華は家に帰って宿題をするわけがなかった。家に帰れば荷物を置いてさっさと着替えて早速ソファに座ってテレビのリモコンをいじりだした。
「ねぇちゃーん、勉強でわからないところがあるんだけどさー」ノートとえんぴつを持って、華の弟がやってきた。
「純一、悪いけど私忙しいの!あとでね」
「えー、ゲームするのって忙しいの?」
「当たり前でしょ、今週中にクリアしないといけないんだから!」華がゲーム機の電源を点けた。
「いいなー、僕もゲームやりたい」
「あんたはカノジョさんと遊んで来たら?宿題なんてすっぽかしてさ」
「ねえちゃんは宿題いつもすっぽかしてるから怒られてるんでしょ?僕は怒られたくないの!」
「うるさい。後で教えてあげるから待ってて」華はテレビ画面を見ながら言った。
「やれやれ、将来はニートかな…」純一がつぶやいた。
「なんだってぇ?」華には聞こえていた。
「何でもない」純一はそのまま階段を上って去っていった。
華はリモコンを持ち、ゲームを始めた。
「ああ、新しくしてから操作が難しくなった」丸い模様からオレンジ色の光がほのかに照らされる広い部屋の中の中心で、操作盤をぐりぐりといじりながら少年がぼやいている。
「ほらほら、信号の発信地を突き止めるんだ!」金槌で操作盤を叩く。すると可動式のディスプレイに何かが表示される。
「よし、ようやく出てきた。いい子だ」操作盤を撫でながらその画面を見つめる。
「やっぱりあの学校に何かあるな。お前らが何をしようとするか暴き出してやる」
少年は操作盤のレバーを引いた。すると部屋の中心にある青い円筒が不思議な音をたてて揺れ始めた。
「よぉし、第3章クリア!」華はテレビ画面を見ながら言った。その後、攻略本を読み始めた。
「えぇと、全部で12章だから…あと9章かぁ、長いなぁ」華がソファに横になる。週末まで6日あるとはいえ、今日は宿題もしなければ…
「そろそろやるか。」華は近くに置いてあった学生カバンをあさりだす。すぐに終わらせて今度は4章をクリアしよう。
しかしだんだんと顔は険しくなっていった。先生から渡された追加の宿題が…ない…
「ない、ない!宿題がない!」大声でつい叫んでしまった。階段の上から弟が下りてきた。
「もう7時だよ。学校行けない」純一が言った。
「でもでもでも!宿題やらないままだと明日1時間ぐらい怒られるって!これはシャレにならない!」華はあせって部屋中を駆け回った。
「よし、取ってこよう!」華は決断して、2階へと上がって私服へと着替え始めた。
「その行動力、もっと早く宿題することに回せればなぁ」
華は数秒で着替えて駆け下りてきた。
「いい純一?お母さんが帰ってきても、私は遊びに行ってるって言ってスルーさせてね!」華はそう言うと、急いで玄関から出て行った。
「いってらっしゃーい」純一はぶっきらぼうに言った。
「なんで私忘れるかなぁ…」そんなことをつぶやきながら夜道を駆けていく。
この日この瞬間から、彼女の平凡な人生は180度変わっていく。今までの人生が退屈と思えるほどに。
華は暗闇を駆けて行った。工事現場を遠回りし学校へ。朝と違う点はあの青いボックスが消えていたことだ。しかしそんなことを気にしている暇はない。
遅くなれば遅くなるほど、宿題を終えられる時間が短くなる。渡された宿題は英語の単語50をを10回書き。速筆の華はそれを終わらせられる時間は最低でも1時間と考えていた。
現在時刻は7時23分。学校に忍び込み、宿題を取ってダッシュで帰れば8時までには帰れる。そうなればいつもの宿題も合わせて9時半には終わらせられ、あとは存分にゲームができる…
しかし学校に行った瞬間、あることを思い出した。先生含め全員が帰宅してしまえば学校は厳重にロックされる。そんな当たり前のことを忘れていた。
「ああ…そういえば」華はがっくりと腰を降ろした。先生が帰っていくのを横目にさっき流していた。しかし希望はある。まだ事務員さんがいる可能性が…
しかしそれでもこんな遅くに入れば怒られるだろう、ゆっくり、ゆっくりと正門の柵を乗り越えていった。侵入成功。もしかしたら犯罪かもしれない…
と不安になっていたが、それよりも叱られるほうが恐ろしい。何しろ担任は学校一恐ろしい先生なのだから。
あとは学校の扉が開くかどうか。校庭のはじっこに沿って歩き、扉の所へ。ロックがかかっているかどうか…
ガチャリとすんなり開いた。よし、ゆっくりと忍び込もう…1階は3年の教室に教員室。教員室は真っ暗だが、事務員室に明かりがついている。
事務員室の前を抜け、階段にかかる。2年の教室は2階だ。そろりそろりと…
「こんなところで何してるんだ?」後ろから男の声が。事務員室から出てきたようだ。
「ああーっ!ごめんなさいごめんなさい!」華は土下座して後ろの男性に謝る。
「今日宿題忘れて…さっき気づいて…だから…ごめんなさい!」これ以上ないほどの緊張。そりゃそうだ、忍び込んだのだから。
「なんで謝ってる?ほら顔上げて」
そういわれ、華が顔を上げる。そこにいたのは事務員ではなく仁だった。
「わざわざ学校に忍び込むなんて悪い子だな」仁がぶっきらぼうに言った。
「な、なんであんたがここに居るのよ!?」華は驚いた。
「え?いや、寝ちゃってたら夜になってて…」
「んなわけないでしょ!嘘みえみえ。帰ってるところ見てたし!」
「なるほど、バレたか。僕も嘘が下手になってきたな」仁が頭を掻きながら言った。
「事務員室で何してたの?」華が聞いた。
「そんなことより宿題とって早く帰ったらどうだ?僕と無駄話してる時間なんてないだろ」
「それもそうか…」華はうなずいた。
「それと、帰ったら僕がここに居たことは誰にも言うなよ?僕も君が来たことは誰にも言わないから」
「分かった。約束ね」華はそう言って階段を上がっていった。仁は小さく手を振った。
その時、嫌な風がどこからか吹いてきた。それを感じ取ったのは仁だけ。
「まずいな、“やつら”が動き出したか…」
「よし、扉開いてた」華は自分の教室の扉を開けた。どうして閉まっていなかったのか少し不思議に思っていたが、そんなことは気にしないことに。
真っ先に自分の机に向かった。机の中には彼女の思っていた通り先生から昼休みに渡された宿題が入っていた。
「私は一応、ちゃんと宿題する主義だからさぁー。」空に向かって独り言をつぶやいた。自分のいい点のひとつであるかのように。
「さて、とっとと家に帰るか…」
机から目をそらすと、そこに点滅する“なにか”があった。機械かなにかは知らないが…そんなことを気にしている場合ではない。
華は教室の扉を開けて廊下に。階段を降りようとした途端、何やら違和感を感じた。
「廊下が…長い?」
階段から廊下を見た。長いと思ったが、気のせいだった。いつも通りだ。しかし違和感が消えない。何かがおかしい…
夜はお化けが出る。そんな子供しか信じないようなことにどこか怯えた。お化けなんて存在しない、お化けなんか嘘さ…
お化けがいなくとも夜は気味が悪い。さっさと帰ろう。階段を急いで駆け下りた。何かに追われているわけでもない。しかし違和感が体中に駆け巡る。
気持ちが悪い。廊下を走って下駄箱のところへ。そして扉を開けようとするが…
開かない。なぜか扉があかない。
「あれ?どうして…?」
何度も引いたり押したり、時には横にスライドしてみたり。しかしそれでも一切扉が動く気配がなかった。
まさか、鍵を掛けられた!?
「嘘でしょもう!」
絶望し床にへたり込む。その時、ある人物の顔が思い浮かんだ。
「アイツだ…」
扉をだんだんと叩く。
「ねぇ、いるんでしょ!?こんないたずら、シャレにならないから!」
仁がカギをかけたのだと思い浮かべた。この学校にはおそらく自分と彼しかいない。それに彼は転校生でつかめない人物だ。何をしでかすかわからない…
何度も彼の名前を呼び、扉を叩く。10分ほど繰り返すが、ことは一向に変わらず。
「アイツ…恨むからなぁ」華はそう言って再び床にへたりこんだ。
すると、廊下のほうにほのかな赤い光が見えるのに気付いた。下駄箱の先の廊下からだろうか。
廊下のほうに近づく。その赤い光の正体は何なのだろう。夜にそんなもの、恐ろしいことこの上ないが、この状況。他に誰かいるかもしれない…
幽霊ではない誰かが。そんな希望を胸に。
ついに廊下に出た。下駄箱側から見て右側にその赤い光を放っているものが見えた。影が見えるが、いまいちその正体はつかめない。ただ、長い髪であることはわかる。
「すみません、誰か居るんですか?」光を放つ女性に声をかけた。
すると、小さな返事が返ってきた。
「あ…がぁ…」
「…え?」華は聞き取れなかった。
「あた…ねぇがぁ…」
「あた…?」何やら様子がおかしい。
「頭は…いらねぇがぁ」
その言葉に聞き覚えがあった。今日の昼、アキからその言葉を聞いた。
そしてその女性はゆっくりを振り返る。
髪は白交じりで、歯はぼろぼろ。白目をむいたそのお婆さんとおぼしきものは、首から下がなかった。
「頭…ババア…!?」
「頭はいらねぇがぁ!!」
頭ババアは恐ろしい形相に変わり、華のほうへと向かってきた。
「キャアアアア!!!」
華は恐ろしさのあまり後ろに転がってしまった。すぐに立ち上がり、廊下を駆けて逃げ始めた。
頭ババアはだんだんと華に近づいてくる。どんなに早く走ってもあちらもだんだんと速度を上げる。
その恐ろしさは初めてのものだった。どんな先生から叱られることよりも、その恐怖は何段も上だった。
華は走りながら泣き始めた。頭ババアはその名の通り頭を取って殺すだろう。恐怖の末にそんな死に方をするだなんて…
別の出口へと向かった。そちらなら鍵がかかっていないかもしれない。
後ろを振り向くことはなかった。あの恐ろしい顔は見たくない。
涙が空に浮かぶほどのスピードで走った。そして出口に。開いていてくれ、頼む…
その思いむなしく、扉は開くことがなかった。まるで強く打ち付けられているように。
華の涙はより一層激しくなった。もう終わりだ。殺される…
扉に背中を向け、迫ってくる頭ババアを見る。その顔はだんだんと笑顔に歪んでいった。
「私、まだあのゲームクリアしてないのに…週末一緒に買いに行くのに…!」
恐怖で涙が上書きされていった。ひきつった泣き方はそのままに。
だんだんと近づいていく。だんだんと。楽しみにしていたことはもう来ない。悔いが残ったまま死ぬのはいやだ…
すると、突然後ろの扉が開き、腕が握られた。
「逃げるぞ!」
突然現れた怪談話の頭ババア、いったい何者なのでしょうか。
人間か、幽霊か、妖怪か、それとも…
続きはまた明日です。