲れた。早く家に……
ブオーンブオーンブオーン……
独特なエンジン音……帰路につく中、ターディスが突然目の前に現れた。
「やぁ華! 運動会は楽しかった?」
「ドクター! あれからどこ行ってたの!?」
「タイムロードの鏡を手に入れたからそれをターディスにある部屋の奥の奥の…奥の方にしまってきたんだ。扱い方によっては危険だからね」
「集合写真撮ってたのに!」
「あんまり写真は撮られない主義なんだ。だから逃げた。ところで優勝は3年C組だったみたいだな。うちのクラスは僕といい華といいみんな活躍してたのに4位だ。やっぱり2年が3年に勝つと色々問題があるんだろうな」
ドクターはターディスの扉の前でいつものように早口でまくしたてている。
「あのさドクター……」
「まずは僕から謝るよ。申し訳なかった」
「ドクターはちゃんと私に忠告してくれてた。危険なのはソータのほうだったんだよね? それなのに私すぐ怒っちゃって……」
「僕の言い方も悪かったし色々説明しても余計に混乱させると思って何も言わなかった。こっちだって申し訳ない」
ドクターは頭を下げて謝る。華ももちろん頭を下げる。
「ううん。あの時ね、ソータとドクター、どっちの言う事を信じるか……ずっと迷ってたの。どっちも互いの事を悪者だって言うから」
「争いなんてそういうものだ。互いを悪だと決めつけてる。それで僕を選んだ決め手は?」
「あなたはたとえ好きな人のためでも、罪の無い人を犠牲にするような人じゃない。前にヤマタノオロチ号で話した時を覚えてる?」
「ああ。僕のこと無慈悲には見えないと言った」
「そう。あの時のあなたの目。それと人は……たとえ宇宙人だって完璧じゃない。それでもあなたは良い人であろうとしてた。それを思い出しただけだよ」
「善人であろうとすることは大事なんだな」
「そんなところ。ところで、光輝ってターディスの事とか……知ったんだよね? 事実私と一緒にターディスに入ったし」
そういえばドクターとターディスの秘密を光輝も知ってしまったのだった。良いのだろうか。
「ああ。君のもとへ来る前に彼に一度会って来た。宇宙のこととか色々興味はあるけど、大変だし、サッカー部が忙しいからパスしとく、だとさ」
「光輝も一緒に来ればいいのに。みんなで旅すればもっと楽しい」
「そりゃあもちろん。だけど無理には乗せない。さて、華来てくれ!」
そう言うと、ドクターはターディスの中へと入っていく。華もそれを追うようにターディスの中へ入っていく。
「よし……さて! 学校に潜む問題を解決して、運動会も無事終わったことだし、またターディスでどこかに出かけないか? 今度はそうだな、邪馬台国に行ってみよう! 場所は不明とされているが実は現代でいう所の九州の福岡県にあるんだ。卑弥呼と会ってシャーマンの力を学んでみないか?」
ドクターは操作盤をいじりながら時代を設定する。
「お誘いはありがたいけど今度にする。今日は運動会終わった後で疲れちゃってるし……」
華は苦い顔でクラスの鉢巻を見せる。
「あー、確かにそうだな。それじゃあまた今度にしよう。明日は?」
「明日? 明日は既に先約が入ってるの。運動会の振り替え休日利用して、光輝とついにロストボックス買いに行くの」
一緒に裂け目を開いた後、華は光輝と話してその約束を取り付けていた。華自身、約束を破ってしまったことが気がかりだったのもあり、自分からそれを誘ってみたのだ。
「おお! それはいいじゃないか。ロストボックスか。どんなゲーム?」
「ドクターはあんまりゲームやらないでしょ。とにかく! 旅をするのはもう少し待っててね」
「僕だってゲームぐらいするよ。まぁいいさ、僕は長命だから待つことには慣れてる」
「そんなに時間かからないよ。それじゃ、またね。ドクターもゆっくり休むこと」
「タイムロードは疲れにくいから心配するな。それじゃあ楽しんでおいで」
そして華はターディスから出て、ゆっくりとその扉を閉めた。
「さて、と……」
ターディスの操作盤をいじりながら、ドクターはあることを調べる。
「裂け目、信号……大知性体の物じゃないなら、一体誰が……」
学校の中から発されていた信号。それは鏡の世界に開かれた裂け目の向こう側から発されていたものだった。しかし大知性体を倒すために裂け目は閉じてしまった。これ以上信号の事を追うことはできない。
しかし、その信号の新たな情報は裂け目を閉じる前に手に入れることが出来た。あるリズムを信号として発していたのだ。それがどんな意図を持って送っているのかはまだ分からないが、ドクターにとってそのリズムは聞き覚えのあるものだった。
ダダダダン。ダダダダン。ダダダダン。ダダダダン。
4つのリズム。かつて幼い頃時空の穴を見たときに聞いた音。故郷で聞いたあの音。
「ドラムの音、か……」
「さぁ弥生時代だ! 日本という国の初期も初期! まだ石器を使ってはいるが様々な技術や文化も現れた! 歴史を学ぶ上でとても重要な時代だ!」
「卑弥呼に会えるの?」
「せっかく卑弥呼のいる時代に来たんだ。会えるなら会いたいだろ?」
「あの大きな穴を見ました? 卑弥呼様曰くあの穴の中には神様が住んでいるの」
「穴の神は今怒っています。早くその子をこの穴の中へ……」
「ねぇドクター、卑弥呼になんとか言って止めようよ。あんな小さな子供を生贄にするなんて間違ってる!」
「生贄はこの世界の文化なんだ。干渉しちゃいけない」
「これは……深いな。とても深い。ソニックドライバーが“底”が無いって示してる」
「俺はスサノオ。こう見えて英雄なんて呼ばれてる」
「彼女は卑弥呼様の命で生贄に選ばれました」
「ドクター! 私はここ! 助けて!」
「君たちが信じている物は偉大な神なんかじゃない!」
次回
FEAR OF HOLES 〈卑弥呼とスサノオ〉