停止しているターディスは、とても冷たい雰囲気を感じられる。備わっている武器システムも、今は全て降ろされている。
しかし、これはあくまで一時的なもの。いつ再起動するか分からない。
「猶予はあと1時間か? いや、最悪5分だな。早く済ませないと」
向かうべき場所はエンジン室。そこに全てのヴォルテックスエネルギーが詰まっている。そこまでこのケーブルを運ばなければ。
操作室を出て、見つけた二股の通路は左側へ向かう。
しかしこの道順で合っているのだろうか。ドクターはターディスの扱いにおいてはプロだが、いつものターディスとは異なる。そもそも、自分で持っているターディスも気まぐれで部屋を入れ替えたりするため、どこに何の部屋があるかが分からない。あてずっぽうで行くしかない。
しばらく進む中、突然遠くから泣き声のようなものが聞こえてきた。
「おかしいな、コイツはまだ起動してないのに」
ターディスが幻聴か何かを聞かせているのだろうと思ったが、周りは全て停止しているはず。それができるはずはない。
気になって、通路の先の泣き声のもとへと向かう。
向かった先に居たのは、顔を濡らして泣いている少女だった。
「君はまさか」
その顔はただの人間のものでは無かった。茶色い肌に木目がついている。
ドクターは優しく彼女に話しかける。
「お兄ちゃん、誰……?」
「僕はドクター。君は?」
「ミア」
「どうしてこんなところにいる?」
ミアは泣きながらもドクターの言葉に答える。
「あのね、お母さんとお父さんとはぐれちゃったの。家に帰る途中で」
ドクターは彼女が本物かどうか確かめるため、その手を握る。そこからはしっかりとした温かみを感じた。
「どうしてこんな場所に紛れ込んだんだ? いや、ターディスの中なら時間も狂う。村が滅びるまでの間に迷い込んだって所か…?」
「お兄ちゃん、ここから出してくれる?」
「用事が終わったらすぐに出してあげるよ。ただ……いや、やめとこう」
きっと君のお父さんとお母さんは死んでいる。村も無くなっていると告げる気にはならなかった。言ったところで理解はしないだろうが、余計に事態がこじれかねない。
「とにかく、ここは危険だ。一緒に行こう」
そう言って、ドクターは彼女の手を握る。ミアは安心したのか、その顔から涙が消えていく。
「エンジン室に向かいたいんだが、ここで迷う中でそういうの見つけてないか?」
「よくわかんないけど、機械みたいのがいっぱいある部屋があったよ」
「恐らくそこがエンジン室だ。案内してくれるかい?」
「うん」
しばらく進んだ先、ミアに案内されるまま、多数の機械が唸りを上げている部屋へとたどり着いた。
「これは……僕でも見たことのないシステムだ。戦争用のターディスがここまで複雑な機構をしてるとは」
ドクターはあちこちの配線やパイプに触れながら、どこにエンジンがあるかを探す。
「ほとんどのシステムがここに繋がってる。きっとどこかにヴォルテックスエネルギーを保存している場所が…」
停止しているとはいえ、それでもある程度は動いている。あちらこちらからは蒸気が発されていて、歩く度にそれが噴き出す。ミアはドクターの腕を掴みながら一緒に進んでいる。
しばらく進むと、先に黄色く光る機械を見つけた。そこからエネルギーが煙のように溢れ出している。
「あそこか」
ドクターは足早にそこへと向かう。備え付けの接続部分に手にしたケーブルを繋げる。
「これで大丈夫なはずだ。あとはターディスに戻って…」
「お兄さん」
振り向いた瞬間、ミアの腕を掴む力が強くなった。そしてエンジンに向かって指をさしている。
「何だ?」
指をさした先、接続したはずのケーブルがなぜかそこで切断されている。さらに、腰につけてあったロープも切断されている。
「何!? 一体どうして…」
近づこうとした瞬間、突然天井から物音が響く。まるで何かが這っているような音。
見上げると、天井には人型の“何か”が何十体と蠢いていた。そのうちの何体かがこちらを向いている。
「ターディスが目覚めたってことか……!」
ドクターはミアの腕を強く掴む。
「逃げるぞ!」
それを聞いた瞬間、天井を這っていた何かが落ちるように降りてきた。こちらを見るなり追いかけて来る。
「あれって一体何!?」
「ターディスが目覚めたんだ! 防衛機構がデータベースから何かのモデルを引き出して使ってる!」
来た道をまっすぐ戻ろうとするが、無いはずの道が次々と目の前に立ちふさがる。
周りのライトも次第に明るくなっていく。ターディスが既にこちらを捕捉しているのだろうか。
行けども行けども、迷路のようになってしまっており出口が見つからない。その上、後ろからはターディスの生み出した怪物が追いかけてきている。
「ひとまずはここに隠れてやり過ごす!」
ドクターは迷路の中にあった扉を開き、その中にミアと共に隠れた。怪物は気づかず、そのまま通り過ぎて行った。
「ふぅ……、ひとまず華に連絡しないと」
ドクターは携帯を取り出して華に電話をする。
「それって誰?」
「僕の仲間だ。ここの外に居る。ロープも切れたし、心配してるはずだ」
「そう、外のターディスに……」
ミアはドクターに聞こえないような小さな声でそう呟いた。
「よし、華か? 今どうなってる?」
《どうなってるも何も、ロープが切れてるんだけど!》
「こっちのターディスが目覚めた。作戦を切り替える! そのために帰りたいんだが、こっちのターディスにアクセスして…」
《アクセスってどうやって……ちょっと、こいつら何!?》
電話の先で、華の声色が明らかに変わった。何かの歩く音も聞こえてくる。
「華? どうした!?」
《急にターディスの中に、木みたいな人たちが来て……》
「木みたいな? それって一体」
《ちょっとこっち来ないで……きゃあっ!》
ブチッという音と共に電話が途切れた。
「華!? 返事しろ! おい!」
「ねぇお兄さん」
少女の掴む力が、先ほどとは比べ物にならないほど強くなる。
「ここで何をしようとしてたの?」
少女の木製の顔は、恐ろしい形相へと変わっていた。もう片方の手で、ドクターの首を強く締め上げる。
「くっ……少女の姿になって尾行してたか……!」
「質問してるのはこっち」
「あの村はウディークの村…彼らの命を吸って生きてたんだ、ウディークの情報、見た目を使って追いかけてきてたってわけか…!」
「それで、俺を破壊するつもりだったのか?」
少女の声色は突然黒い男の声へと変わる。
「そんなところだ……お前は危険だからな……!」
「ならばここで死ね。戦争は続けなければならない」
「なるほどな……! ところでどうして僕がここの部屋を選んだか分かるか…?」
「何?」
「後ろを見てみろ」
その時、後ろから巨大な歯車が現れた! それは前進しながらこちらに向かってくる。
ターディスのアバターは、それに弾かれ、壁へと激突する。
「少女がここにいるだなんて怪しかったからね、念のためここに逃げ込んだ」
「貴様…ッ」
「自分の中身も把握してないようじゃターディス失格だ。それじゃあな」
そう言って扉を閉め、ドクターは走って行った。
「全防衛システム起動…! あいつを殺せ!」
操作室からターディスの外へ行こうとするドクターであったが、行く道はどこもかしこも同じ所ばかり。
しかし立ち止まってはいられない。いくら自在に中身を変えることができるターディスとはいえ、どこかに抜け穴はあるはずだ。
そう信じて進み続ける。自分はそれでいいが、華はどうだろうか。
再び携帯を取り出して華に電話をかける。
《はいもしもし! こっち今すごい取り込み中なの!》
「無事なら良かった! 今そっちはどうなってる?」
《木のエイリアンみたいのがぞろぞろターディスの中に入って来てるの! なんとか奥の部屋に逃げ込めたからいいんだけど……》
「ターディスは別のターディスが生み出したアバターを簡単には排除できない、同じ存在だからな。だけどリジェクト機構をオンにすれば全員外に弾ける!」
《つまりそれをすればこっちは安全?》
「そんなところだ、外部からの進入を不可能にできる!」
《とにかく、それをするにはどこに行けばいい?》
「操作室だ」
《その操作室に変なのがいっぱいいるんだけど!》
「相手はアバターといえど木だ! 炎で対抗できる」
《炎って……》
「テラワームと一緒さ、どんな生き物も火は苦手だ」
そう言って、ドクターは電話を切る。あちらが安全ならば、こちらのことを考えなければ。
「火ったって、そんなどこにでもあるもんじゃないでしょ……」
肝心のアドバイスも、追われる中でなんとか逃げ込んできた寝室では意味が無い。
「なんかライターとか無いのかな? いやぁ、あったら寝室が火事になるか。でもターディスのことだし、火事になるぐらいじゃ問題ないのかな…」
あちこちのタンスや引き出しを見てみるが、ライターらしきものはない。あるものといえば、妙な書き込みのされてる手帳であったり、壊れたソニックドライバーに、使ってるのか分からない孫の手や腐ってボロボロになっている皮財布。さらには女性もののパンツまで。
「明らかに大人用のだよね、これ……」
それはすぐに元の場所に戻し、急いでライターなどが無いか探す。そうしている間に、足音が聞こえてきた。ドアノブをいじる音も同時に響く。
「やばっ!」
すぐさまベッドの下に隠れる。なんとか入って来た敵にはバレていない。しかし、部屋をくまなく探している様子だ。
「どうしよう」
ベッドの下を見まわしていると、ドクターの所有物にしては物珍しい綺麗なカバンがあった。横には「リヴァー」と書かれている。
「誰のだろ……」
他が探せない以上、これに縋るしかない。その中を必死にまさぐる。
しかし出てくるのは口紅に手鏡といった、女性の化粧品の類のものばかり。どうやらこのリヴァーという人物は喫煙者ではないらしい。
「まったくどうして…」
口紅を雑にカバンに戻そうとした瞬間、なんと口紅の部分が外れた。まさかと思って口紅についていたボタンを押すと、外れたところから火が噴き出た。
「ややこしい仕組み」
ともかくこれで火は調達できた。ここにある燃えるものといえば布団。
その一部を引きちぎり、置いてあった孫の手の先端に結び、火をつける。
まだこちらに気づいていない敵に、こっそりとそれで火をつける。
熱い炎が一瞬で全身に回る。その勢いについ仰け反る。しかし相手はそれに対して苦悶の声を上げることはなく、まるでホログラムが消えるように炎と共に消滅した。
「やった!」
華はにやりと微笑み、火を点けた孫の手を持って寝室から出る。
廊下には何体ものウディークのアバター達があちこちに立っていた。しかし華を見るなり、その腕を成長する樹のようにこちらに伸ばしてくる。
しかし、華は今その手に彼らに対する特攻を持っている。怯みはしない。
「どけどけどけーっ!」
燃える孫の手を振り回し、襲い掛かるアバターたちをいなしていく。もはや敵ではない。
彼らを退けた先にあるのは操作室。ここにも何体かいたが、全て排除することができた。
あとはドクターに言われた通りの事をするだけ。なんとかターディスに鍵をかけることができたが、いつ破られるとも分からない。
「えーとえーと……リジェクト機構ってどれ?」
あちこちのボタンを触れてみるが、照明が急に消えたり、どこからか変な音がしたりとなかなか見つからない。
「もーっ! せめてどのボタンか教えてよ!」
ここには居ないドクターにそんな文句をぶつけるが、それはただターディスの中をこだまする。悩み続けていると、操作盤にあるボタンの一つが、華に訴えかけるように赤く光る。
「そうか、ターディスって生きてるんだっけ。どうもありがと!」
華はターディスの言う通り、赤いボタンを押す。
その瞬間、ターディスは青い光を放った。それと同時に、こちら側に入ろうとしていたアバターが大きく弾き飛ばされていく。
「やった!」
肝心のドクターは、今戦争用ターディスの操作盤にたどり着いたところだった。
「見立て通り、逆に案内してくれると思った」
しかし、そこにたどり着いた瞬間に数多の武器がドクターを狙っていた。
「いいところまでたどり着かせてから始末する。いいやり返し方だ」
ドクターの前に、さきほどの少女―――つまりこのターディスのアバターが現れる。
「時間軸にアクセスした。お前がタイムウォーを終わらせたというドクターか」
「そのことを知ってるなら分かってるはずだ。お前が作られた時代のタイムウォーは既に終わった。戦争なんてする意味はない」
「それは無理なお願いだ。俺は戦争のために生まれた。そのためなら時間でも空間でも破壊して敵を作る」
「そんなことに何の意味がある? 無駄に命を減らすだけ、お前自身の存在も消えかねない」
少女はその言葉にフフッと笑って答えた。
「戦争の中で死ねるのなら本望だ。第二次タイムウォーでも何でも、私は起こしてやる」
「“勝つ”ためでなく“戦う”ためか……。まったく、タイムロードは随分を恐ろしいものを作り出してくれた」
「話は終わりだ。狙え」
その言葉と共に、いくつもの武器がドクターに照準を向ける。
「言っておくが僕は武器を持たない主義なんだ。その点お前より高尚だ」
「マウントでも取って威圧するつもりか? 武器も無しに戦争を終わらせられるわけじゃない」
そう呟くと、一発の銃弾がドクターの横を掠める。
「いやいや、武器なんかよりもっと強いものを持ってると言いたいのさ、そう、これをね」
そう言うとドクターはソニックドライバーを懐から取り出して見せつける。
「ただのソニック兵器に何ができる?」
「これは僕のターディスで作ったソニックの中でも特に高性能なドライバーだ。特にターディスには強い」
するとドクターはそれを操作盤に向けて光を放った。その瞬間、全ての武器は少女に照準を向けた。
「お前を殺せはしないが、一時無力化はできる」
少女は体を動かそうとするが、ソニックの影響か動かすことができない。
「こんなことをしても何も変わらないぞ…っ」
「変わるチャンスを与えたのは僕だ。変わらないつもりなら覚悟しろ」
そう言うと、ドクターは武器を発動させ、放たれた銃弾のいくつもが少女の体を撃ち抜き続ける。
その隙にドクターは扉からこのターディスの外へと出ていく。それと同時に、携帯から華に電話をかける。
「華! 聞こえるか? 扉を開けてくれ!」
ドクターはドクターのターディスの扉を叩きながら電話を続ける。
後ろからは、戦争用ターディスの呼び出したいくつものウディークのアバターが迫ってきている。
「さすがに外からあのターディスは操作できないんだ、なぁ早く!」
その瞬間、ターディスの扉が開いてドクターはその中に引っ張られるように入った。
「まったく、どうして急にプランを変えるの」
華は不機嫌そうな顔でドクターを見つめる。
「実は中でヤツの罠にハマっちゃってね。この作戦は中止だ」
「それじゃあどうするの、このままじゃまた逃げられるよ?」
それに対してドクターは彼女の肩を叩いて返事する。
「さっきの作戦はもう使えない。となるとこの空間ごとアイツを破壊するしかない」
そう言うとドクターは操作盤の方へ向かい、そのモニターに向こう側のターディスを映し出す。
「残された作戦は向こう側のヴォルテックスエネルギーを爆発させることだ。そうすればヤツはエネルギーを失ってこの空間ごと次元からはじき出される」
「でもそうしたらまた逃がすだけじゃないの?」
この作戦では、あのターディスを別の所へ送り込むようなものだ。
「ヴォルテックスエネルギーはターディスの燃料であり魂だ。それを完全に失えば前のように生き物からエネルギーを奪うなんて芸当はできない。よほどターディスに詳しい連中にでも遭遇しなければ無害さ」
そう言って、ドクターはソニックドライバーにエネルギーを暴走させるためのプログラムをインストールさせる。
「これを直接、あっちの操作盤にインストールさせれば暴走する。ただあっちの防御が不安だ」
ドクターはそう呟いて椅子にもたれ込む。
「まさか相手を煽ったりしたの?」
「そんなところだ。そのせいで余計に強化されてるかもしれない」
「……また一人で行くつもり?」
「君を危険な目には遭わせられない」
そう言って、ドクターはソニックドライバーを手に立ち上がる。
「一人でも平気さ、これをあっちの操作盤まで持っていけばいいだけ、入口からは遠くない」
「そういうことを言いたいんじゃないの」
そう言うと、華はドクターに迫る。
「どうして私を旅に誘い続けてくれるの?」
「どうしたんだ急に」
「いいから質問に答えて」
華の目はいつにも無く真剣だ。
「一人じゃ、寂しいから?」
「それだけじゃないでしょ」
華は静かにドクターの胸に手を当てる。
「一人じゃ怖いから、でしょ? 私が居てくれた方がいいから、そうなんじゃないの?」
そう言うとドクターの腕からソニックドライバーを取り上げる。
「私だって色んな修羅場とか乗り越えてきたんだから。一人で何でもしようとしないで。私がいるんだから、一緒に戦おうよ」
華はドクターにソニックドライバーを向ける。
「―――ああ、その通りだな。僕は天才だが、一人じゃできないこともある」
「二人なら、きっと行けるよ。ね?」
ドクターは彼女の手からソニックを取る。
「けど危険だ」
「承知の上。作戦はあるんでしょ?」
「ああ、もちろん!」
そう自信ありげに答え、ターディスの扉にゆっくりと手を伸ばす。
次回のチラ見せ
「いいんだ、もう僕の事は忘れてくれ」