小屋から少し歩いた場所。海岸と名所『江ノ島岩屋』の近くに、場違いな青い箱が立っていた。
「なぁ、あれ何だ?」
卓也が指をさす。
「あれが僕の船さ。特別に中を見せてあげるよ」
「船? どう見てもただの電話ボックスでしょ?」
「“ただの”? 中を見ればそうも言えなくなるよ」
そう話しながら青い箱の前へと向かっていく。懐から鍵を取り出し、青い電話ボックスの鍵穴に挿入して回す。
「よし開いた! さて鎮痛剤はどこに置いてあるかな……」
「ちょ……何だよこれ……」
小さな箱からは想像できないぐらい広い空間がその中には広がっていた。真ん中には妙な機械……というかそれ以外の場所にもあちこちに奇妙な機械があり、ピコピコと音を立てて光っている。
「なんで中のが広いの!? どうなってるの!? まさかワープしたとか!?」
「華、光輝、僕の代わりに説明しておいてくれ」
そう言って奥の扉を開いてその中へと彼は消えていった。
「はいはい。えーっと、アキに美智に卓也。それと清さん。ようこそターディスへ」
「ターディス……なんだか未来みたいな名前だ」
「そりゃあこれは未来から来たタイムマシンだから。ついでに宇宙船。外に比べて中が広いの」
「ああ。色んな事が出来るんだ。時空の裂け目を開いたり閉めたり、ワープしたり……だよな?」
光輝は華に質問する。華自身もまだ完全にはよく分かっていないのだが。
「なんで華と光輝は知ってるの?」
「え? まぁ色々あって……ね?」
「そう、色々あって……な?」
二人は顔を見合わせている。
「それで、これって一体……何万円で買えるの?」
「え?」
美智からの質問に二人は唖然とした。
「だって仁って帰国子女で金持ちなんでしょ? 一体何万円でこんなスゴいのを買ったのかなって思って」
「それは聞いたことないけど……」
「きっと一兆円ぐらいするぜ、これ……」
卓也は真ん中の操作盤に触れながら呟く。
「一兆円? そんな低価格で買えるほどターディスは安物じゃない」
ドクターが少し大きい救急箱を持って現れた。
「それの中に鎮痛剤が入ってるの?」
「ああ。巨大な生き物専用の鎮痛剤だ。その分強力って事だから人間に刺したら死ぬ。間違えても使わないように」
「注意しとく。ドクターこそ間違えないでおいて」
「僕の方がプロだぞ?」
そう言いながら救急箱から人差し指ほどの太い針のついた注射を取り出す。
「これを一番体の中心に近い場所に刺せば……」
注射針の先から薬剤が出るかどうかを確認していると、突然ターディスの中に警報が鳴り響く。
「ってなんだ!? どうした!?」
片手に注射を持ちながら、もう片方の手でモニターをスライドさせた。そこに映し出されている警報の情報を見ると、彼の顔は青ざめた。
「何が起きたの?」
「江ノ島から逃げ出すための橋が……崩落してる」
「崩落!?」
「さっきの地震の影響さ。まだ何人も島に残ってる。このままじゃ逃げられないし救助も来れない」
そこには江ノ島の入り口が映し出されていた。巨大な橋は崩れ、何人も橋の前で立ち往生している。
「テラワームは55体。今この島に居る人間は1500人。あの町の様子を見れば分かると思うが、このままだと数時間で全滅する!」
ドクターがモニターを見ながら手元のキーボードをひたすらタイプし続けている。
「しかも島は地震の度に段々沈んでいってる。しかも現在進行形で沈み始めてる!」
「何だと!?」
それを聞いて清は顔色を変えた。
「彼がもう痛みに耐えきれないってことさ。数時間どころか一時間で海の底に沈むな」
「一時間で!?」
「観光名所が一時間で消えたら大パニックになるよ!?」
アキが叫ぶ。
「んなこと知ってる。だから早く鎮痛剤を打たないと!」
「でもテラワームはどうするの!?」
「ああそうだった! どちらにせよテラワームは警察の手に負えない! 僕の手でなんとかするつもりだったしこうなったら……同時にやる!」
そう言うと、ドクターは操作盤の下からこれまた細長い機械を取り出した。
「薬剤を発射する装置だ。これにタピオカ粉を詰め込んで発射すればテラワームは全滅だ。昔これを使ってソンターランを倒したことが……」
「いいから! それで同時に対処ってどうするの!?」
「二つの班に別れる! テラワームを倒すチームと島に鎮痛剤を打ちに行くチームだ」
「分かった! それでドクターはどっちのチームに?」
「鎮痛剤チームに入る!」
救急箱を抱えながら忙しそうにターディス内を歩き回りながら答える。
「じゃあ私はテラワームを倒すチームで! これを外で発射すればいいんでしょ?」
「いいや、そんな単純じゃない。これは本来薬剤やガスを発射するためのものなんだ。粉を発射するのは想定されてない」
「ならどうすれば?」
「範囲が狭い。どこでもいいからテラワームを一か所に集めるんだ。そこで発射すれば周りのテラワームは全滅するはず!」
そう言いながら装置に向かってソニックを当てて最終調整を行う。それが終わり華に装置を手渡す。
「分かった! あとは任せて!」
そう言って華は装置を持ち上げようとするが、さすがに重いのか持ち上げきれない。
「俺も華と一緒に行く。この装置も重そうだし、テラワームが相手なんだろ? 心配だ」
光輝が装置を支えるように持ち上げる。
「なら俺もそっちに行く。光輝と華だけじゃ不安だし」
「子供たちだけで行くつもりか? わしも行く」
卓也と清はテラワームを退治するチームへと参加することとなった。鎮痛剤を打つのはドクターと美智とアキだ。
「無事に終わったらここにまた集合だ」
「ドクターも、死なないでね」
「ああ、君たちの方が危険だと思うが……君たちしかいない」
ターディスの外へと出て、ドクターは華の肩を叩いてアキと美智を連れ華たちから離れていく。
「それで、コイツをどこに設置する? どうやってテラワームを呼び寄せる?」
光輝と卓也が二人係で装置を運びながら華に聞いている。
「場所は一番上のあそこ、キャンドルタワーに集めよう」
華が指をさした先にあるのは、江ノ島の頂上に位置するこの島のシンボル、キャンドルタワーだ。
「あそこが一番高いし、集めるにしても高いところまで登れば安全じゃない?」
「言えてる」
「それで集める方法は……アイツらの好物ってなんだろ?」
そういえばドクターから重要なことを聞き忘れていた。テラワームをおびきよせるためのエサが無い。
「俺たちに決まってるだろ。アイツ、はなっから俺たちをエサにしておびきよせるつもりだったのかよ」
卓也が不貞腐れながら仁のことを思い浮かべる。
「俺と卓也でテラワームをおびき寄せる。その隙に華と清さんはタワーで準備しといて」
光輝はそう言って先へと歩いていく。
「おい待てよ、なんで俺たちなんだ?」
「女の子とお爺さんに怪物をおびき寄せろって言うつもりか?」
「……確かにそうだな。俺たちしかいないってことかよ」
「自分から志願しただろ?」
「そうだけど、もっと安全な方法があるかと」
「かっこつけようとこっち選んじゃって」
「お前も同じだろ? 華にいいところ見せたいからって」
「ああそうさ。だからお前もいいところ見せるために頑張れよ」
二人は装置を運びながらそんな問答を繰り返す。華と清もそれについていく。まず目指すはキャンドルタワーだ。
「さて、これを持って出たはいいけどどこに打とうか?」
ドクターは海岸沿いを歩き回りながら救急箱を開けたり閉めたりしている。出発したはいいものの、この島の中心がどこかが分からない。
「何も分からずに出発したってこと?」
「歩きながら考えるつもりだった。だけどこの島の中心に近い場所がどうしても思い浮かばない!」
「あるでしょ、すぐ後ろに」
美智に言われ、後ろを振り向く。そこには『江ノ島岩屋 この先→』の看板が。
「洞窟か! それなら内部に入れる!」
美智の肩を叩き、岩屋へと向かって彼は走り出した。
「本当に生き物の体の中なの? ただの洞窟にしか思えない」
貰った懐中電灯を手に、アキは洞窟を照らす。どうみても周りにあるのは岩だ。
「このあたりはまだ甲羅さ。もっと奥に行けば肉があるはず」
そう言いながらだんだんと洞窟の先へと進んでいく。
「この洞窟はただの洞窟じゃない。テラワームはここから体の中に入って行ったのさ」
「それで洞窟ができたと?」
「そうさ。冬眠中に波で削られ、広くはなってるけど」
よく見ればこの洞窟は単に掘られただけの穴には見えない。それこそ虫が食い荒らしたようにも見える。
数分歩き、狭いエリアも超えると立ち入り禁止の看板と、さらに先の道があるのを発見した。
「このあたりでいいんじゃない? 立ち入り禁止って事は危ないってことだろうし」
「この辺りはただの岩だ。もっと奥に行かないと」
そう言って柵を乗り越えてさらに先に進んでいく。美智とアキは心配しながらも彼についていき、先に進んでいく。
しかし奥にあったのは大きな池のある広い空間だけ。その先には何の道も無かった。
「ここで行き止まり? 肉があるって言ってたけど」
美智がドクターに聞く。彼はこの池とその周りを見渡している。
「まさか。テラワームは体の奥の方まで入っていったはずだ。ここで終わりのはずが……」
その瞬間、再び大きな揺れが再び襲った。突き上げるような衝撃と、さきほど以上に大きな横揺れ。洞窟の天井からは砂や岩が転がって来る。
「仁! 洞窟が崩落する!」
「あぁまずい! いままでのより大きいぞ!」
さらにひどくなっていく揺れに、洞窟の三人は飲みこまれて行ってしまう。
光輝と卓也はさきほどと同じように近くにあったものでたいまつを作り、それを持ってタワーの外へと出て行った。あとは華がしっかりやってくれることを祈っておびきよせるだけだ。
「なるべく一番上……ここでいいかな」
テラワームに襲われたのか逃げ出したのか、この建物からは既に誰も居なくなっていた。本来はチケットが無ければここには来れないのだが緊急事態だ。それに受付に誰も居ないので問題ない。しかしエレベーターは機能していなかったため、階段で最上階まで上がり、そこから頂上へと出て装置を設置した。
「えーと、ご丁寧にマニュアルまでついてある。薬剤をこのシリンダーに入れて……」
華は持ってきたタピオカ粉をシリンダーの中へ入れる。
「こんな状況で質問するのもなんだが、君は彼についてどのぐらい知っているんだい?」
装置を支えるため、ロープで近くの柱に固定している清が華に質問する。
「ドクターについてってこと?」
「ああその通りさ。わしは昔からこの島に聞かされてきたんだ。ドクターについてね」
「どうしてこの亀はドクターのことを知ってるの?」
「……さぁ。わしは深くは知らんよ。ただ彼に、伝えなければならないことがあると、そう言ってた」
清はロープをきつく締め、装置を完全に固定させる。
「ありがとう。清さんがいなかったら、私たちこの島の事を知れなかった」
「一番初めに知ったのが君たちで良かったよ。悪い人じゃない」
「ええ。私たちもそうだし、ドクターもそう。悪い人じゃない」
華は微笑みながらシリンダーを装置に装填させる。
「ドクターはね、時折何考えてるか分からないんだ。急に怒ったり、急に笑ったり。でもいつだって人の事を考えてくれてる。だから私は信用してる。亀さんもきっと、どこかでドクターと会って、優しさに触れたんじゃないかな。だからまた話したかったとか」
「……そうか。不思議な子なんだな」
装置のスイッチに押し、いつでも粉が放てるよう準備を完了させる。
その瞬間、またあの揺れが襲って来た。激しい横揺れも伴っている。
「また地震!?」
「大丈夫だ! 装置はしっかり固定してあるから外れることは……」
装置に異常は無い。だが視界に異常を感じている。遠くに見える水平線がだんだんと斜めに曲がってきている。
「これはまさか……」
「このタワーが折れてきてるってこと!?」
激しい地震に、タワーの基礎部分が耐え切れずに倒れ始めてきたのだ。しかしある程度耐震がしっかりしているのか、完全に倒れ切ることはない。しかしこの揺れが続けば……
次回のチラ見せ
「……箱だ。箱が失われた」