「なんだか原始時代って感じがする。家の屋根とか土でできてるし」
「もっと昔に比べれば進んだほうさ。今は穴じゃなくて自分たちで住居を作ってるし、それに作物も育ててる」
二人は道中、建物や畑を眺めながら談笑している。弥生時代はいわゆる時代劇の時よりも古いが、あちこちに日本らしさが見られる。
「やっぱり教科書で見るより直接来た方が楽しいね。どうしてみんな歴史の勉強するのにその時代に行かないんだろ?」
「ターディスを持ってるのは僕らだけだからな。全くみんな不幸だよ」
「えへへ、そうだね……ってきゃっ!」
そのまま弥生時代の村を進む二人だったが、突然現れた体の大きい男にどつかれ、華が倒れてしまう。男はふらふらとした足つきでこちらを見てくる。
「おいおいお嬢ちゃん、ちゃんと目の前見ろよ」
男はその手に“
「君に言われたくないな。大丈夫か華?」
「ええ大丈夫。もう全く気を付けてよ……」
「ったくどいつもこいつも神様だのなんだの……、んなもん本当に居たら今頃俺は幸せだったっての! クソ野郎……」
男はそのままふらついた足つきで二人の元を去って行った。華は彼の事を少し睨んでいる。
「こんな昔にも酔っぱらいは居るもんなんだな。気を付けろよ華」
「なんなの……」
酔っぱらいの事は忘れて先に進もうとする二人。しかし今度は近くの家から泣く声が聞こえてきた。先ほどの酔っぱらいと何か関係があるのだろうか?
その家に目を向けると、そこから小さな女の子が走って来た。女の子は目の前を見ていなかったようでドクターにぶつかって倒れてしまう。
「大丈夫かい?」
「私は大丈夫だよ。ママが泣いてて嫌になっちゃったの」
「どうしてママが泣いてるんだ?」
「私が“生贄”に選ばれたからなんだって。穴の神様の」
二人はそのことを聞いて驚いた。あの穴は何かの祭事に使う物かと思っていたが……
「穴の神様、さっきの大穴のことか」
華が落ちかけた穴。あれがまさか生贄のための穴だったとは。
「生贄なんて……しかもこんな小さい子を」
「ああごめんなさい! その子が迷惑を……」
今度は家の中から目を腫らした女性が現れた。彼女は女の子を抱え上げそのまま家の中へと去って行こうとする。
「別に迷惑じゃない。生贄っていうのは?」
ドクターが去ろうとした女性を呼び止める。その子を抱きかかえながらこちらの方を向いた。
「あなたたちは……どうやら邪馬台国の人ではないらしいわね」
「ええ。魏? から来たの」
「あの大きな穴を見ました? 卑弥呼様曰くあの穴の中には神様が住んでいるの。神様はとても怖ろしい存在で、定期的に生贄を穴の中へ捧げなければこの国が滅びると言われていて」
「なるほど。その子が生贄に選ばれた理由は?」
「卑弥呼様は神様と話せる唯一の人。彼女が選んだんです」
「そんな、ひどい……。まだこんな小さな子供なのに」
「それがこの国の掟です。たとえ誰であっても生贄に選ばれたら捧げなければ……」
そう言うと女性は家の中へと去って行った。この時代は古い。まだ“生贄”などという非科学的なものが信じられていることに華は怒りを覚えていた。
「ねぇドクター、卑弥呼になんとか言って止めようよ。あんな小さな子供を生贄にするなんて間違ってる!」
「僕もそう思う。だけど生贄はこの世界の文化なんだ。干渉しちゃいけない」
まさかの返答に華は口を開いて驚く。ドクターがそんな非情な判断をするとは。
「そんな! いつだって止めてきたじゃない! こんな理不尽なことやめさせて……」
「あくまでそれはエイリアンとかその時代のモノじゃない存在が裏に居る時だけだ。基本的にその時代、その場所のことには干渉しない。こんな時代だ、生贄なんて珍しいことじゃないし、部外者である僕らがどうこうする問題じゃない」
「でも……!」
ドクターは苦い顔をするが、何かを思い出したかのように手を叩いた。
「いや、ひょっとすると何か裏にあるかも。卑弥呼の事だ」
「やっぱり? 卑弥呼がエイリアンだっていう可能性があるって事だよね!」
「それもそうだが彼女の霊能力だ。この時代には“アニミズム”がある。何にでも神が宿るという考えのことさ。そしてその力で人々に神の言葉を伝える。さっきの女性が言っていたことが正しければ彼女には本当にその力があるのかも。調べてみないと」
小さな女の子が生贄にされる。きっとそれには何かの存在があるに違いない。卑弥呼と会うために二人は再び宮殿へと足を運ぶ。
「中は広いな! ターディスほどじゃないが」
「さっきまでの家と比べて宮殿は随分と豪華ね……すごい」
「宮殿だからな。この時代の建物の中でも力を入れてる」
二人は宮殿の中へと入っていた。豪華で太い柱と高い天井、そして木製の壁は赤く塗られていて、兵士たちがそこらに点在している。
「ここは卑弥呼様の儀式を行う宮殿。勝手に入ってきては……」
荘厳な宮殿の中を見ている二人の前に兵士達とは異なる装いの男が現れた。
「僕たちは魏から来たんだ。卑弥呼様に少し用があってね」
ドクターは男にサイキックペーパーを見せる。男は顔色を変えて頭を下げて謝る。
「これは申し訳ございません! まさか魏からの使いの者とは……しかし私が会った魏の使者の方よりその……顔が随分違うようで?」
二人の顔は言ってしまえば“日本人顔”。魏は中国にある国。日本と中国ではかなり顔の作りが異なっている。そこに彼は疑問を抱いたようだ。
「人の顔なんて十人十色だろう? 別にそこまで気にすることじゃない。彼女と少しばかり交渉したい事があるんだ」
「構いませんが、たとえ魏からの使者であろうと彼女とは直接会うことはできません。私を介して貰わねば」
「それは理解してるよ。そうか、君が卑弥呼の弟かい?」
「ええそうです。
「良い名前だ。僕はドクター、そしてこっちは華だ」
二人の前に現れたのは卑弥呼の弟。彼を介さなければ卑弥呼とは交流できない。
「それで詳しい要件を聞かせていただいてもよろしいですか?」
ドクターは少し考えてから話す。
「魏の皇帝は彼女の鬼道にかなり興味を持っていてね。何でも人心を掌握できる力、神と話すことができる力だとか。それを学ぶためにちょっと見せてもらいたい」
「直接お見せすることはできません。しかしどのような事をするか……それについては簡単には教えることはできると思います」
「それで構わないよ」
「それでは卑弥呼様に聞いて来ます。少々お待ちを」
玉藻は二人に会釈をした後、奥の部屋へと消えていく。
「わざわざここまで来たのに卑弥呼に会えないなんて。でもこんな豪華な宮殿に入れてちょっと嬉しい」
「しかし気になるな。彼女の持つ力って言うのが」
玉藻は再び赤い扉を開き卑弥呼の前へとやって来た。
「姉上、魏からの使者とされる者達が……」
「言わずとも分かっています。彼らがこの宮殿にまでやって来たことは」
「さすが姉上。それで彼らは皇帝の使いらしく、姉上の鬼道を学びたいとか……」
「……なるほど。それでは彼らをこの部屋に通しなさい」
「えっ、この部屋に!?」
玉藻は驚いた。彼女は自分以外の人とは会うことは無かったはず……
「彼らはただの魏からの使いではありません。私が直接話します」
「わ、分かりました。彼らをこの部屋に通します。しかし念のため兵を連れますが」
「構いません」
玉藻は部屋を出て兵士を呼び、ドクターたちの前へ現れた。華は突然現れた兵士に身構えるが、ドクターが制止する。
「卑弥呼様からの許可は出ました。兵たちと共にあちらの部屋へ。どうやら卑弥呼様はあなたたちと直接話したいそうで……」
「これはすごいぞ華。もしかしたら卑弥呼に直接会えるかも」
二人は玉藻と兵士達と共に大きな赤い扉の先へと案内された。
部屋の中は他の宮殿の部屋と比べて特に豪華で、壁は一面赤く、天井は金で装飾されている。目の前の台座にはすだれがかかっており、その向こう側には人の影が見える。そこからはただならぬ雰囲気を感じる。
「卑弥呼様、魏からの使者をお連れしました」
「遠い地からわざわざこの邪馬台国の宮殿へようこそ。私は卑弥呼。魏から親魏倭王の名を貰い受けた者です」
「丁寧にどうも。僕はドクター、そしてこっちは華。奇妙な名前と服装だと思うかもしれないが最近の魏ではこういう名前が流行りでね」
「あなた方は魏から来た者と伝えられました。私の鬼道を学びたいだとか」
「その通り。でも僕たちは学ぶというよりあなたのその力の方に興味があってね」
すだれの向こう側の卑弥呼は大きく息を吸ってから言葉を続ける。
「この力は……そう簡単に教えられるようなものではありません。私のみが使える力なのです」
「どうしてあなただけが?」
「その理由は私自身も知りません。しかしこの力は特別なもの。私はこれを国を纏め、人々を救うために使っています」
「それは素晴らしいことだ。具体的にどんなことができるんだ? 鬼道というものはまだ噂程度しか知らなくて」
「神の言葉を聞くことができます。私は神から言葉を与えられ、その言葉をもってこの国を導いてきました」
「神の言葉か……」
「私の頭の中に入ってくるのです。どのように国を導くべきか、どのようなことが今必要なのか……」
「テレパシーだな。その神とはどんな存在なんだ?」
「遥かな昔からこの国を見守って来た存在です」
「なるほど……頭の中に直接か。ちょっとあなたの頭を調べさせてもらっても?」
ドクターはソニックドライバーを取り出し、すだれの向こう側に行こうとするが兵士に止められてしまう。
「いくら魏からの使いであろうと卑弥呼様に触れることは許していない」
「光を少し当てるだけさ。それだけ」
兵士たちの間をかいくぐり卑弥呼の元へ向かおうとするが、卑弥呼は「申し訳ありません」と言って立ち上がり、こちらへ頭を下げて話し始める。
「わざわざ遠いところからすみませんがドクター、私はとても忙しくこれ以上あなたの相手はできません。この力もあなた方へ学ばせることはできないのです」
その言葉を聞き、ドクターは少し考えを巡らせてからソニックドライバーをポケットにしまう。
「そうか……まぁあなたはとても忙しい。それも仕方ないな」
「しかしここまで来てくださったおもてなしはさせていただきます。どうでしょう、この村の作物で作った料理を提供させます」
「気持ちはありがたいが断らせていただくよ。僕たちもちょっとした用事を思い出したから、すぐに出ていくよ」
「えぇー、せっかく美味しい料理を出してくれるっていうのに」
弥生時代の料理はどんなものかと少し期待していた華にとってそれはがっかりする発言だった。こんな豪華な宮殿ならきっとおいしいに決まっている。
「現代の料理で肥えてる君の舌にはきっと合わないよ。それじゃあ僕たちはお暇させていただく。わざわざ時間を作ってくれて感謝するよ」
「こちらこそドクター。魏へ戻ったら皇帝へ今後もよろしく伝えておいてください」
「もちろんさ」
兵士に囲まれながら玉藻に案内され、二人は宮殿の外へと出ていく。最後にドクターは後ろを振り向き、すだれの向こう側で卑弥呼が何をしているか見ようとしたが、特段奇妙なことは見られなかった。
「しかし本当に卑弥呼って使えるのかな、霊能力」
「ソニックで分析はできなかったが、彼女の口調から嘘だとは思えなかったね」
結局宮殿でこれといった収穫はなかった。二人は近くの小川の近くに座って卑弥呼の謎について話している。
「じゃあ本当に卑弥呼は神様と会話できるの?」
「会話、というより神様の方から一方的に言葉が与えられるらしい。それを利用して彼女は国を治めてきた」
「けどその結果小さな子供が犠牲になるなんて、なんだか納得できない。そのことも詰めればよかったかな」
「神から生贄にしろと言われてるんだ。彼女にどうこうできる問題じゃなさそうだ。けど納得できないのは僕もそう思う。尊い命だ」
いくら時代とはいえ生贄として小さな子供を使うなんて認めることはできない。そんなことを考えながら華は小石を川に投げる。その時にふと川の向こう側を眺めると、そこには先ほど自分にぶつかってきた酔っぱらいの男が座っていた。
「あっ! さっきの酔っぱらい!」
「おう、なんだ俺にぶつかってきたお嬢ちゃんじゃねぇか」
「ぶつかってきたのはあなたの方でしょ!?」
「この際どうだっていいさ。兵士から聞いたぜ、アンタたち魏から来た遣いなんだってな」
男は酒を煽りながら川を渡ってこちら側へと向かってくる。華は怖がってドクターの後ろへと隠れる。
「ああそうさ。卑弥呼に会って、少しだけ話して終わった」
「アイツは昔から気難しいんだ、許してやってくれ」
「卑弥呼とは……知り合いなんですか?」
華はドクターに隠れながら聞く。
「ああ、俺の姉貴だからな」
その言葉にドクターはとても驚いた。卑弥呼の弟とはさっき会ったはずだ。
「君が? 玉藻という男が弟だと聞いてたんだけど」
「アイツは姉貴の弟なんかじゃねぇ。俺の代わりさ。役立たずの俺と違ってアイツの方が優秀だけどな」
卑弥呼の弟と語る男は愛も変わらず酒を煽っている。こんなに飲んで大丈夫なのだろうか。
「ドクター、こんな酔っぱらいの言う事信じるの?」
「信じるも信じないもお前らの勝手さ。けど俺の身の上話聞いちまったんなら一つ頼まれてはくれねぇか?」
そう言うと酒瓶を地面にドンと置き、あぐらをかいてこちらをまっすぐな目で見つめる。
「この邪馬台国は何かおかしい。俺と一緒にこの国を変えてくれ」
そこからは今の今まで酒を煽りまくっていた酔っぱらいではなく、しっかりとこの国を心配している男の姿があった。顔こそは赤いが、ふざけているようには全く見えない。
「この国はおかしい?」
「ああそうだ。生贄なんて間違ってる。しかも女か女のガキばかりだ。いつもいつも穴の中へ身を投げるアイツらがかわいそうで仕方ねぇ」
「なんだ、意外と優しいんだね」
華は酔っぱらいの男に感心した。
「俺は酒が好きなだけで悪者じゃねぇさ。ところであんたら名前は?」
「僕はドクター。でこっちは華」
「俺は
「スサノオ? もしかしてあの……スサノオノミコト?」
その言葉に華は驚いた。スサノオといえば日本神話に出てくる英雄であり神様の名前だ。
「なんだ、魏でも俺の評判が響いてんだな。そうさ、俺はヤマタノオロチを退治した英雄さ。この酒を飲まして勝った」
スサノオは酒瓶を回して“八塩折之酒”の文字を見せる。
「まさか神話の英雄に会えるとは! これはすごいことだぞ華。あの卑弥呼の弟がスサノオだ」
「でも、スサノオって神話の存在じゃないの? 実在するなんてありえない?」
「本当のことが後世では架空の存在と伝えられることはよくある。戦国時代で会った鬼だってそうだろ?」
「そういえば確かに」
華は納得した。そういえば鬼も架空の存在だと思っていたが実在し、日本に住んでいたことをドクターとの旅で知っていた。
「それで、この国がおかしいとどうして思った?」
「姉貴はあんな人間じゃなかった。俺みてぇなバカにもとても優しかった。だが神様の言葉が聞こえるようになってから生贄なんて言うようになっちまった。結果としてこの国は今平和だが、犠牲による平和なんて納得はいってねぇ」
「一体いつから神の言葉が聞こえるようになったんだ?」
「姉貴が……十になるかならないかの時期さ。穴を見つけたころだ」
「穴?」
「見なかったか? 生贄を捧げるでっけぇ穴さ」
「やっぱりあの穴には何か秘密が隠されてるんだな。調査する」
ドクター達はここに来る途中で見つけたあの大穴の元へと向かうことにした。
次回のチラ見せ
「生贄を求めている神の正体がこれを見て分かったよ」