椅子に座りながら、バリケードの向こうの怪物を眺める華。こんなところに宇宙の虫がいるのはおかしいはずだ。さきほどドクターと話した中で、何も異常は無いと聞いていた。
「ねぇドクター、さっきターディスは異変とか何も感じてないって言ってたけど、どうして宇宙の虫がいるの?」
「もし宇宙船が来ていて、それがあの虫を放ったなら反応するはずだ。となると、あの虫はターディスが来る前から既にいたのかも」
顎をさすりながら、悩ましい顔と共に答える。
「あんなのが前から居たならニュースになるだろ? 江ノ島にだって来れない」
「だから不思議だと思ってる。あの虫は何者で、どこから来たのか……そうだ」
ドクターは机に両手をかけ、ここにいる全員の顔を見る。
「ヤツらはどこかで見たことがある。けどはっきりは思い出せない。そうなれば特徴から推察するしかない。あの虫について思ったこと、気付いた事、なんでもいいから言ってくれ、情報を!」
机に両手をかけながら、この場にいる全員にそれを伝える。華たちは必死にあの虫のことを思い出す。
「えーと……細長くて、デカいミミズみたいだった」
華が一言。
「けど口があった」
光輝も一言。
「ミミズっていうより芋虫じゃない?」
美智が言葉を足す。
「もし芋虫なら、あれが羽化したらでっかい蝶になんの?」
卓也が最後にそう言った。
「芋虫っぽくもあるが、あれは芋虫じゃないだろう。宇宙に存在するどんな幼虫でも足の部分はある。けどあれに足らしきものはなかった。となると、ミミズに近いな」
「そういえば、なんかネバネバしてるような見た目だった。現にここにある……粘液みたいの、あのデカい虫のでしょ?」
華が壁から垂れている奇妙な粘液に怯えながら言った。
「粘液を出せる。自己防衛のためだ。前進だ」
「そうだ、なんか臭かった。なんて言うんだろう、生臭いような……、肉の匂いみたいな……」
美智が思い出しながら言った。感じた異臭はアレによるものだろう。
「一つ前進だ。他には?」
「もしあれがたくさん人を喰ってたならもっと太っててもいいんじゃないか? このあたりの人間とかを喰ってたんだろ?」
この辺りにたくさん人が居たのなら、その分太っていてもおかしくない。さきほどの食いつくしたという言葉に光輝は少し疑問に抱いていた。
「消化が早い。前進だ」
「そう、ネバネバした体で、階段を上がってた! それに……私を食べようとしたときに間違って地面の岩を食べてたけど、特別苦しんだりとかはしてなかった」
「防衛だけじゃなく、どんな場所でもすぐに移動できるように粘液を出してるんだ。岩を食べたってことはかなりの雑食だな。ずいぶん前進した」
そう言うとドクターは机を離れ、窓の方へと近づいていく。
「細長いミミズのような見た目で、臭くて消化の速い悪食の虫……いや、あれはただの虫じゃないな、そうか!テラワームだ!」
その名をドクターは思い出し、思いきり手を叩いた。
「それ何?」
「宇宙の寄生虫だよ。宇宙レベルのサナダムシってところだ。宿主の肉体を食い荒らす。肉だけじゃなくて骨とかもね」
「寄生虫? あんなデカい寄生虫がいてたまるかよ。大体何に寄生すんだ?」
「巨大な生き物に寄生するに決まってるだろ。ともかく特定できたならなんとかなる」
そう言ってドクターは近くの物品を漁る。
「ねぇ、そういえばアキ大丈夫かな……ここまで来たの、アキを探すためだし」
「そういえばそうだよ! アキもあの虫に襲われてるんじゃないの!?」
ドクターはそれを聞いてこちらを向く。
「既に喰われた後かも」
「ちょっと! 変な事言わないでよ」
ドクターは首を横に振り、さきほど華から借りたスマホを見せる。
「ただの冗談さ、これを見て」
GPSで映し出されているアキは、止まることなく移動し続けている。
「ヤツらは消化が早い。スマホだってすぐに消化する。けどGPSはまだスマホが残ってると示してる。つまり彼女はまだ無事さ。それを祈らなくちゃ」
「……そうだよね。アキのことも探さないと」
「けどこっからどうやって出るんだ? 外に出たらまたあれに襲われる」
卓也がバリケードを指さす。確かに今はここに閉じ込められたまま、アキのことを探しには行けない。
しかしドクターは顔をしかめながらスマホをずっと眺めている。
「おい、仁聞いてるのか?」
卓也が彼の肩を叩くと、言われたことにようやく気付いたらしい。
「あ、ああ。簡単には出れないな。テラワームは基本一匹だけじゃなくて何十匹もいる。最悪の場合、数百匹」
「そんなにいるの!?」
「少なくともここの人々を短時間で全員喰らうのは一匹じゃ無理だからな」
「じゃあどうやってここから出るんだよ」
卓也が呆れてイスに座り込む。
「少なくとも僕たちはアキの心配はしなくてもよさそうだ。これを見て」
ドクターがスマホのGPSを見せる。アキの反応は仲見世通りなどのある島の入り口付近へ向かっている。
「あとは僕たちが彼女を追いかけるだけ。そのためにはまず……」
ドクターが抜け出す方法を語ろうとした瞬間、さきほど襲ってきたようなあの突き上げるような地震が再び起きた。
椅子に座っていた卓也と華はその衝撃で倒れてしまう。荒らされていたこの部屋はさらに荒れ、食器棚などから食器などが散乱する。
「何だよ! どうしてこんなタイミングでまた地震が起きるんだよ!」
「バリケードに近づいて固めろ! この勢いで入って来るかもしれない!」
そう言うとドクターはバリケードに向かっていき、扉に向かって押し付ける。全員ドクターと同じようにバリケードを固める。
揺れる中、建物が崩れないか少し心配するが崩れることは無く、揺れは収まる。
「日にこんな大きい地震が二回も。まったくどうなってるの……」
華はその場に座り込み、バリケードによりかかる。
「やっぱりこの地震はおかしい。今のはかなり大きかった。この短時間であれほどの大きさが二回なんて自然現象ではありえない」
ドクターは華のスマホをいじり、地震情報を調べる。
「今回の地震、江ノ島は震度6、そしてそれ以外は震度1」
「あの大きさでここだけ震度6? そんなのありえないだろ、まさか江ノ島でだけこんな地震が起きてるって?」
卓也のその言葉に、ドクターはゆっくりとうなずく。
「たとえ直下型の局地的な地震だったとしても、もっと周りに震度がばらけるはずだ。近くの町なんかで震度5、震度4でもないとおかしい」
「でも、地震ってプレートのズレで起きるんでしょ? それならもっと範囲が大きくていいはず……」
「答えは単純だ。地震はこの島でしか起きてない。島だけが揺れるなんてあり得ない。テラワームと何か関係が……」
その瞬間、今度はバリケードを強い衝撃が襲った。外から破ろうと攻撃してきている。
「まずい、テラワームが入ってこようとしてる!」
再びバリケードを固めるが、美智が反対側の窓の外を指さす。
「ね、ねぇあれ見て……」
そこには五体のテラワームが窓を割ろうと、思いきりその体を打ちつけている。窓ガラスに亀裂が入り、それがだんだんと大きくなっていく。
「ねぇ、これって囲まれてるってこと!?」
華が怯えた声で叫んだ。
「そんなところだ! こうなったら逃げる他ない!」
そう言ってドクターは先ほど漁っていた物品から棒のようなものを取り出す。
「アレに弱点とかあるのか?」
光輝がバリケードを背に聞く。
「ポピレンっていう成分が弱点だけど、この星に該当するものは……思い当たらない」
「じゃあどうやって逃げるんだよ!?」
「心配するな、どんな動物も虫も、火からは遠ざかろうとする」
ドクターは部屋の中から集めた燃えそうなものに粘液をつけ、それにソニックドライバーで火を点けた。
「たいまつ?」
「即席のね。君たちも作るんだ。ここから抜け出して、島の入り口まで逃げる!」
「君は先へ! 止まらず行きなさい!」
「でも……」
「人の多い場所までもうすぐだ! 行きなさい!」
突然、謎の怪物に襲われたアキは猟銃を持つ老人に助けられ、彼と共に島の裏を逃げていた。
後ろからは、あの怪物がその細長い体で、木を避けながら追ってきている。
「バケモノめ!」
猟銃に弾を装填し、引き金を引き、散弾を放つ。肉片が飛び散り、怪物が動かなくなる。
しかし、怪物は完全に死んだわけではないらしい。肉片に触れると、まるで生きているかのように体へと戻っていく。再生しているのだ。
「クソッ、弾がもう無い……」
「おじいさん! 早く!」
アキは彼の手を掴み、そのまま怪物から逃げていく。なんとかヤツらを撒き、生い茂る木々の間を抜けると、そこには喧騒の広がる大きな通り、仲見世通りがあった。人々は怪物の存在に気づいていない。
「君はこのまま友達と合流しなさい! 私は警察へ……」
「そんな銃持ってたら警察に逮捕されるんじゃ?」
「許可なら取ってあるから心配いらない! さぁ行きなさい!」
老人に背中を押され、アキは頭を下げて軽く礼を言ってから人ごみの中へと入っていく。
「華、美智……」
アキはスマートフォンを開いて華に電話を入れる。思っていたより早く出たようだ。
「華! ね、ねぇ今どこ?」
《アキ! 無事だったんだ! えーっと、よく分からないけど神社のあたり……ってうわぁっ!》
電話越しから何が崩れるような音が聞こえてきた。
「華!? 大丈夫!?」
《近くの灯篭が倒れただけ! 大丈夫! 足をくじいたから光輝に支えてもらってるんだけど……アキは今仲見世通り?》
「う、うん、そうだけど……そういえば華! 今、島に変なデカいミミズみたいのが居て、それに襲われて……」
《ちょうど私たちもそれに襲われてるとこ! あぁ! ちょっと待って!》
今度は忙しく走るような声と、仁と思われる声が叫んでいるのが聞こえてきた。
「アレに襲われてる!?」
《もうすぐ着くから! アキは逃げる準備してて!》
「う、うん……」
しかし電話を切った直後、すぐ後ろから華たちが階段を降りて現れた。
「アキ!」
「華!」
華は自分を支えていた光輝から離れ、二人は互いが無事だったことに安堵して抱き合った。
「あのね華、電話でも言ったけど変なミミズに襲われて……しかも何匹もいて……」
「アキ、てっきりアレに食べられたかと……」
「それで追われてたって言ってたけど大丈夫なの?」
「えーと……ねぇドクター、今は私たち、大丈夫?」
「そうだな、コレでなんとか避けながら進めたがヤツらはだんだん増えていってるらしい。ここにたどり着くのも時間の問題だ」
たいまつを手に、一同にそのことを告げる。
「なんでたいまつ持ってるの?」
「ただの虫よけだよ」
そう言うとドクターはたいまつをアキに手渡す。
「ヤツらの体に付着してる粘液は可燃性だ。だからたいまつの素材にちょうどいい」
「なんで火が苦手なのに可燃性なの?」
「だから火が苦手なのさ。だがヤツらは体がスポンジ状になってるから燃えても中まで火を通さない。から火だけじゃ倒せない。とはいえ熱いのは事実だから苦手なんだ」
「変なの……でもおかげで助かった」
「まずは観光客を全員避難させないと。そのためにまずは……」
「おいおい、今度は昼間っからたいまつを持った学生の集団かよ」
人ごみの向こう側から、近くの交番に努めていると思われる警官が、銃を持った老人を連れて現れた。
「だからわしの話は本当なんだ! 真面目に聞いてくれ!」
老人の言葉をよそに、警官がドクター達の元へと近づいてくる。
「あっ、さっきのお爺さん……」
アキはすぐ彼を見て気付いた。自分の命を助けてくれた彼が、警官に必死に訴えている。
「ちょっと君たち、それが移ったら火事になるだろ?」
「ちょうどよかった! 警官のあなたに頼みたいことがある」
「それより先に……」
「いいか、これは人の命がかかった重大なことだ。今この島には数十匹の人喰い虫がいる。すぐに警報を出して全員避難させてほしい」
「人喰い虫? まったく、この爺さんと同じような事言ってる。たったの数十匹だろ? そんなものスプレーでもかけて退治すればいいじゃないか」
警官はため息をついて、やれやれといった顔でこちらを見つめている。
「虫は虫でも、あなたが思っている以上のサイズだ」
「子供や老人の遊びに付き合っている暇はないんだ。それに警報でも出してみろ? 俺の立場が危うい」
警官は耳をほじりながら話を聞いている。
「その子の言う通りなんだ! 巨大な虫が……」
「はいはい、害虫駆除でも呼びますから」
警官は話をまともに聞かずに無線で巡回に行っているもう一人へと連絡を取る。
「あなたもあの虫を?」
ドクターは老人に話しかけた。
「ああ。君たちも襲われたんだろう? アイツらはこれで撃っても全く効かなかった。あれは恐ろしい怪物なんだ!」
老人は手に持っている猟銃を見せてきた。
「寄生虫は再生能力が高い。銃は気休めさ」
「ずいぶんと詳しいようだが、まさかあれを見たことが?」
「直接見たのは初めてだ。図鑑とか映像でしか見たことない。なんたってあの寄生虫はずいぶんと古いから」
「見たって……アレが載っている図鑑があるのか?」
「ああ、宇宙のね。ところであなたの名前は?」
「わしは
「僕はドクター。こっちのみんなの名前は今は省略しとくよ」
そう言って華たちの方を向いてウィンクをする。老人はその名前を聞いて驚くような目を向けた。
「ドクター……? ドクター、何だ?」
「ただのドクターだ。よく聞かれるよ」
「ただのドクター……! そうか、お前さんが……!」
彼はドクターを舐め回すように眺め、その顔を見て険しい顔を浮かべる。
「アンタがそうなら、見てほしいものが……」
「なんで僕の事を知ってる?」
ドクターは清の涙を浮かべそうな顔を見つめる。
「まったく、アイツどこで油売ってんだ? ちゃんと無線には出ろっての……」
警官は無線の先から応答が無いことに腹を立てながら、ドクターからたいまつを奪い取り、近くの池に突っ込んでそれを消した。
「いきなり何するんだ!?」
「さっき言っただろ? 火が燃え移ったら危ないと……」
そう言いながら火を消した池に目を向けると、なんとそこにあった水は全て消え去っていた。
「なんだこれ……」
池の中には大きな穴が開いていた。この中に水が吸い込まれたのだろうか。ふとその穴を覗こうとすると……
「ダメだ、危ない!」
ドクターが止めたのもむなしく、その穴から現れたテラワームに食らいつかれ、そのまま警官は叫び声を上げることも無く穴の中へと消えて行ってしまった。
その様子を見ていた一部の観光客は、悲鳴を上げながらそこから離れていった。
「もう来たってことか……!」
周りを見渡すと、既に建物の上や木々の間に何体ものテラワームが来ていた。手当たり次第に近くの客たちを次々と喰らっていく。突然現れた奇妙な怪物に襲われ、この仲見世通りはたったの10秒で阿鼻叫喚の渦となってしまった。
「みんな! 橋から島の外へ逃げろ!」
ドクターは人々の悲鳴の中、島の外へ逃げることを叫ぶ。
現れたテラワームのうちの二匹が、ゆらりゆらりと華たちの元へと近づいてくる。
「ね、ねぇ仁、私たちも逃げないといけないんじゃない?」
美智がたいまつを振り回しながらテラワームを牽制している。
「人が多くてあの橋からは直接逃げられない。島の裏へ逃げよう!」
そう言うとドクターは華からたいまつを受け取る。
「島の裏って……そこからどうやって島の外まで出るんだよ!?」
「僕の船があるんだ。それに乗ればいい!」
ドクターは華たちと清を連れ、通りの反対側、鳥居の方へと走っていく。
「はぁ、はぁ……すまない、わしはもうすぐ80になるもので……」
老人である清は上へと続く階段を登りながら息を切らしている。
「わしのことはいい! 早く先へ」
「おじいさんのこと見捨てられるわけないでしょ!」
アキは彼の肩に手を回し、そのまま階段を共に登る。しかしテラワームはしつこく追ってくる。
「どうしてこの爺さんも一緒に連れていくんだ!?」
「彼は僕の事をなぜか知ってる。そして誰よりも先にこの島の異常に気付いてた!」
ドクターは走りながら卓也にそう話す。
「この島には何か秘密がある。それを彼は知っているはずだ」
既に島は中腹。しかし階段を上って逃げているため体が疲れて仕方ない。
「もうダメ……、これ以上は上れない……!」
華は息を切らしながらその場に座り込む。テラワームはまだ遠くの方に一匹見えている。
「この際だ。エスカーを使って上まで行こう」
そう言うとドクターは近くの建物へと入っていく。有料のエスカレーター。江ノ島名物の一つだ。
「けど俺たちチケットも何も持ってない」
華をさすりながら光輝が言う。
「非常事態だぞ? 老人だっているし勝手に使っても文句言われないよ」
そう言いながら操作盤にソニックの光を当てると、エスカレーターがかなりのスピードで動き出す。
「これ早くない?」
「遅いと追い付かれるだろ、みんな乗れ!」
ドクターの合図で全員スピードの早いエスカレーターに乗り込む。だが既にテラワームは真下に来ている。
「ドクター! もうすぐそこまで来てる!」
テラワームもエスカレーターに乗り込み、その体を上下させながら追って来る。
老人は猟銃に弾を込めてテラワームを撃つ。なんとか後退はさせられたが、すぐに再生するため殺しには至っていない。
「みんな上に上り着いたらすぐにしゃがめ!」
ドクターがそう叫び、皆上についた瞬間にしゃがむ。ソニックドライバーをエスカレーター横の操作盤に向けると、降りたエスカレーターは先ほどの比にならないほどのスピードに上がった。
上がって来ていたテラワームはこのスピードに耐え切れず、そのままの勢いで飛んで壁に激突し動かなくなった。
「あそこまでスピード上げられるのかよ……」
「人間じゃミンチになるぐらいのスピードだ。一番上まで来れた、早く行くぞ!」
そのまま建物から出て外へと行く。横にはキャンドルタワーが見えるが、何体ものテラワームが既にこの場に来ていた。あちらこちらからこちらを食べようと様子をうかがっている。怪物を目にした人々は逃げようとあちらこちらへ散らばっていく。
「この数、こんなところにまで……!」
テラワームは段々と増えていっているようだ。奥から次へとやってくる。
「今はとにかく……逃げるぞ!」
次回のチラ見せ
「今日が人生最後の日かも」