荒れ狂う嵐の中を突破し、やや古ぼけたようなコンクリートの建物が見える。そこには大きな文字で「STORM CAGE」と書かれている。入口の中へ入り、嵐が入ってこないように頑丈に扉が閉められると、ようやく船から降りることができる。
「酔い止め飲んでて良かっただろ?」
「本当、最高に効いた! じゃなきゃ絶対吐いてた」
「さっき食べた日本一のパンケーキを戻すところだったな」
そんな軽い冗談を話しながら、二人は船から降りる。目の前には太り気味の警官のような見た目の女性が立っていた。
「ストームケージへようこそドクター、そしてその連れの女性。私は署長のメディです」
どうやら彼女がここの署長らしい。ドクター達を案内するためにやってきたのだ。彼女はドクターに向かって握手のための手を差し出す。
「刑務所の署長って言うもんだからもっと強面かと思ってたよ。改めて、僕はドクター、でこっちは華」
そう言いながらドクターも手を差し出し二人は握手する。それが終わると、今度は華に手を差し出す。
「どうも。なんだか優しそうな人ね」
「よく言われるわ。前の署長は男性だったんだけどパワハラ野郎で。だから私が選ばれたのかしら」
「男っていつも不安定だから」
「僕を見て言うな。僕は男の中でもレベルの高い方だぞ?」
そう言いながらドクターは腰のズボンを上げる。少し気にはしたみたいだ。
「それで、例の怪物の所へ僕たちを案内するんじゃなかったのか?」
「もちろん。私自身何度も見ましたが、あれは非常に奇妙で、不気味です」
「なるほどね、尚更興味が湧いてきた」
二人はメディと看守達に守られる中、刑務所の中を歩いていく。無機質な壁は、ここを通る風を冷たい風へと変えていく。そんな風を浴びて少し寒い。
「上着を」
「あっ、ありがとうございます」
華は隣で共に歩いていた看守の男から上着を借りる。これでなんとか寒さはしのげそうだ。
「思い出したよ、前のストームケージは研究所になったんだった」
「ここはストームケージ3。最初のはセキュリティ上の問題から廃棄されて研究所に。囚人たちの権利を取ってここに移設しました。もちろん嵐の吹く惑星にね」
「セキュリティをよく破って侵入して申し訳ない。廃棄されたのは僕のせいだろうな」
二人はそのまま先へと進んでいく。途中、いくつかの空っぽの牢屋と、エイリアンらしき生き物が閉じ込められてる牢屋を見かける。牢屋は単なる鉄格子ではなく、透明なバリアで出られないようになっているらしい。
「ここにはどんな囚人がいるの?」
奇妙なエイリアンを何度も見て、華は興味からそれをドクターに聞く。
「様々さ。宇宙のありとあらゆる場所、あらゆる時代の犯罪者を収容してる。星をいくつも滅ぼした凶悪犯から、ただの連続万引き犯まで様々だよ。確か四つの棟に分かれてるんだっけ?」
「ええ、東と西と、南と北。そして中心には巨大な管制塔。今私たちが居る場所は東棟です。例の怪物は南棟の地下に収容されています」
ドクターからの質問にメディが答える。この刑務所は四つの棟に別れており、それぞれに様々なタイプの犯罪者が収容されているという。
「この東棟にはステンザの犯罪者が居ます。前まではサイバーマンが居ましたが」
「ステンザには会いたくないな。ハンターで、獲物の歯を顔にたくさんくっつけてるんだ」
「うわ、キモそう」
「頭ババアのがよっぽどマシ。けどどうしてサイバーマンまでいたんだ? 裁判で裁けるような存在じゃないだろ」
「一部のエイリアンや敵性の存在なども、実験や研究のために収容しています。処分する方が簡単ですが、あえて残しておいて更なる弱点などを研究するためです」
「理にかなってるな。特にセキュリティの高いここに収容しておけば安全か」
「ねぇねぇドクター、サイバーマンって? 電子世界のスーパーヒーロー的なやつ?」
華は“サイバーマン”という言葉を聞いて少し胸を躍らせた。ネット世界やコンピューターの世界で悪者と戦うヒーローだと思っているらしい。
「なんでスーパーヒーローなんだ?」
「だって、なんとかマンって、大体ヒーローでしょ? アンパンマンとかスパイダーマンとか」
「サイバーマンは脳みそと心臓以外を機械化したサイボーグだよ。感情を不要と判断してて、人を襲う危険な存在だ」
「なんだ、悪者なんだ……」
この刑務所の話を聞きながら、さらに先へと進んでいく。
少し歩き続けていると、今度は巨大な扉に遭遇する。そこには「SOUTH」の文字が。ここが南棟の入り口だ。
メディが虹彩認証のセキュリティを突破すると、大きな扉は見た目らしく大きな音を立てて開く。
「ここからが南棟です。スリジーンなんかもここにいますよ」
「ヤツらの前の牢屋、通る?」
「エレベーター室の前にありますから、きっと通りますよ」
「なら軽い挨拶でもしておくか」
「さっきから知らないエイリアンの名前ばっかり。宇宙は広いんだね」
華は少し遠い目をして刑務所の天井を眺める。
「もちろん。君が見たのはまだ一部に過ぎないよ」
「せっかくの刑務所だし、エイリアンをたくさん知れるチャンスね。それでスリジーンって?」
「ラキシコリコファラパトリアスっていう星出身の、宇宙のマフィアだよ。宇宙じゃ結構大きい犯罪者集団さ。相手の皮を被って化けて潜入する。見た目はとにかく最悪なバケモノ」
「なるほどね。なんでそんなマフィアと知り合いなの? まさかドクターって宇宙の裏社会の人間なの?」
「当たらずとも遠からずだな。端的に説明すると、ヤツらの家族を僕が前に皆殺しにした」
「それで挨拶だなんて、性格悪い」
「スリジーンの方がよっぽど性格が悪いから大丈夫。相手はただの犯罪者さ」
そう言いながら、怪物へ向かう一団は南棟へと入る。
「その時は近いらしいねぇ、オーグ?」
南棟にある牢獄の一つ、大きな緑の頭に、赤ん坊のような無垢な黒い瞳を輝かせる怪物……スリジーンは、特に厳重な牢獄に、四体共に閉じ込められていた。
「ここに来て六年。オーグの言う通りならその時はもうまもなく訪れる」
「ああ、もうすぐ来る」
オーグと呼ばれたそのうちの一人は、使い古されたベッドに座り地面を眺めている。
「やぁやぁスリジーン諸君。こんな牢獄で何してるんだい?」
牢獄の中でただ計画を立てていただけの彼らに、突然少年の声が響き渡る。
「何だい? 随分と馴れ馴れしい看守じゃないか」
少年の周りには看守が何人も一緒についている。ゲストか何かだろうか。
「うわ、デカい目……」
少年と共に居た女の子が、スリジーンの姿を見て少し引いている。
「お前の目が小さいだけさ。ようやく夕食を持ってきてくれたのかい? あのヘドロみたいにマズい飯を」
大きな爪をカチカチと立てながらこちらに近づいて来ようとする。しかし見えないバリアの檻に弾かれてしまう。
「まさか。通ったから挨拶しに来ただけだよ。僕はドクター」
「ドクター、だと……?」
その言葉を聞いて、中に居るスリジーンたちは目の色を変えて彼の方を見つめる。その瞳には恨み、怒り、憎しみなど様々なものがこもっている。
「あのパッサミーアのファミリーを潰したドクターか?」
「その通り。家族ってのはどうやら本当らしいね、全員顔がアイツらと同じ」
「貴様のせいで、我々もついに捕まった! 常に影で物事を進める我らディラッカ・シータ派は、スリジーン一家を影でサポートしてきた! だというのに……」
「今は牢屋の中か。まぁ行動派のパッサミーア一族が全滅とくれば、警察も君たちの拿捕に随分と尽力したんだろうね」
ドクターは笑いながらこちらに手が出せないスリジーンに煽り散らかす。
「いくら牢獄の中とはいえ、あまり刺激的なことを言うのはどうかと」
それを見ていたメディが窘めようとするが、ドクターの口は止まらない。
「貴様のせいで我らスリジーン一家は長年のビジネスが全て水の泡になった。我らディラッカはスリジーン一家最後の生き残りだ」
「ラキシコリコファラパトリアス星人が全滅したわけじゃないだろ? むしろ悪いマフィアは滅びて当然さ」
そう笑うドクターを見て、華は少し引いた目を向ける。
「アンタって本当に人脈が広いんだね」
「ああ。今度スリジーンを倒した方法でも話してあげるよ」
「貴様…!」
「そう怒るなルード。ただの挑発だ。こちらも何もできないが、ドクターも何もできない」
奥に座っていた一人のスリジーンが、バリアに寄りかかりながらドクターを見つめる。
「君がここのボスか?」
「いや、僕はむしろ下だ。オーグ・ビア・フォッチ・ディラッカ・シータ・スリジーン。覚えてくれ」
「ああ。その額の傷もよく覚えておくよ」
オーグと名乗ったスリジーンの額には、切り傷のようなものが刻まれている。
「僕たちの見分けがつくのか。さすがドクター、ファンタスティックだ」
オーグは他のスリジーンと少し違うようで、ドクターに対して憎しみをぶつけてはいない。対等に会話している。
「僕とアーグは双子でね。よく間違えられるんだ」
オーグは奥の一体のスリジーンに指をさした。彼女と彼は双子らしい。
「私からしたら四つ子に見えるけど」
スリジーンと呼ばれている彼らは皆同じような見た目に見える。双子でも違いは分からない。
「彼らから見たら地球人もみんな同じに見えるよ」
「そういうもん?」
「そういうもんだ。ところで君からは他のスリジーンと違う何かを感じる。少なくともただのクサい化け物じゃないな」
「クサい化け物? 小さくて骨の脆い悪臭を放つ貴様に言われたくない」
オーグの隣のスリジーンが怒りの形相を向ける。
「彼女はルード。僕の姉だ。そしてもう一人の彼がバンゴ」
オーグは二人のスリジーンに指をさしながら紹介していく。
「なんでわざわざ紹介する?」
「さっき君は自分からドクターと名乗っただろう? ならこっちも名乗るのが礼儀だ」
「オーグ、ドクターと親密になるつもりか? ヤツは非情だ。殺されるのがオチだぞ」
バンゴと呼ばれた彼がオーグに近づいて頭を軽く叩いた。
「そうかもな。けど覚えておいて損は無いはずだ、ドクター」
オーグはその瞳をドクターに集中させている。心の奥を読んでほしいかのように
チーンという音がなった。スリジーンの牢獄の前にあるエレベーターが到着した音だ。
「久々に懐かしい顔に会えて良かったよ。もうすぐ死刑だろう? 人生に別れを告げて罪を償え」
そう言ってドクターは華を連れて牢獄に背を向け、エレベーターへ歩き出す。
「走れドクター」
「何?」
オーグは最後にそう一言だけ残し、最初と同じようにベッドの上に座り込んだ。
ドクターは不思議に思ったが、もうエレベーターの扉は閉じられてしまった。
「それで……オーグの言う通り、もうまもなくこの刑務所は本当に“破られる”のか?」
「きっとそうよ。オーグは昔から未来が見えるの。双子の妹として誇らしいわ」
アーグは恍惚とした瞳でオーグのことを眺める。当のオーグは、それに喜びも悲しみも何も見せず、ただ床を眺め続けている。
南棟地下の特別収容室。椅子に座る“謎の怪物”に、一人の研究員が近づいていく。
「そういえばこれはまだやってなかったな。音楽を聞かせてみよう」
手のひらサイズの音楽プレーヤーを起動させる。流れる曲は「上を向いて歩こう」だ。
「どうだ? 何か感じたりしないか?」
「……」
怪物は、ただうつむいたままだ。研究員はその肩を叩こうとするが、やはりすり抜けてしまう。
「感動は? してるか? してない?」
怪物は何の反応も示さない。
「まったく。坂本九は良い歌手なのに。事故で亡くならなければもっと名曲を生み出してた」
怪物は変わらず無言だ。
「……これでもダメか。1020回目の実験失敗」
そう言うと、研究員は扉を開く操作パネルに手を乗せて指紋を検出させ、その部屋から出ていく。
「リスト博士、もうまもなくドクターが到着いたします」
「宇宙一の専門家だって? けど、収穫なんて得られるかねぇ……」
収容室のモニター室。エレベーターのチーンという音と共に、中からメディら看守と少年少女が出てきた。
「それで、誰がドクター?」
「僕がドクターだ」
少年が手を上げる。
「嘘つけ。ドクターは大人のはずだ」
「ここの主任なのに、タイムロードの再生技術には詳しくないみたいだな。大人から子供みたいな見た目になるのもありうるんだよ」
そう言うと、ドクターはモニターの前へと移動し、それを眺める。
「例の生物はここに閉じ込めてあるんだろ?」
モニターが映している部屋には、先ほど議会で見たのと同じようにイスが一つだけ置いてあるだけだ。
「ああ。けど話で聞いている通り、カメラに映らないんだ。どんな細工をしてもね」
「なるほど。なら直接見てみるよ」
そう言うと、ドクターは主任の男とメディを連れて収容室の中へと入ろうとする。
「私も行く!」
「君はダメ。相手はなんだか分からないんだ、もし何かあったら殺されるかも」
「いつもの事でしょ?」
「けど今回はちょっと特別なんだ。そうだ、テキストは持ってきてるか?」
「まぁ、一応ね」
華はカバンの中から国語や数学の教科書を取り出す。
「なら待ってる間に勉強してろ。空いた時間を有効活用するんだ」
そう言うと、メディたちと共にドクターは収容室の中に入って行ってしまう。
「宇宙の刑務所にまで来てするのが勉強? ねぇどう思う?」
華はサイの警察官にこのことを尋ねるが、彼は不機嫌そうな顔で遠くを見つめているだけだ。
「警察って気難しいね」
収容室の中、そこにあったのは銀のイスだけではなかった。確かにそこに“誰か”が座っている。
「どうやら本当みたいだね」
「捕まえてから一度も敵対行動を示したことはありませんが、注意してください」
メディは生物に近づこうとするドクターにそれだけを注意する。
「自己紹介しよう。僕はドクター。見た目は幼いが2500歳だ。君の名前は? できれば種族も教えてほしい」
しかし、椅子に座った生物は何も語ろうとはしない。
「聞こえてるか? ちゃんと見えてる?」
生物の持つ二つの耳に近づいて喋り、四つの目の前で指を鳴らすが相変わらず反応は無い。
「死んではいないよな」
少なくとも、それは呼吸をしているようだ。胸のあたりが上下しているのが分かる。
「少なくとも肺のような器官は持ってるし、酸素を取り込んでる。けどこれだけじゃ絞れないな」
ドクターは頭を抱えながらそれを見つめ続ける。
「たとえ宇宙一の専門家でも、これにはお手上げになるはずだ。私は生まれてからずっとこの宇宙のあらゆる生物を調べてきたが、そんな私でも分からなかったんだ」
主任とされる男がドクターに対し嫌味のような口を聞く。
「君は何歳?」
「今年で56だが」
「言わなかった? 僕は2500だ。黙ってろ」
冷たくあしらうと、ドクターは再び彼に目を向ける。
「手は……聞いた通りすり抜ける。だが銀は触れられる」
彼の体に素手で触れた後、というよりすり抜けた後、今度はソニックドライバーの端の部分でつんつんと叩く。
「当たったぞ。君の体に触れられた。ドライバーを銀で作っておいてよかった」
ドクターは少しばかり笑顔を浮かべる。
「触れられる。けどいくら触れても反応は無いみたいだな」
「当たり前だ。私たちは銀を使って色々な方法でそいつに触れたが、何の反応も示さなかった」
「となると……余計に謎が深まった。署長、ソニックドライバーを彼に当てる許可を」
そう言ってドクターはソニックのボタンに指をかける。
「許可します」
「どうも。痛くないから心配しないで。君の体を調べるだけだ」
ソニックの先から青い光を放ち、生物の体を一通り調べる。頭の先からつま先まで。
「なるほど……そういうことか」
「何か分かったんですか?」
メディは嬉々として彼に質問する。
「“分からない”ことが分かった」
「え?」
「不思議だよ。ソニックは一切のデータを取り込んでない。まるで何もない、真空の場所に当ててるのと同じ。結果は“無”だ。たとえ空気にソニックを当てたとしても酸素とか窒素とか、そういった情報すら出るはずなのに」
「つまり、彼の体は全て真空状態と?」
「そんなところだ。あらゆるデータが0を示してる。マイナスですらない。これはまるで……ヴォイドシップみたいだ」
「聞いたことあるぞ。虚空を旅する船だ。限りなく無に近づけて、無の世界を無事に旅するための船だな?」
「君は物知りだな。けど彼は生物だ。ヴォイドシップに限りなく近いが船じゃない。だとすると……」
ドクターは生物に顔を近づける。
「君は
次回のチラ見せ
「緊急事態かもしれないのに、コーヒーなんて飲んでる場合か?」