スリジーン、そして囚人たちが乗りこんできたシャドー議会の中、ドクターはゴミ捨て場を目指して進み続けていた。
既に議会の中は大荒れ。あちらこちらが破壊されており、指令室が最後の砦と言える。
「ゴミ捨て場まではもうすぐ。あとは囚人に出会わなければ……」
目の前には誰も居ない。走ればすぐにゴミ捨て場へと着くことができる。あとは勢いをつけて……
しかし、足を動かす前に何か不穏な気配を感じ取った。冷たい空気が上の方から流れてくる。気配は間違いなく上にいる。
「こんなところで何してるんだい? ドクター」
巨大な爪が顔のすぐ横にある。スリジーンが天井にぶら下がり頭上にいる。
「お前らを何とかするために動いてる最中だ」
「そう。なら死ね」
スリジーンの巨大な爪が顔を引き裂こうとするその前に走り出す。ゴミ捨て場は近い。
「逃げるなドクター!」
「黙って殺されろとでも言うのか? 嫌だね」
そう言ってドクターはゴミ捨て場の中へ駆け込んだ。彼女が入ってこれないように到達する前に扉を閉める。しかしソニックドライバーが無いため、厳重なロックはかけることができない。
「持ってあと3分か」
ドクターはゴミ捨て場の中からお目当てのエクストラポレーターを探す。しかし、既に他の人がここを荒らしたらしく、簡単には見つからない。
「おいおい、どこに行ったんだ? 時間はもう無いっていうのに」
レーザードライバーを手に、ひたすらゴミ捨て場を漁り続ける。スリジーンの圧縮装置、ボルテックス操作器、そういったものはすぐに見つかるが肝心のものは見つからない。
ガン、ガンと扉が強く叩かれる音が響き渡る。スリジーンの巨大な爪が扉を破いた。
「よし! ようやく見つけたぞ! さて、レーザードライバーで本当に修理できるか……」
スリジーンが迫る中、ついにエクストラポレーターを発見する。壊れている個所は見るだけで分かるので、レーザードライバーを当ててそこを修理していく。しかし思っていたより損傷は激しく、修理にかなり手間取ってしまう。
「待て待て、パーツが足りない! けどこれで代用できる」
ドクターはさきほど投げ捨てたスリジーンの圧縮装置を引っ張り出してくる。
「これに同じパーツが使われてるはず。これを外せば……」
圧縮装置に手をかけ、中を開こうとする。しかし突然後ろから大きな音が聞こえ、振り向く。
既にスリジーンが扉を破壊し、ゴミ捨て場の中に侵入していた。
「おいおい、いくらなんでも扉が脆すぎじゃないか!?」
「ゴミ捨て場の扉をわざわざ強靭に作るとでも?」
「確かにそれは言えてるな……」
目の前で大きな爪を立てながら、その黒い大きな瞳でこちらを見つめてくる。
「こんなゴミ捨て場、どうせ壊れた物しかないでしょう?」
「ここは宝庫だぞ? ただのゴミ捨て場じゃない」
「確かにそうね。クォンタムロッカーだって捨ててあったし」
スリジーンは変わらずこちらを見つめる。緊張はまだこの場に続いている。ドクターは彼女に気づかれないよう、手を後ろにして圧縮装置のパーツを外そうとする。
「けど一番の宝はやっぱりターディスよね?」
「そうかもな。けど知ってるだろ? ここにターディスは無い」
なんとか話を伸ばして時間を稼ぐ。
「ええもちろん。けどターディスには鍵がある。それを持っているのは誰だと思う?」
彼女はゆっくりと口角を上げていく。
「まさか、僕が狙いか?」
「その通りよ、ドクター」
その言葉を発した瞬間、彼女は飛び上がり、ドクターに被さろうとする。
すぐに避けようとしたが、圧縮装置のパーツを取るのに気が取られていて反応が遅れてしまう。そのままドクターの上にかぶさり、その大きな爪が彼の首元に冷たく触れる。
「ターディスの鍵を渡しなさい、そうすれば命ぐらいは助けてあげるわ」
「ベタな注文だな……っ! 悪いが渡したところでここが爆破すれば僕も死ぬだろ?」
「そうかもしれないわね。でもあなたのこと。どうせ脱出できるはずよ」
「囚人たちがなだれ込んできたこの議会でか?」
既に何人もの囚人がここに乗り込んできている。外からは走るような音が響き渡って来る。
「無事に脱出できるとは思えない」
「でも、これがあるでしょ?」
そう言うと、彼女は片方の手でエクストラポレーターを指さす。
「これがあれば逃げられるはず、でしょう? ターディスの鍵を渡しなさい」
「いや、渡せない……っ! ターディスは危険だ、素人が扱えば場合によっては宇宙を壊す可能性がある!」
「宇宙を壊す? 素晴らしいわね、壊した宇宙を支配して金儲けできる」
スリジーンは一向に引き下がる気は無い。もちろんドクターも引き下がる気は無い。
「さぁ、渡すか渡さないか、選びなさい」
その爪を首元にめり込むほど立てる。ドクターはかすれた声でゆっくりと答えた。
「渡さ……ない……」
「あら残念ね」
そう言うと、彼女は爪を思いきりエクストラポレーターに突き刺した。そこからは火花が飛び散る。
「何するんだ!?」
「渡さないなら必要ないでしょう?」
スリジーンはそう嗤うと、ドクターを切り裂かんとその爪を立てる。
「君は気づいてないかもしれないが、僕はこれを持ってる!」
ドクターはそう叫ぶと、手にしていたレーザードライバーを思いきりスリジーンに向け、レーザーを放った。
「があああーっ!?」
レーザーはスリジーンの額を切り裂くように放たれた。その光線は脳にまで届いたのか、スリジーンはその場に倒れ込み、動かなくなった。
「マズい、出力を上げ過ぎた。エネルギー切れだ」
レーザードライバーのボタンをカチカチと押すが、反応はない。
「けど、危険なスリジーンはなんとかできた。いや、まだ囚人たちがいるな。早くしないとここに来るかも」
ドクターはエクストラポレーターを拾い上げ、その破損の具合を調べる。
「そんな、完全にコアが破壊されてる! パーツを付けても動かない!」
中心部に備え付けられた装置の核となる部分が潰れており、完全に使えなくなってしまっている。レーザードライバーも電池切れ、頼みの綱は完全に無くなってしまった。
「クソ……クソッ! これじゃ何もできない! ここまで来たのに!」
ドクターはイラついた思いを近くのゴミを蹴ることで発散させようとするが、その思いはなくならない。その場に座り込んで頭を抱える。
「このゴミ捨て場にあるのはただのゴミと、圧縮装置とボルテックス操作器……これをどう使えっていうんだ!?」
ドクターはその場で怒鳴る。誰に対してでもない。自分自身に対してだ。
ゴミ捨て場にはもはや何も残されていない。使えない道具とスリジーンの死体だけだ。
「まただ、僕はまた、救えずに……」
ドクターはやるせなさを感じ、その場にへたれこむ。ふと、動かなくなったスリジーンに目を向ける。
「お前のせいだぞ!? お前のせいで……」
倒れたスリジーンの顔を覗き込む。それを見て違和感を覚えた。
「知ってる、この顔……知ってる。デジャブなんかじゃない」
ドクターはそのスリジーンの顔に見て何かを思い出す。必死に頭を叩いて、記憶を引き出す。
『ああ、その額の傷もよく覚えておくよ』
自分の言ったあの言葉。刑務所で自分に語り掛けてきたあのスリジーン……
「額の傷、オーグと同じだ」
ドクターはその傷を見て驚いた。レーザーで傷つけられた彼女の額の傷は、間違いなくあのスリジーン、オーグの傷を同じだった。
「けどこいつはオーグじゃない、仲間のアーグのはずだ」
ドクターはこの奇妙な状況に頭を抱える。一体何がどうなっているんだ?」
「それにこの傷は僕が付けたものだ。同じなんて……」
考えを巡らせる中、もう一つの言葉が思い出される。
『走れドクター』
目の前には死んだスリジーン、スリジーンの圧縮装置とボルテックス操作器……
「おいおい、嘘だろ!?」
ドクターはそれらを見てあることが思い浮かんだ。とても突飛でありえない考えだ。こんなことは……
「走れメロス。親友を助けるためにたとえどんなに体が傷ついたとしても走った男の話だ……」
オーグとメロス。そして自分自身。
「まさか僕に、メロスになれと言うのか!?」
《どういう意味だ、ドクター!》
「まったく、噛み砕いて説明してやったのに分からないのか? 僕はアーグの死体の中に入り込んだ。圧縮装置を利用してね。そしてボルテックス操作器で6年前、スリジーン一家が逮捕される時代へと向かった。目論見は成功! 逮捕されて死刑を宣告され、僕はスリジーンの姿のまま……そう、オーグ・ビア・フォッチ・ディラッカ・シータ・スリジーンになりきって、このストームケージへ入り込んだってわけさ!」
「まさか、6年間スリジーンとしてこの刑務所で過ごしていたってことですか!?」
話を聞いていたジェーンはそれを聞いて目を丸くして驚いた。このドクターはあれから6年経ったドクターなのだ。
「ああそうさ。本当、最悪だったよ。スリジーンの中だなんてね。ダーレクの中のが100倍マシだよ」
《あり得ない、そこまでして何故ここに来た!?》
「宇宙を救うためさ! 最悪の囚人たちを刑務所に引き戻し、ターディスも議会も奪われないために! そしてもう一つ理由がある」
《それは何だ!?》
「華を救うためさ」
ドクターはゆっくりと言葉を続ける。
「いままで僕は力が至らず、何人も仲間を死なせてきた。そしてその度に一人になっていった。だけど僕はもう一人になんてなりたくない! たとえ6年間スリジーンの中に居たとしても、必ず彼女を救う! それだけの価値があるんだ!」
ドクターは髭の中からそれを叫んだ。シャウターは思わずその勢いに後退する。
「僕の事を深く知らないらしいな。なら教えてあげよう、僕はドクター! 人を救う! それが僕だ」
《なんという執念だ……だが、お前には何も変えられんぞドクター》
「何十億年も壁を殴ってた時に比べれば、たったの6年なんて大したことはない。それにだシャウター、さっき僕が言ったことを忘れてないか?」
《6年間考え続けてきたことか?》
「ああそうだ。お前のその声とその力。実に興味深かったよ。オーグの姿で色んな本を読み漁ったがまるで前例が無い。本当にあらゆる媒体にお前の情報が無かった! だとすれば、あとは推察するしかない、お前の正体を」
《それを暴いたところで何ができる?》
「お前の力を無効化できる。刑務所のセキュリティに侵入できるお前の力、その正体はすなわち、
その言葉を聞き、シャウターはフッと嗤う。
《確かにその通りだ。だがそれが分かったからなんだと言うのだ?》
「だがソニックだとしておかしい点がある。それが何故ハイ・デッドロックシールを破れたか、だ。ただのソニックではもちろん破ることができない。そのためのデッドロックだからな。だがお前はそこに侵入することができた! いやぁ実に興味深いね」
「なぜソニックを無効化できるはずなのに、ヤツの叫び声で破れたんですか?」
ジェーンは渋るドクターに疑問をぶつける。
「僕はお前の正体をヴォイドから来た存在だと推測していた。だがそれは間違いだ。お前に関するあらゆる数値はゼロだったが、それは僕の調査不足だ。ただのゼロじゃない、すべて打ち消していたからこそのゼロだった。ジェーン、どういう意味か分かるか?」
「いや、まったく……」
「ヤツの能力は“マイナス”さ。あらゆる数値を下げることができる。だからゼロにしていた。そして同時にヤツの放つソニックもマイナスの波長だった。この世界は全てプラスを前提に作られている。マイナスの音波だなんてありえないと思われているからね。だから対策もできなかった」
ドクターは得意げにマイクに語り掛ける。その向こう側では、シャウターが苦い顔を浮かべていた。
「すなわち! お前の正体はこの世界と一切反対の世界、マイナス宇宙から訪れた存在だ! すべてがマイナスだから、画面には映らないし、マイナスの波長でデッドロックシールも破ることができる! なんて面白い存在だ! 本当、実に面白いよ」
笑うドクターに、シャウターは震えながら答える。
《だがそのマイナスの波長を消すことはできない。お前らはプラス宇宙の存在、我々には干渉できない!》
「そこで、一つ気になったことがあった。お前が何故銀だけは触れることができるのか……簡単な化学だ、銀にはマイナスの原子が含まれている。それが全てマイナスのお前に触れるとどうなる? ここからは簡単な数学の問題だ」
《何が言いたい?》
「マイナスとマイナスを掛けるとそう! プラスになる! だから銀と触れるとお前はプラスになる、だから触れられるってわけだ。実にファンタスティックだね」
ドクターはジェーンに笑いかけるが、彼はいまいちよく分かっていないようだ。
「その性質を利用すれば、お前の声も無効化できる! どうだ、僕が6年間考えそして編み出した作戦!」
《何をするつもりだ》
「今僕がしてたのは単なる時間稼ぎに過ぎない。お前を倒すための攻撃はもうまもなく行われる」
その瞬間、管制塔に取り付けられていた機械が、赤い光が突然眩く放ち、それが球状のフィールドとなり、だんだんと巨大化していく。
「マイナスにはマイナス! 今刑務所中にマイナスの音波を放った! つまり? お前の声と掛け合わさってプラスになった!」
《何だと!?》
シャウターはその言葉に動揺していた。叫ぶが、なぜかその声はどこにも響かない。それと同時に、彼の命令に従っていた囚人たちが突然頭を抱えてうつむく。
「どうした、私に従え!」
シャウターはそう叫ぶが、その声はもはや誰の頭も支配できなかった。彼らは自らを操ったシャウターに対し怒りの目を向けていた。
「なぜ、俺がお前の言いなりにならなきゃならない?」
彼に従っていた囚人たちはシャウターに襲い掛かり、彼らの手がシャウターに触れ、壁に投げ飛ばされる。
「驚いてるだろう? マイナスの波長を重ねがけしてプラスにしたおかげで、お前のなんでもすり抜ける体質はもはやなくなったってわけだ!」
《やめるんだドクター! 今すぐやめるんだ!》
「いいや断る。こんなことをしたお前の命令を聞くと思ったか? さて、次は第二段階だ。ジェーン、華はしっかり管制塔の上まで行ったよな?」
「え、ええそのはずです」
華は囚人たちを牢屋に引き戻すため、管制塔の外から上へと向かっているのだ。
「作戦に問題はないみたいだな。お前の声はこの刑務所全体を乗っ取っていた。だが今は何も乗っ取ることができない。だから囚人を引き戻すのを阻止することもできないってわけだ」
次回のチラ見せ
「今の私はプラスの存在だ、貴様を殺すことはできる!」