一同は江ノ島のてっぺんに来ていた。そこにある太陽の光が眩しいテラスで、水平線の彼方を眺めている。
「綺麗な景色だねー、恋人と来たいかも~」
アキはそう言いながら、フェンスの上で顎を手に乗せている。
「ほら、俺とかいいんじゃない?」
「卓也はもういるでしょ。そういうんじゃなくて、もっとステキな彼氏でさ……」
自分を指さす卓也を軽くあしらう。彼もそうあしらわれるのを知っていたのか、トホホとつぶやく。
綺麗な景色に目を奪われる一同の中、ドクターだけは下を向いてうつむいている。
「さっきの地震、気になるの?」
「ああ、ちょっとスマホ貸してくれないか?」
そう言われ、華は簡単にロックを解除してからスマホを彼に貸す。
「まったく、前にスマホ壊したとき、LINEとかでみんなまた登録するの大変だったんだからね」
そうぼやく彼女に軽くすまないと呟き、彼はあるものを表示させる。
「津波警報もなければ地震警報もない。けどこのあたりの地震情報はちゃんと更新されてるな。江ノ島は震度5強」
「震度6じゃなかったね」
「けど一番気になるのはこの周辺の震度さ。江ノ島本島を除いて震度1」
「局所的ってこと?」
そこに映し出されている地震情報には、江ノ島では震度5強、しかしその周辺は震度1と書かれている。この地震による津波の心配もないという。
「みんなこの情報に疑問を抱いてない。ここだけが局所的に揺れるなんて変だ」
ドクターは水平線とは逆の人々の群れを眺める。誰もさきほどの地震に怯えている様子はない。
「よくあること、だからじゃない? ドクターは宇宙人だからあんま知らないかもだけど、日本ってこういう地震も多いの」
「確かにそういうケースは多い。けど江ノ島だけなんて……」
「疑いすぎ。せっかくの休みなんだし、肩の力抜いたら? ターディスだって何の異常も発見してないんでしょ?」
「ああ、ターディスはここで何の異常も感知してない」
そう言ってソニックドライバーを取り出す。もしターディスが何かを感じ取れば、すぐさまこのドライバーに通知が来るようになっているらしい。
「色々心配してくれるのはありがたいけど、たまにはそういうこと忘れようよ。ドクターだって疲れるでしょ?」
せっかくの休みで小旅行。彼女の言う通り、考え過ぎなのかもしれない。
「確かにその通りかもな。癖ですぐに考えすぎる」
そう言ってソニックドライバーをポケットにしまう。ドクターは何かを思いついたかのようにみんなにある提案をする。
「そうそう、江ノ島の名物といえば色々ある。たとえばタコせんべいとかだ。せっかくだし僕が奢るよ。どう?」
「えっ、仁が奢ってくれるの!?」
「たったの千円程度だけどね」
「悪いよ、奢ってくれるなんて」
美智は申し訳なさを感じて断ろうとするが、仁は首を横に振る。
「僕は帰国子女だぞ? 金ならある」
「確かに。それじゃたまには甘えちゃおっかな」
それに納得し、みなタコせんべいのお店へと足を運ぶ。
「そういえば、ドクターって金どうしてるんだ?」
気になって光輝が話しかける。彼はポケットからソニックドライバーを取り出して見せる。
「これさえあればATMからいくらでも引き出せるからね」
「それって犯罪じゃ……」
「ターディスで逃げればいい」
宇宙人の倫理観はやはり少し違うのだろうか。そんなことを考えながら彼の後ろをついていく。
「大丈夫か? やっぱり痛かったのか?」
江ノ島の裏にある古ぼけた小屋の中、老人が地面を触りながら“何か”に語り掛ける。
「すまない、私が気付いてやれなかった。でも大丈夫だ。みんなそんなに気にしてない」
小屋の中の地面の一部は、そのまま地面が露出している。そこをさすりながら、男は独り言をつぶやいている。
「けどお前の言う通りなら、今この島全体が危機に晒されている。そうなんだろう? ……やはりそうか。私がついていながらこんな事態になるなんて……なぁ、“アイツら”に弱点は無いのか?」
地面に対してそれを聞くが、どうやらその答えは彼にとって不満だったらしい。
「お前が連れて来たんだろう!? だというのに知らないのか…… ああすまない、少し気が動転して怒ってしまった。大丈夫だ、私がみんなのことを守る!」
老人は壁に立てかけてあった散弾型の猟銃を手に、小屋の外へと出ていく。
「タコせんべい食べたし、次はどこに行く?」
「シーキャンドルなんてどうだ? 江ノ島で一番の名所だ」
華の質問に、ドクターがたい焼きのカスタードに何故かフィッシュフライを漬けながら答える。
「あそこ500円もするし、どうせ行くなら夜の方が良くない? ちょっとしたイルミネーションもあるみたいだし」
美智の提案に皆賛成する。どうやら昼には行きたくないらしい。
「ところで仁、なんでそんな食い方してんの?」
「カスタードフィッシュだ。せっかく夏限定のメニューでたい焼きとフィッシュフライがあるなら、やらない手は無い」
「美味しいのそれ?」
華がタピオカミルクティーを飲みながら質問する。
「僕の大好物だ。カスタードの甘さとフライのわずかな塩味が素晴らしい」
そう言いながら、ドクターはたい焼きのカスタードを全てフィッシュフライに使ってしまった。もうたい焼きの餡は無い。
「やっぱ変」
「僕にとってはむしろカエルの卵を美味しそうに飲んでる君の方が変だ」
「人の食べ物のことそう言わないで。確かにカエルの卵っぽいけど」
「まぁカエルの卵も悪くない。地域によってはイクラの代わりに食べるところも」
「地域ってどこの?」
「ゴーガ銀河」
「はいはい」
ドクターとの問答を簡単にあしらいながら、華はタピオカを全て飲み干す。ふと周りと見渡すと、ある人物がいないことに気づいた。
「そういえばアキは?」
「トイレだって、近くのが埋まってたから遠く行くかもって」
「ふーん……」
氷だけになったミルクティーを飲みながら、ズズズズと空になった音を立たせる。ドクターはたい焼きの外側を食べ尽くし、美智と卓也と話している。そんな隙を見て光輝は華に話しかける。
「な、なぁ華……」
「どうしたの?」
「あのシーキャンドルさ、夜のイルミネーションが綺麗らしいんだ。だから後で行ったら二人でちょっと……見よう」
「なんで二人? みんなで見るでしょ?」
いきなり二人でイルミネーションを見るなんておかしい話だ。光輝自身もそう思うし、そのツッコミは正しい。しかし咄嗟にそれの返しを思いつく。
「ほ、ほら! 今ロストボックスとちょっとしたコラボしてるらしいんだ。他のみんなはやってないだろ? あんまり知らないのに突き合わせるのも悪いし……」
「え、マジで!? やってるの!? それなら全然見る!」
思い通り華がそれに食いついた。実際コラボがやっているというのは嘘なのでバレた時が怖いが、その言い訳は夜までに考えておこう。
それに夜に二人きり、せっかくのムードのある場面だし、内心華に想いを伝えようと少し考えていた。卓也にもうこれ以上バカにされるわけにもいかないし……。一応、華とは幼い頃からの友人だし、きっと……
「まったく、トイレ遠いっての……」
華たちのいる場所から少し遠い場所。古い町でようやく見つけたトイレから出たアキは手を拭きながら外に出た。
「でもまぁ、日曜だしトイレ混んでてもおかしくないか。次はもっと早めにいっとこ」
そんな独り言をつぶやきながら、来た道を戻っていく。
「……本当に日曜、だよね?」
少し歩いて、この周辺の異変に気付く。自分で今言った通り、休日なのだから人で溢れているはず。だというのに周りには一切人の姿が見当たらない。遠くの方に喧騒が聞こえるものの、この辺りから人の声は聞こえない。
「何なんだろう……」
はっきりと覚えている。トイレに入る前まではこの辺りには人がもっと居たはずだ。イベントか何かで人だかりが他の所に行ったのだろうか? にしては、店の中までも人が一切居ない。
「どうなってんの……」
ふと近くの店の中を覗いてみる。すると、まるで何かが“荒らした”かのように、机や椅子などが散らばっており、店の中の食器なども床に散乱していた。
「まさか強盗……?」
彼女の予想は外れていた。今まさに彼女の後ろ、店を荒らした犯人がいるからだ。
背後からの気配を感じ、ゆっくりと振り返る。そこに居たのは……大きな口を開いた怪物の姿だった。
「危ない!」
その大きな口が彼女に食らいつこうとしたその瞬間、どこからか銃声が響き、目の前の怪物を撃ち抜いた。
「アキ遅いね……もうすぐ30分になるよ」
華はスマホの時間を見ながら、アキがトイレから帰ってこないことに少し疑い始めていた。
「よほど溜まってたのかもな。それかすごいトイレが混んでるか。ほら、女性用トイレってやたら時間かかるだろ?」
「しょうがないよ、男と違って簡単じゃないし。にしてもさすがに遅いと思うけどな」
卓也の言葉を簡単にあしらいながらも、華はさすがの遅さにどこか心配を感じていた。
「江ノ島は意外と広い。もしかしたら道に迷ったのかも。探しに行こうか」
そう言ってドクターは席から立ちあがり、華のスマホをまた借りる。
「アキの居場所が分かるアプリ、入れてるか?」
「んなの入れてないよ、ストーカーじゃあるまいし」
「なら彼女のスマホのバージョンは?」
「確か……iPhoneXかな。最近買ったって言ってた」
「古くないなら簡単にGPSで追跡できる。彼女を探そう」
ソニックドライバーを当てて簡単にスマホで彼女の居場所が分かるようになったらしい。今いる場所の反対側を示している。
「ただ探すためだけなのにここまでする?」
「居場所が分かったほうが探しやすいだろ。行くぞ」
ドクターはスマホに映し出された場所を目指して歩きはじめる。
アキのいる場所は少し奥まった場所らしい。GPSを頼りに近づいていく。
奥というのもあるのか、人の数もだんだんと減って行っている。
「おかしいな、この近くに道は無い」
江ノ島の小さな町のあたりまでたどり着いた時、ドクターは異変に気付いた。既に道は行き止まりでこの先にはないのに、GPSが彼女はこの先だと示している。
「GPSって多少ズレるから」
「まさか、僕がソニックで一切のズレが起きないようにしたのに。まさか彼女は道じゃないところに入って行ったのか? それで迷う?」
スマホの画面を睨みつけながら、ソニックを当てて本当にズレていないかを確かめる。
「アキが間違えて獣道入ったんじゃねぇの?」
「これほどの人通りで間違えてそんなところに入るかよ……ん? 人通り?」
ふと五人は今来た道を見返す。人は誰もここを通っていない。
「まさか、こんな島で誰も居ないぐらいの僻地に来ちまったのか?」
「いいやそんなことはない。この先には岩屋がある。名物観光スポットだし、日曜だし、人がこんないないことなんて無いと思うけど」
そう言ってドクターはソニックドライバーを誰も居ない道に向ける。
「半径300m以内、生物反応、21……ここからは見当たらないだけじゃないか?」
「生物反応って、人間だけに絞ってるの?」
「いや、身長一メートル以上で絞った。子供は入ってないかもしれないけど……もう一度スキャン」
ソニックドライバーを調整し、再び道に向ける。
「生物反応、7……」
「それって……人間だけ?」
「ああそのはずだ。まさか熊の群れが15体も……いるわけじゃないよな?」
ドクターはソニックドライバーをあちらこちらに向ける。今この場に一メートル以上の人外が14体も……?
まったく、アキはどこに消えたのやら……と呆れながら美智は近くの壁にもたれかかり、スマホを覗く。
その壁の後ろ、何かが彼女の後ろへと這い寄る。音も立てずにゆっくりと。そしてそれは大きな口を開いて……
「美智危ない!」
壁の後ろに、細長い巨大な“何か”が現れたのを見て、咄嗟に華が美智を庇う。なんとか避けることができたが、その怪物はまだこちらを狙っている。
「華! 美智! 大丈夫か!?」
二人の元へ駆け寄る卓也と光輝。ドクターは突然現れた怪物の前に立ち、ソニックを向ける。
「これは……虫だな、かなり大きい虫だ。どうしてこんなところに?」
彼を前に、巨大な虫は口を大きく開ける。
「しかもかなり飢えてる」
「ドクター! 逃げよう!」
巨大な虫に見惚れるドクターは、立ち上がった華に手を掴まれ、そのままみんなと共に怪物から逃げる。
「おいおい、なんなんだあのデケェミミズ!」
「ミミズっていうより芋虫じゃなかった!? 茶色い芋虫!」
「別にどっちでもいい! それより逃げないと食われるだろ!」
階段を走ってあの虫から遠ざかろうとする。しかし虫はその細長い体を活かして階段も難なく上がっていく。
「建物だ! なんでもいいから建物に逃げ込め!」
ドクターは階段を上がった先にある建物へと入り、卓也と美智もそれに続いて入る。
しかし華は階段を上がる途中で足をくじき、最後の段に足をかける前に倒れてしまう。それをチャンスと見て虫は大きな口を開く。
「華! 捕まれ!」
光輝が差し伸べた手を取り、足を喰われる寸前のところでなんとか最後上がりきることが出来た。虫はそのまま岩を喰らってしまうが、吐き出すことは無く二人を追いかける。二人はそのままドクターの入って行った建物へと入っていく。二人が入ったのを確認すると、ソニックを扉に向けて光らせる。
「引き戸じゃすぐに破られる! なんでもいいからバリケードを!」
その言葉を聞き、みな近くに会った椅子や机などを運び扉の前に置く。開かぬようにしっかりと隙間も埋める。
扉にドンッ、ドンッとさっきの虫が叩く音が聞こえる。しかし数回聞こえた後、それは聞こえなくなった。入れないことを察したのか、去って行ったらしい。
「これでひとまずは……大丈夫か」
部屋の中にあるソファに座り、ドクターは大きくため息をつく。
「なぁドクター、あれは何なんだ? 少なくとも図鑑やテレビであんなデカい虫見たことない」
「となると、宇宙から来た虫だろうな」
ドクターはソニックを光らせながら、先ほどの虫を解析した情報を調べている。
「宇宙からって……じゃあ何? あれは地球を侵略しにきたエイリアンってこと?」
美智が彼に質問する。ドクターは席を立ちあがり、部屋の中を調べながらそれに答える。
「いいや、あれに侵略しようと考えるほどの知能は無い。単なる虫だからね」
ドクターは地面に落ちていた割れた瓶を手にした。
「なるほど、この周辺に人がいない理由が分かったぞ」
「まさか、さっきの虫に……全部喰われたとか?」
「その通り。ここは食堂、さっきあの虫がこの中に入って荒らして、全員食べ尽くした」
壁や床など、既にいろんな場所にモノが散乱していた。それだけでなく、ヌルヌルとした粘液のようなものも見られた。
「まさか、この中にいるなんて言わないよな?」
「いいや、ここには居ないさ。一階建てで、既にこの中心からこの階の全てが見渡せる。見当たらないなら居ない」
壁にべったりとついた粘液を指で取って舐める。
「何やってんだお前……」
「成分を分析してる。これは動きを潤滑にするための粘液だな。けどかなり古い」
苦いらしく、顔を歪ませながらその粘液の正体を探っている。
華は近くの椅子に座り、さきほどひねった足を抑えている。
「華、まさか捻挫したのか?」
「うん……、階段で。さっきはありがとう」
心配する光輝に華は感謝する。もし彼が気付いてくれなければそのまま食べられていたかもしれない。
「何かテープとか持ってくるよ。どこの家にも一つぐらいは救急キットがあるだろ」
そう言って光輝は家の中を探索しようとするが、ドクターに止められてしまう。
「あまりがさごそ探るのは危険だ。それにあまり離れないように」
「でも華が怪我してるだろ」
「僕が持ってるから心配いらないよ、ほらどうぞ」
そう言うとポケットからテープや氷などを取り出して光輝に手渡す。
「なんでこんなのポケットに入ってるんだよ」
「怪我した時用に」
それを持って華の方へ戻り、彼女の足を冷やしてテーピングをする。
「ごめん、ありがとう」
「いいんだって。でもこんな状況じゃキャンドルタワーは行けそうにないな……」
光輝は聞こえないほどの大きさで呟いた。
「何か言った?」
「いや、なんでもないよ……」
外には謎の巨大な虫。そしてそれの侵入を防ぐためのバリケード。今は完全にこの建物の中に閉じ込められている。
次回のチラ見せ
「そうだ、あの虫について思うこと、気付いた事、なんでもいいから言ってくれ、情報を!」