進撃の飯屋   作:チェリオ

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第84食 いらっしゃいませ

 一面暗がりの世界。

 周囲に何があるかどうか以前に自身が立っているのか座っているのかも分からない闇の中。

 そんな闇の中で視界はゆっくりと光を捉え始める。

 薄っすらながらも世界は形を持って瞳に映り、そこには貴方が知っている街並み(世界)が広がる。

 見覚えのある建物から思い出のある場所、ただ通り過ぎるだけの道などなど、人によって(・・・・・)異なる世界に同じ建物が一件混ざり込む。。

 全くと言って良いほど記憶にない一軒の建物。

 違和感を覚えるも明確な答えは出ず、しかし貴方は既視感を覚えている。

 入り口にはメニューが書かれた看板が置かれた“食事処ナオ”という飲食店。

 どれだけ頭を捻ろうとも記憶にないのに店名が脳裏に浮かんだことを不思議に思うだろう。

 

 「ンナー」

 

 ぽふっと足に柔らかい感触が当たり、下を見下ろすと一匹の黒猫が立ち止まってひと鳴きしているところだった。

 避けるも触るも反応出来ないまま黒猫―――“ナオ”は店内へと入って行ってしまう。

 見送るしか出来なかった貴方に冬の冷たい風が吹く。

 寒さに身を震わしていると空腹感が主張し、腹部に巣くう虫の音を鳴らす。

 この寒さに空腹感、確かめれば余裕のある財布事情に自ずと足は店へと向かう。

 扉を開ければ温かな空気が身を撫でて温め、カランと小さな鐘が入店を知らせるべく澄んだ音色を立てた。

 

 「いらっしゃいませ」

 

 入店した事で声をかけられた貴方はおかしな光景に目を奪われる。

 店内にはそれなりに客が入っているが、服装が独特で中には簡素でかなり古い感じの印象を得る物を着用している者もいる。

 が、それらに対して不信がるのではなく、あるのは店を見たのと同じく既視感。

 入り口で立ち止まっていた貴方はユミル・フリッツに案内されてテーブル席に腰かける。

 腰かけるとメニュー表を渡され、開いている内にコップやおしぼりを用意された。

 小さな店の割にはメニューが豊富。

 肉料理に魚料理、和食に中華に洋風、デザートや飲み物も結構な数があり、豊富過ぎるがゆえに目移りしてしまう。

 悩んでいると様子から察したアルミン・アルレルトが「どうされましたか?」と訪ねて来る。

 訳を話すとアルミンは壁に貼られた本日のおすすめを教えてくれた。

 

 今はいつも以上に、または(・・・)いつも通りにお腹が減っており、量が多そうだが行けそうな事もあってそれを注文する。

 注文を復唱したアルミンは厨房へとメニューを伝え、早速総司は調理を始める。

 

 テーブル席だったがゆえにはっきりとは見えないが、振るわれる度に中華鍋より宙を舞う米粒が見え、これならカウンター席にするんだったと後悔が過る。

 調理の過程で生まれた香りが漂い、鼻孔を擽るたびに食欲が刺激される。

 まだかまだかと待っているとそれほど時間も掛からず料理が運ばれてきた。

 

 「黄金チャーハンと担々麺、春巻きサラダに小籠包。お待ちどうさまです」

 

 そう言ってアジア系らしき少女―――ミカサ・アッカーマンはテーブルに並べていく。

 今更ながら店内はヨーロッパ系の人が多く、運んでいた彼女のようなアジア系が珍しく見える。

 思っている間にミカサは料理を並べ終えて軽く頭を下げて戻って行き、場には目の前より漂う美味しそうな香りが広がる。

 匂いの誘惑から早速と言わんばかりにスプーンを手にチャーハンに付き込み、口へと運んでパクリと含む。

 

 卵でコーティングされた米の一粒一粒がぱらりとして、醤油や塩コショウ、ごま油の風味が纏わりついて口に漂う。

 噛み締めれば微塵切りにされた玉葱の旨味と甘味に、チャーシューの甘辛くも豚肉らしさをハッキリ残した味、刻まれた青ネギの香りが口の中で合わさって完成を見せる。

 一口、二口と食べて良くもぱらつきに陰りは見えず、味のばらつきはなく均等に味わえる。

 

 合間に小籠包に齧り付くと中から熱々の肉汁が溢れ、ハフハフと空気を吐いては熱を逃がし、残った旨味たっぷりの肉汁をゴクリと飲み込む。

 温かな肉汁はべた付く事もなく喉を通り、身体を温めながら胃へと向かっていく。

 口の中にはもっちりとした小籠包の生地にまだまだ旨味を残した肉があり、ゆっくりと味わうように噛み締める。

 

 飲み易かったとはいえ口の中に脂分が残っていて、さっぱりさせるべく春巻きサラダに口を付ける。

 透けるほど薄い生地の下には瑞々しいレタスがシャキシャキと張りのある音を立て、蒸された海老がぷりっぷりの食感と共に淡白な味わいを出す。

 それが辛みを帯びた旨辛なソースに合う。

 

 合間に挟もうと手を出したが予想外に止まらない。

 黄金チャーハンも春巻きサラダも小籠包も粗方食べたところでもう一品にも手を出す事にする。

 

 ―――紅い。

 黄色味のある麺を赤く染め上げている担々麺。

 上には大きめに切られたネギに輪切りにされた唐辛子、固まり切っていない半熟卵にちょっとした山になっている豚の挽肉。

 箸で麺を摘まんで持ち上げると箸まで赤く染まり、そのまま口へと運ぶ。

 

 真っ先に味覚に突っ込んで来たのは辛さ。

 しかしただひたすら辛い訳ではなく、後から旨味がはっきりと主張してくる。

 挽肉によって脂っこさがあるものの、それこそが豚の旨味を絡ませているので気になるどころか余計に欲しくなる。

 ツルツルと啜り、口の中には麺以外に具材も飛び込んでくる。

 甘味と旨味を兼ね揃えたネギ。

 辛味を一時だけ増す唐辛子。

 豚の強い旨味と味わいをもたらす挽肉。

 割ればとろりと黄身が漏れ出してまろやかでクリーミーな味わいをもたらす半熟卵。

 

 気付けば黙々と食べている貴方。

 ふと周囲に気を割けば何やら言い争いをしているようだ。 

 

 「だからチーハンだって!」

 「馬鹿かお前は!オムレツに決まってんだろ!!」

 

 目付きの悪い少年二人が口論している。

 どうやらここで一番おいしい料理は何かと話していたらしいと口論から察する事が出来た。

 片や(ジャン)のようだがもう一人は先ほどまで厨房に居た一人(エレン)のようだった。

 視線を移すとそこには別の人物が入っており交代した事が判る。

 再び視線を戻すと見ていた事がバレたのかエレンとジャンの視線が貴方に向く。

 

 「アンタはどっちだと思う?」

 「おい、初対面の相手に聞くか普通」

 「なんだ自信ないのか?」

 「んだと!?」

 

 口論が続く二人からチーズハンバーグ(チーハン)かオムレツかと問われ、貴方はどちらかを答えなければならない。

 そして貴方は再び既視感に襲われ、最適解ではなくこの店にある流れにあった答えを口にする。

 「これが一番美味しい」と貴方が平らげた皿を指差しながら…。

 

 火に油。

 口論は選択肢が増えたことで余計に白熱し、貴方を交えて勢いをさらに増していく。

 すると鋭い視線を向けたアニ・レオンハートがつかつかと歩み寄って来た。

 雰囲気からただ事でないのと、これから起こる事を知っている(・・・・・)貴方は身構える。

 

 まずエレンが掴まれた瞬間成す術もなく宙を舞い、次にジャンが落ち着けと言いながら抵抗するも同様に舞わされ地面に落ちる。最後に貴方もクルリとスローモーションのように流れる世界の中、地面に叩き落される。

 手加減されていたのか、それとも衝撃を上手く抜いてくれたのか痛みは然程ない。

 

 「アンタら騒ぎ過ぎ。しかも初見さんも巻き込まない」

 「そう言うんだったらせめて初見さんだけでも投げてやるなよ」

 

 貴方が立ち上がろうとするとイザベルとファーランが手を貸してくれた。

 厨房からはエレンと交代したライナーが投げ飛ばしたアニに声をかけるも知らんぷり。

 その様子にニコロは肩を竦ませる。

 

 「大丈夫?綺麗に投げ飛ばされていたけど」

 「災難だったね、ま、騒ぎ過ぎたアンタも悪いけどね」

 

 初見と言う事もあってカーリー・ストラットマンもユミルも心配してくれる。

 でも言われた通り騒ぎ過ぎたら投げ飛ばされる。

 張り紙にもそう書いてあったはずだ(・・・)

 

 確認の為に壁の張り紙を見ると確かにある。

 食べ終えた事もあり貴方はお会計を済まそうとレジに向かう。

 会計は量に対して思いのほか安く、それほど懐は痛まなかったのは幸いだろう。

 

 「またのお越しをお待ちしております」

 「ナァオウ」

 

 払い終えて店より出ようとドアノブに手をかけた所で、微笑を浮かべる飯田 総司にそう言われ、ナオがひと鳴きして見送る。

 扉を開けて、一歩外に踏み出した所で世界は一変する。

 異物(食事処ナオ)が混ざった見覚えのある世界(街並み)などではなく、画面より(・・・・)顔を離して周囲を見渡せばそこは貴方が生きる現実に戻っている事でしょう。

 

 ―――またのお越しを心よりお待ちしております。




 明けましておめでとうございます。
 皆様にとって穏やかで良い一年となりますように。

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