最後までこうなってしまうなんて…。
本当にすみません。
エルディアとマーレとの関係が改善され、年単位で月日が流れても飯田 総司は相も変わらず料理一筋で合った。
食事処ナオも変化も起こりながら、変わらず混雑を避けようと出来るだけ秘密主義を通す毎日のように通う常連客に支えられて営業している。
「本当に変わらないなお前さんは」
カウンター席で“ネギ焼ホルモン”を摘まみにビールをグビリと飲んでいるダリス・ザックレーは、カウンター越しに調理している総司に話しかけた。
今は昼時という事もあって客が多く、厨房には総司しかいないので忙しいだろう。
が、総司は寧ろ楽しそうに調理しながら答える。
「良くもあり悪い所らしいですけどね」
「周りが心配してくれると言うのは有難い事だろう?」
「まったくもってその通りです」
客からしては向上心をいつまでも持って調理の技術を上げようとする行為は有難いが、それで周りや時間が見えなくなるほど没頭しているというのは周囲からは異常に映る。
己が気付かぬうちに疲労が肉体にも精神にも溜まり、いつの日かそれが体調に現れるのではとひやひやしている。
その筆頭であろう隣で昼食のチーズハンバーグを食べているアニ・レオンハートに視線を向けるとフォークを止めて深いため息を漏らす。
「有難がるのは良いけど言う事は聞いてほしいね」
「それは…その…すみませんね」
「良くはないけど良いよ。もう慣れたから」
諦めも混じった感情を出しながら止めたフォークを動かし始める。
“良くはない”…。
それはあの餓鬼どもの事も言っているんだろうな。
「ビールのおかわりは如何ですか?」
「うん?あぁ、頂こうか」
空になっていたビールジョッキに気が付いて、訪ねて来た
食事処ナオで起こった変化の一つは彼ら―――元戦士候補生が働いている事だろう。
エルディアとマーレの関係改善において人種差別や非人道的な問題が幾つも浮上し、それを正そうとマーレ政府がエルディア政府との話し合いの下で改善し始めたのだ。
人種差別の問題から“名誉マーレ人”制度の撤廃にエルディア人を使い捨てるような安全面を考慮しない仕事の改善、子供を戦地に赴かせるような戦士候補生の改変などなど。
おかげで戦士候補生に所属していた少年少女は僅か十代にして失業を経験して、約束していた戦士隊への配属や名誉マーレ人制度を与えられることは無くなってしまった。
危険ながらも働いていた親たちは安全面を考慮する為に資金が掛かる事などを勘定して、利益が出ない事業を廃止または縮小すべく人員切りを始めて、中には子供同様に失業する者も出たという。
そこで元戦士長のジークや料理人として成功者となっている戦士隊の先輩であるライナーを頼り、復興事業で人手を欲しているエルディア人が住まうパラディ島に移住してきた。
そしてファルコを始めとした子供らは、両親を食事処ナオに連れて食事をしようという話で訪れ、その場にて就職先が決まったのだ。
なにせ食事処ナオはエレン・イェーガー、ミカサ・アッカーマン、ユミル・フリッツ、アルミン・アルレルト、クリスタ・レンズ、ライナー・ブラウン、ニコロなどが巣立ってしまい人手不足に陥っており、戦士候補生時代には各国著名人が集まるパーティでは給仕をさせられて経験を持つ彼らは即戦力として期待できる。
逆に彼らからしたら職を欲しているばかりか、仕事中はただで飯が出る上に進み過ぎた家電に囲まれた快適な生活(住み込み)が出来、さらに割りと良い給金が貰えると言うのだから受けない筈がない。
ホルモンの嚙み切れない歯応えを噛み締め、溢れ出る脂たっぷりの旨味にネギの甘味を含んだ味わいと、シンプルな塩気が口いっぱいに広がり、それを運ばれたビールで流し込む。
「美味い!」と口にし、プハァと息を吐き出す。
雇われたガビ・ブラウンにファルコ・グレイス、ウドにゾフィアはまだ子供という事もあって夜間も就業時間に入る午後は避け、午前のフロア担当として働いている。
鍛えられていた分動きは機敏で、経験があるゆえか良く気が回る。
ここで“良くはない”の部分に戻ろう。
人手不足を解消した訳ではあるがそれは完全ではない。
デザート類は変わらずユミル、午後のフロアをイザベルとファーラン、調理補佐はアニが担当している訳なのだが、午前には調理補佐は居ない。
まだ子供という事と調理経験がない点、それと適性を見極めるために当分はフロアを任せながら様子を見るとの事だが実際は異なる。
要は忙しい中で幾つもの料理を作らねばならない状況を楽しみたいが故の総司の言い訳。
これには体調を心配しているアニ達としてはため息をつくのも当然だ。
「―――オフッ!?」
「ガビィイイイイイ!?」
背後で叫び声がしたかと思い振り返ればガビ・ブラウスがこけて、驚きながら心配したファルコが叫んでいる所であった。
働き始めた当初であれば心配することあれど、今となっては驚きよりもまたかと笑みが零れてしまう。
ガビは戦士候補生の同期の中で差がつくほど優れた成績を誇っていたが、どうにも妙に運が悪いところがあって定期的にやらかすのだ。
今だってただこけただけでなく、転げた拍子に手にしていた水入れが宙を舞って頭の上に乗り、周囲には散らさずにガビだけをびしょびしょに濡らしていた。
見慣れてしまった光景に驚きはしたが慣れてしまったファルコも対応が早い。
濡れたガビをゾフィアに風呂場へと連れて行ってもらい、自身は雑巾を手に後片付けを始めていた。
「来たよ総司さん―――ってまた?」
「よくやるな
昼ご飯を食べるのと午後の仕事に備えて訪れたイザベルが扉を開けて、片づけをしているファルコから察して苦笑いを浮かべた。ここで“ファルコが”と思わないだけ見慣れてしまった光景になってしまった。
問いかけにファルコも苦笑いで返すとお客で来たにもかかわらず、イザベルとファーランは仕方ないなと手伝いを始め、ファルコの「すみません
眺めながらビールをチビリと口にしたザックレーはふともう一つの変化へと視線を動かすもやはりそこには
「そう言えばアイツはまたデートか?」
「多分そうだと思いますよ」
視線の先には看板猫であるナオが座る様に用意された台座があり、そこにはナオの姿はなかった。
縄張りを見回ったりで店を空ける事もあったが、最近は以前の比ではない程空けている時が多い。
なんでも良き相手が見つかったようで、ユミル・フリッツの嬢ちゃんが金色の毛並みの猫と三匹の子猫達と一緒に居るところを目撃したとか。
そして何故か嬢ちゃんが子猫に名付けをしたらしいんだが“マリア”、“シーナ”、“ローゼ”と三重の壁と同じ名前を付けて、ニック司祭が興奮気味に語ってたっけ…。
「そういえばお前さんには良い相手というのは居らんのか?」
ナオの事を思っていてふと思った事を口にした。
するとキョトンと呆けた顔をした後に乾いた笑みを向けられた。
「こんな料理馬鹿を貰ってくれる変わり者が居ると思います?」
「それもそうか…」
少し揶揄い交じりに言ってやろうかと思ったところで、隣のアニが立って視界から消えたと思ったら後ろの方で誰かが投げ飛ばされたであろう音がして口をつぐんだ。
初めて来店してから毎日のようにレオンハート(アニの父親)は通っている。
料理を気に入ったのもあるだろうが大部分は総司と事実上同棲している娘を気にしてだ。
そしてこういった色恋沙汰の話を出すと殺気の籠った視線で「手は出していないだろうな?」と圧をかけ、それをアニが鬱陶しがりながら投げ飛ばすのが一連の流れとなっている。
「まったく何時まで経っても子供扱いなんだから」
「それだけ気をかけてくれているって事ですよ」
「有難いんだろうけど過ぎればウザいよ」
「解らんでもないがな。投げ飛ばすのはどうなんだ?」
ばつが悪かったのか残っていたハンバーグを口に運びながらそっぽを向いた。
そうしていると奥の扉よりユミルが欠伸しながら現れ、空いていた席に腰かける。
「またガビなんかしたの?」
「いつものように」
「そっか。あ、私サバ味噌で」
「畏まりました。ライスは大盛で?」
「――ん」
注文を受けて用意を始め、その様子を目と鼻で楽しむ。
やはりここの料理は食べるだけでなく、見る事と放たれる匂いによってより楽しめる。
変わらないなとホルモンを口に放り込み噛み締める。
「ンナー」
入口よりナオの鳴き声がすると見覚えの無い子供が二人居り、きょろきょろと店内を眺めていた。
どうやらナオによって連れてこられたようだ。
新たな客に常連客が視線を向けてほくそ笑む。
「いらっしゃいませ」
飯田 総司は笑みを浮かべて迎え入れる。
そして誰もが自身がそうであったようにあの子らも食事処ナオの料理に魅了されるのだと確信を持って頬を緩めるのであった。。
読んで頂きありがとうございます。
たくさんの感想に高評価には大変励まされこれまで続けて来れました。お礼申し上げます。
それと誤字の数々に対して誤字報告して下さり感謝すると同時にご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
この作品“進撃の飯屋”はこれで最終回。
タグに完結を追加致します―――――が、この回を書こうとリアルと体の調子で悪戦苦闘している最中に二話ほど書きたくなり、二月は色々と忙しいので三月辺りにでも出来ればそれだけでも投稿しようかなと思っております。
予告詐欺にならないように頑張りますが、もしもの時はすみません。