進撃の飯屋   作:チェリオ

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第87食 終幕:王都のレストラン

 大国マーレとの関係改善にヒィズル国との地下資源での取引など、世界と繋がる事でパラディ島の壁内中心の暮らしは大きく躍進を見せていた。

 関係改善から戦闘区域となっていたウォール・マリア内の領地は戻り、他国と交流や取引が行われる事から港が整備され、遅れに遅れている文明の差を埋めるかのように技術を急ぎ足で取り込みつつある。

 まだマーレのような水準に至るには数十年以上かかるだろうけど、今の関係が続くのであればいずれはパラディ島でも自動車や飛行船を飛ばす事だって夢ではないだろう。

 

 パラディ島最大の人口密集都市でエルディア政府の中枢を担う王の都“王都ミットラス”も大きく変わった。

 他国からの来客が訪れる事からそれらをもてなす施設が必要となり、趣向を凝らした宿泊施設や食事を楽しむ飲食店などが急増した。

 元々人口が多い王都には余っている土地は少ないが、前政権で咎人となった大貴族達より没収した資産の中には屋敷なども含まれて、政権が財源確保のために売りに出すと瞬く間に売れてからはそう言った施設へと改築されていった。

 そう言った改修された屋敷にはリーブス商会が購入した物もある。

 

 年末の常連客が勢揃いした食事会より四年が経った現状最も有名な飲食店として知れ渡っていた。

 訪れた著名人はエルディア国女王のヒストリア・レイス。

 三兵団を纏めるダリス・ザックレー総統。

 調査兵団団長に就任したハンジ・ゾエ。

 駐屯兵団司令官ドット・ピクシス。 

 憲兵団師団長のナイル・ドーク。

 レイス家当主フリーダ・レイス。

 マーレ軍元帥のテオ・マガト。

 マーレ大使館にて大使を任されたジーク・イェーガー。

 現戦士隊の隊長を務めるコルト・グライス。

 タイバー家よりヴィリー・タイバー。

 ヒィズル国からは代表兼交渉役として訪れたアズマビト家頭領キヨミ・アズマビトなどなど。

 国内だけでなく国外からも足を運ぶ客が居るほど盛況で、経営しているリーブス商会からしてみれば嬉しい悲鳴しか出ない。

 現場の者は毎日大忙しで本気の悲鳴が漏れそうであるが…。

 

 元大貴族の豪邸を改築したこの飲食店は地位で客を選ぶことはせず、提供する料理は高額なものから手頃な価格設定されたものまで揃えているので庶民でも入り易い。

 料理目当ての客がほとんどだが、中には王都に訪れた観光目的や何かしらの記念にかこつけたり、普段は足を踏み入れる事の無い貴族の屋敷を見てみたいなどの客も居て毎日賑わっている。

 世界各国の要人にパラディ島各地より客が訪れる為に料理は種類だけでなく味付けも豊富に準備されている。

 エルディアでは珍しいヒィズル国の料理から高級食材を用いたものから郷土料理、濃い目の味付けから薄味まで…。

 対応するには料理人の数を増やすしかなく、王都にある飲食店の中でこのレストランの料理人の数は膨大で、来客する著名人に料理の質から今や料理人を目指す者にとっては憧れの地となりつつある。

 

 そんなレストランにて特別に個室の調理場を与えられるという特別待遇の料理人が居る。

 元マーレ軍戦士隊に所属していたライナー・ブラウン。

 彼は女王に即位して楽しみにしていた食事処ナオに訪れ難くなった‭ヒストリアの為に何かできないかと悩み、王都にレストランを出店する予定を持ち、総司の技術を習った料理人が欲しかったリーブス会長と利害が一致し、食事処ナオで修業を経てリーブス会長の下で働いている。

 

 最初こそふとした想いから始まったのだが、随分と苦労をしてまでここまで来たなと彼は思い返して苦笑する。

 食事処ナオで総司の調理を習い、ニコロの青空食堂でひたすら練習を重ね、定休日の移動店舗でただ作るのでなく客の表情や感想を見聞きしながら作りと必死に覚えていった。

 さらにリーブス会長が数量限定という条件で総司を仲介して“醤油”を卸して貰う事になったので、“すき焼き”と“うな重”を売り出したいと言い出したのだ。

 

 “醤油”はパラディ島に存在しない調味料だ。

 ヒィズル国にあるにはあるが海上輸送するとなると時間も輸送費もかなり掛かり、

 リーブス会長曰く、ここでしか提供出来ないという付加価値のある料理を出したいとの考えだったらしい。

 おかげでただでさえ忙しかった生活が地獄と化した。

 すき焼き自体は前エルディア王の爺さんを筆頭に注文してくるので総司の調理を習えばよかったのだけど、うな重だけは“串打ち三年、裂き八年、焼き一生”と言う言葉があるようで、メインで扱うならちゃんした職人に習った方が良いと断わられたのだ。

 で、紹介されたのが総司さんの祖父と友人だった鰻職人の爺さん。

 これが非常に厳しい人で少しでも気に入らなかったら暴言や高齢とは思えない右ストレートが繰り出されるのだ。

 正直キース教官以上に恐ろしい人であったがどれだけミスしようとも見捨てる事はせず、褒めるところは褒めて最後まで付き合ってくれた。

 本人は自分の店で働かせて一からみっちり仕込みたかったらしいが、総司の頼みで月に一度教えに食事処ナオに訪れ続けてくれた。

 

 爺さん―――師匠からしたらまだまだ半人前以下の俺は、月ではなく年に数回であるが教えて貰いに総司さんに都合して貰って怒鳴られている。

 おかげで腕前に対して過剰な客入りに天狗にならず、真摯に打ち込めている。

 

 代わりといってはなんだが毎日の疲労から少しやつれて頬がこけてしまった。

 久しぶりに会ったガビには「なんか老けたね」と言われてしまう始末。

 まだ二十代なんだけどなぁ。

 乾いた笑みを浮かべながら炭火で焼いている鰻を扇ぐ。

 

 このレストランで最も有名となったうな重とすき焼きは思っていた以上に有名になり過ぎた。

 理由は簡単…。

 レイス家の食事会で前エルディア王に貴族達を虜にした“すき焼き”。

 ヒィズル国のキヨミ・アマズビトに前レイス家当主ウーリ・レイスが訪れる度に注文する“うな重”。

 話題に上がらない筈はなく、さらにうな重に至ってはぶつ切りで煮るかゼリーで寄せるしかなく、あまり人気が無かっただけに安値で扱われていただけに、こちらも安値で提供できて人気はまさに鰻登り。

 今では予約とそのまま提供用とで数量限定で販売。

 卸して貰っている醤油で賄えない量となっているのだ。

 総司との約束もあって会長はカーリーが醤油を完成させるのを待っている状態だ。

 

 ライナーは鰻の旨味が浸み込んだタレに浸けて再び焼く。

 大変で忙しい生活であるがそれもまた楽しく感じるようになってしまったのは総司の悪影響かな。

 おかげで良い生活はさせて貰っている。

 マーレで暮らしていた母をこちらに呼び寄せ、休日は狭苦しい生活ではなくゆっくりとした時間を送っている。

 

 パラディ島に来たのは母だけでなく、ガビ達に戦士隊を辞めた奴らまで移住してきた。

 特にベルトルトやマルセルは移住してすぐにリーブス会長に話を通してこのレストランで働いている。

 生活や環境は変わってもベルトルトは相も変わらず片思いのままらしいがな。

 

 「ライナー。少し良いかな?」

 

 考えていたら丁度ベルトルトが扉をノックしてきた。

 即座に返事を返すと空いたトレイと共に入室する。

 この部屋にはリーブス会長の決まりで俺を除いたらベルトルトとマルセルしか入れない事になっている。

 わざわざ習った技術を外に漏らす事は無いとの考えだ。

 

 「出来てる?」

 「今出来る。少し待っていてくれ」

 「解った。それと今日はあの日(・・・)だよ」

 「そうだったな。なら準備もしないとな」

 

 焼き上がった鰻を網より挙げながら笑みを浮かべる。

 一週間ぶりに彼女が来る。

 これは腕によりをかけて作らねばな。

 

 

 

 

 

 

 すでに営業時間外。

 そう思っていても一週間に一回訪れてしまう。

 本当なら営業時間内に訪れるべきなのだが、女王と言う身分から気軽に寄ることは出来ない。

 警護を考えると店を貸し切りにしなければならず、それでは訪れる客に迷惑が掛かるし、何より事前に予定を組んで動かなければならないので非常に面倒。

 ふらりと出歩けた頃が懐かしい。

 

 数年前の思い出に懐かしさを感じ、ヒストリア・レイスは小さなため息を漏らした。

 夜道を憲兵団によって護られつつ馬車は進む。

 目的地はライナーが働いているレストラン。

 

 “面倒なら時間外に行けばいいじゃないか?”

 どうしたものかと悩んでいた頃にザックレー総統より言われた一言だ。

 あの人は今でも食事処ナオの営業時間外に訪れているそうで、ならば私もというのはおかしな話だが、ライナーやリーブス会長に話を通すと別段構わないとの事。

 さすがに毎日ではなくザックレー総統同様に週に一回だけという約束で。

 

 がたごとと揺れていた馬車がゆっくりと停車し、外を確認するより早くドアをノックされて、目的地に到着されたことを知らされる。

 馬車から降りると周囲にはマルロが隊長を務める憲兵団の部隊が周囲を警戒するように展開していた。

 入り口で挨拶を受けるとそのまま離れに向かう。

 

 離れは手入れが行き届いた庭が見渡せるようになっており、景色も込みで店の売りとなっている。

 周囲にもすでに警戒の為に展開済みで、ヒストリアは気兼ねなく中に入って席に着く。

 中には顔馴染である者が待っていた。

 

 「よくぞお越しくださいました女王陛下」

 「陛下はやめてよ」

 

 柄になく大仰な芝居のような動きをするライナーにクスリと笑ってしまった。

 ライナー以外にベルトルトにマルセルが料理を乗せたトレイを持って立っていた。

 ここでは気兼ねする事は無い。

 なにせ近くには彼ら以外には警護の中で食事処ナオの常連で私を知っている隊長のマルロと副隊長となったヒッチのみ。

 女王の立場ではなく只のヒストリア・レイスという小娘で居られる時間だ。

 

 「ここではただのヒストリアよライナー」

 「そうそう女王様は気を楽に食事をなさりたいのだから」

 「お前は少し真面目にやれ…」

 

 先ほどまで周囲の目も合って多少は真面目にしていたヒッチがすぐさまだらけた。

 マルロはため息交じりに注意するも私が良いと言うだけに強くは言わない。

 

 「またやつれた?」

 「ちょっとな。ヒストリアこそ大丈夫なのか?」

 「大丈夫よ。まぁ、色々と忙しいけどね」

 

 こういった気兼ねない会話も久しい。

 政治や王宮では私は女王として振舞い、周りもそう扱う。

 貴重な時間に溜まった疲れを忘れて話し込んでしまいそうだ。

 その間に料理が並び、食事処ナオを連想させる料理が並ぶ。

 言葉では何処がとは言えないが味はまだまだ総司さんには至らない。だけど週ごとに上達しているのを実感する。

 喜ばしい事だ。

 店の評判は上々で、驕る事もなく正面から向き合っている。

 

 「どうした?何か面白い事でもあったか?」

 

 料理から感じ取った事に対して、自分の事のように喜んで意図せず頬が緩んでいた。

 

 「いえ、頑張っているんだなって思って」

 「お互いに…な」

 「そうね。皆が頑張っているんだものね」

 

 料理に舌鼓を打ちつつ、気兼ねない会話を楽しむ。

 そして最後には苺のパフェが用意される。 

 クリスタの所で採れた苺をライナーが調理した逸品。

 懐かしい。

 最近は王都詰めで食事処ナオに行けてない分、ユミルにも会えていない。

 

 「また皆で食べに行きたいね」

 「あぁ、俺も最近顔を出せて無いから行きたいな」

 

 二人して疲れ切った笑みを浮かべる。

 懐かしさを噛み締めながら甘くもすっきりとした酸味の利いたイチゴパフェを口に含むのだった。

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