二人がエンジン室の奥に進んでいく。オイルの独特な匂いがあたりから臭う。たくさんの配線とパイプに囲まれていて、奥は闇に包まれて前が見えない。
「ここは完全にライトが消えてる。やはり発電されてないな」
ドクターが懐から懐中電灯を取り出し、暗闇を照らす。静寂の中から恐ろしい光景が目の前に現れた。白骨化した遺体だ。
「死んでる…!?」華が遺体を見るや否や後ずさり。
「骨で生きてるはずがない」ドクターは逆に遺体に近づき、ソニックドライバーで骨を調べる。
「これは…這った跡か?噛んだ跡かも。」ソニックの光を見ながらドクターが答える。彼にはこの骨の情報が見れるのだろうか…
「何が?」華がおそるおそる聞く。
「虫だ。小さな」
華は驚いた。彼女は虫が大の苦手なのだ。
「虫!?そんなのがいるなら戻ろうよ…」
「でも遺体が本当に虫に殺されたのか…」
ドクターが調べる。暗く音のない空間にはソニックの音が。しかしそれだけではない。
華は耳を澄ました。何かが聞こえる。カサカサと、なにかが這う音が。
「大群だ。小さな虫の」
ドクターはゆっくりと天井に明かりを向ける。
闇にうごめくそれの正体。そこには3センチほどの白い小さな虫が群れをなしていた。
「ひぃぃっ…」華はドクターの袖をつかむ。
「よし、決めた…逃げろ」
ドクターと華が走り出す。それに気づいたかのように虫の大群も天井から落ちてきた。ゴキブリの這う音何百匹分が二人を追いかけていく。
ドクターがドライバーで設置してあったパイプを切断。冷気が噴出したが虫には効かなかったようだ。
二人の足は速く、すぐに扉から外へ出ることができた。ドクターはドライバーで扉にロックをかける。
「はぁ…はぁ…あれって…何?」焦り走った華は息を切らしながら質問をする。
「白い虫だった。人食いだ。宇宙のグンタイアリかも」ドクターがソニックドライバーを鳴らしながら言う。
「中には何が?」
さっきの少女が現れた。
「知らないほうがいい。特に女性は」
「軽くトラウマになるよ、あんなの見たら…」華はぜぇぜぇと息を吐く。
「だけど奴らはこの扉を越えられないさ。この船の管理者に会って、第三頭には虫がいると…」
すると突然大きな音とともに船体が揺れた。
「なんだ!?何が起きてる!?」
ドクターが扉のほうを見ると、小さな穴が開いていた。それがだんだんと開いていく。まるで何かに“食われている”ように。
「まさか…喰ってるのか!?」
ドクターがソニックドライバーを扉に向ける。
「まずい、来るぞ…」
扉の穴が大きくなると、中からさきほどの虫の大群が現れた。
「逃げろ!」
ドクターと華が走り出す。そしてさっきの少女も。ドクターは逃げる途中、扉を叩きながら中にいる人へ「逃げろ」と伝えた。
虫はだんだんと群れをなし、追いかけてくる。数は減るどころか船を喰うたびに増えていく。走り去っていくドクターを最初は不思議そうに見ていた乗客たちだったが、虫の大群を見ればそんなことは気にせず、叫びながら奥へ奥へと逃げていく。
ヤマタノオロチ参号、コントロールルーム。多くの人がここでモニターを見ながら船の管理をしている。
「江原船長、第三頭のエンジンが完全に停止しています」第三頭のモニター担当の男性が、船長を呼びかける。
「まさか、さきほど燃料を送ったと通達が入ったはずでは?」
「しかし、エンジンが停止しています。いや、待ってください」
「どうした?」
「エンジン第7セクターブロックが…ありません」
「どういうことだ?」船長の男はモニターへと近づく。
「停止だけじゃありません。その部分が落ちてる…?」
ドクターと華は逃げ続けている。後ろには虫の大群が。
「あの虫は何だ!?人も船も喰らってる!」
後ろを見ると、追う虫だけでなく、船体を喰らっている虫も。
「船体が食われたら空気がなくなっちゃうんじゃ!?」華が心配そうに言う。
「その通りだ!さっきの市場までいかないと!」
ただひたすらに走っていく。頭ババアの次は虫に追われるとは。
「消火栓とかない!?」華がドクターに聞く。
「どうして消火栓が!?」
「時間稼ぎとかで必要でしょ!?」
「冷気はそもそも効かないし、宇宙空間で火事は起きない、燃えるものもない!消火栓は取り付けられてない!」ドクターはそう言ってさらに足を速くしていく。
「でもこのままじゃ追い付かれる!」
二人の後ろを何人もの人々が走っている。そのうち、太っていた男性一人が虫に追いつかれ全身にまとわれた。
「市場まであと100mだ!」
しかしだんだんと後ろに走る人々が喰われていく。100mもしないうちに追い付かれてしまう。しかし華は思いついた。すぐ前を走る男性がライターを持っていた。
「すみません!そのライター貸してもらいます!」華は半ば強引にライターを奪った。
「ドクター!いつものドライバーでこれを爆発させられる!?」
「ああ、簡単だ!」
華が虫たちのほうにライターを投げ、ドクターはライターにドライバーを向ける。するとライターは爆発を起こし、虫たちを後退させた。
「今のうちだ!」
ドクターと華を含む数人が市場への扉をくぐる。ドクターは後ろを見て誰もいないことを確認して扉を閉めた。
「市場の扉は頑丈だ。奴らには入れない…」
すると、突然大きな音と共に船が揺れた。
「今度は何!?」
ドクターが扉に取り付けられた小窓から逃げてきた第三頭を見る。華も一緒にそれを見る。しかしそこには何もなかった。逃げた廊下は存在せず、暗い宇宙が。
「まさか…そんな…」
「何が起きたの…?」
「まさか…第三頭が落ちた」
ドクターと華の部屋も一緒に、そのエリアが落ちてしまった。
「そんな、バラの花が…」華はその事実に悲しんだ。大事にしようとしていた薔薇が落ちてしまった。
「バラの花より大事なものが落ちた」ドクターは華よりも悲しみが深いようだった。
「バラの花より大切な…?」
「ターディスだ」
その事実に絶句した。この時代、この場所まで来た大事なタイムマシンがなくなってしまったのだ。
「無くなったって…ターディスが!?」
「恐らく…だけど一番近くの惑星に不時着するようセットしてある。その機能が壊れていたら宇宙に浮遊したままだけど…」
「どうするの!?このままじゃ帰れない!」
「そんなの僕も分かってる!一番困ってるのは僕だ!」ドクターはそう言って歩き出した。考えを巡らせているようだ。
「あの虫たちは何?」華、ドクターと共に逃げた少女が質問をした。
「そういえば名前聞いてなかった。あなたは?」華が少女に質問を。
「私の名前はエリ。よろしくね」
「僕はドクター、こっちは華だ」ドクターが華の分も自己紹介を。市場は突然第三頭が落ち、何人もが疲弊して帰ってきたことに関して大騒ぎになっていた。
ドクターは歩きながら、飾ってあったツボを手に持った。
「前にも船を食うエイリアンを見た。えーっとなんだっけ…無機物だけを食べる…」
「無機物?人は有機物じゃ?」
華が質問をした。遅刻をいつもしているとはいえ、勉強面では頭が悪いわけではない。
「プティンだ!前に病院船で遭遇したことが。でもあいつらは違うな…えーっと、プティンの…」
ドクターはまだ考えているようだった。
「そうか、バグラか!宇宙の害虫だよ」
さっきの虫の名前だ。ドクターはそれを思い出したようだった。
「バグラは幼体でプティンは成体だ。成体は無機物しか食べないが幼体のバグラは無機物・有機物見境なく喰らって成長する。しかも成体になるまでは単細胞生物なんだ」
「単細胞生物?それにしては大きかった」華がそれを聞いて疑問に。理科で習った単細胞生物はアメーバなど目に見えないほど小さいものだ。
「細胞にも大小はある。しかも幼体は無性生殖をして餌を喰らうたびに増えていく。でもプティンに成長するのはごくわずか。単細胞から多細胞に進化するのは何万分の一だ」
「幼体と成体で名前が違う?」
「カエルとおたまじゃくしみたいなものだ」
「でもさっき第三頭は落ちた。バグラも一緒に落ちたんじゃ?」エリが聞く。
「多くは落ちたかもしれんが…おそらく数百体は既にこちらに来ているかも。繁殖は時間の問題だ」
ドクターは市場の中へと入っていく。華とエリも一緒についていく。
「プティンには弱点がほとんどない。だがそれは成体での話だ。幼体なら弱点が存在するかもしれない…」
市場の騒ぎを聞きつけ、船の管理者の団体が目の前に現れた。
「第三頭が落ちたと聞いた。誰か第三頭からの避難者はいるか?」
「僕たちが避難者だ」ドクターが人の中で右手を挙げた。
「君は?」管理者の代表者と思われる人物が現れた。
「僕はドクター。こっちは華」
「私はこの船の船長の江原だ。君たちは中学生だな?両親は?」
「子供だけで来たんだ。親は…いなくて」ドクターが嘘の説明をする。
「さっきメカニックって?」エリが横から言った。
「あれは嘘だ。第三頭はバグラに喰われて落ちたんだ」江原に説明を行うドクター。それを華は横から見ている。
「バグラ?」江原が聞き返した。
「宇宙の害虫だよ。船の全体図が見たい。コントロールルームに案内してくれないか?」
「君にそんな権限はない」江原はズバッと断った。
「僕は機械いじりが得意でね。メカニックではないが誰よりも役に立つ」ドクターは自分のことを言った。傍からだと傲慢に見えるが、事実だと華は知っている。
「いたずらするつもりか?」
「全体図を見るだけだ。案内してくれ」
江原はしぶしぶドクターを連れていくことに。ドクターに言われ、華はこの市場で待機していることに。
「どうして私はついていっちゃダメなの?」
「何か異変が起きたときに報告してくれ。君のスマホで」
ドクターが華の持っていたスマホに彼の持っていた電話番号を登録する。
「ずいぶん古い携帯だね」華がドクターの携帯を見て言う。
「別にゲームしないしネットも頻繁に見ない。ガラケーで十分」
ドクターはそう言うと、江原のもとへと歩いて行った。
「さて、私は…何してればいいのかな?」華が市場の中心で突っ立っている。
江原に連れられ、エレベーターに乗り込んだドクター。階を選ぶボタンは4つしかなかった。
「一番下がコントロールルームか。その上にあるのが燃料や人を運ぶ宇宙船の港。そして居住区か」
「今回のトラブルは速やかに解決しなければならない。君の言っていた虫はどこから侵入したんだ?」
「さぁ?エンジンのあった部屋で遺体と虫を発見した。でもあそこにどうやって?」
エレベーターは下へ下へと下がっていく。ドクターは貧乏ゆすりをし始めた。数分経ち、コントロールルームへ。
「ここがコントロールルームだ。そこにヤマタノオロチの全体図が表示されてる」
江原がドクターを画面の前に案内する。そこには宇宙船ヤマタノオロチ参号が表示されている。
「伝説通り八つの頭のように、八つの居住区に分かれてるのか。」
「市場のある広間を中心に八つの居住エリアが。ヤマタノオロチのようになってるんだ」江原が説明をする。
「だけど今は一つ落ちてシチタノオロチだな」ドクターが画面を見ながら言う。
「奴らはどこから入ってきたんだ?最近この船は何かと接触したか?」ドクターが江原に聞く。
「常に接触はしてる。さっき言ってた燃料船や移住船だ。」
「バグラが地球に居たのか?奴らの繁殖力は高い。もしバグラが地球に居たのなら地球では相当なニュースになってたはずだ」
「ならニュースを調べよう」
江原は部下にそういったニュースはないかと調べさせた。地球上のあらゆる場所のニュースを。しかしバグラのような存在が起こした事件はヒットせず。
その中でドクターが一番気になったニュースといえば、現在の地球での最高齢保持者がが163歳になったことだ。
「人間もこの時代に入ると長生きするようになるんだな…」ドクターは小さく感心した。
「だけどバグラと思われる事件は…地球ではないな。となると地球から来たわけじゃないな……」
江原は少年に疑念を持った。こんな少年がなぜこれほどに詳しいのか。
「君は何者だ?中学生にしてはずいぶんとしっかりしてる」
「2683歳だからな。地球のことは誰よりも詳しい」ドクターはそんなこと気にしていないというように答える。
「さっき中学生と?」
「また嘘をついたんだ。そうでもしないとここまで来れない。全く中学生の体は不利だな…」
ドクターはそうつぶやきながらコントロールルームを歩き回る。
「ここまで来るために嘘を?」江原はドクターに対して信用を少し失った。
「そんなことを気にしてる場合じゃない。奴らはどこから入ってきたのか…地球じゃないなら月にでも行ったか?」
「月に行く必要はない」
「なら…船以外に何かと接触は?」ドクターがさらに聞く。だんだんと核心に近づいていくようだ。
「船以外?別のものとは接触など…」江原の口が止まった。何かを思い出したかのようだ。
「いや、燃料が予定通り届かない場合に備えて…小惑星などのかけらを回収したりすることがある。宇宙に散らばるゴミの有効活用だよ」
「おーっ…そうか、それだ!」ドクターは大きく口を開けてから走り出し、エレベーターへと乗り込んだ。
「奴らは宇宙のゴミに付着していたのか?」江原もエレベーターに乗り込む。
ドクターが居住区へのボタンを押し、エレベーターは上昇を始める。
「その通りだ。燃料に使用する小惑星のかけらにバグラが数匹…いや、一匹でも付着していたんだ。それを燃料として回収し……第7セクターブロックへと運んだ。恐らくそこでバグラは目を覚まして活動を開始した…」
「中心部分で繁殖しなくてよかった」江原がつぶやく。
「どこで繁殖したって脅威は同じだ。バグラは既に何千、何万体に増殖した。第三頭は落ちたが既にこちらに来ているはずだ。するともう時間がない。やつらはだんだん増えていく」
エレベーターは轟音を立てながらだんだん上昇していく。
プティンはシリーズ11、第5話に登場した無機物だけを食べるエイリアン。
見た目がスティッチに出てきそうだって初見で思いました。