進撃の飯屋   作:チェリオ

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 投稿が遅れて申し訳ありません。
 書いては全部書き直してを数回繰り返していたら週末までずれてしまいました。


第85食 終幕:シガンシナ区

 日が昇り始め、空が白み始める早朝。

 アルミン・アルレルトは冷たく済んだ朝の空気を思いっきり吸い込む。

 周囲を見渡すと広々とした農園を子供達は朝早くから和気藹々と各々の仕事に取り掛かっていた。

 

 年末に食事処ナオにて常連客が勢揃いした日から四年。

 エルディアとマーレとの関係がより良いものになって行き、伴ってエルディア国内も大きく変わった。

 それに伴って多くの人々の生活環境も激変した事だろう。

 アルミンもその一人だ。

 訓練兵団に入り、幼馴染のエレンやミカサと共に調査兵団に入団。その後は戦争状態が解除されたことで退団して食事処ナオに就職した彼は今や孤児院で働いている。

 

 馬鹿げているとは思う。

 地下街は勿論のこと、壁内の孤児や困窮者を纏めて面倒を見るなんて、どれだけの資材を搔き集めれば出来るのか。

 現実的ではないが多くの困っている人を助けたいと言う彼女(・・)の優しい気持ちには共感できる。

 それは良い事で素晴らしい事なんだろうなって。

 “困っている人が居たら何処に居たって見つけ出して助けに行く”――なんて言って実現させるなんて誰が本気で想えただろうか。

 

 首にかけたタオルで顔を拭い、ちらりと彼女へと視線を向ける。

 わいわいと騒ぎながら働く子供達の中にはサボったり、悪戯して遊ぶ者も当然出て来る。

 その子達を捕まえて説教しているこの孤児院の院長を務めるのはクリスタ・レンズ(・・・)

 

 各施設の運営費用は規模が大き過ぎて寄付では賄えるはずも無い。

 ただ人手は孤児も含めて山ほどあるのでニコロが行っていた青空食堂に牧場や農業などで稼いでいる。

 今でこそ上手く回っているが周るまでの資金振りは大変で、集めた孤児に困窮者の食費に生活必需品の購入、事業を行う為の土地の購入に施設の建設費用、鶏に牛に羊に豚などの購入費用などなど。

 初期投資に利益を出せない数か月分の資金はとても一人の人間が搔き集めて何とか出来るものではなかった。

 実現できたのは人との(えにし)があってこそだ。

 

 姉で女王ヒストリアに兵団を総括するザックレー総統が賛同し、反対する貴族や政府上層部をレイス家当主となったフリーダにピクシス司令やエルヴィンの跡を継いだハンジ・ゾエ調査兵団団長など各兵団長、大手商会のリーブス商会などが説得に回ってくれた事が大きい。

 他にも食事処ナオ馴染みの常連客の多くが力を貸してくれた。

 国からの資金援助と前政権を操っていた大貴族より没収した土地や施設を借り受ける事が出来、今では収益で新たな施設や農園を用意出来るまでに至っている。

 アルミンとクリスタが居るのはシガンシナ区に新設した孤児院。

 マーレと関係改善されたことで領地を取り戻せたエルディアは復興に勤しんだ。

 ただ復興するには多くの人手と維持するだけの資金と食糧が必要となる。

 そこで施設を復興地に置く事で食料の生産と輸送費を下げて安値で提供することに成功させ、同時に集まった困窮者に復興する為の仕事場を斡旋して人手問題も幾らか緩和させたのだ。

 

 まったく凄いよクリスタはとアルミンは微笑を浮かべる。

 彼女がそう言った事を始めると聞いた時は不安で、少しでも助けれたらと手伝いを申し出て初期から携わっているだけに、はっきりと実感する。

 

 「朝から頑張るのぉ」

 「お祖父ちゃん。おはよう」

 

 多くの子供達に囲まれて、楽し気に笑う祖父。

 トロスト区でニコロの青空食堂を手伝っていたが、ニコロが食事処ナオを出た(・・)事で運営がリーブス商会が引き継いだ為にお役御免となって以前のように静かな生活に戻っていたのだけど、それまでが子供達とわいわい賑やかで充実した時間を過ごしていただけに寂しそうだった。

 そこでアルミンが孤児院の手伝いを頼んだところ、可愛い孫からの頼みもあって二つ返事で答え、手伝い始めてからは活き活きしている。

 寧ろ元気過ぎて心配になるほどだ。

 

 「あんまり無茶しないでよ」

 「大丈夫じゃよ。それよりもう配達の時間じゃないかの?」

 「―――あ!」

 

 色々作業をしていて忘れて居た。

 この孤児院には飼育場や農園が隣接していて、収穫した物を卸しているのだ。

 何件か回る為に朝早くから回らなければならず、いつもなら準備を済ませている頃合い。

 慌てて配達するリストに目を通して急ぎ品を集めていく。

 汗をタオルで拭いながら何とか集め終えると、タイミングよく馬車をひく馬が蹄の音を響かせながら近付いてきた。

 その音を聞いてクリスタが微笑ながら歩いて来る。

 

 「アルミン。馬車来たよ」

 「解った。すぐ行く」

 

 入り口に馬車が数台停車する。

 取れたての牛乳に卵、牛肉に豚肉に野菜類など注文を受けた品々を手分けして馬車の荷台へと積み込んで行く。

 馬車は“マクレーン商会”所有の馬車で、マクレーン商会の積み荷であるビール樽が幾つか積み込まれている。

 

 以前アルミンやクリスタと共に食事処ナオで働いていたカーリー・ストラットマンは食事処ナオで技術と知識を得て、距離を置いていた父親の下へと帰った。そこから彼女は食事処ナオでしか扱ってないものの製造に取り組んでいる。

 元々化学を専攻し、高い能力を持っていただけに総司からの大まかな説明と実物を味わう事でそれなりに理解出来、今ではエルディア初のラガーの醸造法を確立させた。

 今はまだ製造所が一件しかないのとエルディアではエールの方が主流なので大手の酒造会社が自分の縄張りに入ってくることを嫌っているので大々的に市場に出回っていないが、そのうち影響力の少ない復興したての地域などで卸したりして一部で認知度が上がってきている事から、そう遠くない日に市場にも出回る日が来るんじゃないかな。

 いずれは醸造所を増やし、醤油や日本酒も作って傾いているマクレーン商会を立て直すんだって豪語していたよ。

 最近はお互いに忙しくて会えてないなと思いながら積み荷を全部乗せたのを確認し、自らもクリスタと共に馬車に乗り込む。

 

 「じゃあ行ってくるね」

 「留守の間子供達をお願いします」

 「気を付けるんじゃぞ」

 

 配達なのだけど最後による飲食店で朝食を摂るのが二人の日課であり、それがいつも楽しみでならない。

 お祖父ちゃん達の見送りを受けながら、ちょっとばかし罪悪感を覚えつつも馬車を出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 復興が進んで人が戻り始めたシガンシナ区の住宅街に一件の飲食店が存在する。

 ―――食事処ナオ“シガンシナ区店”。

 総司が営む食事処ナオの二号店である。

 別に店舗を増やす考えはなかったのだけど、故郷が復興している事で帰りたい意志と料理人を続けたい気持ちの板挟みにあっていたエレン・イェーガーの想いを組んで出店することにしたのだ。

 建設費用や営業を始めての数か月間の資金はリーブス商会の取引で儲け、使う事もなく貯めていた貯金から使われ、エレンは店長兼料理人として働いている。

 エレンが行くならとミカサ・アッカーマンは当然のように付いて行った。

 そのミカサは日が昇り始めた早朝に、自室で短パンにシャツの姿で日課のトレーニングを淡々と熟していた。

 調査兵団時代から変わらない習慣。

 体力勝負である仕事に酒を飲んで暴れる客を鎮圧―――諫める役割にあって止める事は無い。

 短い呼吸を繰り返し、朝っぱらから身体に負荷をかけたミカサは終わる頃には汗だくとなっていた。

 すると自室の扉がノックされる。

 

 「お風呂の用意出来ましたよ」

 「ありがと」

 

 タイミングを見計らったように告げられたルイーゼ(・・・・)の言葉に短く返事をする。

 ルイーゼは新しく雇った従業員だ。

 良く働いてくれるし、真面目である事から凄く重宝してはいるのだが、ミカサとしては苦手な相手ではある。

 彼女(ルイーゼ)は昔ミカサに助けられた少女で、あの時の事を今でも鮮明に覚えているだけでなく、尊敬と憧れを抱いて追い掛けて来たのだ。

 後を追うように憲兵団から調査兵団に入団したが、すでに退団したと聞くや否や退団して、独自に調べたのとナオによって導かれた事で食事処ナオに辿り着き、シガンシナ区店の話が出ていた事からフロア担当として雇う事に。

 心の底から心酔しているからか私にべったりなのだ。

 それもしつこいぐらい…。

 気持ちは嬉しいが鬱陶しい。その事をエレンに話したら「お前も似たようなところあるだろ」と言われ、違うと否定しようと思うも言い返す事は出来なかった。

 デメリットはあるがメリットも大きい。

 先のように真面目で仕事も出来るし、変に反抗する事は無い。

 良く言えば従順な子。

 さらにシガンシナ区店も住居スペースを兼ね揃えており、私達と一緒に暮らしているがエレンに色目を使う事も無ければ二人っきりになる事を避けている節がある。

 話を聞けば嫌っている訳ではなく私が不機嫌になるから控えていると答えてくれた。

 彼女の思考は至ってシンプルで“私が信用している人物は無条件に信用に足る人物”と言い切るほど(ミカサ)第一主義で嫌われる事を恐れているからその一線(・・)は避けているのだと。

 今も朝のトレーニングをして汗を掻くからと早く起きてお風呂の準備をしてくれたり有難い事も多い。

 

 総司さんの所ならスイッチ一つで湯が沸くも、こちらはそうはいかないので普通に井戸から水を汲んで火で沸かす。

 食事処ナオでの生活で忘れかけていた苦労を久しぶりに思い出した。

 

 風呂に向かい汗を流すと動きやすい仕事着に着替え、エレンを起こしに向かう。

 エレンの部屋もあるのだが多分そこで寝ていないだろうから、住居スペースの台所に隣接している居間のソファを確認すると、やはりエレンはソファの上で横たわって安らかな寝息を立てていた。

 師(総司)に似てしまったのか、それとも料理長を任された責任感からかエレンは毎夜毎夜下準備や料理の練習に時間を忘れて取り掛かる。

 おかげで料理の腕は上がっているのだろうけど健康面を考えると心配でならない。

 けど何度言っても聞いてくれないので諦め気味で、ならばとギリギリまで寝かせてあげるようにはしているのだ。

 エレンの寝顔をいつまでも眺めて居たい気持ちをグッと堪えて肩を揺さぶる。 

 

 「―――エレン」

 

 優しく呼びかけ揺らすと反応があり、小さく声が漏れた。

 ここで止めれば二度寝になってしまうのでそのまま呼びかけ続け意識の覚醒を促す。

 

 「エレン、起きて。もう起きないと用意が間に合わない」

 

 眠たそうに薄っすらと目を開け、エレンは目を擦りながら身体を起こす。

 風呂も入らずに寝たらしく服は昨日のままでしわしわによれてしまっている。

 またやってしまったなとため息を漏らしながら、何故か首を傾げて不思議がっていた。

 

 「…あれ?ミカサ髪伸びてないか?」

 

 これにはミカサの方が首を傾げた。

 髪を切ったならまだ解るがそう目に見えて伸びるほど急激な変化はしていない。

 一瞬髪が乱れているのかとも思ったが窓ガラスに映る姿にそのような乱れはなかった。

 違うとなればそれはエレンの認識違い、またはそれほど寝惚けているという事。

 変な事(・・・)を口走った事に不思議がるエレンに、ミカサはクスリと微笑みかける。

 

 「そんなに寝惚けるほど熟睡していたの?」

 「あぁ、何か凄く長い夢を見ていた気がするんだけどな」

 

 それは良かったと笑みを浮かべる。

 「どんな夢を見たのかは忘れてしまっていたが」と呟きながらエレンは伸びをして固まっていた筋肉を解す。

 

 「トレーニング後か」

 「うん、湯は沸いてある。先に入ってきたら」

 「そうするよ」

 

 ソファから腰を上げて着替えを箪笥より出してそのまま風呂場へと向かう。

 風呂に入って着替えて身嗜みをエレンが整えるまでにミカサはやる事がある。

 まずはルイーゼと共に店内の軽い清掃に朝食に使うであろう食器類の用意、そして届けられる品の受け取り。

 いつも通りの時刻にアルミンとクリスタが訪れ、荷物を倉庫へと運び込む。

 そして運び込めば二人も交えて朝食を取るのがいつもの光景だ。

 

 「相変わらずミカサは凄いね」

 「そう?」

 

 首を傾げながら食材が詰め込まれた木箱を二段ずつ運び込む様にクリスタとルイーゼは感心し、アルミンは苦笑いを浮かべて一つずつ運び込む。

 注文舌通りに受け取り、マルレーン商会のビールも同様に運び込む頃にはエレンが風呂より上がって台所で朝食を作り始めている。

 

 「おはようエレン。いつもごめんね」

 「別に良いって。七人前(・・・)も九人前も変わんねぇから」

 「なんか総司さんっぽいねそれ」

 

 挨拶がてら会話するアルミンとクリスタの横を通り過ぎてルイーゼにまだ寝ているであろうユミル・フリッツを起こしに行ってもらい、ミカサは隣へ朝食を知らせに向かう。

 隣は私やエレンが暮らしていたイェーガー家の実家。

 食事処ナオシガンシナ区店は空いてしまった実家の隣に建てられたのだ。

 戻れるならとグリシャが戻るとカルラはダイナとフェイも誘い、二人共誘いを受けて四人で暮らしている。

 生憎と王都で仕事のあるジークが来ることは少ない。

 呼び鈴を鳴らすと準備は出来ていたのかすぐに出て来た。

 

 「おはようございます」

 「おはようミカサ。昨日も遅くまでエレンは頑張っていたようじゃないか」

 「美味しそうな匂いが家まで届いてきて昨日の夜からお腹ペコペコよ」

 「それはごめんなさい…」

 「ミカサが悪い訳じゃないのよ。夜遅くまで無理をして……体調管理をきっちりしないエレンが悪いの」

 「ミカサちゃんも大変ね」

 

 悪い所ばかり真似して、今となってようやくアニ達の気持ちが痛いほど解る。

 けどアニみたいに実力行使はしたくない。

 どうしたものかと悩みながら四人を連れて戻ると、ちょうどユミルが二階より降りてきたところだった。

 ユミル・フリッツは王家フリッツ家の血筋の少女であり、レイス家で面倒を見るという話が上がったけども、本人がエレンに酷く懐いている為にエレンが引き取る事になったのだ。

 眠気眼を擦りながら降りて来たユミルは起きたばかりで髪が乱れていた。

 

 「乱れている。直して来なさい」

 

 ジッと見つめられ、返事も頷きもせずにエレンの下へと駆けて行った。

 

 「おはよう…」

 「おはようユミル。髪跳ねてるぞ」 

 「…ん」

 

 ユミル・フリッツは自分で直そうとせず頭をエレンに突き出す。

 仕方が無いと小さくため息を漏らし、料理を素早く皿に乗せると手櫛であるが軽く梳く。

 四年経って大きくなったがまだまだ子供。

 それまでは甘えれなかった分甘えたがりなのもあるだろう。

 解っていながらもミカサは不機嫌そうに見つめてしまう。

 

 「解った。後でやってやるから」

 

 何処か照れ臭そうに言われた言葉に一気に機嫌が良くなる。

 越した当初にいきなりやられた際には顔を真っ赤にして驚いたものだが、繰り返される度に頬を染める程度に収まった。

 なんでも彩華さんが教えてくれた対処法らしい。

 毎朝のやり取りにニマニマとニヤケ面を周囲より向けられ、ミカサもエレンもそっぽを向きながら朝食の準備に動く。

 

 朝食はスクランブルエッグに茹でたヴルスト、新鮮なサラダにパン、それと総司さんより個人的に購入している珈琲が並ぶ。

 他にもケチャップにマスタード、ドレッシング各種も用意され、「いただきます」を言うと同時に食べ始める。

 パリッと皮が張っていて、破れると中から肉汁と塩気の濃い旨味が溢れ出るヴルスト。

 ふわっと軽やかで舌触りの良く、クリーミーで甘味のあるスクランブルエッグ。

 クリスタ達が収穫したばかりで食感の良い野菜類とさっぱりとしたドレッシングの相性が合う。

 合間合間にパンを齧り、苦みと独特の風味を持つ珈琲を飲む。

 毎日食べるだけに日が経つにつれてエレンの腕が上がってきているのは徐々に解る。

 我が身の事のように喜ぶミカサは、エレンに視線を移して眉を歪ませる。

 

 「エレン、ユミル汚い」

 「ん?何か可笑しいか?」

 

 本当に解ってない風に反応を見せるが、いくら何でもパンにスクランブルエッグにヴルスト、サラダにマスタード、ケチャップをかけて大口で頬張ると言うのはどうなんだ?

 子が親を真似する様にユミルも同じ食べ方をして皿の上に零している。

 世話の掛かると口元を拭いてやると「まるで親子みたいだね」とアルミンに揶揄われる。いや、アルミンはそんなつもりはないかも知れない。けれど周りがそれに反応して揶揄ってくるのだ。

 特にカルラやダイナ辺りは「孫はまだかしら」なんて半分本気で言ってくる。

 揶揄いを適度に受け流し―――は出来ずにほとんど受け止めてわいわいがやがやと騒がしく朝食を摂る。

 食べ終わればミカサはユミルを学校に送り、エレンは店の開店準備と青空食堂に提供する弁当のおかず作りなど忙しくなる。

 大変な毎日であるがそれでもこうした日常に幸せを感じる。

 揶揄われて頬を染めながらミカサはエレンをちらりと見つめる。

 

 本当にそうであったなら(・・・・・・・・)…と思いつつ。

 

 

 

 

 

 

 大きなため息をジャン・キルシュタインは漏らす。

 彼が所属している憲兵団は深刻な人手不足に陥っていた。

 女王ヒストリアが政権運営を担うようになって、腐敗していた組織は一新された。

 蔓延していた賄賂や堂々と行われていたサボりは無くなり、罪を犯していた者らはそれなりの処分が下されて正常化を果たした。けれど腐っていた上官達にそれに習っていた者らのほとんどが斬り捨てた為に人員が激減。

 それまでは選考基準を緩めて人員補給を図り、経験を積んで少しでも才覚があるものは昇進させて大きく空いた上官達の中を埋めた。

 

 ジャンは口は悪いが指揮官としては優秀で、仕事もきちんとこなす事から班長になって部下を従える立場となった。

 伴って給料も上がり、彼としては良いこと尽くめだった。

 だったというのも復興が進むにつれて治安を維持する人員が足りず、王都より人員補充でシガンシナ区へと異動を命じられてしまったのだ…。

 正直しんどい。

 慣れない土地に慣れない仕事、立場が上がって給金は良くなったがその分責任なども上がり、精神的にも疲労が溜まる。

 何よりも食事処ナオの飯にありつけないというのも大きい。

 あの店には何でもあった。

 冬になれば流通は止まり、店で出されるのは芋ばかりになるというのに様々な料理を同じ値段で満足に味わえた。

 思い返すとまた大きなため息を漏らした。

 

 「疲れているみたいだねジャン」

 

 駐屯兵団シガンシナ区の支部で書類仕事をしていたジャンは、マルコの声で俯き続けていた顔をあげる。

 数時間も書類を見下ろしていたせいか、あげると首がぐきりと軋み、凝り固まっていた筋肉が悲鳴を上げた。

 痛みにより顔を歪め、首や肩を揉みほぐしながら苦笑する。

 

 「そっちも変わらないだろ?」

 「まぁね。けどジャンの顔色が酷いからさ」

 「誰も彼もあの馬鹿みたいに居られるはずないだろ」

 

 指さした先に居たコニーがキョトンと首を傾げ、俺とマルコは苦笑する。

 マルコもコニーも昇進して班長と副班長として同じくシガンシナ区に異動になった。

 似た苦労を味わっているマルコに対して、コニーは前と変わらずお気楽に過ごしている(本人は至って真面目)

 羨ましくも思うもそれで仕事が減る訳でもなく、ため息を漏らしながらペンを動かす。

 

 「この仕事が終わった後どうする?」

 「どうするもなにも行先は決まってるだろ」

 「あそこ以外ないよね」

 

 決まり切った解答を口にしながら眉を歪める。

 疲れ切った状態で家に帰っても寝るだけ。

 簡単な自炊なら出来るが疲労からする気も起きない。

 金だけはあるので自然と外食となるも、食事処ナオで舌が肥えてしまった為に満足出来る店が限られてしまう。

 その中で値段が良心的で通える店と言ったらエレンの所しかない。

 どうもアイツを頼りにしているようで気に入らない。

 などと思いつつも結局は向かってしまうのだが…。

 

 仕事を終えて三人は住宅街へと足を運ぶ。

 飲食店が立ち並ぶ大通りでない事と、食事処ナオらしく常連客があまり広めない為に満席に近い客が入っているものの、なん十分も待つ事は無い。

 カランと小さな鐘の音を鳴らし、店内に入ると馴染の顔ぶれに苦笑する。

 店内を忙しなく働きまわるミカサにルイーゼにユミル。

 厨房で調理に専念しているエレン。

 それと毎日訪れては酒を飲んでいるハンネス。

 

 「もう飲んでいるのかおっさん」

 「酒飲みが酒を飲まずして何を飲むんだよ」

 

 エレン、ミカサ、アルミンの三人を幼い頃より見守っていたハンネスは、シガンシナの復興が進んで三人が戻ると言うのもあって、復興に伴ってシガンシナ区に配置される部隊に志願してまで戻って来た。

 多少風景は変わったが土地勘があり、駐屯兵団に長年勤務してきた実績から複数の班を総括する立場となっている。

 兵団が違うとしても声をかけたコニーとは立場が違う。

 人に寄っては叱責ものの行為に当たるが、にこやかに返してくれるのはハンネスさんだからだろう。

 挨拶のように掲げたビールジョッキを口につけてビールを一気に飲み干す様は豪快で見ていて気持ちが良い。

 同席には同期で駐屯兵団に所属したダズにフロック・フォルスターも居て、それぞれが気に入った料理に舌鼓を打っていて、美味そうだなと思いながら案内されるままにカウンター席に腰かける。

 

 「今日は何にしようかな?」

 「俺は唐揚げとフライドポテトを頼もうかな」

 「いっつもそれだろうが」

 「ジャンだってオムレツ頼むだろ」

 「俺は良いんだよ、俺は」

 

 そう言いながらオムレツは既に注文すると決めて、他に何を頼むかとメニュー表を開く。

 ふいに視線を感じて顔を上げるとカウンター越しで調理をしているエレンと目が合った。

 四年の歳月で背は伸び、ようやく落ち着きを持った大人びたエレン。

 前のように喧嘩する事は無くなったのは成長を感じる所であるも、何処か寂しく感じてしまう。

 悩む様な仕草をしたエレンは視線を外して調理を始める。

 テキパキと瑞々しいサラダを用意して豚しゃぶを乗せ、大根おろしと醤油を用意する。

 手慣れた感じで作る様子をただただ眺めていたら、その“豚しゃぶサラダ”が目の前に置かれて怪訝な表情を浮かべる。

 

 「おいおい、いつから客に押し売りするようになったんだ?」

 「別に押し売りって訳じゃあねぇよ。いらなきゃ残せば良い。ただ少しは休めよ」

 「余計なお世話だ。お前だって毎日忙しくてへとへとじゃねぇのか」

 「まぁな。で、どうする?」

 「珍しいお前からのサービスだ。仕方なく(・・・・)食ってやるよ」

 

 お互いに目を合わせずに会話を交わす様子にマルコは苦笑し、コニーは俺もそれ食いてぇと注文する。

 周囲の反応に示すことなくフォークを突っ込む。

 口に含めばシャキシャキと歯応えの良いレタスにしっとりとした豚肉。

 ふわりと柔らかで軽い大根おろしの旨味がさっぱりとしたポン酢と共に広がる。

 疲れていた身体に酸味は程よく入り、豚肉の旨味がすっと入って来た。

 溶け込むように渡る味わいに身体だけでなく心も休まる。

 

 こんな気遣いが出来るようになったんだな。

 噛み締めながら決して口にすることなく、ジャンはエレンの料理を心から楽しむのであった。

 

 

 

 

 

 客は帰り、店は閉め、夜も更けて静寂となった店内にエレン・イェーガーは一人腰かけていた。

 疲れた肉体が睡眠と言う休養を求めるも珈琲で飲んで目を無理やり覚まさせる。

 総司からはあまり飲み過ぎると中毒になるよと言われるもどうしても覚ましたく飲んでしまう。

 

 疲れる。

 総司さんみたくやらなきゃと肉体と精神に疲労が溜まる。

 大変で投げ出したいと思う時もあったけどなんやかんや今の生活を気に入っている。

 なんていうか充実していると言えばいいのか。

  

 すぐ側にはミカサが、少しばかり離れてしまったとは言えアルミンが居て、旧知の者や新たに出会った人など繋がりを経て、忙しくも平穏な日常を過ごしている。

 こうしてゆっくりするときに何故か自身の何と言う事もない日常と言う幸せを噛み締める。

 そして同時に俺がこんなに幸せで良いのかと謂れのない不安が襲う。

 

 訳の分からない些細な不安を呑み込むように珈琲カップに口を付ける。

 

 バチリと電流が走った。

 砂と夜空しか見えない世界で幼い俺とユミルが並び立っている。

 睨んでいるのか、笑っているのか、苦しいのかなど感情が読み取れない。

 そして少し離れた位置にミカサ達が懐かしい調査兵団の制服を着て、悲しみの混じった縋るような表情を向けている。

 何だこの光景はと思っているとミカサ達が薄れ、俺とユミルと目が合った。

 相変わらず表情は解からない。

 けど何処か――――…。

 

 「―――エレン?」

 

 いつも間にか隣にまで来ていたミカサの声に我に還った(・・・)

 今のはなんだったんだと疑問が押し寄せ、理解する事も出来ないエレンにミカサはどうしたのかと顔を覗き込む。

 

 「顔色が悪い。今日はすぐに休んだ方が良い」

 「…あぁ、そうする」

 

 気持ち悪さを感じながらエレンは火元を確認し、二階へ上がろうとして足を止めて振り返る。

 

 「どうしたの?無理なら背負う」

 「自分で行けるけど」

 

 一旦言葉を止め、少し間を空けて微笑を浮かべる。

 

 「ミカサ。いつもありがとうな」

 「いきなりどうしたの?」

 「いや、どうしたと言う事もないんだけど―――――大事な存在なんだって気付いたから。他の誰よりも…」

 

 夕日で隠せないのに(・・・・・・・・・)何言ってるんだろうと耳まで真っ赤にしたエレンは急ぎ足で部屋へと急ぐ。

 突如そのような事を言われたミカサは脳がパンクし、頭から湯気が上がりそうなほど朱に染まって数分間立ち尽くすのであった。




 今回より終幕…第83食「皆で飲んで食べて騒ごう」から四年後を描いた話を話を描きます。
 前にも予告した通り、今月で進撃の飯屋は終了いたします。
 終幕として予定しているのはこの回も合わせて四話。
 最後までお楽しみ頂けたら幸いです。

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