ドクター達が去った後の宮殿は喧騒に包まれていた。それは卑弥呼があることを告げたからだった。
「どういうことだ? 突然生贄を変えるだなんて」
「分からないが、神からそう告げられたらしい。しかもいきなりその生贄が必要になるだなんて」
兵士たちが愚痴をこぼしながら作業を続ける。
「そこ、口を動かす暇があるなら手を動かせ!」
玉藻に怒鳴られ、兵士たちは黙りながら作業を行うこととなった。
「しかし、姉上も突然だ。まさか急に来るなんて……」
玉藻は赤い扉を開け卑弥呼の前へと現れる。
「姉上、既に兵士たちは準備が完了しました。いつでも出発できます」
「よろしいでしょう。突然のことですみませんね」
「仕方ありません。神の言葉はいつだって突然ですから。しかし彼らが魏から来た遣いではないというのは本当でしょうか?」
「神からの言葉に間違いはありません。彼らは時の箱に乗りこの国に現れたのです。そして今、神の穴のことを知ろうとしている」
「時の箱……とは?」
「それは知りません。しかし神はその時の箱に乗り現れた彼女を求めています。あのドクターと共に居た……華という女を」
「これは……深いな。とても深い。ソニックドライバーが“底”が無いって示してる」
「落っこちないでねドクター!」
大穴の所にやってきたドクターはソニックドライバーを穴に向け、その中を調べている。穴の周辺を回りながら調べているので、華は落ちないかどうか不安で仕方がない。
「底が無いってどういうことだ? どんな穴にも底はあるはずだろ?」
「そう。あるのが当たり前なのさ。でもこの穴にはそれが無い。まさかブラジルまで届いてるなんてことはないよな?」
「ぶらじる?」
「邪馬台国の裏側にある場所さ。この時代にはまだ無いけどね」
「じゃあこの穴は地球の裏側に繋がってるってことなの?」
「どうだろうな。最低でも10km以上はある。こんなことはあり得ない」
ドクターは再びソニックを穴に向ける。今度は懐から発煙筒を取り出した。
「それどこから出したの?」
「ポケットの中だよ。ターディスと同じで中が広いからなんでも入ってる」
「まるで四次元ポケットね」
「ああ、僕が元ネタなんだ」
ドクターは発煙筒に火をつけて穴の中へ放り込む。煙と共に光る発煙筒は、底に当たる音を響かせることなく暗闇の中へと消えていった。
「ここから考えられる可能性は二つ。これが地球の反対側まで繋がっていること、もしくは……別の場所に繋がっているか」
穴は変わらず静寂の暗闇を見せ続けている。
「別の場所って?」
「あくまでただの推測に過ぎない。10km以上と言ったがその先に何があるかは分からない。しかし卑弥呼の力とどんな関係が……」
ドクターは顎をさすりながら思考を巡らせている。華は落ちないように穴の中を眺める。
「中に実際に飛び込んでみる? そうしたら何か分かるかも」
「どこかに繋がっていたとしてもこの高さから落ちたら死ぬ。けど中に入って確かめるのは良い案だな」
「えっ、本当に飛び込むつもり?」
「まさか。ロープを取ってくる」
そう言うとドクターはターディスの元へと走って戻っていく。
「魏ってのは随分と進んでるんだな。あの火みたいに光る細い石器に火を出す棒」
「いつかこの国にもそれが来るかもね。今度持ってくる?」
華はスサノオにちょっとした冗談を言ってみた。そんなことをすれば歴史が変わりかねないのでしないが。
ドクターがロープを手に戻って来た。穴の中へ入って調査するのはもちろんドクターだ。彼は腰にロープをしっかりと巻き付け、反対側を近くの木に縛り付ける。
「僕が引き上げろって言ったら引き上げてくれ。言うまではロープを持って僕が落ちないように調整してくれ」
「本当に大丈夫?」
「このロープは頑丈だからちぎれない。切られでもしない限り平気さ」
そう言うとドクターは怖がることなく穴の中へと入っていく。しっかり落ちないように手でロープを支える。
「なぁ悪いが小便してもいいか? ずっと酒飲んでたせいで……」
「いいけど穴の中じゃなくて外の草むらでしてくれ。神が怒るかもしれないから」
「ああ。すぐ戻るよ」
スサノオは股間を手で押さえて草むらの方へと消えていく。酒をあんなに飲むから……と華は思った。
「ドクター、何か分かった?」
「いいやまだだ。このあたりはただの岩だ。もっと深くまで降りてみないと……」
「いいけど早くしてね。ずっとロープ持ってると手が痛くなるから……」
綱引きの時のロープよりはマシだがずっと持っていると手が擦り切れて痛くなる。握力もそこまで自信はないので早く終わってほしい。
そんなことを考えている華の後ろ、草むらの中で音を殺して何かが忍び寄る。
一人ではなく、何人もいる。華はロープに気を取られていてまだ気づいていない。
草むらからその顔を出す。鎧と槍を手にした……宮殿の兵士だ。
「あー、まったくスサノオも早く帰ってきて手伝ってくんないかな」
彼女に気付かれないようにゆっくりと近づいていく。そして一瞬。四人がかりで華の体を抑えた。
「ちょっ、何!?」
体を抑えられたため、ロープを離してしまう。
「ド、ドク……」
穴の中の彼へ助けを求めようとするが、口を布のようなもので覆われてしまい、声を出せなくなってしまった。
離されたロープが勢いよく伸び、ドクターは突然のことに咄嗟に対処し、壁に手をかけて落ちないようにする。彼女の声は一瞬聞こえた。
「華? 華、どうした?」
ドクターが異変を感じ取る。すぐにロープを手繰り寄せて上に戻ろうとするが、それに気づいた兵士が持っていた小剣でロープを切断した。
「うわっ、なんだ!?」
ドクターの体を支えていたロープは二つに別れ、そして重力に伴って落ちていくロープに巻き込まれてしまう。そのまま穴の中へと……落ちていく。
「やめっ……! ド、ドクタ……ドクター!!」
声を上げてドクターを呼ぶが、彼は上がってこない。兵士たちに腕と足を縛られ、そのまま連れ去られていってしまう。
「どうした、何があった!?」
小便から帰って来たスサノオが見たのは、切れたロープと兵士たちの装備品である小剣ただそれだけ。既に兵士たちは華を攫って行ってしまった。
「まさか卑弥呼のヤツ……クソッ!」
思い当たる節は彼女しかない。スサノオは遠くに見える兵士たちを追いかける。
「なんとか……ここまで……っ!」
穴の中へ落ちたはずのドクターはなんとか地上へ這いあがることが出来た。切れたロープが岩場のところで絡まり、なんとかあるかないか分からない“底”まで落ちることはなかった。そのまま壁を掴んで這い上がって来たのだ。今ここに残っているのは切断されたロープだけだった。
「何が起きたんだ……、まさか穴を調べようとしたから口封じに? だとすると華は宮殿に連れ去られたか!」
ドクターは宮殿へと急ぐ。もしかすると華が処刑されるかもしれない、すぐに止めなければ。
「華! 華ァーッ!」
華は既に宮殿へと連れ去れていた。そして今、さっきも訪れた卑弥呼の部屋まで連れてこられている。
「卑弥呼様、神の言葉通り彼女を連れてきました」
「ちょっと何するの! 離してってば!」
「卑弥呼様の御前であるぞ、口を慎め!」
「誘拐した人が言う言葉!? いいから離して!」
「手荒な真似を謝罪します。しかしあなた方も私たちに嘘をついたでしょう? 魏からの遣いと」
既に卑弥呼はその件について知っているようだ。一体どこでバレたのだろう。やはり服装とかだろうか……
「嘘をついたことは、謝ります。でもそれは卑弥呼様の力を調べるためで」
「私の力を調べてどうするのですか?」
「生贄なんて馬鹿げた事をやめさせる! あんなことと国が良くなることに何の関係があるの!?」
「部外者が! 卑弥呼様を侮辱するな! お前に生贄の重要さの何が分かる!?」
「生贄なんてまやかし! きっと穴の底に何かが居て、それが……」
「もう黙りなさい、未来の少女よ」
その言葉で、華は黙った。
「えっ、どうしてそのことを……」
単なる霊能力者なんかではない。華は身震いがした。
「神からの言葉です。あなた方は時を翔ける青い箱に乗り、この時代へと訪れた未来の旅人だと」
「未来の者!?」
その言葉に兵士たちも動揺しているようだ。
「卑弥呼の力は本物ね。そんなことも分かるだなんて。でもどうして私を攫ったりしたの? 殺すため?」
「当たらずとも遠からず……神は私にこう言葉を与えました。『未来の少女を生贄に』と」
「私が生贄に!?」
「既に準備は済ましてあります。向かいましょう」
そう言うと兵士たちは華に勾玉で作られたネックレスを首からかけさせ、豪華な箱へと押し込んだ。
「今すぐここから出して! 出してよ!」
中から箱を叩くがびくともしない。思っていたよりも頑丈なようだ。
「それでは卑弥呼様も共に」
「ええ。行きましょう」
玉藻が用意したさらに豪華な箱に誰も見られないよう卑弥呼が入る。
「おい!とっとと開けやがれ! 何考えてんだお前らァ!」
スサノオが宮殿の扉を思いきり蹴る。しかし扉はびくともしない。門番が彼を取り押さえる。
「待て待てやめろ! 彼は僕の友人だ!」
ドクターもスサノオに追い付いた。サイキックペーパーを門番たちに見せる。
「魏からの遣いの者ですか……随分と荒い友人ですね、しかもスサノオと友人とは」
「おードクター! お前生きてたか!」
「なんとかね。僕の友達がこの中にも居るはずだ。今すぐ扉を開けてくれ!」
ドクターは怒りながら門番を威圧する。しかし門番のペースは変わらない。
「申し訳ありませんがそれはできません。今は生贄の準備中、村人はおろか魏の者も立ち入ることを禁じています」
「頭が硬いな! こっちは魏の遣いだぞ? その気になれば皇帝に言ってお前たちを……」
「あなたが魏の遣いではないことは既に確認済みです」
「何だって?」
「神の言葉です。卑弥呼様がそうおっしゃっていられました」
ドクターは驚いた。卑弥呼の力はまやかしなどではない本当の力。魏から来てないということを彼女は能力で知ったのだろう。
「なっ、お前魏からの遣いじゃなかったのかよ!?」
「色々調査するために必要だったんだ。だから身分を偽ったんだけど……」
「彼女は卑弥呼様の命で生贄に選ばれました。残念ですが、神の言葉とあらば仕方ありません」
「華を生贄に!? 一体どういうことなんだ!?」
まさか華が生贄に選ばれたとは。そもそも自分たちは部外者のはず。いくらなんでも突然すぎる。
「理由など分かりません。私たちは神の言葉を信じてそれを行うだけです」
「彼女を生贄になんてさせやしない! いいからとっとと扉を開けるんだ! さもないと……」
「中へ入りたいというのなら案内はできますよ。牢屋ですけどね」
彼がそう言うと、奥から矛を持った兵士たちが現れ、二人は数十人の兵士に囲まれてしまう。
「これはおとなしく捕まったほうが身のためだぞドクター」
「ああ。牢屋に入ってからが本番か」
ドクターとスサノオは手を上げて降参の意思を示した。
二人は宮殿の地下にある木製の牢屋へと別々に閉じ込められてしまった。最近できたばかりなのに汚いということはなく、思っていたより快適な場所だった。物凄く狭いことを除けば。
スサノオは牢屋を破壊しようと殴るがそんなことでは破壊できない。ドクターもソニックドライバーをここに入れられる際に没収されてしまったので使えない。
「まったく、このままじゃ、あのお嬢ちゃんが殺されちまうぞ?」
「ただの処刑じゃない。生贄に華が選ばれたんだ」
「あの子が生贄に選ばれるなんておかしな話だ。生贄に選ばれるのは女か子供。けどそれは邪馬台国の者限定だ。外から来た女を生贄にしたことなんてない」
「華は特別なんだ。僕と一緒にターディスに乗って来た未来の人間。恐らく穴の中の神はそれを知った。だから彼女を狙ってる」
「つまり、あの子は特別だから神が求めてるってことか?」
「彼女はいつだって特別さ。しかしなぜ彼女を選んだんだ? 未来の存在なら僕でもいいはずだ。あの大穴の目的は何だ?」
「ひとまずここから抜け出すことが一番大事だろう? 何か策はあるか?」
「ソニックドライバーも奪われたし……あったとして木には効かないから意味は無いな。となると鍵を開ける以外に脱出法は無い。地面を掘るのも案だが時間がかかる」
ドクターは牢屋の周りを見渡す。鍵らしきもの、鍵らしきもの……もしくは鍵が入っているであろうもの……
「それだ! スサノオ取ってくれ!」
「取るって、これをか?」
それはスサノオの牢屋に転がっていた土偶だ。土偶にしては随分と不思議な形をしているが。
「ああそうだ! 壊してくれ! たぶんその中に入ってる」
「壊す!? いくら俺でも神の怒りは買いたくない!」
「なら僕に渡してくれ!」
スサノオはその土偶をドクターに渡す。土偶がなぜこんなところに……
「それは卑弥呼に言葉を与えている神の姿を模ったものさ。災害を除け、農作物の豊饒を願うために村の家には必ず一つはある。牢屋にいくつもあるのは常に神に見られてると思わせるため、らしい。みんな神の事を崇めてるし、その恐怖も知ってる。脱出しようなんて考えないのさ。今は緊急事態だから俺は逃げたいが」
「だからこそこれの中に鍵を……」
ドクターはその土偶の形を見て驚いた。胡椒瓶をひっくり返し、一つの飛び出た目に、すっぽんの腕と銃口。丸いパーツの連なる下半身。土偶というものは人間の姿を模っているものだが、これは明らかに人間をモチーフにした土偶ではない。
「なぜこれを作った?」
「卑弥呼からの命だよ。神への信仰心を高めるためだ。卑弥呼の頭の中に語り掛けてくる神の姿を作れと言われて、職人たちが作ったもの」
「なるほど、生贄を求めている神の正体がこれを見て分かったよ。君たちが信じている物は偉大な神なんかじゃない!」
「じゃあこれは何なんだ?」
ドクターは肩を震わせ、その顔に怒りを込めながら言い放った。
「ダーレク!」
ついに登場します。ドクターフーにおける代表的なエイリアン、ダーレクです。
一体今回のダーレクは何が目的なのか……
次回のチラ見せ
「お前たちは生贄と言って僕の大事な友達を殺した!」