「まただ! あの化け物が襲ってくるぞ!」
江ノ島の入り口、仲見世通りには多く人がごった返していた。橋は崩れ、向こう側に行く手段はない。船も既に使い切られてしまっている。崩れた橋の向こう側では、警察の車両や消防車両が見られるが、あまりに遠すぎて直接の救助は難しい。それにあちらは今島が巨大な虫に襲われていることなど知る由もない。
「こちら藤沢署。交番の中川はいるか?」
向こう側で待機している警官が、江ノ島に駐在している警官に無線で呼びかける。
「おい中川、向こうはどんな状況だ?」
しかし、無線の応答は一切ない。
「まったく……」
この通りはお土産屋や飲食店が立ち並ぶところ。何人かの勇敢な者が雑貨などを武器として扱い、テラワームと戦っていたが、もはや体力の限界。次から次へと人が食われ犠牲になっていく。さらにテラワームの数は増えていく一方だ。
この状況、もはや泳いで逃げる他無い。
「泳いであっちに渡るんだ! 早く! 飛び込めぇー!」
一人の男の提案に乗り、崩れた橋の端に居た男性が海へと飛び込んでいく。それに連なり、何人もが海の中へと入っていく。
「いいぞ! これで出られ……」
しかし、突然何かに足を掴まれ……というより食いつかれ、海の底へと沈んで行ってしまう。
少しよどんだ水の中には、自分たちを襲っているあの虫が泳いでいるのが見える。
「海もダメだ! 上がれ! 上がれーっ!」
飛び込んだ者たちは戻ろうとするが、その間に何人も海の中へと引きずり込まれて行ってしまう。
「もうダメだ。逃げられない!」
海の中、そして島の奥からだんだんと怪物が迫りくる。このままでは、残る人間も全滅だ。
人々は怪物からできる限り離れ、大切な人を抱きしめながらむせび泣く。
しかしその泣き声をかき消すような大声が聞こえてきた。
「おいミミズども! こっちだ!」
大きな赤い鳥居の下に、一人の少年が立ちたいまつを振りかざしている。小さな石を拾い、それをテラワームに向かって投げている。それで虫たちは鳥居の下の少年に注目を集める。
「俺がエサだ! 俺を喰いに来い! それにほら! こんないいものだって……」
手に持っていた袋の中から、大量の魚やしらすを掴み、地面へと放り投げる。テラワームもそれを見てまるで釣られるように喰らっていく。
「ヘンゼルとグレーテル作戦、ってとこかな」
「おい光輝! こっちにもまだいるぞ!」
今度は別の場所から少年の大声が聞こえてくる。
「人間なんかよりずっと美味しいぞー! それに何匹も仲間が殺されて悔しいだろ!?」
テラワームはその大きな口を開いて、少年へと襲い掛かろうとする。
「よし、なんとかおびき寄せられる……こっち来い!」
逃げ遅れた人々を狙わず、テラワームは挑発する少年に狙いを定めて追っていく。
しかしそれと同時に再び大きな地震が襲って来た。体勢が崩れそうになるが、なんとか立て直し不安定な足場の中走っていく。
「このままじゃ……崩れる!」
キャンドルタワーの屋上、なんとか柵のおかげで落ちずに済んでいるが、これが倒れれば少なくとも命の保証は無いだろう。
「だが装置はしっかり上を向いてる! あとはテラワームが近づけば……来たぞ!」
清は落ちそうになりながら下を眺める。光輝と卓也が何十体ものテラワームを引き連れてやってきた。
「光輝! これで全部か!?」
「人が多い所にたくさんいるはずだ、だとすればこれだけでほとんど集めたはず! そっちは!?」
「島中駆けまわって、何回か喰われそうになったけど全部集めたはずだ!」
卓也と光輝はたいまつをテラワームに向かって投げ、タワーの中へと入る。入ってこられないように鍵を閉めておく。
「ここ、なんか斜めってないか?」
「地震で折れてんのかも……華! 大丈夫か!?」
光輝は少し斜めになっている階段に時折つまずきながらも上を目指していく。卓也もそれを追って上へと向かう。
しかし、上りながらもだんだんと倒れているのが分かる。
「光輝! 卓也! 全部集めた!?」
「ああ! 50体以上はいるはず!」
光輝は屋上へとたどり着き、華のもとへと駆け寄る。その途中で転びそうになるがなんとか耐えた。
「早くしないとヤツらが来るぞ!」
清は下を眺めると、テラワームは既に扉を破壊して何匹か登り始めてきている。
「このボタンを押せば……!」
華は発射するための赤いボタンを押そうとするが、思っていた以上にタワーの角度が激しく、なかなか手が届かない。
「掴まれ!」
光輝が華の体を持ち上げる。ようやくボタンに手が届く。
「行けーっ!」
ボタンを押した途端、装置は上方向にシリンダーを打ち上げた。それは空中で爆散し、大量のタピオカ粉がばら撒かれた。
それはこの周辺、100mほどを覆い尽くすのには十分だった。タワーへ入ろうとした何十匹ものテラワームは、粉を浴びるやいなや、苦しみながらだんだんとしぼむように死んでいく。
下を眺めると、そこにはもう生きたテラワームは見当たらなかった。
「よし! やった……はぁ、やったぞ! 俺たちやった!」
卓也が跳ねながら喜ぶ中、タワーの中で難を逃れていた一匹のテラワームが彼に向かって大きな口を開ける。
「危ない!」
それに真っ先に気づき、光輝は近くにあったほぼ空っぽのタピオカ粉の袋を投げつけた。口は閉じられ、さきほどと同じように苦しみながらしぼんでいった。
「ここに来て死ぬかと思った……」
「俺に感謝してくれよ、マジでな」
そう言いながら腰を抜かした卓也に手を差し伸べる。
テラワームは全て撃退した……しかし、まだ揺れが完全には収まっていない。
「ドクターたちがまだなのかも!」
「ともかくここは危険だ、降りよう!」
既にタワーは崩壊寸前。斜めになっていて降りにくい階段を下り、タワーの外へと出ていく。
鎮痛剤班は、洞窟の崩落に巻き込まれ身動きが取れなくなっていた。それどころか、池の中から出ることができない。
「この池深いよ……! このままじゃ溺れる!」
美智は必死に足をバタバタさせながら浮かぼうとしている。
「必ず奥があるはずだ! 早くそこに行かないと……」
「奥ったってもう崩落のせいで奥には進めない! どちらにせよ……」
「いや待て、この池は何かがおかしいぞ」
そう言うと、仁は水を一口含んで飲みこむ。
「最悪な味だ! 普通池の水ってのは透明で、透き通ってて美味しいはずなんだけど」
「それが何なの!?」
「これは体液だ! 血じゃないけど傷ついたところから染みて、池になったんだ!」
「体液!? 今私たち体液で溺れそうになってるの!?」
アキが壁に手をかけて嫌そうな目つきでこの池から離れようとする。
「ということは僕たちが目指す奥というのは……この池の底だ!」
そう言うと、鎮痛剤を手に思いきり息を吸って池の中へと潜っていく。
体液ということもあり、この池は黄色く濁っている。そのせいで水中での視界はほぼゼロだ。底にたどり着いたら、今度は直接手で触ってどこからが肉かを確かめる。
触れ続けていると、ぶよぶよとした箇所を発見した。岩の中にこんな場所は無い。ここが目当ての場所だ。
「少し……チクッとするぞ」
そう言うと、鎮痛剤を込めた注射針を思いきりそこに向かって刺す。そして思いきりそれを押し込む。
完全に打ち終わったのを確認すると、仁が池の底から出てきた。
「ぷはぁっ! 仕事終わり! ここから出るぞ!」
美智とアキの手を掴み、崩落の中、入ってきた場所を目指して走っていく。後ろをふと振り向くと、既に崩れた岩が池を埋めていた。
必死に走り、ついに岩屋から脱出。夏とはいえ、体が濡れていて少し寒い。
グオオオオーッ……獣が吠えるような声がどこからともなく聞こえてきた。それと同時に、あの大きな地震はついに収まった。
「さて、あとは華たちがしっかり解決できたかどうか……」
ターディスへと向かうと、既にそこには華たちが待っていた。
「良かった、みんな無事か! テラワームは?」
「全滅したよ。なんとかね」
華は笑顔を彼に見せる。
「鎮痛剤もしっかり打った。おかげで痛みは引いたよ。だからもう地震は起きない。だけど……」
含みのある言葉の後に、ドクターは一言告げた。
「もう彼に残された時間は少ない」
ターディスのある場所から少し離れた島の海岸。波は引いており、岩肌が見える。
「ここでならしっかり話せる」
すると、水の底から巨大な頭が浮き上がってきた。それには巨大な眼がある。
「オオタイリクガメ、江ノ島の頭さ」
その目はとても老いており、今にも閉じてしまいそうだ。
「ああ、ようやくこの目でお前の姿を見ることが出来たよ……」
清は感慨深げにその頭へと近寄り、ゆっくりと撫でる。
「そうかそうか、お前もわしの姿を見るのは初めてか」
亀と清は直接の邂逅に感情のこもった顔を見せている。
「なぁ、これからもわしらは一緒に……」
「いや、悪いがそれはもうできないかも」
ドクターは二人の元へと歩み寄る。
「君はもう分かっているだろ? 自分はもうすぐ死ぬってことを」
その言葉を聞き、うなずくようにまばたきをした。
「死ぬ……? こいつが死ぬってどうして?」
「もう助からないほど体の中が食い荒らされてたんだ。テラワームが地表に出た時点で、彼の体はほぼ限界だった」
「そんな……助けてくれると言ったじゃないか!?」
「すまない。僕も気づいたのが遅かったよ」
そう言うと、ドクターはゆっくりと彼の頭を撫でる。
「けど、痛みの中で死ぬことはない。鎮痛剤のおかげで、安らかに眠ることはできる」
ありがとう。そう亀は言っているように見えた。
「そんな……! わしには、わしにはお前しかいないんだ! この人生、ずっとお前しか友達は……!」
亀は大きくまばたきをした。清に何かを伝えるかのように。
「わしには……もう遅い。友達なんてもう……」
「僕がいるさ」
ドクターは彼の肩を叩いた。
「僕は幅広い世代の友達さ。あなたはもちろん、この亀に華たちだって」
そう言ってドクターは華たちの方を向く。
「ねぇドクター、私たちも……島の声を聞きたい」
「プライバシーの問題かも。おっと、許可が出た」
何か伝えられたのか、ドクターはソニックを島の頭に向かって放つ。すると、華たちの頭の中に声が聞こえてきた。
「ありがとう。あの虫たちを退治してくれて……。そしてすまない、私のせいで君たちを危険な目に遭わせてしまった」
「これが、島の声……」
「すげぇ、聞こえるっていうか、頭の中に直接!」
卓也はそれを感じて少し興奮気味の様子だった。
「いいや、むしろ僕たちが居て良かった」
「……そうか。ありがとうドクター」
「礼には及ばない」
「そして、君に一つだけ伝えなければならないことがある。この星に君がいると聞いて来たのだが、早すぎたためにずっと待っていた」
「すぐに来れなかった僕が悪いさ。それで伝えたいことって?」
「……箱だ。箱が失われた」
そう言うと、亀は申し訳なさそうな瞳でドクターを見つめる。
「箱が失われた……って?」
「とても危険な箱だ。この宇宙全体の危機だ」
「宇宙の危機?」
「もし見つけたら、君にその箱を破壊してほしい」
「一体どんな箱なんだ?」
「君の人生に連なる箱だ。私は、君と宇宙のために警告をしに来た」
「警告のためにわざわざ……」
「これで私の役目は、終わった」
そう言うと、亀はその大きな瞳を閉じようとする。
「……伝えてくれてありがとう。注意しておくよ」
清は、ゆっくりとその瞳の上を撫でる。
「わしの、唯一の友達でいてくれてありがとう」
「ずっと一人だった私の声を聞いてくれたのは清だ。こちらこそ……ありがとう」
そう言うと、その瞳はついに閉じられてしまった。
あれから数十分。ドクターは華たちをターディスに乗せ、江ノ島の外へと避難していた。
島に取り残された人たちは警察の手で何とか救助され、事情聴取などを受けている。島への通路は断たれており、崩れた橋の前にはいくつもの警察車両が立ち入り禁止の表示を出している。
「あーあ、せっかくの小旅行、なんかめちゃくちゃなことになっちゃったなぁ……」
アキは残念そうな目で江ノ島を眺めている。
「俺、もっと食いたいものあったのに」
卓也も同じ目で島を眺めている。
「ところでドクター、亀は死んじゃったっていうけど、大丈夫なの?」
「島はあれ以上沈まないから問題ない。これからはただの観光地として人々を乗せていくさ。眼下の獣に感謝だな」
海岸で厳重に調べられている江ノ島を前に、彼以外の全員がため息をついている。
「ロストボックスのコラボ……」
華は光輝から聞いていたコラボイベントが楽しめなかったことにもため息をついていた。対する光輝は、華と行けなかったことに対しため息をついている。
「……陰気臭いなまったく。そういえば時計を見てみろ、今は何時だ?」
ドクターの言葉に、それぞれ腕時計やスマホを見て時間を確認する。
「えー、午後3時20分」
「そう! まだ午後3時20分だ。むしろ遊ぶとしたらこれからが本番だろ?」
そう言うとドクターは全員の肩を叩く。
「けど江ノ島には入れないよ? 警察だっているし」
「江ノ島本島以外にも色々観光名所はこの辺りにある。水族館だってそうだし、鎌倉だって近い。そうだ、大仏でも見に行こう!」
その言葉に、華たちは笑顔を取り戻した。
「そうだね。せっかくの夏休みだもん、しっかり楽しまないと!」
「ああ、さっきまでのデカい虫に襲われた話は忘れよう」
卓也はそう言って歩きはじめる。
「そういえば思ったんだけど、なんで“ドクター”なの?」
美智はドクターの前に立ち止まり、先ほどからずっと気になっていた疑問をぶつける。
「えー、あだ名みたいなものだよ。僕ってほら、博識だろ?」
「なるほど。じゃあ私も今度から“ドクター”って呼ぶね。帰国子女の金持ち、ドクター」
そう言って美智は卓也の後を追っていく。
「鎌倉か……そこなら華とも悪くないかも」
光輝はそんなことを呟きながら歩いていく。
「そんじゃ行こうか、華」
「うん、アキもまたはぐれないようにね?」
華とアキは二人並んで歩きはじめる。目指すは鎌倉。そのためにまずは電車に乗って……
去って行こうとする彼らを見て、注目を集めるためにドクターは咳払いをした。
「あー、ひょっとしてこれの存在忘れてない? これがあればすぐ鎌倉まで連れていけるのに」
そう言いながらターディスをトントンと叩いている。
「いいの?」
「鎌倉まではこれで普通に連れていくよ。ただし帰りはちゃんと電車で帰れよ」
「そういうことすぐに言えよ」
「君たちがそそくさと歩いていくからだ。ほら入って入って」
皆そのことを聞いてターディスの中へと入っていく。ワープ装置としての一面もあるのだから、使わない手はない。
華たちが中で出発を待つ中、ドクターはターディスへと入る前に江ノ島を眺める。
「“箱が失われた”? どうしてそれを伝えるためだけに……。大体、箱って一体……」
「ドクター! あんたしか操縦出来ないんだからはーやーくー!」
「はいはい。今行くよ」
ターディスの扉を閉め、青い箱は独特のエンジン音を吹かせながら、鎌倉へと旅立っていった。
「まさかそこから電話がかかってくるなんて……」
「昔別れた女性からとか?」
「そっちの方がよっぽどマシさ。これはシャドー議会からだ」
《我々の管轄する刑務所のストームケージ……そこに手に負えない状況があるのです》
「宇宙最大の刑務所だ。どうやらそこに行くらしい!」
「三か月前、我々は惑星クロムで未知の生命体を発見しました。人間によく似ていますが目は四つで耳は二つ、口が二つ」
「あらゆるデータが0を示してる。マイナスですらない。これはまるで……」
「この刑務所では次世代型、最先端のハイ・デッドロックシールを使ってるんです」
「でも今の状況って……」
「スリジーン、ステンザ、ヴァシュタナラーダ、モルフォース、シコラックス、ソンターラン、サイレンス、スコヴォックス・ブリッツァー、ザイゴン……」
「宇宙最悪の囚人や怪物が解き放たれてる!」
次回
STORM CAGE〈宇宙の刑務所〉