進撃の飯屋   作:チェリオ

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第00食 開店

 ウォール・ローゼの南側にある突出部分に位置する街―――トロスト区。 

 リーブス商会の活動により商業が盛んなこの街には活気で満ち溢れていた。

 物価――特に食料品の値が馬鹿みたいに高騰しているので、台所事情を考える主婦の方々は少しでも安い食材がないかと多くの店を行きかいながら品選びに励んでいる。

 その中へ一人の青年が入り込んでいく。

 

 服装は真っ白のカッターシャツに黒のズボンという格好で主婦の群れに紛れていく青年はおっとりとした雰囲気を漂わせているが、食品を見極めようと見つめる瞳には強い輝きを灯していた。

 横に並んでいる女性陣は青年の整った顔立ちもさることながら、手入れの行き届いている艶やかな黒髪ショートに目を奪われている。

 食料品だけでなく多くの物の物価が上がったこの国では、美容品などの類は高級品、またはその一歩手前の値段で認識されており、よほど懐に余裕があるか何かの記念に買おうと思わない限りは中々手が出にくいものとなっているのだ。

 青年―――飯田 総司(イイダ ソウジ)は値段と商品を見比べて乾いた笑みを浮かべつつ数店の食材を買い求めた。

 

 彼はこの世界では異物(・・)

 平たく言えば転生者(・・・)………否、転移者(・・・)である。

 

 幼い頃から両親が経営している小さな飲食店を見て育ってきた総司は料理人に興味を持ち、大きくなったら両親のように小さくとも店を構えてお客さんに楽しんで頂けるような料理を提供する料理人になりたいと願っていたのだ。

 家では両親の手伝いを始め、中学からは近場のレストランで働いて資金と技量を蓄え始めた。

 店を構えるのは四十ぐらいかなぁと思い始めた矢先、父親の知人に飲食店を経営しているお爺さんが居るのだが、歳からか身体が言う事を聞かなくなって店仕舞いをしたのだとか。総司の夢を知っていた父親はそれならばと安く売ってくれるように説得。

 結果、想定していた以上に早く店を構えられることになったのだが……。

 

 買った食材が入った紙袋を大事そうに抱えながら総司は今度は困った笑みを浮かべる。

 

 何故かは分からないが開店当日に入り口を開けると見知らぬ土地へと続いてしまっていたのだ。

 日本家屋が多い通りが中世頃の西洋の街並みへと変貌していたのには心臓が飛び出るほど驚いたのは今でも鮮明に思い出せる。

 まぁ、入り口は妙な事になったが裏口は変わらず裏路地に続いているので問題ないし、何故か裏口から店内へ入ると持っていたお金が変化してこの世界の硬貨になるので買い物にも困らないので、数分後にはいつもと変わらぬ落ち着きを取り戻したが。

 

 「ンナー」

 「おや、ナオさん。出迎えですか?それとも散歩の帰りですか?」

 

 店に戻る為に路地裏へと足を踏み込むとそこに居たのがガラの悪い路地裏の住人ではなく、全身真っ黒の猫が真ん中にちょこんと座ってこちらを見つめていた。

 艶の良い黒い毛にキラキラと輝かんばかりの翡翠のような緑色の瞳、そして相も変わらずの眼つきの悪さ。

 総司が飼っている――いや、一緒に暮らしている猫のナオだ。

 数年前に家の前で腹を空かせて死にかけている子猫を放っておけなくて餌を与えたのがきっかけでいつの間にか家に住み着くようになった。飼い猫とは違って勝手に住んでいるというのが正しいような気がする。もし親代わりにでも思ってくれているなら嬉しいかな。

 座っていたナオは総司の足元までとことこ歩き、真っ直ぐと瞳を見つめて来る。

 

 「そうですね。帰っておやつにしましょうか」

 「ナー」

 

 嬉しそうに声を上げるナオは歩き出すと横に並んで歩き出す。

 遠くから赤毛の少女がこちらを睨んでいるのが見えて軽く会釈している。

 路地裏でよく見かける少女でこの辺りを縄張りにしている不良と誰かから聞いた事があったが別段こちらに何かをしてくる気配はない。寧ろ、良くナオさんと追いかけっこしている姿を目撃する。

 もしかしたら遊び相手なのかも知れないが、この事をナオさんに聞いたところ、猫パンチを喰らってしまった。

 照れ隠しなのかただ縄張りの取り合いをしている相手なのか。

 総司の会釈に気付いた少女はフンと顔を背けると隣で困った表情を浮かべる長身の茶髪の青年が会釈を返してくれた。

 そんな子たちから視線を道へと移して大きく“食事処ナオ”と看板を掲げた店に到着し、驚きの余り目を見開いた。

 

 店の前に人がいるではないか。

 大概和風の建築物が珍しいのか遠目で見る人はいても店前で立ち止まる人は今まで居なかった。

 

 「いらっしゃいませ。当店でお食事でしょうか?」

 

 総司は穏やかな笑みを浮かべて茶色いロングコートを着込んだ白髪白髭のお爺さんに声を掛けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 この世界には巨人が一切存在しない。

 存在するのはエルディア人とマーレ人などの人類同士の対立ばかり。

 

 長きに渡り大陸支配を行っていたエルディア。

 淘汰され支配下に置かれたマーレ。

 

 エルディアが大陸を支配して何千年と年月が経とうともマーレはただ屈する事はせず、恨み辛みを抱き裏で動き続けていた。

 その動きはエルディアを大陸より追い出すにまで至ったのだ。

 マーレの長年を掛けた内部工作の功もあったが、それ以上に争いは無意味と感じたエルディアの王が戦争を回避する為にパラディ島へ逃げた事が大きかった。

 

 虐げられていた立場が一変したマーレは政治・軍事を一新して戦争の準備を始める。

 逃げたものの憎しみの対象であるエルディアが許せなかったのだ。

 100年もの月日を経て、パラディ島侵攻軍はエルディアへと攻め入った。

 

 技術のほとんどを奪い、さらに進化を遂げたマーレの兵器はエルディア軍を圧倒した。

 単発式のライフルが連射式の短機関銃と撃ち合えば結果は火を見るよりも明らかだった。

 

 ただし、大きな誤算が生じたためにマーレは当初の予定を超えて苦戦する事となる。

 

 まず王が住まう王都を中心に広がる都市を囲む【ウォール・シーナ】、シーナ外壁に広がる都市・村を囲む【ウォール・ローゼ】、さらにローゼ外壁に広がる広大な土地を囲む【ウォール・マリア】といった高さ50メートルもの巨大な壁で守りを固めていた事だ。飛行船を用いた作戦は壁上に設置された大砲にて被害を被ったので否決され壁を越える事は叶わず、入り口以外の壁は強固過ぎて破壊は出来なかった。

 これに対して外と中を遮っている門の破壊に乗り出しウォール・マリア南方突出区シガンシナ区の扉を破壊することに成功。内陸への進軍を開始した。

 

 次に立体機動装置という新兵器をエルディアが作り上げていた事だ。

 三次元を自由に動き回れる移動能力は市街地や森林地帯で大いに脅威となった。特に夜襲となると視界が悪く、上にまで注意が向かずに全滅した部隊も多数いた。

 

 それでもマーレは諦めなかった。

 市街地戦が駄目なら平野を攻めて行けばいい。

 壁を壊せないなら門を破壊して行けばいい。

 

 兵士の数と兵器の格差で押し切ろうとしたマーレは大きな被害を出したがシガンシナ区とウォール・マリアを繋ぐ門を破壊。

 ウォール・マリア全土が戦争の舞台となったのだ。

 

 このままウォール・ローゼに続く東西南北の突出区を突破しよう。

 そう上層部が決めようとしていた頃に、三つ目の誤算が生じた。

 

 とある半島の自治権を巡って対立していた中東連合は、エルディアとの戦争でマーレが手間取っていると聞いてマーレに宣戦布告。主戦力の多くを抱えていた侵攻軍は止む無く本国への帰還命令が下された。

 ただ侵攻軍上層部は諦めきれずに置き土産を残して行った。

 幾つかの部隊にこの地にとどまりゲリラ戦を仕掛けるように言い渡したのだ。

 

 おかげで二年経った今でもウォール・マリアには多くのマーレ兵が潜み、人が住めない状況が続いている。

 

 逆にエルディアではマリア内で暮らしていた民をローゼとシーナだけでは支えきれない事を理解していた。

 ゆえに口減らしに全土より人選を行ってマリア奪還作戦といい、農具でもこん棒でもなんでも良いから武装させた一般人を放り出したのだ。結果、多くの者は亡くなり、残ったエルディア人はローゼより内側でギリギリ生きて行けるようになったのだ。

 それでも食糧問題から犯罪経歴のある者を壁外追放という形で切り捨てたりして、生きながらえている。

 

 この物語はそんな世界での物語である…。




●現在公開可能な情報
・食事処ナオ
 二つの世界を繋げた店(出入口)。
 この店を通り抜ける事でお金や文字は渡った先の物へと変化を成す。
 進撃の世界の住人が渡る事は出来ない。

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