この回が2020年最後の投稿となります。
ちらりと白く小さな雪が空から舞い降り、しんしんと身体の芯から冷えるような寒さが覆う冬の夜。
年末が近づいて年越し準備をそれぞれで準備を行っている中、食事処ナオでは大宴会が開かれていた。
いつもなら調理担当とフロア担当も忙しく働いているが、本日は皆が好きに飲み食いして騒ぐのがメインなので、メニューから選ぶのではなく総司が次々と料理を作るのでそれを好きに食べるというもの。
なので総司を除く食事処ナオ従業員は提供される側になっており、厨房には忙しくも流れるように次々と調理を行う総司のみ。
…実際は久しぶりに一人で色んな料理を作りたいと言う悪癖を発散させたかっただけではと誰もが理解していたが、本人は楽しそうだし自分達は美味しい想いが出来、アニも今日ぐらいならと多めに見ているようなので文句を言う者はいない。
寧ろ美味しい美味しいと言う感想がそこら中から漏れ出す。
「うまっ!?」
例に漏れずエレンの口からも漏れ、同じ料理を口にしたアルミンとミカサも同意するように頷く。
彼らが食べているのは“しゃぶしゃぶ”。
薄っすらと脂が乗った豚肉を箸で摘まみ昆布の旨味が行き渡っている出汁に浸け、ゆらゆらと動かしながら赤身が熱で白く染まるまで待ち、程よく白みがかるとタレに付けて口に含む。
温かな豚肉は薄さもあるが非常に柔らかく、旨味の詰まった脂身が口で溶ける。
それも昆布の出汁が浸み込んで旨味はプラスされ、余分な脂が落ちたためにすっきりとした豚肉の味わいが広がる。
これに用意されているタレが合うのだ。
胡麻の風味が漂うまったりとしたごまだれに少し浸けては次々と口へと運んでいく。
簡単な料理なのに―――いや、簡単な料理だからこそシンプルながらに美味い。
「本当に美味いな」
「ポン酢も試してみたら。さっぱりして美味しいよ」
「どれどれ…あー、確かに。味が変えれるから飽きずに食い続けられるな。後で総司さんに―――」
「これ以上メニュー増やすの?」
「総司さんは喜びそうだけど、エレンは自分の首を絞めそうだよね」
提案してみようかなと思ったが、ミカサとアルミンが苦笑いを浮かべる。
確かに相談を受ければメニューに載せてくれるだろうけど、そうなると調理担当の仕事がまた増える事になる。
今だけでも相当なレパートリーがあるというのにこれからも増やし続けて全部対応できるのかと聞かれれば、エレンは自信がないと断言できるだろう。
「増やしたら問題あるのか?」
エレンは二人の言葉に納得していると同じテーブルでしゃぶしゃぶを楽しんでいたコニーが首を傾げながら問いかけて来た。
これは提供される側と提供する側の違いから来る質問。
食べる側としては選べる種類が増えると言うのは利点も多い。
だからコニーの疑問は当然と言える。
答えようとしたエレンの前に察したジャンが鼻で嗤う。
「ッハ、何だよ。作る自信がねぇだけだろ。情けねぇ」
「なんだとジャン」
「あ?事実だろ」
「ちょっと!エレンもジャンも落ち着きなよ」
「エレン。行儀悪い」
立ち上がってバチバチと火花を散らし始めたエレンとジャン。
慌ててアルミンが仲介に入るも二人共今にも手が出そうな状況にサシャが素早く動いた。
喧嘩を止める為―――などではない。
臨戦態勢に入ったジャンもしゃぶしゃぶを食べており、ちょうど出汁に肉を浸けていた所だった。
口論になった際に摘まんでいた箸が緩み、白くなった豚肉が出汁の海を泳ぐ。
迷うことなくサシャの箸が泳いでいた肉を掴み去る。
「肉貰いです」
「―――ッ、テメェ!!」
「離した方が悪いんですよ」
「ふざけんなよ!なら俺も―――っぶねぇ!?」
動きと言葉で察したジャンは抗議するもサシャには通らず、仕返しにとサシャが自分のだと主張するように手前に置いていた脂がしっかりと乗った豚肉を取ってやろうと箸を伸ばす。
するとサシャの裏拳が目の前を通り過ぎた。
咄嗟に回避できたから良かったものの、あの一撃を喰らえば鼻血を噴き出していただろう。
獣のような唸り声を挙げて威嚇し、サシャは手前の肉を護るような体制に入った。
「何やってんだよお前ら…」
「だってジャンが!」
「どう見たって悪いのお前じゃねぇか!!」
「ってか肉ばっか食いやがって、野菜も食えよ」
「言っても仕方ないと思うよ」
騒がしい様子に呆れつつも、若干楽し気にニコロは頬を綻ばせる。
先ほどから豚肉の皿ばかり減って用意された野菜類が全然減っていない。
だからこそ手をつけられていない野菜の皿を取ってテーブルに並ぶ三つ鍋の内一つに投入していく。
肉を取り合う一行に混ざっていないが同じテーブルに居るマルコは、ニコロに持って貰った器を受け取りながらニコロの言葉に苦笑しながら諦めを口にする。
器には豆腐に人参、長ネギに椎茸、白菜と彩豊かに盛りつけられ、そこにポン酢を垂らす。
「一応醤油とも合うけど」
「だったら後で試してみるよ」
そう言いながら豆腐を一口分すくって含むと、ほかほかとした熱さと共に浸み込んだ昆布の旨味にさっぱりと酸味の利いたポン酢。そして柔らかく滑らかな豆腐の食感が広がる。
しゃきしゃきと歯応えの良い白菜。
噛めばとろりとした旨味に仄かに甘いネギ。
くにくにと弾力のある肉厚な椎茸。
熱が通って硬さが抜けてスッと歯が入る人参。
慌てたように食べるサシャたちと違って、ゆったりと落ち着いて楽しむニコロとマルロ。
それを目撃して美味そうだなと視線が向けられ、結局落ち着いて食べれたのは一時だけで、騒がしい輪の中に混じって行くのだった。
「ったく餓鬼が騒ぎやがって」
「今日ぐらい良いじゃないか」
騒がしいエレン達を睨むリヴァイにエルヴィンが宥める。
エルヴィンもリヴァイも調査兵団では立場のある人間であり、今日を逃せば色んな名目で開かれるパーティや催しに参加しなければならないので、当分は訪れる事すら難しくなるだろう。
だから心行くまで楽しもうと考えていたリヴァイは予想以上の騒がしさに苛ついていた。
「
「お前の方が落ち着け」
「とりあえず呑み込んで話そうな」
隣でもごもごと詰め込んでハムスターの方に頬を膨らませたイザベルに、ファーランと共にツッコミを入れておく。
リヴァイ達のテーブルには酢飯に大きめの海苔、何種類もの具材が並んでいる。
一応“巻き寿司”と言う事で生魚も用意されているのだが、苦手な人も多いと言う事で生魚以外の具材も用意されている。
イザベルがやっていたように大きめの海苔に酢飯を敷いてから、真ん中あたりに具材を乗せて巻いていく。
後は手掴みで齧り付くだけ。
バリっと張りのある海苔が破れ、酸味と甘味が調和する酢飯に甘辛いタレが纏わりついたカルビの味わいに舌鼓を打つ。
最初は白米と違って味のある酢飯に合うのかと疑問があったけども、これはこれで合うんだなと噛み締めながら思う。
「兵長。このコーンも合いますよ」
手巻きが用意されているテーブルにはリヴァイ班にハンジ班、ミケ班が並んで座っており、ペトラが
ぷちぷちとした食感に続いてコーンとマヨネーズの合わさった味わいが広がり、進めるだけあって確かに合う。
エルドやグンタがツナとマヨネーズを混ぜたツナマヨというものを食べているだけに、酢飯とマヨネーズは相性が良いのだろう。
「唐揚げも美味いぞ。噛み締めれば中からじゅわりと肉汁が溢れ、甘酸っぱい酢飯でさっぱりさせながら味わえる。悪魔のような料理だな」
「唐揚げなどは白米とも相性が良いですけど、酢飯は酢飯でまた違う味わいで良いね」
エルヴィンは巻けるのかと危惧するぐらい唐揚げを挟んで大口で齧り付き、量を調節してナナバも口にして同意していた。
その隣のゲルガーからは香ばしくもスパイシーな香りが漂う。
「この匂い…ゲルガー、何を食べているの?」
「俺はタンドリーチキンを巻いて食ってるぜ」
「何処から持って来たの!?」
「向こうのカレーコーナー」
「なんで教えないの」
抗議の視線を向けられると勝ち誇った顔をしてゲルガーはビールジョッキに口を付ける。
ナナバはムッとしながらも取りに行き、何故かミケは残って黙々と食べている。
「お前は行かなくて―――良さそうだな」
問いかけたリヴァイは巻き寿司の間からカレールーが見えた段階で問うのを止めた。
齧り付いて口元に付いたルーを舐め取ったミケは満足そうに頬を緩める。
「なんでも酢飯とカレーを合わせたものがあると聞いた」
「寿司屋の私としては刺身で行きたい所ですけどね」
情報源であろう飯田 彩華を指差しながら答え、彩華は彩華でキッツとファーラン、そして彩華が来ると聞いて足を運んできたキヨミ・アズマビトに持ち込んだサーモンやマグロ、ハマチなどの生魚を巻いて提供していた。
三人とも頬を緩めて手巻き寿司を楽しむ。
生魚を心行くまで楽しめるのはあの三人ぐらいかと視線を動かすと、海老限定であるがマヨネーズと混ぜたエビマヨの手巻き寿司を食べまくるハンジ班が目に映る。ただし班長であるハンジの姿はそこにはないが…。
すると視線が合ったモブリットが申し訳なさそうに聞いて来た。
「すみませんリヴァイ兵長。分隊長が何処にいるかご存じないですか」
「あぁ、アイツなら―――」
「かっらぁああああああい!けどやっぱりうめぇええええええ!!」
答えるまでもなく一番五月蠅い叫び声が店内に渡り切る。
ハンジは総司に以前より麻婆豆腐以外に辛いモノが欲しいと言う事で頼んでいた汁なし担々麺を騒ぎながら味わっていた。
普通に汁なし担々麺だけでも辛いのだが、アイツはあのクソ辛い麻婆豆腐で慣れたのか物足りないともはや赤から黒になった激辛ソースをぶっかけて喰らっている。
ハンジ専用汁なし担々麺はもはや兵器の域に達し、啜った拍子に飛び散ったタレがどれだけひりつかされた事か。
周りの迷惑も考えて店の端で食うように言い渡したのだが、何故かその隣で普通の汁なし担々麺を啜っているイルゼが汗を掻きながらメモ帳を綴っている。
アレは気になって自ら進んで近づいたのだろうからどうなっても自己責任だろう。
そう斬り捨ててリヴァイは手巻き寿司に生ハムとチーズを巻いて頬張る。
数分後にはハンジのを味見させてもらい汗を拭き出しながら悶絶するイルゼの姿があったとか…。
店内では幾つもの料理によるグループが出来上がり、酒飲み連中もまた一か所に集まって酒盛りを開催していた。
マーレ軍元帥テオ・マガト。
前調査兵団団長で訓練兵団で教官を担うキース・シャーディス。
駐屯兵団司令兼南部最高責任者ドット・ピクシス。
三兵団を統括する総統ダリス・ザックレー。
などなど早々たる面子に駐屯兵団所属のハンネスを加えた酒飲みは一つの鍋を囲んでいた。
ぐつぐつと煮える鍋にはニラにもやし、細かく切られた唐辛子にキャベツ、そして何より鍋を埋め尽くすような勢いで投入された
「これは本当に食えるのかのぉ…」
大量過ぎるホルモンの影響でスープがこれでもかと脂分が浮き、ピクシスが流石に不安を口にする。が、対してザックレーは自信満々に返す。
「問題ない。飯としても酒の肴としても優秀だ。何よりこれだけ豊富にホルモンを使った料理が不味い訳ないだろう」
「どれだけホルモンに執着しているのだ。エルディアではこうなのか?」
「いや、総統だけだ」
ザックレーの言葉にそうなのかと真面目に疑問を浮かべたマガトに素早くキースが否定しておく。
美味いか不味いかと問われれば総司を信頼している彼らにとって美味いのだろうとは思う。
しかしながら並んだ面子は平均年齢がかなり高く、若い頃に比べたらそこまで脂物への耐性は弱くなっているだろう。
何よりハンネスかマガトがこの中で若い者に入る時点で相当平均年齢は上に設定されている。
食べれるだろうかと悩みつつも、最初はビールだなとジョッキに注いでいく。
「ではまずは乾杯と行こうか」
ジョッキを高らかに掲げて「乾杯!」と口にし、めいっぱいまで注いでいたビールをぐびりぐびり喉を鳴らして一気に飲み干した。冬と言う寒い季節であるもやはりビールは冷たくなくてはと、突き抜ける苦味と爽快感を身を震わしながら思う。
声を漏らしながら体内の空気全てを吐き出すように息をして、満足そうに笑みを浮かべる。
「やっぱりこの一杯目は格別だな」
「スカッと気持ちがいい」
「もう一杯飲むか」
「おいおい、折角美味いもんが目の前にあるというのに摘ままずに飲む奴があるか」
「そりゃあそうだ」
ビールの美味さとアルコールを入れた事で気分が高まり、笑い合いながら取り皿を片手に持って“もつ鍋”へとお玉を伸ばす。
脂漂う茶色スープと共に野菜類とホルモンが取り皿に入れ、お玉を次の人に渡すとスプーンを手にして早速口へと運ぶ。
スープからと味わうと醤油と鳥の出汁をベースにした味わいに、唐辛子の辛みとにんにくのガツンと来る風味、漏れ出した野菜の旨味と喉越しを滑らかにしているホルモンの濃厚な脂、鼻孔を擽るニラの香り。
複雑に絡み合う濃い味わいに舌が喜ぶ。
この濃さと味わいは絶対に酒に合う。
まだ具材を口に付けていないというのに期待に高鳴る。
主役だと言わんばかりに存在感を現すホルモンを口に含んで噛み締める。
スープにかなり濃厚に溢れ出ていたというのに噛み締める度にしっかりと脂が染み出し、濃い味に身体が酒を欲してジョッキを無意識に掴んでまたも一気に飲み干す。
「美味い!なんだこれ?相性抜群じゃないか」
「脂っこいがスープに溶けだした分、スープは濃厚でホルモンは食べ易いな」
「だろ?ホルモンは酒に合うんだ」
「そればかりだな。間違っていないがな」
柔らかくも噛み切れないほど弾力のあるホルモンを何度も噛み締め、程度噛み終わるとビールと一緒に飲み込む。
酒に合うのはホルモンだけでなく、濃厚なスープを染み込ませた野菜類も同様だ。
口でシャキシャキと言わせながら旨味たっぷりの味に酒が進みに進む。
あっと言う間に置いてあった酒瓶が空き、ビール瓶の追加と最初の不安は何処に行ったのかホルモンを含んだ具材の追加までも取りに行く。
するとハンネスがちらりとこちらに向けられている視線に気付いて手招きをする。
「おう、お前さんも来るか?」
「い、良いんですか?」
「当たり前だ。一緒に飲もうぜ」
初めて顔を合わせたがこれも何かの縁。
ハンネスはコルト・グライスを招き入れ、マガトは少しばかり眉を潜めたのだった。
もつ鍋を突きながらビールを浴びるように飲み干している酒飲みたちの輪に、酒を飲みたがるくせに非常に酔い易い兄コルトが加わった事にファルコは不安を覚える。
が、あの輪の中に入って止めるだけの勇気は無いのでとりあえず目の前の料理を口にする。
総司や彩華にとって祖父の思い出の料理であり、ガビを含んだ戦士候補生が最近口にした事で再現できる可能性が出たかつ丼―――“ミルフィーユかつ丼”。
カツを一口含むと濃厚でとろりとしたチーズと薄く層になった豚肉の旨味が合わさる。
呑み込む前に出汁が混ざった半熟卵が掛かった白米を頬張った。
マナー的には悪いがこのがっつく食べるのが非常に美味しく感じる。
特に見ているだけでも気持ちが良く、並んでがっつくように食べているライナーとガビの食べっぷりに惚れ惚れする様に魅入ってしまう。
逆にポルコなどは若干引いているようだったが…。
「お前ら食い方汚いな」
「でもあの食べ方が美味しいんじゃないポッコ」
「…その呼び方止めろ」
「それよりコルトを止めなくて良いのか?」
「兄貴が止めに行くなら止めないけど、俺は行く気ないぞ」
「たまには良いんじゃない」
やはり兄の酒の弱さを知っていたマルセルは心配しているが、ポルコやピークは面倒臭さと今日ぐらいはと甘めに見ているので行く気はないらしい。
多分明日は二日酔いで苦しむことになるだろうけど良い薬になってくれれば良いのだけど…。
「食べないなら私がもらうけど」
食べてはいたが考えていただけに手が止まり、進みの遅さから一杯食べきったガビが物欲しそうにしてきたので、慌てて護る様に隠す。
「いやいや、食べるって」
「言う割には全然減って無いじゃん」
「ガビ、ファルコから取らなくても次のがあるから」
ずいずいと迫って来たガビをライナーが穏やかに宥め、仕方なしと言った様子でガビは引き下がる。
自分の分が盗られそうになったより、食べかけと言う事で間接的キスを脱した安堵感で胸がいっぱいになる。
そうしていたらやり取りを見ていたゾフィアとウドがクスリと笑みを浮かべた。
「ガビってそれ気に入ってるよな」
「この前ポルコさんと内緒で来てたぐらいだからね」
「ちょ、何で知ってるの!?」
内緒に来たのか…。
ちらりと視線を向けるとポルコは罰が悪そうにそっぽを向いて、ピークやマルセルに弄られているようだった。
そして対照的に誰が喋ったと言わんばかりに疑いを周囲に向ける。
ボクにまで向けて来たけど犯人は隣でクツクツと肩を震わして笑うのを我慢しているライナーであることは間違いないだろう。
「抜け出す程そのかつ丼が好きなんだろ」
「美味しいけど源爺の方が美味かったよ!」
気に入らなかったのか大声でハッキリと評価を口にした事にこっちが焦ってしまう。
店内中に響いたようで「源爺って誰だ?」と反応を示す中、かつ丼を作った総司の様子を伺うと、なんとも嬉しそうに微笑んでいた。
「どうしたファルコ?」
「いえ、なんでも…」
ガビの発言は総司にも聞こえていた筈。
なのに怒ったり、悔しがるでもなく喜んでいる様子を不思議に思う。
その感情が素直に表情に出ていたのだろう。
問いに答えようもどういうべきか迷い、流そうとしたのだけどライナーは視線の先と状況から察して苦笑した。
「あー、総司さんは料理に関しては基本馬鹿だからな。越えるべき壁は高い方が嬉しいんだろ」
「そういうものですか…」
「そうなんだよあの人は。おかげでアニが世話女房みたぁあああああ!?」
にこやかに語っていたライナーがクルリと宙を舞い、いつの間に居たのかアニに地面へと叩きつけられた。
あまりに綺麗に投げられる様子に魅入ってしまう。
「誰が何だって?」
「な、何でもないです…」
そして見下ろされる冷たい視線。
下手な事は言うものではないとウドなどは怖がって距離を置くが、体格差があるライナーを呆気なく投げ飛ばした技量からガビがはしゃぎながら声をかけている。
興奮気味のガビに勢いと褒められて嬉し恥ずかしそうなアニ。
まったく何してるんだよと眺めながら、こういう何ともない日を過ごせることを喜びながら、ミルフィーユかつ丼を口にしては笑みを零すのだった。
騒がしくも食事を楽しんでいる中で、クリスタとミーナは苦悶の表情を浮かべていた。
目の前に並ぶは洋菓子から和菓子などのデザート類。
どれもこれも美味しそうでつい口にしたくなってしまう。
けれど彼女達は躊躇いからギリギリで踏みとどまる。
なにせ今は夜。
食事が済めばお風呂に入って眠るだけ。
そうなると今から食べるであろうお菓子の高いカロリーは確実にお腹回りに付く事は目に見えている。
我慢して他のものを口にして気を紛らわそうとも考えるが、恥ずかしげもなくハンナとフランツがケーキを美味しそうに食べさせ合いしている様子が目に留まる。
「何やってんだ二人共」
傍から見ればデザートを眺めながら立ち尽くしている二人は不審に見え、デザート類を用意したユミルは首を傾げながら近づいて来た。
不思議そうにするユミルに説明すると理由に納得しながら、洋菓子の中から一つ皿に乗せて差し出す。
「ちょっとこれ食べてみてくれよ」
差し出されたのは“ガトーショコラ”。
食べたこともあるデザートなだけに容易に味を思い出し、我慢に我慢を重ねていた二人にその行為そのものがクリティカルヒットになっている。
説明しただけになんでと抗議する。
「酷いよユミル。我慢している私達に見せつけるなんて…」
「良いから食べてみろって」
「う~…」
眼前に差し出されたガトーショコラから目を離せず、理性は我慢するように告げるも悪魔が耳元で誘惑してくる。
ユミルに勧められた事と誘惑に負けたクリスタは受け取り、フォークで切り分けて一口だけと含む。
口に入れたガトーショコラは噛む動作を必要とせず、舌や唇で簡単に解れてしっとり滑らかで舌触りが良い。
独特のほろ苦さは強めだが甘味もあり、深いコクも合わさる濃厚なチョコレートの味が味覚だけでなく脳から喜ばせる。
上に掛けられた粉砂糖の上品な甘さも相まって非常に美味しい。
けどその分やはりカロリーが気になって楽しみも半減してしまう。
一喜一憂するクリスタとニーナにユミルはケタケタと笑いだす。
「それなほとんど豆腐なんだよ」
二人はユミルが発した一言の意味が理解し切れずに「え?」と聞き返してしまう。
差し出したガトーショコラにはチョコレートも使用されているが、大部分を良く水気をきった豆腐が占めているとの事。
確かにいつものより舌触りが滑らかだったような気がする。
それ以上に豆腐が大半と言う言葉に心動かされた。
低カロリーで脂肪の蓄積防止に血管に付いた脂肪を洗い流したりと総司に聞いたことがあり、その豆腐がほとんどと聞いて気持ちが大分楽になった。
「ジャムなんかも使うとまた味変わって美味いぞ」
豆腐だと言う事で心に余裕が生まれ、さらなる誘惑でタガが外れたクリスタとミーナは食べ始めた。
我慢して見ているだけでなく楽しみ始めたことにユミルは喜ぶも、苺やらブルーベリージャムをかけて味を変えつつ色々食べ始めている二人に心の中で食べ過ぎると変わらないんだけどなぁと呟いておく。
店内は賑やかだ。
ここで店を始めてから訪れた常連客が次々とやって来ては料理に舌鼓を打って、楽しい一時を味わっている。
ヒストリアはケニーとトラウテを護衛として訪れて、ウーリやフリーダなどレイス家の面々とテーブルを囲み、リーブス商会のディモとフレーゲルはマガトに連れて来て貰った当主のヴィリーを始めとしたダイバー家と食事をしつつ談笑し、グリシャにアニの父親と
他にもイアンにミタビにリコの駐屯兵団精鋭班を預かる班長達。
血族と言う事でユミル・フリッツを可愛がっているダイナ・フリッツと眺めては一緒になって可愛がっているカルラとフェイ。
黙々と祈りを捧げつつタルトを食べるニック司祭に、来年は舌を噛まないようにと願いを込めてタンシチューを食べているオルオ。
食事ではなくナオに会いに来たであろうヒッチに、付き合わされたマルロ。
ジーク・イェーガーにジークの計画に加担したイェレナやオニャンコポン、ジークと付き合いの長いトム・クサヴァー。
多くの人が訪れて、こうも何度も訪れてくれる事は本当に有り難い。
従業員のカーリーも常連客に混ざって、思い思いに楽しんでいるようだ。
時間も経って腹も大分満たされたらしく、食べるペースが落ちて来て多少手透きになった総司は、店の片隅で一人一人を眺めて記憶を辿り、色々起こった出来事を振り返る。
本当に色々あった。
二つの世界が店を通して繋がったり、初のお客でエルディアでも営業出来るように手を回してくれたのは実は三兵団を纏める総統だったり、憲兵団に追われて逃げ込んだユミルさんを匿い雇った。
料理対決の手伝いや出店をするからと料理の先生をしたり、スパイ疑惑をかけられ裁判も起こりましたね。
懐かし思い出に浸りながらこの店で得た人と人の縁の有難さを痛感し、心から感謝の念を抱く。
「アンタは何一人で黄昏てんのさ」
一人ぽつんといた総司にアニとユミルが近寄る。
アニは総司にジュースが注がれたコップを渡して壁に凭れ、ユミルは隣の椅子に腰かける。
礼を言って受け取ったジュースを口にする総司は二人をまじまじと見つめ、二人は首を傾げた。
「なんだよ?」
「…いえ、これからも宜しくお願いしますね」
何というべきか迷った総司は穏やかな笑みを浮かべてポツリと口にした。
想いもしなかった一言に一瞬キョトンとし、アニはため息を漏らす。
「言われなくとも見て無いと無茶するからねアンタは」
「どうしたんだよ?急に改まってさ」
「何となく…ですかね」
曖昧な答えに「ふ~ん」と生返事を返しているとヒッチから解放されたナオが膝の上に飛び乗り、撫でてやると気持ちよさそうに喉を鳴らす。
早いもので2020年もこの進撃の飯屋も終わり間近。
一月四日から四人に焦点を当てたその後を、一話ずつ書いて行こうと思います。
最後までお付き合い頂ければ幸いに思います。
では良いお年を。