DOCTOR WHO 青い箱の中の少年   作:ナマリ

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シリーズのクライマックスにはそれまでの出来事や展開が大きく関わって来るもの。
今回はそんな感じです


第十二話 LOST BOX〈ロストボックス〉PART2

 

ドクターがターディスのレバーを引くと、いつもと同じように激しいエンジン音と共にどこかへとワープしていく。

「しかし来て良かったのか? プレゼントってことは誰かの誕生日だったんだろう?」

ドクターが持ち手を掴みながら華に話しかける。

「うん、パパの誕生日」

「尚更、お父さんが悲しむぞ」

「大丈夫! これタイムマシンでしょ? 10分後ぐらいに戻れば問題ないって。それで、信号の発信源ってどこにあるの?」

すっかり華もターディスに詳しくなった。ドクターはフフッと笑って華にモニターを見せる。

「新宿だ。けどそっから先の細かい位置の特定はできなかった。だから降りて探す」

「新宿か……」

数秒経つと、ターディスの揺れがようやく収まる。どうやら新宿に着陸したらしい。

「歌舞伎町の方面じゃないといいけど」

そう呟きながら、押し花のしおりを持ち、ターディスの扉を開いて外へと出ていく。彼についていくように華も外へ。

「新宿なんて初めて来た」

新宿駅前。夜の9時だというのに、町の人々は忙しない喧騒の中を歩いていく。どのビルもライトを照らしていて、昼間よりも眩しいぐらいだ。

「意外だな、来たことなかったのか?」

「私は地元で色々事足りるから。それに遊園地とかも無いし。どっちかというと大人の遊び場って感じでしょ?」

「確かにその通りだ。中学生が遊びに来るような場所じゃない」

華はふと気になってターディスのほうを見る。新宿駅前の小さな建物のくぼみに、ぴったりとターディスが着陸している。

「あんな堂々と人前に出てきたのに、誰にも気づかれてない」

「みんな気にしてないだけさ。青いボックスを気にしているほど暇じゃないのさ」

そう言ってドクターはソニックドライバーを光らせながら、人の流れとは逆方向に進んでいく。

ドクターはそんなことを言っていたが、彼を追いかける途中何人かはスマホでターディスの写真を撮っていた気がする。

「ドクターは新宿初めて?」

「いや、前に何度か来たことがある。エイリアンの基地が新宿にあってね。その時以来かな」

「こんなところにまでエイリアンが来るんだ……」

「地球全体をダーレクに襲われた時は新宿どころか日本全土にエイリアンだ。よくあることさ」

そう呟きながら、ドクターは繁華街から少し離れたところへと向かっていく。

その途中、華はドクターの持つしおりの花に目を向けていた。それを見てあることを思い出す。

「そういえばそのバラの花、実はパパが公園でとったものなんだって」

「公園?」

「うん、お母さんへのプレゼントを考えてたら、とても綺麗なバラの花が咲いてたからそれを摘んだんだって。勝手に摘んだなんてダメでしょ、ってその後ママに怒られたらしいけどね」

「公園の花は公共のものだ、勝手に摘んだらそりゃあダメだな。酔っぱらってたんだろう」

今度は古ぼけた建物同士の間の路地へと入っていく。

「つまり、ドクターが今目指してる場所は違うんじゃないかなって思ったの。こんな路地に公園があるわけないでしょ、しかもこんな大都会で」

もし父が摘んだバラの花が、何かしらの信号の中継地点であるのなら、その発信している本体は公園にあるはず……。そう思って路地に入るドクターを止めようとするが、ドクターは一切止まる気配がない。

「あくまで中継地点だって言ったろ。その公園に本体があるかどうかわからない。もしかしたら地下にエイリアンの基地があるかもしれないからな。この先がその入口かも」

ドクターの進んでいく暗い路地には、グラフィティがあちこちに見られた。警察も巡回で来るような場所ではないのだろう。こういった場所には危険な輩が居そうで不安だ。そんな気持ちをなんとかドクターに気づかれるように示して見るが、ドクターは気にせず進んでいく。

「もう、だからこんなところが怖いんだってば!」

そう言ってドクターを追おうとした時、ふと横に白で描かれたグラフィティが目に入った。

LOST BOX(ロストボックス)……、ゲーム好きな人も来るんだ」

こんなところには似つかわしくないゲームのタイトル名。それが路地の中に一つ大きな文字で描かれていた。

しかしこんなものに気を取られていてはドクターを見失ってしまう。追いかけようと向きを変えるが、ドクターは進むことなくそこに立ち止まっていた。

「どうしたの?」

「行き止まりだ、ここで終わり」

ドクターの前にはパイプや当分の間使われていなかったであろう、古ぼけたゴミ箱が黒い壁の前にあった。

「やっぱり。きっと道を間違えたんだよ。行き先は公園だって」

彼の裾を引っ張って戻ろうとするが、ドクターは壁を見つめながら動こうとしない。

「いや、この先だと示してるんだ」

「じゃあ、この建物の中?」

「いや、違うな」

そう言うと、ドクターはゴミ箱を持ち上げてどかし、壁の前に立った。

「これは人を騙すための壁さ。ここはもう行き止まりだと思わせて引き返させるための」

ドクターはソニックドライバーを壁に向けて光を放つ。すると壁はオーロラのように揺れたかと思うと、突然目の前から消え去った。

「知覚フィルターだ」

そう言うと、ドクターは壁のあった場所へと進んでいく。この道の先は真っ暗で何も見えない。

「ちょっと待ってよ!」

こんな暗闇の中で見失ったら困る。華はドクターの服の裾を掴みながら先へ進んでいく。

1分ほど暗闇の中を歩いていると、目の前に白い光が見えてきた。この先が出口だと言うので、そこへと進んでいく。

やがてその光は大きくなっていき、ようやく暗闇から解放される。

 

そこは新宿には到底あるとは思えない、とても大きな緑の平原と、巨大な花畑が広がっていた。空の星は都会の明るさに潰されることなく輝いている。

「綺麗……。でもどういうこと? どうして新宿にこんな場所が?」

「あの壁の先にあったのはワープトンネルみたいなものだろう、別の場所と場所を繋ぐね。ここは新宿じゃない別の場所だ。けどトンネルの構造からして、地球上には間違いない」

そう言うと、ドクターは平原の地面にジャンプして飛び乗る。

「なら最初からここに来ればよかったのに」

「この辺りは一面が知覚フィルターに覆われてる。ターディスじゃたどり着けないよ。千里の道も一歩から。自分の足で来ないとな」

今度はソニックドライバーを地面に向けている。

「土、雑草。普通の地面だ」

ドクターは土と雑草を口に入れてそれを確認する。華はやめなよと肩を叩いた。

「もしかして、お父さんはここに迷い込んだのかな。ここのことを公園って勘違いして」

「やっぱり酔っぱらってたんだろう。じゃなきゃこんな広い場所を都会にある公園とは勘違いしない」

平原は地平線が見えるほど広かった。本当に地球の上なのか疑問に思うほど、とても綺麗だった。

そんな平原にある花畑の近くに、何やら建物らしいものが見える。

「ねぇドクター、例の信号ってあっちからじゃない?」

「村、みたいだな。知覚フィルターが使えるんだ、相手は地球人じゃないはず。細心の注意を払って忍び込んでみるか」

二人は遠くに見える村に向かった。そこにはエイリアンでも何でも、誰かがいると思ったが、何の声も音も聞こえてこない。門番や警備の者なども見当たらない。

「こんな夜だし、みんなもう寝たのかな」

「さぁ。夜に寝る種族なんて地球人ぐらいなもんだけど」

音を立てないように、ゆっくりと村の中へと忍び込む。どれも木製だが、家の形がどれも不思議だった。どれも丸いのに、とても綺麗な木製だ。そして何より不思議だったのは……

「どうして村中に花が生えてるんだろう」

壁、地面、いたるところに花畑と同じような花が咲き誇っていた。

「バラの花もある……、やっぱりお父さんはここで花を摘んだんだ」

「良かったな、公園じゃなければ勝手に花を摘んでも問題はない」

そう言いながら、ドクターはソニックドライバーをぐるっとあたりに向ける。

「どうやらこの村には誰も住んでないみたいだ、植物を覗いて生命反応はゼロ」

「じゃあ、既に誰かがここを捨てたってこと?」

「どうやらそのようだ。だとしても不思議だ、もしここを離れるなら、新宿に繋ぐワープホールは遮断させてもおかしくないのに」

その疑問に答える者は誰も居ない。ここは無人の村だ。しかしそれにしては静かすぎるとドクターは疑問に思った。

鳥なり、何かしらの動物が住んでいたとしてもおかしくないのだが……

「どうしてこの村から人が居なくなったんだ? 一体誰が信号を……おっと」

ドクターは目の前に藤色の十字架らしきマークのある建物へと入っていく。

「そこ何?」

「病院、もしくは診療所だ。何かあるかも」

華は入って行く彼を一瞥し、反対側の建物を見る。

その空いているドアからは、花がまるでツタのように外へと伸びていた。病院に入っていくドクターよりもそれが気になった華は、その花を辿るようにして中に入っていく。

一方、病院の中に入って行ったドクターは、診察室らしき場所に一枚の手帳が落ちているのを発見した。

それに書かれた、まるでミミズが走ったような文字は、ターディスの自動翻訳機能で日本語へと変わっていく。

 

『3月10日、つまり昨日のことだが、奇妙な病気を発見した。患者は具合が悪く、咳が止まらないとして訪れたのだが、いくら診察してもウイルスなどが見つからない。いうなれば、原因が一切不明なのだ。疲れなどがあるかどうかも聞いてみたが、特に体を壊すようなことはしていないのだと言う。一旦家で安静にしているようにと命じ、その日は帰らせた。

そして今日、突然村が騒ぎ出した。なんと昨日訪れた患者が今日突然眠るように亡くなったのだという。私はもっとしっかりと診断するべきだったと後悔したが、エル、つまり私の同僚のドクターは君のせいではないと言ってくれた。しかし原因が気になるので、彼は亡くなった患者の事をより調べるのだという。』

 

『3月15日、突然エルが亡くなった。おとといから具合が悪かったようだが、本人は免疫力が下がっただけだ、すぐに治ると言っていた。それが結果としてこうだ。まさか、この前亡くなったあの患者から病気を移されたのだろうか? 調べてみると言っていたのだ、もしかすると私たちですら知らない、この星のウイルスなのかもしれない。』

 

『3月21日、あれから何度か調べてみるが、やはりウイルスや細菌の気配はない。少なくとも感染するような病気ではないらしい。となると、なぜあの二人が同じような症状で死んだのだろう? ただの偶然か、はたまた何かの仕業か……。』

 

『3月22日、亡くなった二人と同じ症例の患者が今日は三人も訪れた。彼らに協力を仰ぎ、最初に亡くなった患者とどんな関係性か、体に悪いような何かをしたかを聞いてみたが、どうやら最初の患者とも関係は無く、そもそもその三人の間は赤の他人であった。よりこの病気のことが分からなくなった。』

 

『3月25日、訪れた三人も同じように眠るように亡くなった。やはりウイルスや細菌は見つからず。ただ共通点としては免疫力が皆下がり、衰弱の末に亡くなったのだ。一体何故こんなことに? ともかく既に死者は5人。これは間違いなく今までない奇病だ。早く解決しなければ、この村が危うい。神頼みなど好きではないが、私は村の先にある、桜のご神木に手を向けた。もし神が本当に居るのなら、私たちに力を貸してほしい、苦しむ人々のために。』

 

 

華は建物の中に入り、辺りを見渡している。

どうやら人の家のようだ。どれも木製でできている。まるで大昔のようだ。ひょっとすると、ここは過去の世界なのだろうか? しかし、それにしては見たことのない建築様式だな、と思いながら観察する。

ペンや手帳、椅子など、どれも見たことのないデザインだ。やはりエイリアンの村なのかもしれない。

そしてどれもが綺麗な花に囲まれている。しかし、古い建物でツタなどが絡むことはあっても、ここまで花が咲くことはあるのだろうか? そう思っていると、ふと溢れんばかりの花に囲まれている何かを発見した。

「何だろう……」

ゆっくりとその花をかきわける。するとそこには……

 

 

『4月23日、ミアちゃんが亡くなってから、前以上に奇病の報告されるペースが上がってきている。長はついに折れ、ようやく人間たちにこの病気のことを聞きにいくことを決定した。これでこの村を襲う奇病は治るのだろうか。そしてついに今日、私は患者たちと同じく奇病になってしまった。私は長く生きた、きっと助からない。だが必ず彼らが人間の世界で治療法を見つけてくれるはずだ。それを祈ろう。我々ウディークをどうか、どうか救ってほしい。せめてこの命が終えてしまう前に、そう神に祈るとしよう……』

 

「ウディーク、ここはウディークの村か。だから……」

手帳を閉じ、机に置こうとした瞬間、外から華の叫び声が響いた。

「華!?」

ドクターはすぐさま診療所から出て、華のもとへと向かう。

花を辿り入って行った建物の中で、華は壁によりかかるように驚いていた。

「どうした、一体何を見たんだ!?」

「ひ、人の死体……!」

ドクターは華の見つめる花の塊に手を伸ばした。花の群れをかきわけると、そこには茶色い人の顔があった。

「様子がおかしいけど、人の死体だよね!?」

「人によく似てるが……、体は木製だ」

「木製? じゃあ、ただの木の人形ってこと?」

「いや、植物型のエイリアン、ウディークさ。体が木で出来てる。死体に間違いはないけどね」

そう言って、ドクターは花を元に戻す。

「でもどうして花に囲まれて死んでるの? ……まさか、この花が危険なエイリアンなんじゃ!?」

怯える華だったが、ドクターは反してあまり危険視していないようだ。

「人間も含めて、動物は死ぬとウジが湧くだろ?」

「うん」

「ウディークの場合はそれが花なんだ。死ぬと体から生えてくる」

「じゃあ、この村のあちこちに花が咲いてるのって」

「全員死んでるってことさ。花畑はきっと墓だ」

花こそ、ウディークにとっては死の象徴。つまりこの村は今、死体の山に囲まれているということだ。

「そんな……」

「しかし、村を覆うほどの花だ、この村に住んでたウディークは全滅したんだろう」

「全滅って一体何に? エイリアンの攻撃?」

「いや、奇病だとさ」

ドクターは持ってきた古ぼけた手帳を華に見せる。

「この村に住んでた医者の日記だ。奇病は最終的にここの住人全てを殺した」

華は手帳を一枚一枚めくりながら、その内容を読み進めていく。

「ねぇ、ここに居て大丈夫なの? もしその奇病が私たちにも感染したりするなら」

「平気だ。それが起きたのは20年以上前、宿主は全滅、僕たちは感染しないよ」

「それならいいんだけど」

「だが一番はその奇病がどこから来たか、だ。一番怪しいのはアレだ」

そう言うと、ドクターは建物から出て、道の先にある、大きなものを指さした。

「木?」

村の先にあったのは、そこには花も葉もついていない、枯れてしまっている大きな木であった。辺りには古ぼけた、何かしらの儀式をしていたかのような装飾がされており、木はその中心に鎮座していた。

「あの木はこの村で神格化されていたんだ。枯れてはいるが、全盛期にはきっと大きな花でも咲かせていたんだろう」

「なら、ただのご神木じゃない」

「それは違う。例の信号はあの木から出ているんだ」

ドクターの持つソニックが、木に向けた時に大きな音を出す。あれに明らかに反応しているのだ。

「例の奇病の事が何か分かるかも。調べに行こう」

そう言うと、村の先にあるご神木に向かってドクターは足早に歩き出した。華は受け取った手帳をドクターに返そうとしたが、タイミングが合わなかったため、そのまま手に持って彼についていく。

「どんな場所にも、神を信じる文化は存在する。弥生時代もそうだし、宇宙にもね」

ドクターは木の元に到着するや否や、木の周りを回ってソニックで調べ始める。

「けど、場合によっては神だってことを利用したりもするよね。この木もそうなんじゃない?」

かつて、弥生時代の人々を騙したダーレクのことを思い出しながら、華がそれを伝える。

「……おかしいな、この木から何も反応が無い」

ドクターはソニックを見つめながら、怪訝な顔をしている。

「信号は出てるんでしょ? 中に機械が入ってたとか、そういうのは?」

「信号は出てるが、中から機械の反応は一切無い。だけどこの木は不思議なんだ、死んでる、というか……信号以外の一切を発していない」

「どういうこと?」

「植物と会話したことあるか?」

「無いけど」

「幼い頃にあっただろう、タンポポと喋ったりとかさ。想像力が豊かだと、植物と話せるんだ。植物型のエイリアンでなくてもね。植物は生き物だからな」

「そうなんだ。私は話したことないけど。ドクターは話せるの?」

「ああ。植物との会話は簡単だよ。100年練習すれば人間でも話せる。だからこそ不思議なんだ、この木にいくら話しかけても反応が無い」

ドクターは木に顔をくっつけて舐めたり、喋りかけている。傍らから見ればただの異常者だが、ドクターは指を立てるだけで天気が分かるほど、こういったことは得意なのだ。華はそんなことに疑問を抱かないまま、ドクターのことを見つめている。

「死んでるんじゃないの?」

「植物はなかなか死なない。見た目は枯れてても、季節が変われば花や葉っぱがつく。だけどこれは違う。まだ生きてるはずなんだ。この表面の光沢、大きさ、味どれにしても、まだ立派に生きてる木のはずなんだ。なのに……何の反応も無い」

ドクターは再び木を舐めるが、相変わらず不思議そうな顔をして木を見つめるばかり。

「それだけじゃない、奇病の原因となったウイルスなどの痕跡も無い」

「ならウイルスとかのせいじゃないんじゃ?」

「人々に次々と感染(うつ)って行ったんだ。そういったものではないと説明がつかない。この木は奇病と関係ないのか?」

ご神木は何も答えず、ただそこに無言で佇むのみ。

「この木はただの木じゃない。一体何なんだ……」

枯れているご神木。まだ生きているはずなのに、何の反応も無い。この木の事がドクターには一切分からない。

「きっとまだ見落としていることがあるはずだ。そうだ、まだ村の方に情報があるかも……」

そう言うと、ドクターはご神木に背を向けて村の方へ歩いていく。

「どう見ても、ただの木だけど……」

華はそのご神木に近づく。近くで見ると、思っていたより大きかったので驚いた。木の幹は、それこそ何千年も生きているからかとても太く、2メートル以上はありそうだ。

木の周りを周るように歩き、そのざらざらとした表面を撫でる。その途中、大きく出っ張った部分が手に当たる。

「何だろ、これ」

木の背後に、何やら奇妙な丸い突起が出ていた。それはまるで扉のドアノブのような形をしていた。

これはまさか扉だろうか? そう思った華はその突起に手を伸ばす。

 

『一週間前、平和に過ごす私たちの村で、突然大きな衝撃が村中を駆け巡った。すぐさま祖父である長と共にその衝撃のあったもとへ向かう。そこは我々が祭事に使う祭壇であった。なんとその祭壇を壊し、地面にめり込むように大木が現れていた。いつの間にこんなものが生えていたのだろうか? いや、落ちてきたのか? 大事な祭壇を破壊したその大木を切ろうとした瞬間、突如、枝から花が生えてきた。なんとそれは桜の花であった。桜の木は私たちの住んでいた星では、神そのものであるとされていた。あまりにも綺麗なので、その木を切り倒すという計画はすぐに立ち消えた。長はこの出来事を神の御業と判断し、この桜の木は我々を救いに来た、神からの手向けであるということになった』

 

「あの木は突然現れた……、妙だな、最初からあったんじゃなかったのか」

長のものと思われる建物に入っていたドクターは、そこで新たに発見した日記を読み始めていた。そのページを読み終わると、次の頁をめくる。

 

『あれから、神とされた桜の木に祈るという文化が根付き始めた。あれに祈ることで、神の加護や幸せを願うのだ。私も同じようにあの木に向かって祈る。行き場を無くし、辺境の星に住み始めた私たちを見守るために現れたに違いない。最近、体調の優れない私は、前のように元気になれるようにと祈りを込めて手を合わせる。』

 

「桜の木はウディークにとって神の象徴、だとしても突然現れるなんて都合が良すぎる。……ん?」

ドクターは今のページをもう一度読み返す。ある言葉が気になったのだ。

 

『最近、体調の優れない私は……』

 

「まさか、あの木が現れてから体調が? やはりあの木に奇病の原因があるんだ。でもウイルスの反応はどこにも……」

そういえば、医者の手帳に書いてあった。ウイルスなどの反応は患者からは検出されなかった。だとすると、一体奇病の正体とは……

そのことを考えようとした瞬間、突如として地面が大きく揺れた。その衝撃で、手帳をつい落としてしまう。

「何だ!?」

それと同時に、何かがひび割れるような音が空から響き渡る。

すぐに建物の外へ出て空を見上げる。夜空に光る星々を切るように、大きな裂け目が空に開かれている。

「これはまさか……華!」

ドクターはすぐさま華のいる桜の木の元へと走って向かう。

 

華は突然の揺れに驚き、その場に座り込んだ。木の突起に触れた途端、それが起きたのだ。

「華!」

異常を察知したドクターが彼女の元へと駆け寄る。

「ドクター! 今の揺れは何!?」

「分からない、だけどこれは危険だ!」

「危険って?」

「空に時空の裂け目が開いてる!」

華が見上げた空には、紙が破かれたような裂け目がいくつも開いていた。

「時空の裂け目!? どうしてそんなものが!?」

「僕だって分からない! 急に開いたんだ!」

ドクターは華の手を掴んで走り出す。

「どこに行くの!?」

「ここから逃げる! 裂け目の向こうから何が現れるか分からない、危険だ!」

二人は村を出て、ここに来た入口へと向かう。その途中で花畑を踏みつけてしまったが、今は緊急事態だ。

「無い! 出口が無い!」

二人が進んだ先にあるはずの、新宿へと繋がる出口が消えていた。まるでそこに何も無かったかのように。あるのはただの暗い平原のみだった。

「どうして無くなったの!?」

「僕も知らない! きっと誰かが閉じたんだ!」

「じゃあ村にまだ生き残りが?」

「……その可能性はアリだ。村へ戻るぞ!」

逃げるためここまで戻って来たが、再び村に戻ることに。裂け目はこの間にもだんだんと大きくなっていく。

再び無人の村へと駆け込んだ二人は、この村で新宿への道を閉じた犯人を捜すこととなった。ドクターはソニックドライバーを光らせて調べる。

「ダメだ、やっぱり生体反応はどこにも無い!」

「じゃあ一体誰が!?」

裂け目が開く影響で、揺れる地面の中、ドクターは村の先にある枯れたご神木に目を向ける。

「華、あの木に何かしたか?」

「何かって……、変なドアノブみたいなのがあったから、それに触ったんだけど」

「ドアノブ? まさかそれに触れたせいでこれが……」

ドクターの脳裏にはあることが思い浮かんだ。出口への扉を閉めたのは、まさかあの桜の木ではないだろうか。そう思ったドクターはすぐさまあの木の元へと向かっていく。

華は彼を追いかける途中、目の前に開いた裂け目の中へと目を向けた。

そこからは、見たことのある金色の怪物が今まさに出てこようとしていた。

 

「……抹殺せよ」

その言葉を聞いた途端、華はドクターの肩を叩く。

「ド、ドクター! ねぇあれ、ダーレク!」

「今はダーレクの話をしてる場合じゃない!」

「ダーレクの話なんじゃなくて、ダーレクがいるんだって!」

「何!?」

ドクターは華の指さした先を見つめる。確かにそこには、胡椒瓶の見た目をした凶悪な怪物、ダーレクが何体も浮かんでいた。

「まさか、どうしてここに!?」

遠くに浮かぶダーレクは、ドクター達を見つけ、言葉を放つ。

「裂け目の向こうに生命体を発見! 抹殺せよ! 抹殺せよ!」

ダーレクたちは、その腕に取り付けられた銃から、ドクターたちをめがけて光線を放つ。

「悪いがお前たちに構っている暇はないんだ!」

二人は光線を避けながら、桜の木へと到達する。裏に隠れてやり過ごしながら、例のドアノブを探す。

「これか?」

木の裏で見つけたそれは、木製ではあるが確かにドアノブのような姿をしていた。

「どうして木にドアノブがついてるの?」

「木の中へ入るための入り口……なんだろう。とにかく中に入るために……」

ドクターがドアノブを回そうとするが、既にダーレクに追い付かれてしまっていた。

「抹殺せよ!」

ダーレクの光線が、二人めがけて飛んでくる。それに反応し、二人はすぐさま避けようとするが、その光線は二人の元へ届く前に何かに当たったかのように消えた。

「今のは……、フォースフィールド?」

ドクターは光線の消えたところへ近づいた。

「ちょっとドクター!」

「大丈夫だ」

「抹殺せよ!」

再びダーレクが光線を放つが、やはりドクターに届く前にそれは消えてしまう。

「……どうしてフォースフィールドがこんなところに張られてるんだ?」

その疑問を抱いた瞬間、空の裂け目がより大きくなっていく。

「警告! 別の裂け目から更なる生命体反応を探知!」

一体のダーレクが、リーダーらしきダーレクにそれを報告する。それを聞いていたドクターと華は、空の裂け目を見上げる。そこから現れたものに、ドクターと華は大きく驚いた。見たことのあるものだったのだ。

 

白髪交じりの、白目を剥いたお婆さんらしき怪物である、頭ババア。そして色白に体操服姿の少年、ソータがそこから現れたのだ。

「どうしてグレイヴにソータが?」

「えっ、ソータくん!?」

二人はまさかの人物に、驚きを隠せないようであった。色白の少年は、二人を見るなり嫌そうな顔を見せる。

「まさか、ここでドクターと再び会うとはな。実に心外だ」

「ソータの姿はしているが違う。大知性体か」

その声はソータのものではなく、野太い男のもの。ソータの見た目をした大知性体だったのだ。

「ようやく見つけたぞドクター。貴様への復讐をどれほど待ち望んだことか」

か細い声でそう語るのは頭ババア。その正体は情報から姿を手に入れるエイリアン、グレイヴだ。

「どうしてこんなところにグレイヴに大知性体が居るの!? それにダーレクまで!」

華は怯えながらドクターにそのことを聞く。

「あの裂け目……そうか、あれが例の裂け目なんだ。大知性体は裂け目の向こう側に追放した。その先がここだったってわけか。ダーレクも例の裂け目を通って弥生時代に現れたんだ」

「その通り。我々は信号を追ってこの裂け目へと飛び込んだのだ。先遣隊の報告は無かったが」

ダーレクのその言葉に、ドクターはほくそ笑んで言葉を帰す。

「その先遣隊なら弥生時代で僕が倒した。悪いね、そのせいで報告が無くて」

「ドクターは我々の敵だ! 抹殺せよ! 抹殺せよ!」

その発言に怒ったダーレクはドクターめがけて光線を放つが、やはりそれは途中で消える。

「ドクター、この状況マズいんじゃない? バケモノがこんなに居る」

「心配いらない、僕たちはフォースフィールドの中だ。攻撃はできないさ」

頭ババア達は歯をカチカチと鳴らしながら、ドクターの方を向いている。

「大知性体とダーレクは分かるけどさ、どうしてグレイヴも?」

「ヤツらは地球に墜落したんじゃなくて、大知性体と同じ裂け目から学校、そして町に現れたのさ。同じ学校があんな短いスパンでエイリアンに狙われるなんておかしい話だと思った」

「でも消えたんじゃなかった? グレイヴって」

「生き残りが居たんだろう。だがこれほどの少数じゃ侵略も攻撃もできないな」

この場に居る頭ババアはわずが10体ほど。本来の数に比べれば、大きく減っている。

「我々は裂け目を通って地球へ落ちた。そして再び裂け目を見つけ、ついにここへやって来た。すべてを滅ぼす“箱”を手に入れるために」

「お前らも箱が狙いか。それほどの少数じゃ兵器にでも頼らないといけないんだろうな」

煽るようなドクターの言葉に、頭ババアはより強く歯を鳴らす。

「箱……江ノ島の亀も言ってた、あれって一体何なの?」

その言葉を聞いて華はあることを思い出した。江ノ島で出会ったオオタイリクガメ。彼が最後に言ったあの言葉。

『箱だ。箱が失われた』

ドクターはゆっくりと息をのんで答える。

「ずっと考え続けてた。危険な箱とは一体何なのか。オオタイリクガメだけじゃない、ストームケージのシャウターも狙ってたし、怪盗ドクター達だってそのことを知ってた」

「箱は兵器だ! 我々が手に入れる!」

ダーレクがそのキンキン声で威圧する。

「今の我々には、その箱が必要だ」

頭ババアがしゃがれた細い声で訴える。

「その箱を使って貴様に復讐する」

少年の姿に擬態した大知性体がそう脅す。

「果たして、その箱とは一体何なのか、お前たちは分かって言っているのか?」

ドクターは彼らにそう放つ。彼らは誰一人として箱の正体を知らないらしい。もちろん華もだ。

「僕が教えてあげよう。“信号を放つ裂け目”“ドクターという名前を教える”“宇宙を破滅させることのできる”“僕の人生に連なるもの”。それが箱の正体だ」

「それは一体何?」

「華、君も知っているはずさ。僕の人生に連なる、青い箱さ」

「それって、まさか……」

華は、あるものを思い出し、絶句した。

「今ここに来てようやく分かったよ。どうして僕の名前を裂け目を通じて教えたのか? 他ならぬ、この僕を求めていたからさ。裂け目を通じて信号を放ち、その信号を見つけた者をおびき寄せる。“宇宙を破滅させることができる”という鳴り物入りでね。時間も空間も超えてそんなことをできるのはただ一つ」

「回りくどい、早く教えろ」

大知性体が苛立つように言った。

「簡単な話さ。今ここにフォースフィールドが張られているのが答えさ」

ドクターは枯れた桜の木に向かい、その言葉を言い放つ。

「この桜の木の正体、それが例の“箱”」

 

 

「ターディスだ」

 

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