進撃の巨人ファイナルシーズン後半が始まったのもあって、多少ですが話を再開しようと思います。
と言っても書きたい話が十二話ぐらいなのと他の投稿の兼ね合いもあり、二週間に一話のペースとなりますが…。
飛行船には良い思い出がない。
遊覧目的なら非常に良いものなんだろうとは思う。
ゆったりと遥か上空を行き、眼下に広がる広大な景色。
そんな時間が過ごせたのならどれほど良かったか…。
だけど俺にはそんな事は許されない。
乗る自由は存在せず
見下ろす先は必ずと戦地へと続く旅路。
今回もそれには変わりはない。
無いのだが理由は異なる。
これは俺が…俺だからこそ行かねばならない。
世界を大きな脅威より救う為。
敵地へ踏み込んだ
何より俺はもう
見下ろす景色は広々とした土地から建造物が混ざり始める。
飽き飽きするほど見てきた壁に囲まれた国。
昔は気にもならなかったが今では壁を見るだけで感傷に浸ってしまう。
酷く心が騒めく。
そんな中、周囲の建物より大きな巨人が姿を現す。
こちらを見上げ睨みつける。
―――“降りて来い”。
敵対勢力たる
あぁ、解っている■■■…。
俺はナイフを手に飛行船より飛び降りる。
ガバリと起き上がった俺は周囲を見渡すが、瞳が移すのは見慣れた室内。
酷く現実味のある夢だったなとライナー・ブラウンは息をつく。
窓に目を向ければ若干明るくなっており、寝過ごしたと焦ってベッドから飛び降りるも、今日は定休日だったと思い出してぴたりと止まる。
変な夢と休日という事実からふと力が抜け、ベッドに腰を下ろす。
「なんて夢だ…」
額に溜まった寝汗を袖で拭う。
単なる夢だった筈なのだが心は夢の中同様ざわついたまま…。
最近は焦りから来るストレスも多かったのも原因なのかもなとため息を漏らして今度こそベッドより降りる。
定休日という事もあって制服ではなく私服に着替え、簡単な朝食を済ませて厨房へと足を向ける。
休みなのだからしっかりと休むべきなのだろうとは思う。
しかしそうはいかない事情がある。
ライナーが務めているレストランには看板メニューが二つ存在する。
一つは今まではゼリーで寄せるかぶつ切りで煮るかであまり好かれていなかった鰻の価値観を一変した“うな重”。
もう一つは貴族間で広まりに広まった存在しなかった料理“すき焼き”。
他にも料理は提供しているが、この二つに勝る人気を持ち得た料理は無い。
寧ろ訪れる客のほとんどは人気メニューを求めている者ばかり。
元々なかったどちらの料理も持ち込んだのは食事処ナオで、うちのレストランで考案された訳ではない。
食事処ナオで働いていた時にレシピを覚えて提供しているに過ぎない。
いつまでもその料理に頼りっきりと言う訳にもいかないまま今に居たり、最近になってレシピ開発に力を注いでいる訳なのだが早々上手くいく筈もなく、頭を悩ませながら時間と日にちだけが過ぎるばかり…。
「ライナー、顔色悪いみたいだけど大丈夫かい?」
材料を眺めながら考え込んでいるあまり、厨房に入って来たベルトルトに全く気付かなかった。
顔色が悪いと言われて確かめてみると若干悪いようにも見える。
上手くいっていない事もそうだが、これはあの妙な夢を見たせいだろう。
「最近厨房に籠ってばっかでちゃんと休んでいるのかい?」
「あぁ…いや、どうしても考え込んでしまってな」
「今日は休日なんだから羽を伸ばしてみたらどうかな。何か良いアイデアも浮かぶかも知れないよ」
少しばかり悩んだ。
レシピ考案に時間を使った方が良いと思う反面、最近は焦りも募って空回りしてはポルコに揶揄われる事も多い。
気分転換の必要性もあるのは確かだ。
悩んだ末にベルトルトの案に乗る事にする。
「休むのも仕事の内だよ」
「そうだな。そうさせて貰おう」
外行きの服装に着替えてベルトルトに見送られたライナーだったが、何処に行こうかと頭を悩ます事になる。
図書館や公共の大浴場、劇場などが脳裏に過るもどれも気分ではなかった…。
悩んでいる最中に腹が鳴いて空腹を知らせて来る。
そういえば朝食を食べずに厨房に籠った為に何も胃に入れていなかったっけ。
意識すると加速的に空腹感は強まり、何処かで飯にするかと決める。
「あー…久々に会いに行ってみようか…」
食べに行くとなると最初に何度も通った食事処ナオの光景が思い浮かぶ。
最近は忙しくて行けてなかったし、顔を出しに行くのも良いだろう。
久しぶりに会いに行くとなれば飲食店を営んでいるエレンもだが、
少し遠出になるが休日で予定もないとなれば時間に余裕が持てる。
途中摘まめる物を買って馬車で目的の場所に向かう。
懐かしい街並みに道のり、裏路地を進んだ先に食事処ナオは変わることなくそこにあった。
懐かしさを感じながら扉を開けると来店を示す鐘の音が鳴り響いて、心地よい風が美味しそうな匂いと共にふわりと撫でる。
「いらっしゃいま……あぁ、ライナーじゃない。久しぶり」
「あぁ、久しぶりだなアニ」
「本当に久しぶりですね。便りが無いのは良い知らせとも言いますし、壮健そうでなによりです」
「ご無沙汰しております総司さん」
入り口を潜ったライナーは深々と総司に頭を下げた。
忙しさもあって中々訪れる事が出来なかった。
色々と恩もある人物ゆえに頭を下げたのだが、総司はにっこりと笑って席へと促す。
店内では特別メニューでも出していたのか皆が皆、同じものを口にしていた。
「今日のメニューは何ですか?」
「彩華が手伝いに来てくれたのでお寿司を」
「寿司?この黒いのが?」
寿司は知っている。
ヒィズル国にも存在する料理でお酢と砂糖で味付けした米に生魚を乗せて握った料理。
簡単なようで細かな技術が必要とされる為、見様見真似で握って失敗したのを覚えている。
あれ以来握ろうと思った事は無い。
なにせ食事処ナオで通常時提供するのは握る必要性のない海鮮丼であり、内陸部であるエルディア国の中心地である王都のレストランでは生魚を使うのは無謀というもの。
安全に運べる保存方法を確立しない限り、食べたら食中毒になる可能性が大き過ぎる。
だから練習する事は無かったのだ。
…ただ店内で食べている料理を寿司と言われたが、まったくもってそうは見えない。
誰も彼もが口にしているのは円柱形の黒いナニカ。
首を傾げていると奥に居た彩華が出てきた。
「あれ?ライナー君じゃない。敵情視察?」
「それは無いですよ。張り合おうにもあまりにも違い過ぎますから」
「なら食べに来たんだ。それならっと」
「――ムグッ!?」
冗談交じりの彩華はその円柱形のナニカを口に突っ込んで来た。
抵抗する事無く加えたそれをガブリと噛み切って咀嚼すると程よい酸味と甘さが米の食感と共に広がる。
そしてとろりとなめらかでコクのある味わいが口いっぱいに広がる。
噛み切った断面図を見れば中心部の生魚をライス―――味からして酢飯が囲み、さらにその外側を黒いナニカ…いや、海苔が巻かれていた。
確かに寿司と言われれば寿司だ。
「こんな寿司があったんですね」
「巻き寿司って言うんだよ。って馴染は無いか。ま、楽しんで行ってよ」
「は、はぁ…」
戻っていった彩華を見送りライナーは残りの巻き寿司を齧って行く。
美味いのだがさすがにこれを自分と店で再現する事は叶わない。
先も言ったように生魚が使えない上に、このお酢というのはヒィズル国にあるらしいがエルディアでは生産していない。
わざわざ輸入するとなると費用が大変なことになる。
駄目だな…気を休める為に食べに来たというのに…。
またも考え込む事に自ら駄目だしして看板に掲げられた巻き寿司のメニューを眺める。
ネギトロ、サーモン、マグロなど生魚の名が連なる中で気になるものが途中から連なり始める。
「とんかつ?海老天?」
海老はまだ解る。
ファーランが寿司で食べていたのを見たことがあるから。
しかし海老フライにとんかつというのはどうなんだ?
揚げ物…しかもとんかつに至っては魚介類ですらない。
思いっきり肉だ。
疑問が脳裏に渦巻くも、食事処ナオで提供される以上は美味いのだろう。
気になる…。
興味が惹かれに惹かれてライナーはそれを注文していた。
パチパチと油の跳ねる音を聞きながら、目の前で揚げられるとんかつに海老フライ。
総司が揚げたそれらを彩華は手際よく巻いて行く。
「へい、お待ち。エビフライ巻きととんかつ巻きね」
差し出された皿を受け取るもあまりなビジュアルに一瞬怯んでしまう。
外側は海苔、内側は酢飯なのは変わらずなのだが、中心に居座るとんかつとエビフライ…。
あまりの存在感の強さと、白く艶やかな酢飯が茶色い揚げ物の色合いを強調してしまっている。
本当に合うのかと半信半疑でライナーは手に取り、恐る恐る口へと運んでガブリと齧り付く。
外のしんなりした食感を歯が突き進めば、中心ではサクリとした感触が伝わる。
噛み締めれば豚肉の旨味が肉汁となって溢れ出る。
揚げ物というのはたっぷりの油で揚げる為に、脂っこいものが多い。
中でも肉類の揚げ物というのは肉自体も油をしっかり持っているので、二重に油っこくなってしまう。
だけどこれはそんな油っこさを感じる事は無かった。
いや、油っぽさは存在している。
けれど酢飯の酸味が中和してさっぱりとさせているのだ。
揚げ物なのに食べ易い。
さすがに酢飯などが量があるので幾らでも食べれると言う事は無いけど、非常に食べ易くて油っぽさが残らない。
海老フライ巻きも同様で、しっかりとした海老の風味はそのままに油っこさは酢飯が和らげる。
しかも時間が経てば衣が酢飯でしんなりとして食感が変わって面白い。
「変わったネタだからどうなのかと思ったけど美味いな」
「最近は多様化が進んで来てるからねぇ」
「多様化ですか?」
「そうそう。生魚が苦手だったり、肉が好きなお客もいるじゃない。中にはデザートや食後の珈琲が欲しいって人もいるからねぇ。だから最近の回転寿司やに行くとシャリの上にミートボールやローストビーフ、カルビとか乗ってたり、寿司関係なくパフェやケーキとか提供したりするところがあるんだ」
「…それは…寿司なんですか?」
「私も最初は魚じゃないじゃん!って思ったけどそれを求めるお客が居て、美味しいって食べてくれるなら別に良いのかなって。十人十色ともいうし人それぞれでしょ」
そういうものですか―――と口にせず、魚以外のネタの巻き寿司を注文して行く。
甘めの卵焼きは酢飯と合って優しい口当たり。
“かっぱ”巻きなる胡瓜を巻いた巻き寿司は瑞々しく、ぽりぽりとした食感が楽しかった
先ほど名の出たローストビーフも食べてみたが、意外にローストビーフは合う。
元々が完全に火を通さずに余熱で済ます為にパサつく事も硬すぎる事も無く、肉々しいがなめらかでしっとりとしているので、噛み切り易いイカやタコのよう。
そしてなによりわさび醤油とも相性が良い。
「サラダ巻きも行っとく?」
「本当に色々あるんですね。これなら作れそう―――ッ!?」
そう…生魚でないなら作れるのではと思ってしまった。
問題はお酢であるが食事処ナオで提供しているのならもしやと口を開く。
「総司さん。お酢はリーブス商会…いや、カーリーが作っていたりは…」
「そう言えば以前販売元を聞かれましてね。答える事が
「私、使う側で作る側じゃないから聞かれても困るんだけど。でもカーリーって子、頭いいよね。とりあえず
「で、では、カーリー…マルレーン商会で扱っていたりするんですね!?」
「扱っているかどうかは解りませんが、以前感想を聞きたいと言う事で一本分貰いましたね」
光明が見えた。
ライナーはご馳走様と告げると多めにお金を置いて食事処ナオを大慌てで飛び出した。
マルレーン商会に向かって製品として販売していたお酢を手にして、レストランの厨房に駆け込んで調理を始める。
とはいえ巻き寿司の問題点はまだ存在する。
海苔の入手もあるがそれ以上に巻き寿司を食べる客が限定されると言う事だ。
なにせ客の中には貴族や富豪なども訪れる。
大口を開けて齧り付くなどマナーを気にする連中からは“はしたなく”見えるだろう。
それに見た目も単純明快な三種三色で構成される。
先の客もそうだが一般客でも見た目重視する者も多い。
確かにライスのど真ん中に揚げ物なんてインパクトはあるも馴染がないだけに、異色なだけでは手が出にくくなるのは必定。
どうすべきかと頭を悩ませる。
海苔は使わず、見た目も気にしながら、食べ易いものへの改良。
一人悩みだして数時間も頭を抱える。
―――十人十色ともいうし人それぞれでしょ…。
頭に彩華が言った一言が過る。
そうだ。
人がそれぞれ違うように、頭にある寿司に囚われる必要性は無いのだ。
握りにしなければ、巻かねばというのは固定概念に囚われた縛りだ。
求められるなら、必要ならそれに合わせて変えるべきなんだ。
数日後。
ライナーが務めるレストランに新たな看板料理が誕生した。
平皿に敷かれた酢飯の上には薄く焼いた卵焼きに胡瓜を千切りにして撒き、上にはローストビーフをメインに解された焼き魚の身が乗せられている。
オプションでとんかつや海老の
なにより揚げ物を食べても油が回り難いとの売り文句で揚げ物や肉の好きな中年のお客なども挙って注文するようにもなった。
これなら巻き寿司のように齧り付く事無く、スプーンやフォークで食べれるのでマナーを気にする者も食べ易い。
「これ…違うけど“ちらし寿司”だよね?」
「えぇ、ちらし寿司ですね」
一応気を使わせないように様子を見に来た彩華と総司はその寿司を見て、驚き交じりに呟くのであった。