最終章の前編。いよいよ色んな謎が明らかにされます。されないところもあるかも……
古い木製の壁に寄りかかりながら、一人の医者は頭を抱えている。
「また例の奇病か。これで一体何人目なのだ?」
「これで10人目です、先生」
「そんなことは分かってる」
ナースの女性にそう告げられるも、彼の悩みはまだ尽きない。
この村の医者はただ一人だけ。厳密にはもう一人居たのだが、例の奇病にかかってしまったために亡くなってしまった。
今この村では、発症すると必ず死んでしまうという恐ろしい奇病が流行っていた。発症した者の年齢や性別に共通点は無く、かつ何を原因として発症してしまっているかというところが全く分からなかったのだ。
解剖してみても、唾液や血液を採取してみても、ウイルスや細菌は一切見られなかった。
発症した者は一切の免疫力が下がっていき、次第に衰弱していく。そしてそのまま死に至るのだ。
村の人々は今日亡くなった一人の患者を、村の中に作られた墓の中へ入れる。
それを見て悲しみのあまり泣きだす者、自分もこうなってしまうのではないかと恐れる者、無常さを感じてただ手を合わせる者。
この奇病の犠牲者に、村の人々は無力であった。
「あっ、お母さん、花が生えてきたよ」
「ええ、そうね……」
遺体を埋めたところから、すぐに花が生えてくる。バラの花に、ポピーにガーベラ。どれも美しい花ばかりだ。
「とっちゃダメ?」
「ダメよ、こんなもの……」
どれも綺麗な花なのに、どうしてとっちゃダメなのだろう? 花畑にあるような花と何も変わらないのに。
少女はそう疑問に思いながらも、母の言うとおりにすることにした。
「それではみなさん、神のところへお祈りへ行きましょう」
葬式も終わり、村の人々は長の言うとおりに“神”の元へと行くこととなった。
村唯一の医者でも分からない奇病。治療法も原因も一切分からない中、もはや頼りとなるのは神だけであった。
「綺麗な桜だね」
少女が指をさした先には、華やかに咲き誇った桜の木があった。
「本当に綺麗ね。あれが、神様よ」
母は桜の木に指をさす。これこそがこの村にとっての神であり、彼らの信仰対象なのだ。
「我々がこの星に亡命した頃、この桜の木は一晩で現れました。我らを見守るために現れたのです」
長が少女に近づき、この桜の木のことを語る。
「一晩で木が生えるなどということはありません。我々ですら大木となるのに数百年はかかります。しかしこれは一晩でこれとなりました。まさしく奇跡」
長の言葉を、人々はうんうんと頷きながら聞き続ける。
「この村を襲う奇病。これを打開するにはもはや奇跡に頼るほかありません。この奇跡の桜、我々にとっての神に祈りましょう」
その言葉と共に、桜の木に向かい手を合わせる。
この村が奇病から救われますように。願うことは皆ただ一つ。それだけを考える。
しかし、その静寂の中、少女がコホッと小さな咳をした。
「どうしたの?」
「う、ううん、別に……ゴホッ、ゴホッゴホッ」
最初は小さな咳だったが、突然それは大きな咳に変わっていった。それと同時に、少女の顔もだんだんと赤くなっていく。
「まさか……!」
「すぐに医者に診せなさい!」
長に言われ、母は少女を抱きかかえ、すぐさま医者の元へと連れていく。
行くまでの間、だんだんと少女の様子は悪くなっていく。咳は激しくなり、顔の色も赤というより、白くなり始める。
駆け込むようにして診療所に入り、医者のもとへ少女を連れていく。医者である彼も事態を察し、すぐに診察を始める。
「免疫力が下がっています。まさしく例の奇病です」
「そんな……!」
その言葉に、母は膝をつくようにして倒れこむ。
「この子は……、この子は死んでしまうんですか!? まだこんなに幼いのに!」
「しかし、そうは言われても……」
「何か、何か治療法はないんですか!? どんなに辛い治療でも、生きれる可能性があるなら構いません!」
「それがあるなら今頃誰も死んでいません。何も分からない、だからこの病気はここまで命を奪っているんですよ!」
彼女にだって分かっている。この病気がどうしようもないということを。彼女はただ娘のことを心配しながら泣くしかなかった。
医者に言われ、とにかく延命するためには家で安静にしていることと言われ、家のベッドに寝かせた。
「お母さん、体が……熱いよ」
「ごめんね、きっと治るから、頑張ってね」
免疫力が下がっているために、無理に冷やすことは逆効果だと言われたため、このままにしておくしかない。
娘の額をゆっくりと撫でていると、扉の開く音が響いた。
「本当か? 例の奇病にかかったって」
父が帰って来たのだ。椅子に座り、妻と面と向かう。
「本当、なのよ。他の人たちと同じように、咳が出て熱も出て、体が痛くなっていってるの。このままじゃ、同じように死んじゃう……」
心配のあまり、彼女はついに泣き出してしまう。夫に背中をさすられながら嗚咽している。
「きっと治る。そう信じないと治るものも治らないよ」
「そう、だけど……、でもどうやったら治るの? それが分からない、だからみんな死んでいるのに……」
「治療法、か……」
夫は窓からふと空を見上げた。自分たちと同じように、この空を見上げている者たちのことをふと思い出した。
「この村は小さい。きっと外ならこの病気のことが分かるかもしれない」
「それって……人間に頼るっていうこと?」
彼女の言葉に、夫はゆっくりと頷く。
「そんなのダメよ! きっと大問題になる、病気どころか、私たちが捕まるかもしれない! もし病気が治っても、幸せに生きていける場所が無くなる!」
「でもこのままじゃ何の希望も無い! 人間たちの間でなら治療法が確立しているかもしれない! そもそも、治療器具も何もかも少ないんだ、そんなところで病気が分かるわけない!」
「知ってるわよ、でも人間に頼るだなんて……」
遠い星から離れ、落ち着いたこの星へやってきた。人間たちに見つからないように必死に隠れながら生きてきた。だがそれももう限界なのかもしれない。
「そうね、あなたの……言うとおりね。何よりも生きることを考えないと」
「ああ。他のみんなにもそう言おう。人間だって全員が悪いわけじゃない、きっと俺たちに寄り添ってくれる人たちが居るはずさ」
その言葉に、妻は安堵し夫の胸に顔をうずめる。
「明日みんなに相談しよう」
「ええ。あっ、そのためにも神様にお祈りしなくちゃ」
人間たちのところで治療法が見つかりますように、そして娘の奇病が治りますように……。それを祈るために桜の木の元へ行くことにした。
娘も安静にしなければならないのだが、家から桜のところまではそう遠くはない。それに娘自身が祈らなければ、きっと意味は無い。そう思って娘も連れていくことにした。
星の輝く夜道。桜の木は星の光を反射して神秘的に光っていた。
「綺麗、だね」
娘は苦しいながらも声を引きずり出すようにして一言呟いた。
「お祈りしましょう。神様、病気を治してくださいって」
「うん」
お母さんの言った通りに、「神様、病気を治してください」と頭の中で何度も繰り返しながら、回復を祈る。
「さぁ、あんまり長居すると体に悪いから帰りましょう」
父と母に両手を繋がれ、帰り道へと着く。
「ね、ねぇ、お母さん……」
「何?」
「おかあ、さん……」
娘の様子がおかしい。先ほどよりも具合が悪そうだ。やはり無理に来させたのが悪かったのだろうか。そんなことを考えながら娘をそっと抱きかかえる。
「大丈夫、お父さんが抱えていくから」
「う、うん……」
父の背中に乗る。父の背中は好きだ。暖かくて広いから。だからいつも眠ってしまう。
「ミア、大丈夫だからね」
夫の背中で眠る娘の背中をゆっくりとさする。
やがて家族は家の前へと着いた。
「ほら、ミア起きて。家に着いたよ」
父が背中から娘を下ろそうとするが、起きる気配が無い。
「どうしたの? ほら、起きて……」
父の背中からはがすように下ろした瞬間、彼らにとって恐ろしいものがそこにはあった。
「嘘でしょ……!?」
「おい、しっかりしろ!ミア!ミア!」
娘はぐったりとしており、何の反応も無い。いや、それどころではない。
「嫌、ミアーっ!」
娘の顔からは、とても綺麗なバラの花が咲いていたのだ。
「ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデー、トゥーユー、ハッピバースデーディアお父さーん、ハッピーバースデートゥーユー!」
誕生日の歌の後に、父の吹く息が暗闇を照らすろうそくの火を消した。
「お父さん、40歳の誕生日おめでとう~!」
華はどこからともなくクラッカーを取り出してそれを鳴らした。弟の純一も同じようにそれを鳴らした。
「俺、今日で40歳だっけ?」
「40歳! 全く、忘れないでよ」
妻の一言に、父は照れながらろうそくを一本一本ケーキから外していく。
「しかし、父さんも誕生日の日に大きい仕事は決まるなんてね」
「ああ、これまで以上に家族の事を支えていくよ」
父はそう胸を張りながら、ろうそくを全てケーキから取り外し終えた。
「確か開発チームのリーダーだっけ? すごいよね~、ねぇパパ、もし出来たらでいいんだけど、次の新作、発売前に遊べないかな……?」
華は甘い顔で父にそれを頼もうとするが、手を前に出されてキッパリと断られてしまう。
「ダメだ。リークさせたら俺のクビが危うい」
「ケチ~、じゃあこのプレゼントあげないからね!」
華は手に持ったプレゼントを背中に隠そうとする。
「いや、それは困るな……」
父が華の手からプレゼントを貰う、というより奪おうとしているのか。そんなことをしている中、突然誕生日パーティの中にピンポーンと家のベルが鳴る。
「私が見てくる。まだプレゼント開けちゃダメだからね」
華はそう言ってプレゼントの箱を椅子に置いて玄関へと走っていく。
扉を開くと、そこには見慣れた顔が。
「やっぱり、この時間に来るやつなんてアンタだけだと思った」
玄関の前に居たのは、やたら得意げな顔をした少年、ドクターだ。
「やぁ華。今日の夕飯の献立は?」
「豚の角煮。いつも誰かの誕生日の日には角煮なんだ。まさか食べに来たの?」
「いや、ちょっと聞いてみただけ。用事は他にある」
そう言うと、彼はポケットから到底その中に入っていたとは思えないほどの大きな機械を取り出した。
「それ、例の信号を追う機械?」
「ああそうだ。実はその信号をついにキャッチすることができてね。例の裂け目から出てるっていう信号さ。怪盗ドクターの事件のおかげで、より絞り込むことができたんだ」
グレイヴが学校を襲ってから、ドクターはしばしば謎の信号のことを追っていたのだ。どうやら裂け目から出ているという話だったが、ついにそれが見つかったらしい。
「まさかそれを一緒に探しに行こうって?」
「それもあるが、実はその信号はあるものを経由しているらしくてね。中継地点ってやつかな」
「それって何?」
「ターディスで調べたところ、どうやら華の家にあるらしいんだ。だからお邪魔するよ。あっ、夕飯ならさっき食べたから要らない」
そう言うと、ドクターは靴を脱いでずかずかと華の家の中へと入っていく。
「あっ、ちょっとまだ入って良いって言ってないんだけど!」
そんな彼女の制止も聞かず、ドクターはずけずけと奥へと向かっていく。
「あっ、仁くん! どうしたの、まさか今日も夕飯を食べに?」
「いや、この家に用事があって」
「家に用事? まさか前に来た時の忘れ物?」
「まぁ、そんなところです」
母の問答に適当に返事し、ドクターはソニックドライバーと信号の機械を光らせながらキッチンや寝室を次々と探し回る。
「仁ちゃん、俺の部屋はダメだからね」
純一が自分の部屋まで探られないために、部屋の前に立って門番を務める。
「君の部屋に用事は無いよ。どうやら華の部屋か」
そう言って今度は華の部屋へとずけずけ入っていく。それを見て父は、どこか不思議そうな目で見つめている。
「ちょっとドクター! 女子の部屋に勝手に上がりこまないでよ! 第一、うちの家に中継地点なんて無いから!」
「そうは思っても、知らない間にエイリアンが入り込んでて置いてったかもしれないぞ?」
「その可能性はあるかもしれないけど、せめてもうちょいデリカシーを気にしながら……ってああそこはダメ!」
華が急いでドクターの開こうとしたタンスを閉める。
「なんでダメなんだ?」
「そこ下着入ってるから! これはもう明らかなセクハラだから!」
「君の下着なんて興味ない。興味あるのは信号の中継地点だ」
「き、興味ない!? それはそれで失礼なんですけど!」
華はプンスカと怒りながらドクターの頭を叩く。次にドクターが開いたのは押し入れだ。
「その中、別に面白いもの入ってないよ? 読まなくなった図鑑、とか辞書とか、あと古いゲーム機とか」
「古いゲーム機?」
「うん、プレステ1とか64とか」
「たった20年前だ、そんな古くない」
「2000年も生きてるエイリアンにとったら古くはないかもね」
すると、ドクターは奥から古ぼけた辞書を取り出してきた。
「広辞苑、1996年か」
「お母さんのお下がりだよ」
「どうやら、この中に例の中継地点が……」
ソニックドライバーを光らせながら、辞書のページを次々とめくっていく。そこの200ページ目に、一本の押し花から作られたしおりが挟んであった。
「どうやら、これが例の信号の中継地点らしい」
「そのしおりって、もしかして……」
ドクターの手からそのしおりを奪い取り、華がじっくりと眺める。
「前に話したよね、お父さんがお母さんにプロポーズするときに渡したバラの花。それがしおりになってるって」
「そういえばそんな話してたな」
「それがこれなんだ。最近見ないなと思ったけど、辞書に挟んだままだったんだ」
ドクターはふとそれが使われていた200ページ目を見る。そこには「祈り」という言葉があった。
「でも、どうしてこれが中継地点なの?」
「さぁ。とにかく例の信号はこれを中継してどこかからか発信されてる。これを使えばようやく本体に出会えるってわけさ」
「この花が? 不思議なもんだね」
「じゃ、とにかくこのしおりは貰っていくよ」
「ちゃんと返してくれるならね。でしょ?」
華はしおりをドクターから遠ざける。
「ちゃんと返すよ。何か返さなかったことあったか?」
「それは特に無いけど。でも心配だし、私もついていくから」
「こんな時間に?」
今は夜の9時。子供が出かける時間帯ではない。
「一応うちの家族にとって大事なものなんだから。監視する人がいないと」
「僕は構わないけど、ちゃんと親に言い訳考えておけよ」
「そりゃもちろん」
そう言って、二人は部屋から出て玄関へと向かっていく。
「ちょっと華、どこに行くの?」
やはりというか当たり前だが、母から呼び止められる。
「ちょっとだけ夜風に当たって来る。仁が夜暇だって言うからさ、少し付き合うだけ」
「プレゼントはどうするの?」
「私が帰ってくるまでは開けないでおいて!」
そう言って、華はドクターと共に玄関の扉から外へと出ていく。
「変なことすんなよー」
「しないっての!」
純一の冗談につっこみながら、いつもと同じように、これまでと変わりない日常のように、外へと出かけていく―――