進撃の飯屋   作:チェリオ

10 / 123
第09食 ニジマスのフライ

 昼飯を食べるにしては少し早いと思われる午前10時中頃。

 荷台を取り付けた一台の馬車が“食事処ナオ”を目指して走り続けていた。

 手綱を握るのはお腹がぽっこりとでた中肉中背の男性。

 身なりからして貴族程でないにしても周りに比べて上等な物着用していることから、それなりに金銭的余裕のある人物だと窺えるだろう。

 彼の名はディモ・リーブス。

 トロスト区に拠点を置く“リーブス商会”の会長。

 父親からリーブス商会を継ぎ、若い頃から商会を大きくする事を考えて今日まで商売を続けてきた商売人で、大きく成長させるまでに多くの失敗を重ね、そこから得た経験や判断はリーブス商会を支える大きな支柱となっている。

 そんな世間では成功者に数えられる彼自らが手綱を引いているのには訳がある。

 

 とある噂を耳にしたのだ。

 この食糧事情に問題を抱えたエルディアで安く、豊富な食材を用いて量も質も良い店があると。

 ほとんどの者が「あったらいいな」ぐらいの都市伝説程度の認識だが、ディモは商売人として勘からか気になり部下に調べさせた。

 すると実際に存在することが判明。

 さらに詳しく調べさせると噂通り安い値段で量も質も良い物が提供され、そのどれもが美味しかったという。

 ただ奇妙なのが食材の入手ルートが一切不明なことだ。

 通常安く提供するならば赤字覚悟で身を切って値段を下げるか、リーブス商会のように多くの物資を一度に発注して輸送費を抑えるなどの手法が存在するが、件の店はそれほど金銭面でひっ迫した痕跡も無ければ、大量に品を仕入れたり何かしら安くする対策を行っている様子はないとの事。

 早朝に農家や食肉場を周って食材を買っている様子はあるものの、決して店ひとつを経営するにしては少な過ぎる。

 報告にあった値段を維持するだけのカラクリがどこかにある筈なのだ。

 もしそれを手にすることが出来ればリーブス商会に大きな利益をもたらすことになるだろう。

 

 相手は二十代の若造が経営する小さな料理屋。

 わざわざ会長である自分が出向くほどではないが、それについてはもう一つの理由が存在する。

 ちらりと隣で周りをぼんやりと眺めている自身の子供であり、将来リーブス商会を担う筈であろうフレーゲル・リーブスに視線を向け、正面に向き直ると大きなため息一つ漏らした。

 甘やかして育ててしまったために横柄で軽薄な態度が目立つようになってしまった。しかも商人として大事な“見る目”を育てておらず、その大事さを理解せずにこうも流されるまま過ごしている。

 年を重ねれば王様であろうと英雄であろうと老いて行くもの。

 長年リーブス商会を引っ張ってきたディモも年々弱っていく己の身体を感じ取っており、もう何年かしたら会長の座を退くことになるだろう。となれば当然ながらリーブス商会を引き継ぐのは跡取りのフレーゲルだが、客観的に見るまでもなく無理だという事は分かる。

 引き継いでも数年で消滅するのが関の山だろう。

 引退するまでの間に自分が教えられることは叩き込まなければならない。

 だというのに本人にはやる気が感じられず、教えたとしても耳にしただけで己の武器にしようという頑張りがない。

 下手に息子に受け継がすより有能な部下に渡した方が街や経済の為ではないかと最近では思うほどに悩む。

 

 「親父」

 「…なんだよ」

 「ほんとに俺も行かなきゃダメか?」

 

 口を開いたかと思えばこれだ。

 本当に呆れてため息が漏れる。 

 バカ息子(フレーゲル)を連れてまで出て来たのは、先のように商売のいろはを叩き込む為だ。

 とはいえ本人に学ぼうという気概がないので叩き込むにも時間が掛かるだろう。

 

 「当たり前だ!よく俺から学べ。お前はいずれリーブス商会を担うんだからな」

 「そう…なんだよなぁ」

 

 どうも熱のこもってない生返事。

 本当に大丈夫かと頭を悩めるが、建物が見えてきたので怒鳴るのもぐっと堪えて大きく深呼吸。

 気持ちを変え、荷台に置いてある桶をしっかりと手に提げて馬車より降り立つ。

 この桶の中には氷で鮮度を保たせた魚が納められている。

 

 魚と言えば肉ほどでは無いが価格が高騰した食糧のひとつである。

 大きな理由がほとんどの養殖場や湖がマーレの侵攻により現在使用出来ない事にある。残っている魚を育てられる湖では全区域に供給する事は不可能。今では湖周辺の地区や川で釣るのが主な入手方法となっている。

 もしもそれ以外の地区で手に入れるとするならば、今回のディモのように運ぶ準備を整え、輸送費を気にしない必要がある。しかもこの魚は自らが出向いて自分の目で選んだ物だ。

 そこまで拘ったのには入手に難しく捌ける若手の料理人が少なくなった事と、エルディアでは主な調理法が揚げ物or蒸すと決まっているからだ。

 店主にこれで料理を作るように言って腕前を見る。

 捌けるか否か。

 捌けないとするならばどう対応するのか。

 揚げる際の手際に出来など他の店でも食べた事があるので比較しやすいなど多くを察せられる。

 腕前を見るだけなら自分で選ばずとも良かったのだが、リーブス商会の会長として持ち込むのであれば良い物を出さねば看板に泥を塗りかねない。

 

 さて、どのような物を出してくるのか。報告通りに若くて腕が良いのであれば家で雇うのも良いかも知れないななど思いつつ、店へと視線を向けたディモは目を見張った。

 

 周りの建物と一風変わったどころの話では無く建築方式から違う。

 レンガを一切使用せず、白い壁と木材による建築物。しかも屋根には何重にも並べられた焼き物()が敷き詰められている。

 横でぽけ~と呆けているバカ息子は全く気付いていない。いや、周囲を歩いている誰もがこの異様さに気付いていない。気付いていても違和感を覚えるだけで理解はしていない。

 初っ端から驚かされ、ディモは先ほど以上に気を引き締める。

 意を決しながらも表情はポーカーフェイスを決め込み扉を開けた。

 カランと小さな鐘が響くと店員が振り向き笑顔を向けて来る。

 

 「いらっしゃいませ。何人様ですか?」

 「二人だ」

 「お二人様ですね。お好きな席におかけください。今お水とメニュー表を用意しますので」

 「あー…ここは食材の持ち込みを出来るかね?」

 

 対応していたユミルはその予想外の一言にカウンターに居た総司に助けてと視線を送る。

 

 「構いませんよ。でしたらカウンターの方へどうぞ」

 

 あっさりと承諾されディモは目立たぬ程度に店内に視線を配りながらカウンター席に腰かけた。

 早速と言わんばかりに桶をカウンターに乗せて、店主(総司)に見せつける。

 覗き込み「おぉ…」と声を漏らしている様子を眺めながら、パンクしそうな頭を一旦整理する。

 

 ―――なんなんだこの店は!?

 何気なく壁に飾られていた見たままを写したかのような精巧な絵(風景を撮った写真)

 アンティークとした置いてある宝石のような装飾はされてなかったが細部までこだわって作られたであろうピアノ(木製のちょっと高めのピアノ)。

 椅子も机も出来が良く、すべて形が統一されている。

 他にも高価、または手間暇が掛けられたであろう品々が飾られており、どれだけ資金を投入したというのか…。

 経営難はないとしてもそれほど裕福な感じはない。

 調べることが一気に二桁に増えた事に頭を抱えつつ、少し落ち着き始めたところで目の前に意識を戻す。

 食材が魚と理解した上で慌てる様子がないことから、知識にしろ経験にしろこの店主は知っているのだろう。

 

 「これは良いニジマスですね―――して、どのように調理いたしましょうか?焼いても蒸しても揚げでも行けますが」

 「ならフライ(揚げ物)で頼もう」

 「畏まりました。少々お待ちください」

 

 桶を手にしてカウンターに戻っていく店主の様子をしっかりと観察する。

 氷の中からニジマスを取り出すと一度水で洗い、さらさらと撫でるように包丁でニジマス表面を引いて、小さな鱗をぽろぽろと剥がす。裏返して同じように鱗を剥がすと今度は頭部と胴の間に切れ目を表裏に入れて、尾びれより頭へと腹部を切り裂く。

 頭を外し、内臓を取り出すと包丁で血合いに切れ目を入れ、中から外まで鱗など取り残しがないようにしっかりと水で流しながら洗う。

 乾いた布で水気をしっかりと拭き取り、まな板に戻して中骨に身を薄っすらと残すように三枚に下ろす。さらに身に付いている腹骨を身に沿ってすくって切り取る。

 

 慣れた手付きであっと言う間に捌いて行く様子に感心してしまう。

 中骨に身が付いているが最小限に留めており、それだけでも技量の高さと食材を無駄にしない思いが察せられる。

 

 「あ!臓器や中骨は如何なさいましょうか。こちらで処理を?」

 「ん?変わった事を聞くな。まぁ、任せるよ」

 

 質問の意図を汲めずに答えたが、とりあえず頭の片隅へ置いておこう。

 ニジマスを捌き終えたなら次は揚げる準備だ―――と思いきや、何故か水を沸騰させた鍋に身を潜らせるという工程が割り込んだ。

 それから鍋に油を投入して温めている間に、身に薄力粉をまんべんなくつけたのだが、当たり前の準備段階でまたも驚いてしまった。

 なんだあの半透明の入れ物(プラスチックのボトル)は?それに透き通った油は?

 …油もだけどあの半透明の入れ物は良いな。確かめずとも内容量が外からでも見て分かる。うちの職人たちで作れないものか…。

 思案しているとパチパチとニジマスが揚げられ始め、揚がるまでの間に奥の長方形の箱物(冷蔵庫)より小瓶を取り出し、小皿にたっぷりと盛る。

 色が変わり、揚がり加減を見極めてフライを取り出して真っ白な紙へとのせる。

 紙が徐々に油を吸って濡れて行き、別の皿に新たな紙を敷いてそちらにフライを移した。

 

 「お待たせいたしました」

 

 余分な油を落としたニジマスのフライとソースらしきものを盛られた小皿が二人分差し出され、まじまじと眺めたディモは目を見張った。

 一般的な黒ずんだ衣ではなく綺麗な黄金色の衣が見事なまでに美しい。

 思わず声が漏れ出てしまうのも仕方がないだろう。

 貴族であればナイフとフォークで上品に食べるのだろうが、ディモはフォークをフライに突き刺して口元に寄せ、ガブリと齧りついた。

 

 薄いながらもサクリと歯応えの良い衣。

 ホロホロと口の中で崩れるニジマスの身。

 従来のギドギドとしつこい油を吸った衣と生臭い身の魚のフライとは天と地ほどの差がある。いや、これはもはや別物だ。

 

 「美味い!これすげぇ美味いな親父」

 「あぁ…本当に美味い」

 

 このフライを再現するには同様の油も必要だが、衣の付け方から揚げ加減を見極める料理人としての技量も必須だろう。

 感心しながらも二口目を頬張り、フレーゲルと共に幸せそうに笑みを浮かべる。

 

 「あ!隣のタルタルソースを付けるともっと美味しくなりますよ」

 

 これがより美味しく!?

 言われてその“たるたるそーす”なるものへと目を向ける。

 ソースと言うからとろみの付いた液体を想像したが、ソースに細かく刻んだ物が形を残しているのがやけに目立つ。

 スプーンですくい、食べかけのフライにかけると先ほどと同じく齧りついた。

 

 淡白なニジマスの味わいにコクのある滑らかなソースが絡みつき、食感も柔らかなものへと変化した。

 それと形を残していたのは手抜きではなく、形を残したことでシャキシャキとした触感がまた一つのアクセントとして生かされているのだと理解した。

 はっきり言おう。

 これは病み付きになるほど美味い。

 このシャキシャキしたのは玉ねぎをみじん切りにした物だな。この滑らかさはゆで卵か…しかしこのソースは一体…。

 

 「なぁ、アンタ。こんだけ美味いもん作れるんなら王都でもやっていけるんじゃないか?」

 「ありがとうございますお客様」

 「進出しようとは考えてないのか?もっと店を大きくしようとかさ」

 「あー、別にないですね。私はここで好きに料理が出来ればそれで満足ですから。勿論お客様にご満足頂けるのが一番ですけどね」

 

 タルタルソースをしっかりと味わい、素材にあたりを付けているといつもただ付いてくるだけのフレーゲルが店主に積極的に話を振っていた。

 それが商売人としての駆け引きでないのは残念だが、意図せずなのかこちらが知りたい情報を引き出していた。

 店主の言葉には嘘偽りがなかったとディモは今までの経験と自身の勘で理解し、引き抜きは難しいと判断する。もっと欲を見せる人物なら金を積めば何とかなったものを。

 無理に引き抜く状況を作り出すには色々と工作をしなければばならないが、知られた場合の関係性は最悪なものになってしまう。出来れば避けたいところだが、リーブス商会の障害となるなら潰す事も視野に入れた方が良いか。

 

 「なぁ、親父。このソースをうちで売り出せないかな」

 「お前なぁ…なにを馬鹿な―――…いや、その手があるか」

 

 また阿呆な事を抜かしたなと思ったが、ディモは考え直した。 

 別に味方(傘下)(邪魔者)かに仕分ける必要はないのだ。料理に関して彼は金の卵と言える。ならば手を取り合い利益を生んだ方が得策ではないか。

 まさかバカ息子に教えられるとは…情けなく自分を恥じるよりも痛快に笑みが零れてきた。

 

 「店主。俺はリーブス商会の会長をしているディモ・リーブスだ」

 「リーブス商会…確かこの辺りの区域を拠点にした大手だとお伺いしております」

 「その通りだ。今日はアンタを確かめるために来たんだが想像以上だった。そこで俺はアンタとうちで取引したいと考えている」

 「取引ですか…」

 「勿論即答しなくても良い。そちらとしては本当に俺らが名乗った通りの者だと分からないだろうから、確認もしたいところだろうしな。こちらとしてはとりあえず先のタルタルソースのレシピを知りたい。そちらも何かしら条件があるだろうがそれはこれから詰めて行こう。どうだろうか?」

 「そういう事なら異論はありません」

 

 いつものやり口とは異なるが今回はこれでいい。

 ニカっと笑い、フレーゲルの背中をバシリと音を立てるように叩いた。

 いきなりの行動に驚いてこちらを見ているが、それ以上に驚くことになる。

 

 「リーブス商会からの交渉役として俺の息子、このフレーゲルを出す」

 「お、親父!?」

 「気張れよ。こことの契約はお前に任せたからな。店主、何かこれに合う酒を頼む」

 

 仕事を任せられて慌てるフレーゲルの言葉を聞き流し、ディモは上機嫌に出されたビールを煽った。

 

 

 

 

 

 

 飯田 総司は予想外の事態に驚いたものの、店が良い方向に動いている事に安堵していた。

 毎日食材の状態を自分の目で確かめるべく早朝に農家から精肉店に押しかけていたのだが、朝の仕込みの時間を考えて動かねばならなかったので正直肉体的に辛かった。

 まだ仮の話であるが総司から毎朝の食材の配達を条件の一つとして出している。

 勿論こちらの基準である品質以上のものでだ。

 これで料理に専念できる。

 

 「これコリコリして美味いな。何の肉だこれ?」

 「ニジマスのすり身ですよ」

 「あのオッサンが持って来た奴か。へぇ~、こういう食い方もあるんだな」

 

 正確にはあのニジマスの背骨と背骨と一緒に切り離した身だ。

 ニジマスの骨は柔らかい。

 その骨を食べ易いように骨切りをし、身を共にすり身の団子にした。

 内臓と頭を用いてアラ汁にしたかったが、天然ものらしいので内臓は捨てて、すり身だけを味噌汁の具と使ったのだ。

 野菜もたっぷり入れて、すり身と野菜の味が良い出汁となっている。

 汁を啜り、一息つきながら目の前で味噌汁の具を食べているユミルを見つめる。

 

 彼女のおかげで仕事の分担が出来て総司はかなり助かっている。

 さすがに調理しながらウェイター業務まで熟すのは少し無理があった。

 そして今回のリーブス商会からの取引が上手く行けば自分は楽になるのだが、最近お客が増えたおかげでユミルの仕事量が増えてきたのだ。

 多くて三人、最低でもあと一人雇いたい所なのだが、誰かバイト募集の張り紙を見て来てくれればいいのだが…。

 

 

 

 総司の想いを他所に、金髪の少女がそのチラシを興味深そうに眺めていた。

 エルディアどころかマーレにも存在しない(・・・・・・・・)色鮮やかなカラーコピーされた張り紙を…。




●現在公開可能な情報

・リーブス商会
 トロスト区に拠点を置く商会で、食料品から日常品まであらゆる品を取り扱っている。
 会長には傲慢な所があるが、街や従業員の事をよく考えており、思いのほか慕われている。
 
 食事処ナオとはタルタルソースのレシピの公開及び販売許可(※)を取り付け、代わりに食材の調達から輸送を行う事を大まかな条件として取引を行った。
 食材の目利きにはリーブス商会会長が行い、フレーゲルを随行させて学ばせるつもりらしい。


 ※エルディアの国に無いタルタルソースの販売許可と言うが、自分がゼロから作り出したものではないので総司的にはご自由にという感じ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。