じりじりと暑い日差しが降り注ぎ、頭の天辺から暑さにやられそうだ。
年々歳を取るにつれてこの暑さが身体に堪える。
若い頃はそうでもなかったんだがなぁと振り返りつつ、袖で額を垂れる汗を拭うハンネスは疲れたと言わんばかりに大きな息を吐き出す。
トロスト区駐屯兵団部隊長の地位に就いたことで見回りの回数こそ減ったものの、逆に増えた書類仕事を熟そうとすれば蒸し風呂のように熱の籠った一室で缶詰にならなければならない。
冬場は冬場で身体が言う事を聞かなかったりするが、夏もまた別の意味でキツイ。
そろそろ俺も引退を考えるべきかと脳裏を過るも、まだまだと自分に活を入れて歩を進める。
夕方になっても暑さは残っており、シャツの中が汗と体温で蒸れて気持ちが悪い。
それに一日中働きづめで身体はくたくたな上に、汗を掻いただけ喉がからからだ。
だからこそ速足であの店に向かう。
他には目もくれずにただひたすら目的地である食事処ナオ目指して、何度も通った慣れた路地裏へと入って行く。
カランと小さな鐘を音を鳴らしながら扉を開けば、夏場とは思えないほど涼しい風が通り過ぎる。
「いらっしゃいませ」
「おう、とりあえずビールを頼むよ」
そう言ってカウンター席に腰かける。
メニュー表を手に取りながら何を注文するかと頭を悩ませる。
暑いからさっぱりとした甘酢の掛かった料理?
逆に辛味の利いたスパイシーな料理?
いや、ここはがっつり肉が食いたい。
「ビールお待ちどおさまです」
「来た来た」
置かれたビールジョッキを早速手に取って口を付ける。
グビリグビリと喉を鳴らしながら流し込む。
このすっきりとしたキレに喉越し、そして苦味が何度飲んでも美味いんだよなぁ。
何より暑さで汗を掻いて水分を失い、火照った身体がキンキンに冷えたビールを欲してしまう。
息つく暇もなく一気に飲み干して大きく息を吐き出す。
「ぷはぁ!やっぱり最初の一杯は格別だな!」
最初の一杯は美味いのは確かなのだが、暑い日のビールはさらに美味くなる。
「ビールおかわり。それともろきゅうと唐揚げ各種盛りを頼むよ」
「畏まりました」
唐揚げは少し時間が掛かるが、きゅうりを食べ易いように切ってもろみ味噌と一緒に皿に盛るもろきゅうはすぐさま出される。
おかわりのビールが届くと調理風景を眺めながら、きゅうりを一つ摘まんでもろみ味噌を付けて口にする。
ボリボリと音が聞こえるほどの歯応えに噛めば水気が飛び出す。
潤いに満たされる中でもろみ味噌のつぶつぶ感と共に仄かな甘味とマイルドな味わいがマッチして、ついつい食べる手が止まらなくなってしまう。
摘まんではビールを飲みを繰り返し、もろきゅうとビールを楽しんでいると香ばしく食欲を誘う匂いに胃が刺激される。
「唐揚げ各種盛りお待たせしました」
「おぉ、待ってましたっと」
大皿に盛られた数種類の唐揚げを前にニンマリと笑みを浮かべる。
この前キース・シャ―ディスが注文していたのを見てから一度食べてみたかったんだ。
もろきゅうを食べきり、ビールが少ない事を確認しておかわりを注文しながら箸を伸ばす。
まず最初に摘まんだのは塩唐揚げ。
サクッと香ばしい衣を破れば、中から鶏肉の旨味の詰まった肉汁が溢れ出す。
そして食欲を掻き立てるにんにくと臭みを消してさっぱりとさせる生姜の風味に、濃過ぎずにしっかりと主張してくる塩。
たくさん汗を掻いて塩分も枯渇していただけに、この塩気が身体に沁み込むようだ。
しつこくなくあっさりとした唐揚げに舌が喜んでビールが進む。
…いや、進み過ぎるのが唐揚げの悪いところだろうか。
「ビールを瓶ごと頼む」
それだけ言うと塩唐揚げを口に放り込んで、ジョッキに残っていたビールを一滴残らず飲み干した。
塩唐揚げを摘まみながらビール瓶を待ってくると蓋を外したところでそのままでと受け取り、コップに移す事無く瓶にそのまま口を付ける。
アルコールが回り始めた事もあって、もう口も手も止まる事を知らない。
次に塩唐揚げよりもカリッとした表面の醤油ベースの唐揚げを口に放り込むと、コクのある味わいに安心感が湧いてくる。
食事処ナオでも唐揚げと注文すればこれが出される程ポピュラーな存在なだけにものすごく落ち着く。
ちなみに醤油派か塩派で抗争が起こるが俺はどちらにも加担しない。
だってどっちもうめぇもん。
醤油の味わいに利かせたにんにくの風味が食っているのに食欲を掻き立てて箸が進めば同時にビールも進む。
だけどやはり揚げ物だけあって油まで回り易い。
唐揚げ各種盛りは合計四種類で三種類は固定だが、四種類目は日替わりなのだ。
本日は唐揚げの甘酢餡掛け。
今の状態を考えると丁度良い。
薄っすらとした甘みに程よい酸味がとろりとしたタレ“甘酢餡”が掛けられて、表面のカリッとした香ばしさはふにゃりと柔らかく、しっとりとして口当たりが優しい。
油っこさで弱っていたけど、この酸味がさっぱりとさせてくれる。
この甘酸っぱさは夏場のバテた時でもすんなりと食べれる。
なんでこうもこってりとしながらもさっぱりと美味いんだろうか。
口当たりも良いからいくらでも食えそうだ。
…と言っても胃には限界が、皿には個数が決まっているので実際には無理なんだがな。
三種類の唐揚げをぺろりと平らげる。
甘酢餡でさっぱりしたところで四種類目の竜田揚げへと箸を向ける。
唐揚げと竜田揚げ…同じ鳥の揚げ物だけど名前が違うのは何故なんだろう。
疑問を抱きつつもそれより冷めない内に食いたい気持ちが先行し、ガブリと大口で齧り付く。
ザクリと硬く香ばしい表面を噛めば、中からは鶏肉の脂と揚げた際に沁みた油、そして漬け込まれたことで最奥まで染みた調味料込みの味わいがじゅわりと大洪水を起こす。
歳をくってから油への耐性がどうも弱くなった気もするもこれは例外だ。
一つ口にすれば最早自ら求めてしまっている。
ガブリ、ガブリと齧り付いてはビールで潤わす。
これは堪らん。
竜田揚げを堪能していると扉の鐘が響き、視線を向けるとピクシス司令が来たところであった。
軽く手を挙げて近づいてくる司令にペコリと会釈する。
「もう来ておったのか。それに儂抜きで始めよって」
「いやはや、喉が渇いて仕方がなかったもので」
「そりゃあそうじゃの。儂にもビールを」
「なら冷奴と枝豆、出汁巻きとほっけ、どて焼き…あとは」
「アヒージョも欲しいの」
追加の注文をして隣に腰かけたピクシスと乾杯をする。
夜はまだまだ長いらしい。
翌日、暑さによる脱水症状に苦しむ部下も出る中、別の理由で苦しむハンネス部隊長の姿が目撃されたらしい…。